「おはよう!東條!」

通学路を歩く私の背中を、ジャージ姿の藤川透が後ろから元気良く叩いた。


「くっ!・・・お、おはよう。」

同じく、学校の指定ジャージ姿の私も答える。


「あれ?元気ないじゃない。」

「まあね・・・。」


昨日、色々考えた。

自分の状況、愛美の気持ち。

私は借金返済・・・つまり、お金の為に動いている。

何も知らないまま愛美は、今日も私に笑いかけるんだろうか。

そんな事を考えるばかりで、ちっとも解決策なんか浮かんでこなかった。

結局は、”隠さなきゃ”、と思うばかりで・・・。


「そんなんじゃ、今日の球技大会、乗り切れないよ?東條。」

「・・・ああ。」

透は張り切ってるなーと思いながら、他人事のように私は返事をした。

「頑張って優勝しなきゃー!」

「・・・はいはい。」


そう、今日は球技大会。

私は、男として・・・参加するわけだが。





 [ 私のHEROは女の子。第3話 ]





憂鬱だ。考え事をしたせいもあるけれど、昨日は麗香がやってきたから、余計疲れた。

私がシャワーを浴びていても気にせず、いつものように突然やってきて、椅子に座わって足を組む。


「明日、球技大会があるそうね。」


髪の毛を拭きながら、バスタオル一枚で私は頷いた。

麗香は、一体、何を要求する気だろうか。


「最近、愛美が貴女の事を楽しげに話すの・・・恨めしいくらい。」

そう言って、麗香が私を睨む。

「単に一緒にお昼ご飯食べたり、女友達と一緒に話したり・・・それだけだよ。」

普通の友達として接しているつもりだ。透と一緒。

それ以外、何もしていないし、愛美だって楽しそうに笑っているだけだ。


「愛美は、貴女に期待しているの。」

「・・・何を?」

「”活躍”よ。・・・明日の球技大会、クラス優勝しなさい。そして、愛美に勝利を与えて、思い出を作るの。」

「・・・妹の思い出作りの為に、わざわざ?」


私は皮肉っぽく笑った。

だが、麗香は真剣だった。


「・・・そうよ。愛美は、昔から優秀に育ってきたわ。父の言う事に従順で、人生の喜びは私が与えていた。

でも、その一方、学校や友人の話になると、話が途切れるの。それは、何もないからよ。」

「・・・・・・。」


「愛美の友人達は、天ノ川の名前に臆して、何もしない。愛美の周囲を囲み、丁寧に扱うだけ。

だから、お金で友人を雇ったけれど、愛美に対しての扱いは、もっと不必要なまでに丁寧になっただけだったわ。」


(金で友人を買うなんて・・・麗香らしいけれど・・・酷いな。)


でも、なんとなく想像できてしまう。

天ノ川という名前と麗香の存在のせいで、友人達だって愛美の扱いを丁寧にせざるを得ないだろう。

高校でだって、透以外に友達なんて、そんなに・・・


そこで私は、ハッとして、髪の毛を拭いていた手を止めた。


「・・・まさか、藤川透も金で雇ったのか!?」


すると、麗香は首を少し傾け、笑った。


「違うわ。私は同じ失敗はしないわ。・・・あの庶民は、純粋に愛美の魅力に惹かれた人間よ。」


それを聞いて、私はホッとした。


「・・・これまで、愛美に友人との深い思い出は無かった。今度は、愛美に愛美自身で選び、ちゃんとした思い出を作らせたいの。」

「・・・ちゃんとした、ね・・・」


そのちゃんとした思い出の中に、男装した借金まみれの女子高校生の存在は、含まれるんだろうか?


「とにかく、愛美の笑顔の為に貴女は活躍し続けるの。それが、貴女の学校生活の全てよ!」

「・・・・・・。」


麗香はブレない。妹の為なら、どんな事でもする。それが綺麗な事でも、汚い事でも・・・真っ赤な嘘でも作り上げる。


それに対し、私はブレまくりだ。


これでいいのか、という問いと、これじゃないとダメなんだ、の結果の軋轢で負けそうだ。



「東條。」

「ん?」


「やっぱさ・・・キツイ?」

透が、ふと聞いてきたので私は聞き返した。

「何が?」

何が?と自分で聞き返しておきながら、私は”本当は結構辛いんだ。”と吐き出してしまいたかったが・・・。


「・・・サラシ。」

透の一言で、私は吐き出しかけた言葉を引っ込めた。

「・・・学校でその話はやめて。頼む。」


そんな話をしながら歩いていると、後ろから視線が。


なんとなく嫌な予感がして、振り返ると・・・

(やっぱり・・・!)


西岡正樹だ。今日も私をじっと見ている。

あまり話しかけては来ないが、何か言いたげに私をじっと見ている。

その度に透に介入して助けてもらってはいるが・・・。


「西岡、今日も熱視線だねぇ・・・。」

透が、やや面白そうに私に囁く。

「それもやめろ・・・。」

彼は私を男だと認識しながらも、ある感情を持っている、と私は認識している。

これ以上関わって、私が”本当は女だ”とバレるのを防ごうと私は思い、西岡からは距離を置いている。

私は朝からゲッソリしながら、教室を目指す。


「・・・おはようございます。紘君。」

「あ、おはよう。天ノ川。」


「おはよう!愛美!」

「おはよう、透。」


教室に着くなり、やっぱり、愛美はいつも通り笑っていた。

愛美もジャージ姿だ。


「ふふっ、楽しみ!」

「愛美もこの手のイベント好きなんだ?」


透がそう聞くと愛美はにっこり笑った。


「うん、今日は、頑張ろうね!」

「おー!放課後の特訓の成果をみせてやろーぜー!」


そういえば、愛美が球技大会に出るにあたって、本人の希望でバレーに出るからって透と猛特訓したんだっけ。


「紘君も特訓に付き合ってくれて、ありがとうございました。」

「いや、俺はトスとか基本的な事しか教えてないから。・・・あ、突き指とか気を付けて。ピアノやってるんだろ?」

私が何気なくそう言うと、愛美はまた嬉しそうに笑った。

「あ、ありがとうございます。」


「東條は何?」

「バスケ。」


身長差があるから、と断ったのだが、クラスの皆から出ろと言われて、そのまま押し切られてしまった。

ちなみに、西岡も一緒のチームだ。


「頑張ってください。紘君!」

「ああ。」


愛美に言われて、私も精一杯笑ってみた。


クラスは、みんな闘争モードだった。

黒板には色とりどりのチョークで「必勝!」と書かれていた。


(・・・活躍って言ったって・・・簡単にいかないと思うけど・・・)


やるしか、ない。


体育館に行くと、クラスそれぞれの応援幕が目に飛び込んだ。

「どのクラスも気合入ってるね・・・」と透が呟き、感心したように周囲を見回す。


愛美は、ややこわばった顔で周囲を見回していた。

やや引っ込み思案なところがある愛美の事だ、緊張でもしたか、と私は思った。

そういえば、麗香が言っていた『愛美には思い出が無い』と。

こんな表情のままじゃ、良い思い出も作る前に楽しくも無いだろう。


私は、ニッコリ笑って言った。


「ま、リラックスだよ。少し肩の力抜かなきゃ、勝てる試合も勝てない。・・・それに、スポーツは元々楽しむものなんだから。」

そう言うと、愛美は私を見て瞬きをしてから、こくりと頷いた。


「そうですね。紘君の言うとおり、ですね。頑張ります!」

そう言って、愛美はぐっと拳を握って見せた。・・・愛美なりに、気合を入れているつもり、なんだろうな・・・。


「愛美、さっきより力入っちゃってるじゃない」

そう言って、透は愛美の肩に手をかけて、リラックス、リラックスと呪文を唱えるように笑っていた。


球技大会の開会式が行われ、怪我の無いように、という注意を受けた後、生徒はそれぞれの場所に移動した。

すぐに、男子のバスケが始まる。つまり、私の出番だ。


「・・・さて。」

床に座って準備運動をしていると、私に西岡正樹が話しかけてきた。

「東條。」

相変わらず、寡黙すぎて、何を考えているのか解らないが・・・あまり、親しくするといけないような気がする。

私は必死に背の高い西岡に笑顔を作って見せた。


「・・・あ、何?」


「同じチームだな。」

「う、うん。」


西岡が少し笑ったような気がした。いつもは、どこか不機嫌そうな怖い顔なのに。


「お前がいると・・・安心する。やりやすい。」

「あ・・・そう、なんだ・・・。」


それは一体どういう意味なんだろう・・・と深読みしたくなったが、私はやめた。

今は、気にしない、西岡はただのチームメイトだ。集中、集中だ。

クラス優勝の為にも、全力を尽くさなければ。


「では、男子バスケに参加の生徒は集まって!組み合わせ決めます。」






試合の組み合わせは、トーナメント方式だ。

「いいか?俺達の初戦の相手は、C組だ。・・・背が高い奴が多いが、スピードはこっちが上だ。」

バスケ部の玉木がそう言って、小さなホワイトボードを取り出し、どういう風に動くか細かく指示を出した。


「で・・・ここで、東條がうまくゴール付近まで持っていく。わかったか?」

「ああ。」


どの男子の目も真剣だった。

授業中や掃除中でも、こんな真剣な顔しなかったのに、こんなに積極的に物事に取り組む事できるんだな、と感心してしまった。

勝負、とは、やはり男を真剣にさせてしまうのか。

大会前は「どうでもいい」とか「適当に」、「面倒臭い」とか言ってたのに、当日になった今、彼らの表情は別人のようだった。


試合が始まった。私はパスを受け取り、指示の通りに動く。

玉木の言うとおり、私のスピードについていけないようだった。

「東條!」

その声の方向をみると、西岡がすでにゴール近くにいた。しかも誰もついていない。私は、迷わず西岡にパスを出した。

西岡は、落ち着いた表情で、シュートを放ち、綺麗な放物線を描いて、ボールは吸い込まれるようにスッと入った。

まずは私達のチームが先制点を取った。

私達のクラスのみんなが、わあっと歓声を上げた。


「よーし!この勢いに乗るぜ!」

玉木らが笑ってハイタッチをする。私もつい、表情がほころんでいた。

この学校に来て、初めて楽しいイベントになっているのかもしれない、と思った。



2回戦、3回戦は、難無く突破した。

チームを統率している玉木のお陰でもあるが、チームの雰囲気が良かったせいもある。



だが決勝戦ともなると、敵も強い上に、私達のプレイを見て研究したようで、パスが上手く回らなくなった。



点差はわずか。接戦だが、私達が2点差で負けていた。

それが焦りになり、ミスにもつながった。


特に私はしつこくマークされ、上手く前に出られずにいた。

体格も違うし、なにしろ今まで男子とこんな風に張り合った事だって無いのに。


「東條!前に出ろ!パスが出せねえ!」


(そんな事言われても・・・!)


玉木が指示を出すが、私は上手く相手を振り切れないでいた。


「紘君!頑張って!」

「東條・・・。」


盛り上がって大きくなってきた歓声の中で、私は必死に指示の通りに動こうともがく。


「パス!」


そんな中、西岡がボールを持った。

西岡は私をチラリと見て、そのままゴール近くまでドリブルで駆け抜け、一気に飛び上がり、豪快なダンクシュートを決めた。

ボールが落ちる音だけが、しんとした体育館に響いた。


(凄い・・・!)


生で初めて見た、ダンクシュート。

あっという間のプレイに相手チームはポカンと口を開け、体育館中は大歓声が上がった。


「西岡君、ナイスプレー!」

私が手を出すと、西岡は「おう」と短く言って、私と西岡は手をパチンとハイタッチした。


「今のダンクで、試合の流れも変えていこうぜ!ナイスだ!西岡!」

「俺も最後の力振り絞るよ!」


西岡の活躍で、少々疲労していた皆に笑顔が戻った。

逆に、相手チームの雰囲気がなんとなく悪くなったようだった。


「玉木、今、東條にはマークがついていてキツい。俺が動く。」

西岡が玉木にそう言った。玉木は頷き、同意した。


「ああ、そうだな。同じ手は何度も通用しないからな。西岡頼むわ。東條、お前は動いてとにかく注意を引け。

・・・皆、スタミナ切れも近いかもしれねえけど、相手も同じだ、ここからだぞ!」

「「「おう!」」」



みんなの気合は十分だったが、動き回ってばかりの私の体力は、結構限界に近かった。

男の中に混じって、よくこれだけやれた、と自分を褒めてやりたかったが・・・まだ、早い。


・・・結果が、まだ出せていないから。



「紘君!頑張ってください!」


大歓声の中でも、何故か愛美の声だけは聞き取れた。彼女のあの細い声だけは、妙に私の耳に届くのだ。

彼女がいる位置もなんとなく、わかる。

ふと、顔を上げて愛美を見る。



(・・・少しは、楽しめてる?愛美。)



思い出が何も無いなんて、もう言わせない。意地でも、だ。

・・・でも、これは、愛美の為じゃない。

そう言われたから、麗香にそう命令されたから・・・そう、それだけ、だ。


「チッ!余所見して女子見てんじゃねえよ!」

「・・・!!」


その瞬間、パスを受け、ボールを持った相手のプレイヤーの肘が、私の顔に当たった。


「女見てる暇あったら避けてみせろよ。このチビ。」

「いって・・・!」



「紘君!」

愛美の声が聞こえた気がした。


”ピー!”


「こら!危ないだろ!ファールだ!」

「あ、すいません。」


審判の先生が入ってきて、すぐに注意をした。


一方、私は床の上に尻餅をつき、肘が当たった左目を手でおさえていた。

左目の瞼を恐る恐る開ける。視界が少しぼやけてはいるが、大丈夫。見える。

眼球に直接、肘が当たってないのだけが幸いか。


「大丈夫か!?東條!」

すぐに皆が集まってきたが、左目がやはり、まだよく見えない。

「だ、大丈夫・・・」

左目が痛む。瞼がみるみる腫れてきた。

「ホントに大丈夫か?東條」

左目を瞑ったまま、右目でチラリと愛美を見る。・・・心配そうな顔というよりも、泣きそうな顔をしている。


「・・・大丈夫。」

「無理はするな。誰か、交代を・・・」


西岡の言葉を遮って、私は立ち上がった。


「いや、大丈夫だ。このまま、良い流れを止めたくない。俺は続けたい。」

「それは・・・」


皆が、互いの顔を見合わせる。

私は左目を手で押さえたまま、笑ってみせた。


「続けよう。・・・絶対、勝つぞ。皆、ちょっと・・・」

「なんだ?」

チームメンバーを集めて、私は咄嗟に考えた作戦を口にした。

その案に全員が頷いてくれた。


今、私の心の根底にあるのは・・・余所見をしていた自分への怒りと勝利への執念。


私は、今、猛烈にムカついている。


(絶対、勝つ!)


試合が再開され、私と西岡はマークの人間を振り切り、ゴールまで一気に走り出した。


(集中・・・集中・・・!!)


続いて、玉木がドリブルでゴール付近まで近付く。


「西岡をマークしろ!」


そして・・・


「・・・そらっ!」


玉木はシュートの体勢から、マークされていない私へとパスをする。


「何!?」

「左目瞑ったままの奴になんか決められねーよ!ゴール下のボール取れ!」


受け取った私は、そのままゆっくりシュートを放った。


(入れ・・・!!)


ボールが放物線をゆっくり描き、壁に当たり、リングの中にストンと入った。


「嘘・・・!」

「は、入った―――ッ!」

「東條が3ポイント決めやがった!!」


体育館が再び歓声に包まれた。

そして、試合終了の笛が鳴り、私達のチームは逆転勝利した。



(・・・”チビ”にも意地と色々理由があるんだよ。)



クラスメートの所に戻ると、みんな笑顔で迎えてくれた。


「よくやった!」

「さすが!」

「クラス優勝も夢じゃないぞ!」


皆に囲まれて、私も自然と嬉しくなって一緒に笑った。

それに遅れて、愛美の必死な声が聞こえてきた。


「紘君!大丈夫ですか!?これ、氷嚢もらってきました!」

「あ、ありがとう。」


もらった氷嚢を左目にあてて、私は笑った。


「名誉の負傷って奴?東條」

「ははっ、まあそんな所」


透が笑って災難だったね、と言うので、私も笑った。

何はともあれ、勝てて良かった。これで、愛美も喜んでくれるはず。


だが。

愛美の表情は硬いまま、だった。


「紘君、痛みませんか?保健室行きましょう。」

「いや、これくらい・・・氷嚢で十分・・・。」


それより、せっかく勝ったんだから、もっと喜んでくれると思ったんだけど、と私は思っていた。

愛美は勝利よりも、私の怪我の心配か、と少し複雑な気分だった。


「俺達、勝てたんだよ、天ノ川。みんなの応援のお陰。今度は、天ノ川の番だね。」


そう言って、愛美に笑って、次のバレーでも頑張ってもらおうと思って私はそう言ったつもりだったのだが。


「・・・紘君が勝ってくれるのは、嬉しいです。でも・・・紘君が怪我をするのは・・・すごく嫌です。

・・・私、”頑張って”、なんて気軽に言ってしまいました・・・」


愛美はそう言って、私の左目を恐る恐る触った。


「・・・そんな・・・これは、ただのアクシデントだって。」


愛美は、本気で私を心配をしているんだ、とつくづく思い知らされる。

こんな間近で、愛美の大きな目で見つめられると・・・


(・・・睫毛、結構長い・・・私よりも・・・)


・・・いや、何を考えてるんだ、私は・・・!


「た、大した怪我じゃないから・・・大丈夫、ホントに大丈夫。」


そう言って、一定の距離をとる。


愛美に勝利を捧げても、愛美は、そんなの望んでなど、いなかったのか。


「ま、まあまあ、本人が大丈夫って言ってるんだから。愛美が心配するのはわかるけど、もうすぐバレー始まるから、ね?」

「・・・うん。紘君、無理はしないでくださいね。」


「あ、うん・・・。」


せっかく勝ったのに、微妙な空気を残し、愛美と透はいってしまった。女子はバレーの試合に向けて、準備を始めた。


「東條、目は大丈夫か?」


後ろから西岡が話しかけてきた。

西岡の後ろでは、先程の試合で大活躍したおかげで女子がチラチラとこちらを見て、騒いでいる。


「西岡君、カッコ良かったよね!」

「無愛想だけど、そこが良いかも!」

「東條君もカッコイイっていうか、可愛いよね」

「あ、それわかるー!」


・・・うーん、残念。

私は女子に興味はないし・・・


「あ、ホント大丈夫。次は女子のバレーだからさ、応援するだろ?移動しようよ。」

「・・・俺は、女子の試合に興味は無いから。目、大事にしろよ。」


西岡も女子に興味は無い、らしい・・・。

そして、西岡は体育館から出て行ってしまった。

・・・なんだか、余計な台詞も聞こえてしまったような気がしたが・・・気にしないようにしよう。




私は、愛美と透が参加するバレーの試合を応援する為、場所を移動した。


「じゃ、いくよー・・・ファイッオー!!」


コートの中の透と愛美が私の方を向いた。

私は氷嚢を一旦下げ、軽く手を挙げて、頑張れと唇の動きだけで伝えた。

愛美は真剣な表情でこくりと頷いて、コートに入っていった。


一応、私、透・愛美の3人でできる限りの練習はしたけれど・・・

女子にも活躍してもらわないと、クラスの総合優勝は難しいだろう。


(大丈夫かな・・・。)






 ― 数日前 ―






透は、私に練習に参加して欲しいと言い出した。


「・・・他のメンバーは?」


休日に呼び出されたと思ったら、公園の芝生の上。

ジャージ姿で準備運動をする愛美を遠くに、私は透に”これはどういう事だ?”と質問した。


バレーはチームプレーだ。

それなのに、ここにいるのは、バレーに参加するメンバーが愛美と透だけ。そして、バスケに参加する私の3人しかいない。

これでは、練習も何も無いだろう。


「他のみんなは今日は無し。ポジションは決まってるし、全体練習だって放課後してるけど・・・問題は、愛美がすんごい初心者って事。

愛美としては、初心者だから、みんなの足引っ張りたくないから、練習しようって・・・そういう訳。」


「へえ・・・で、なんで俺が?」

「一応、女の気持ちも分かるでしょ?協力しなさいよ。二人じゃ練習になんないし・・・第一、”東條君”は運動神経良いし、愛美のお助けヒーローなんだから。」

「な〜んか嫌味っぽい言い方・・・。」


別にそんなんじゃない。私はただの借金返済の為に動く男装女だ。


「ま、そういう訳でヨロシク。愛美!コーチが来たわよ〜!」


・・・なんか、透に秘密を知られてから、いいように使われてるような気がする。

とはいえ、愛美の為に動かないと、うるさいの(麗香)が出てくるので私は素直にコーチ役を引き受けた。


「いい?天ノ川。基本はボールを真正面から受ける。」

「はい。」


私は、透に合図を出して手本を見せる。


「ボールが自分の真正面に来たら、腕をこう構えて・・・腕の力じゃなく、膝で押し上げる感じにボールを上げる・・・これが”レシーブ”。」

手にボールが当たり、我ながら綺麗だと思う放物線を描き、バレーボールが透の方へ飛んでいく。

「ナイスー。」


透がニッコリ笑うと同時に、背後では愛美が尊敬の眼差しで私を見つめる。


「・・・じゃ、やってみようか?」

この程度、体育で習ったのにと心で思い、苦笑する私に愛美は元気良く返事をする。

「はい!」


麗香によると、愛美はピアノを習っていたし、とにかく怪我をさせたくなかったので授業でもバレーのようなスポーツはさせなかったらしい。

いくらお嬢様とはいえ、温室育ち過ぎる、と話を聞いた私は思った。

だから、その温室育ちのお嬢様が、いきなり球技なんかやれと言われても、上手く出来る訳がない。


「あー・・・愛美ー腕は曲げちゃダメだよ。まっすぐ。」

透がそう言って、あさっての方向に飛んでいったボールを拾いに行く。


(・・・まだボールを怖がっているみたいね・・・。)

傍で見ていた私はどうしたもんか、と考えを巡らす。


「ご、ごめんなさい。」

「・・・よし、天ノ川、まず俺とキャッチボールをしよう。回り込んで、移動して、ボールを必ず真正面で受け止める事。いい?」

「は、はい!」

私の声に、愛美はぴっと姿勢を正して返事をした。

「いやー東條と愛美、コーチと生徒っぽいね!」

「笑ってる場合か。ボールよこせ!」


そういって、太陽の下で白いボールを何度も投げ、とにかく愛美の体に基本を覚えさせた。


(・・・実際、こんな事くらいしか、出来ないもんな。)


お助けヒーローなんて、とんでもない。

本当に人を助けられるのは・・・少なくとも私みたいな人間じゃない。









(・・・やれる事はやった。後は、愛美次第。)


試合が始まる。


初戦の相手は、なんとさっき私達がバスケで決勝で戦い破ったクラス。

女子のバレーのコートは、なんだか異様な気迫が立ち込めていた。


(・・・なんか、嫌な雰囲気だな・・・。)


試合相手の目が、完全に本気モードだ。

男子バスケの雪辱を果たそうと、女子が立ち上がったという所だろう。

透と試合相手の女子が、コートの中心でサーブ権をかけてじゃんけんをしながら、睨み合いをする。

”睨み合い”とは言っても、目だけ。一見、にこやかに笑っている。

睨み合っているというのは、同じ女子にしかわからないだろう。


(学校行事で、よくやるよ・・・。)

とは思えど、さっきまで本気でバスケットボールを追っていた私がいう事じゃない。


サーブは、相手チームから。

相手も相当練習したようで、鋭いサーブが愛美達のいるコートに放たれる。

(・・・早い・・・!)

ボールは真っ直ぐ・・・愛美に向けて飛んでいく。

かろうじてボールを正面で受けるも、体勢が整っていなかったので愛美の肩にあたり、ボールはコートの外に飛んだ。

”ピー。”

1−0

相手チームのサーブがまた放たれる。・・・また、愛美の方へ飛んでいく。


(・・・これは、マズイぞ・・・)


私が、恐れていた事態。

初心者の愛美への容赦ない集中攻撃。

それに、同じ人間がミスし続けるとチームの士気が下がり、それがまたミスに繋がる。


マズイ。


このままだと、初戦敗退だ・・・!

周囲の人間も愛美のカバーをしようとするが、カバーに精一杯で防戦一方。

相手にチャンスボールを与えてしまい、攻撃のチャンスを奪われてしまう。

相手チームは、余裕の笑みすら浮かべている。完全に愛美で得点稼ぎをする気だ。

しかし、これも戦略だ。



6−0



「天ノ川!大丈夫だ!練習どおり、正面で腕に当てるだけで良いんだ!」


私を見て、愛美はコクリと頷いて、構える。

今は、応援しか出来ない。


(一回でいい、上手くボールが上がれば・・・)


”ピッ!”

相手のサーブはまたしても、愛美の方へ飛んでいく。

(お・・・!)

愛美が素早く後ろに下がり、ボールを真正面から腕に当てた。今のレシーブのフォームは完璧だ。

セッターの方へゆっくり上がっていく。


が。


ボールはネット近くに落ちようとしていた。

それを相手チームが見逃す筈は無かった。素早く相手チームの前衛の人間が、落ちてきたボールを打ち返した。


「あ・・・ッ!」


愛美の頬にボールが当たり、愛美が倒れこむ。


「愛美!」


”ピー!”


倒れた愛美にチームメイトが駆け寄る。

「ごめんなさい、私がもっとちゃんとボール上げていれば・・・」

「そんな事ないって!今の返せただけでも良かったって!」

「顔、大丈夫!?」


愛美を囲む透達を見て、相手チームは笑顔でヘラヘラ笑っていた。


「お嬢様の顔に、なんて事してんだか。」

「わざとじゃないよーごめんねー天ノ川さーん。」


心からの謝罪じゃない。表面的な謝罪。


(な・・・なんて奴らだ・・・!)


さっきのバスケの試合中に私にした事といい、あのクラスにはどこか歪んでいる奴らが多すぎる・・・!

しかも完全に試合の空気は、相手チームの方に流れてしまった。


私は・・・何も出来ずに愛美を囲む透達を見つめる事しか出来ない。


やるだけの事はやった・・・つもりだった。


『第一、”東條君”は運動神経良いし、愛美のお助けヒーローなんだから。』



なにが、お助けヒーローだ・・・こんな時、応援・・・いや、何も出来ないじゃないか・・・。



歯痒さで一杯の私の背後から・・・



「なんなの?この試合は・・・!」



おどろおどろしく、低く、不機嫌で聞きなれてしまった声が聞こえてきた。

振り向くと、学校内で見る事は無いと思っていた人物、うちの学校の制服を着た天ノ川麗香がいた。


「うわっ!?びっくりした!れ、麗香!?」


「しっ!ちょっと、来なさい!」


人ごみの中に隠れるように麗香は、私の手を引き、体育館を出て、外の誰もいない木のそばで周囲を伺いながら、私に詰め寄った。


「一体、どういう事なの!?私の愛美が怪我をしたじゃないの!」

「ていうか、なんでアンタがココにいるの!?」


「愛美が心配だったからに決まっているじゃないの!私だって、まだ高校生に見えなくも無いんだから!」

「・・・わざわざ、妹の試合見に、うちの制服まで着て潜り込んだのか・・・!」


全然、高校生に見えない。薄目で見れば・・・見えなくも・・・いや、やっぱり無理!

まったく痛々しい姉だ・・・。


「そんな事より!どういう事なの!?なんなの?あの下衆の塊は!貴女は一体、何してるのよ!」

「下衆も何も試合相手だよ!何かするにも・・・私は、女子じゃ・・・ないんだから・・・何も出来ないじゃないか!大体、こんな事になったのは、アンタのせいだろ!?」


私は麗香に不満をぶつけた。

しかし、麗香は眉一つ動かさず、言った。


「ふうん・・・じゃあ、なりなさいよ。」

「は?」


「私が特別に許可するわ。なりなさい。愛美の笑顔の為に、一時的に女子になりなさい。」

「はあッ!?」




 ― 数分後 ―





「・・・透、どうする?天ノ川さんに・・・外れてもらう?いや、顔も怪我しちゃったし・・・」

「・・・そうですね、今、このチームの弱点は、私ですし。」

「愛美!?ダメだよ!練習してきたのに・・・!」

「透、いいの・・・やっぱり、私じゃ・・・みんなの迷惑になっちゃうし。」


コートの真ん中で愛美を囲んで女子が話し合う。

そんな女子を尻目にヘラヘラ笑顔で”早く”と急かす相手チームを私は睨みながら、その場に立った。

私と目が合った、相手チームの女子はヘラヘラ笑顔をピタリと止めた。


「・・・あーB組の女子、ちょっといいか?」

「なんですか!?先生!今、大事な話の最中・・・!?」


コートにいる女子の視線が突き刺さる。


「メンバー交代だ。先生からも頼む。」

「へ?・・・あの、もしかして・・・その子・・・?」



「あのぅ・・・みなさん、は・・・”はじめまして”。」



私を見て、コート中の人間が静止した。


「と、東條・・・!?」


透がパクパクと口を開け閉めしながら、私を下から上、上から下に眺めた。


サラシを外し、胸パッドも入れられ、麗香の用意したカツラ(いつの間に持ってきたんだか)を被り、いつの間にか現れたメイク係にメイクを施され、完全に男・東條紘になる前の私・・・

・・・いや、それ以上の女らしい女になった(胸以外)私は・・・なんだか恥ずかしい気持ちで一杯だった。


「あのぅ・・・私、今まで休学していた、東條紘の双子の妹の・・・ひろ・・・紘美ですぅ。

あの、良かったら、バレーに参加させて下さいぃ・・・。」


精一杯、女っぽさを出して、断じて東條紘(男)ではないという事を強調する。


私に”女になれ”と言ってからの麗香の手回しの早さといったら、恐ろしいものだった…。

理事長とちょっとした知り合いってだけで、こうも簡単に二重入学が出来るとは・・・。



「せ、先生・・・あの・・・」

「ん?ああ・・・まあ、そういう事だ。入学式も出られないまま、今日から通う事になったんだ。せっかくだから、参加させてやんなさい。」


ポカンとする透に、先生は自然な態度で不自然な状況をサラリと説明し、進行しようとしている。

愛美は私を見て、最初は不思議そうな顔をしていたが、私の手を取ってニッコリ笑った。


「本当に紘君にソックリですね!よろしくお願いします、紘美さん!」


(当たり前だ!)というツッコミを心の中でしながら、私は挨拶を続けた。


「は、はい、ヨロシクお願いしますぅ・・・あ、そこの方と交代させていただいて良いですかぁ?後衛が良いんですぅ」

「え?あ、あたし!?」

「坂本、代わってやんなさい。あ、審判!メンバーチェンジ!」


坂本さん・・・心からゴメン!後は任せて・・・!



「あれ?東條が女装してんのか?」

違う!これが元々の姿だ!ただちょっと、麗香が多少?手を加えただけだ!

「おい!双子の妹らしいぜ。今日から、ウチのクラスに転入だって!」

「マジで!?俺、アレならイケるかも!でも、東條をお兄さんって呼ぶのか・・・。」


私のクラスメイトの馬鹿野郎―ッ!!



「よ、よろしくお願いしますぅ!」


遂に・・・念願の女子高校生デビューだけど・・・なんか・・・


・・・なんか違う・・・私は白球を見ながら、そう思った。


6−0


東條紘美・・・この試合をひっくり返す為だけに、帰って来ました・・・!


・・・くっそッ!麗香の奴!本当に、本当に大嫌いだ!!


「と、東條?・・・えと・・・東條?」

「・・・何回確認するんですかぁ?私は ”東條 紘美”ですよぉ。」


透が困惑したような顔をして小声で確認するので、私はそう言った。

・・・この喋り方・・・自分でもイライラする・・・!


「いや・・・その・・・だって・・・妹って・・・!?」

「う、うふふ!い・・・妹(設定)ですよぉ!」


私は、透に小声で”全部、後で説明する!”と吹き込んだ。

その一言で、透はやっと、妹=私だと理解したようだった。


「え、えーと・・・みんな!とりあえず・・・」


透がざわつくチームメイトを笑顔でまとめようとする。


「あの・・・妹、さん?目・・・どうしたの?眼帯しちゃって・・・。」

「あ、ものもらいですぅ〜。」


勿論、この眼帯は、さっきのバスケの試合で怪我して腫れた目を隠す為だ。

苦しい言い訳だが、ここはこのまま強引に乗り切るしかない。


それに、いつまでも、そんな悠長な事は言っていられない。


「皆さん!とりあえず、1点を返しましょう!あっちの良い流れを止めてやるんです!」


私はそう言って、チームメイトに訴えかけた。

今、チーム内の空気は正直、悪い。

この流れを断ち切るには、気持ちの切り替えが必要だ。


「え・・・?」

「でも・・・」


そう言って、互いの顔を見て戸惑うチームメイト。

この悪い流れを作ってしまったと言っていい、愛美は俯いていた。


誰もが”諦めている”。

しかし、まだ6点を取られただけだ。

諦めるには早すぎるし、このままズルズルと点を取られては、本当に試合は終わってしまう。

十分な抵抗だって仕切れていないのに。


諦められる訳がない。

第一、私はこの試合をひっくり返す為だけに・・・女装・・・いや、本来の姿でここにいるんだから!


そう感じた私は、一段と声を張った。


「出来ます!出来るというか・・・やってやるんです!!」


一人暑苦しい私の声に、やはりチームメイトは戸惑いの表情を浮かべる。

そりゃ、急に入った新入りの言葉で立ち直ったら、苦労は無い。


「え、えーと・・・まあ、その・・・そういう事よ!切り替えていこう!」

「う、うん・・・。」


透がフォローを入れて、みんながコートの中に入る。


「透、私が必ず決める。ボールまわして。」

「・・・うん、やっては・・・みるけど・・・。」


チームは新人の私が入って、まだ、どこかぎこちない。


(仕方ないけれど・・・とにかく、流れを変えなくちゃ・・・!)


とにかく、勝たなくてはならない。


ふと、私はギャラリーに目をやる。

やはり、そいつは・・・いた。

天ノ川麗香は、似合わない制服を着て、私をじっと見て”やりなさい”とばかりに見ていた。


相手チームのサーブが飛んでくる。

・・・やはり、弱点だと判断した愛美狙い。


「いったよ!愛美!」

「は、はいっ!」


しかし、愛美の構え方は、どこか逃げ腰で、腕の力だけで上げようとしていた。

だから、ボールは上ではなく、斜めに飛んで、セッターは走って追いかけるも、床に落ちた。


「・・・あ・・・。」

チーム内に”やっぱり、ダメだ”という諦めの文字が浮かんでいた。


・・・そして、特にそんな文字を浮かべちゃいけない人物の顔にまで。


「イエーイ!楽勝って感じじゃなぁい?」

「いけるいけるー!」


相手チームが、ますます盛り上がる。

私は黙って、ボールが上がってくるのを待つ事にした。

次のサーブも、また愛美狙い・・・。

だが、愛美は構える事なく、ボールから逃げ、隣のチームメイトがトスを上げた。


「東條(妹)!」

私は透のトスにタイミングを合わせて、跳び上がった。

そして、思い切りボールを相手コートに叩き付けた。

油断していたのか、誰も動かなかった。


「・・・アウト!」


ボールはわずかに白線の外に落ちた、判定はアウト。

私は歯を食いしばった。


悔しいのは・・・自分の攻撃が決まらなかったからじゃない。

私はつかつかと愛美の傍に歩いていった。

「天ノ川さん。」

「あ、はい・・・惜しかったですね!今度は・・・」


「何故、取らなかったの?」

「え・・・あの・・・」


「どうして、自分の力でボールをあげようともせずに、逃げたの?」


確かに、ボールは上がった。

だけど、本来それをすべきなのは・・・愛美の筈だ。

なのに、愛美は逃げた。

それが、私にとってすごく腹が立ったのだ。


「あの・・・それは・・・私じゃ、きっとダメだと思ったし・・・これ以上、迷惑になるとみんなが困ると思って・・・。」

「それって・・・迷惑をかけた自分が困るからじゃないの?」

「え・・・?」


「ちょ、ちょっと!東條(妹)!今、そんな事より試合に・・・」


透が慌てて私を止めに入るが、私は止まらない。


「大事な事よ!一回逃げたら、また逃げる!逃げたら、また繰り返す!何の為に練習したのよ!?逃げる為じゃないでしょ!?」

「!」


自分でも暑苦しい、とは思う。

背中が痒くて、台詞も寒くて・・・自分でもゾッとする。

こんな台詞を他人に向けて、本気で口に出しているなんて、信じられなかった。


でも、これだけは言いたかった。


「勝負はね!自分との戦いなの!周囲がどうとか、関係ないの!まず、逃げる自分の気持ちに勝たなくちゃ!」

「・・・・・・。」


私の言葉にショックを受けたような愛美は、ぼうっと私を見ていた。

私は、愛美の目をジッと見た。


「・・・何?あっちのコート、寒い青春しちゃってるんですけど。」

「早くしてもらえなーい?」


相手のチームがこちらを嘲笑するが、私は構わず続けた。


「どうする?逃げる?」


私の問いに、愛美は拳を握って答えた。


「・・・わ・・・私は・・・逃げずに戦うには・・・勝つには・・・どうしたら良いんでしょうか!?」


「まず、ボールを正面で捕らえる。膝を曲げて、腕を伸ばす・・・そして、膝で前に押し出すように・・・出来る?」

「・・・はい!やってみます!ありがとう!東條さん!」


チームメイトは、私と愛美のやり取りに唖然としていた。


「え、ええっと、みんな!ホラ、この通り、気合は十分だよ!?気を取り直して行こう!今、良い感じだったじゃん?この調子で、1点返そう!いけるいける!」

透がそう言って、みんなをまとめた。

まだ、チーム内のノリは上がっていない。むしろ、私の熱血臭い台詞で下がってしまったかもしれない。


「東條(妹)・・・ここまで言ったんだから、もう勝とう。ボール上げるから、上手く決めて。・・・狙いは、さっきから騒いでるセンターの湊屋あたりがいい。アイツ黙らせよう。」

小声で私に透がそう言ってから、”アンタも結構熱血さんだねぇ”と笑った。

「・・・分かった。」

私は、苦笑しながら答えた。


やはり、相手チームのサーブは愛美を狙って飛んできた。

今度は、愛美は逃げなかった。

しかし、私のアドバイスどおりにしても、なかなか上手く上がらなかった。だが、ボールは幸い真上に上がり、すぐ傍のクラスメイトが手を挙げてフォローに入る。

続いて透が、レシーブでボールを相手のコートに返す。


相手がトスを上げ、背の高い奴がアタックを打ってきた。

・・・が、私がそれをさせない。すぐにコートの傍で飛んで、ブロックで防ぐ。


ボールは、相手の選手と選手の間にストンと落ちた。

その瞬間、相手チームは、見つめ合ったまま、間の抜けた声を発し、ぼうっとしていた。


審判の笛の音と共に、私達は喜びの声を上げた。


「「「「「やったぁああああああああ!!」」」」



「あ・・・!」

「・・・ふん・・・1点くらい、どうってことないわよ。」


負け惜しみを言う相手チームの言葉なんか耳にも入らない。

互いを見つめ、私達はニッと笑った。


「・・・あんなの取れないとか、大した事ないじゃん。」

「お見合いしちゃってさ〜。馬鹿にしてた割にすっげぇマヌケなんですけど。」

「うちらなら、そんなの無いし。」

「余裕っしょ。」

円陣を組んで、皆は口々に好き放題言い始めた。

最後に透がニヤニヤしながら、最終確認をした。


「いっちゃいますかぁ?」

「「「「おー!!」」」」


その一点から、私達は変わった。

愛美はそれから一度もボールから逃げずに、立ち向かい、いつしかボールは上手く上がるようになっていた。

相手チームのサーブに慣れてきたようだ。


それでも、決勝なだけあって、相手チームも譲らなかった。




24−23


1点差で負けている。しかも、相手はマッチポイント。ここで同点にもっていかなければ、ならない。


しかし、私の体力は限界だった。

バスケの後だから余計にキツイ。


(だけど・・・ここで諦める訳には・・・!)


頬を叩いて、自分を鼓舞する。


白熱した試合内容に、気楽に応援していたクラスメイトも熱の入った応援をしてくれるようになった。


相手のサーブを愛美が上げる。

(上手い・・・!)

この試合中で一番良い、お手本のようなレシーブ。

ふわりと上がったボール。


透のトスにタイミングをあわせて、私は跳び・・・そして・・・ボールを打った。

ボールが床に落ちる音がした。


”ピー!”


「・・・アウト!25−24!E組の勝ち!」


体育教師が、そう言って試合終了を告げた。


「「「え!?」」」

「今の入ってただろ!?」

「絶対入ってたって!」


私達は唖然とした表情を浮かべ、言葉を失った。

応援していたクラスメイトは野次のような、抗議を訴えたが


「いや、アウトだ。次、男子のフットサルだ。準備しろ。プログラム押してるぞ。」


体育教師は時間が無いから、と言いながらさっさと審判台から降りた。


「・・・マジかぁ・・・。」


透が手で顔を覆って、そりゃないぜと溜息をついた。

私は恐る恐る愛美を見た。

愛美は・・・



「天ノ川・・・?」


愛美は、泣いていた。

そして、愛美を見ていた私に気付くと、愛美は頬を伝う涙を拭ってから、ニッコリ笑って見せた。


「・・・悔しいですね!こんなに悔しいって思えたの、初めてです・・・!」


笑顔だったけれど、握られた拳は震えていた。


愛美が悔しいと言った瞬間、一緒に戦っていたチームメイトが即座に愛美を囲んで一緒に泣いた。


「ホント、もうちょっとだったよね!」

「しゃーない!うちら、一生懸命やったもん!」

「あー!でも勝ちたかったー!」


口々にそう言って、涙を拭ってみんな笑った。

たまらず私は言った。


「ご、ごめん・・・私が、最後・・・もっとちゃんと決めていれば・・・」


何が、お助けヒーローだ。



結局、私がした事なんて・・・恥ずかしい台詞で皆を炊きつけようとして、混乱させただけだ。

チームの流れを変えたのは、私じゃない。

頑張ったのは、私じゃない。



みんなだ。




「何言ってんの!東條(妹)!」

「東條(妹)もチームメイトでしょ!」

「ちょっと暑苦しかったケド!」

「あ、それ言うなって!良いじゃん!」


そう言って、みんなは私の肩に手をかけて、笑ってくれた。




「・・・でも、負けは負けじゃない?」



そう言って、相手チームがこちらを馬鹿にしたように笑った。

ムッとしたチームメイトの一人が前に進み出ようとした時。


「・・・はい、負けました。でも、今度は勝ちますから。」


誰よりも大きな声で、はっきりと愛美がそう言った。


「よっ!」

「いいぞ!天ノ川!」


見ていたクラスメイト達が拍手で賛同してくれた。


あまりにも、愛美がすがすがしい笑顔でそう言うので、相手チームは怒りもせず、気まずそうにその場を後にした。



「・・・あーあ・・・負け、か・・・。」

私は負けてしまったな、という悔しさは残っていた。

だけど、愛美のあんな笑顔は初めてだった。


愛美の流した、多分初めての悔し涙とスッキリとした心の底からの笑顔。

クッキリと私の頭に焼きついた正直な気持ちが現れた笑顔は、日頃から男と女を行き来する、中途半端なヒーローの私には縁遠いものだった。


・・・それが見られただけでも、私は満足だった。


「ええ。でも、練習を手伝ってくれた紘君に胸を張って報告できます。」

「あ、そうだね。」


戻らなければ。

東條紘に。


愛美が会いたいのは、男の私だ。

本当の姿をしている、今の私じゃない。

本当の姿、と言っても・・・東條紘の妹って嘘がくっついているんだけど。



(・・・もう少し、女子の体操着を着ていたかったな・・・。)




「あの、東條さん、良かったら一緒に紘君の所に・・・あれ?」






「負けたわね。わざわざ、女に戻してやったのに。」

「・・・申し訳ありませんでした。」


学校の外で私は、麗香に頭を下げた。


「・・・いえ、いいわ。負けたのはものすごいムカつくけれど。」

「え?」


麗香は、意外と素直に許してくれた。


「愛美は今回、他人に負けるという経験をしたわ。学生の内にしておいて良い経験よ。

他人に負け、悔しさを覚え・・・他人と競争する心が生まれる。

あの子は優しすぎて、他人と争うって事をしたがらないから・・・今回の事で、そういう気持ちが芽生えてくれて嬉しいわ。

・・・あと、あの子の美しい涙とあの清らかな笑顔・・・私、もうそれだけで・・・幸せ・・・!」


そう言って麗香は、いつの間にか手にしていたデジカメで妹の写真を眺めてうっとりとした表情を浮かべていた。


なんというか、麗香なりに妹の事を考えてはいるんだろうけれど・・・

やっぱり、何か間違っている。・・・私は、そう思ったのだった。




「あ、東條!遅いよ!」

「ゴメンゴメン。」


球技大会の閉会式が終わり、片付けに追われた。

ウチのクラスは、総合得点で学年1位だった。

みんな、優勝って言葉を聞いて浮かれながら、掃除をしていた。


「あの、紘君・・・妹さんは?」

「あ・・・えーと・・・疲れたから帰るって。アイツ、体、弱いんだ。」


「あの、紘君、妹さんに伝えて下さいますか?」

「ん?何?」


ほうきを持つ私に、愛美が少し照れた表情で言った。


「”貴女のお陰で、自分に勝てました、ありがとう”って。」



愛美。

その言葉はね、痛いくらい、伝わっているよ。

目の前の私に。



「うん、伝えるよ。必ず。」




[ 私のHEROは女の子 その3 ・・・ END ]

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