広い宇宙の片隅で
〜1〜
広い。
宇宙は限りなく、広く。
己の想像の範疇すら超えていることに、時折感動すら覚える。
そんな宇宙に魅せられ、そんな宇宙を見守り。
そして、今の自分がある。
そう、
宇宙は広いのだ。 限りなく。
それなのに、
何故、なのだろう。
…あの日あの時、
この広い宇宙の片隅で、
奇跡とも呼べぬ微塵の確率のもと、
出会ってしまったのだろう。
彼女と…。
醜い想いだけが胸に充満する。
こんな自分は知らない。
叶わぬと分かっている願いを、何故捨てられない?
何故、こんなにも心が重たい?
想うだけ、無駄なはず。
だってそうだ。
違い過ぎる。 あまりにも。
面と向かって話すことすら、おこがましい存在。
あまりにも遠い、その存在。
なのに何故、
あの時、
運命はあんないたずらをしたというか。
そう、
多分すべてはあの時、
始まったのだと思う。
「……ここが…聖地…」
天才と誉れの高い研究員が一人、聖地の一角の小道に佇み、
そして仰々しく空を仰いでいた。
そっと胸をなで、慣れないその高鳴りを押さえてみる。
エルンストは静かに深呼吸をして、そしてまた、感慨深げにあたりを見渡した。
聖地。
外界とは時の流れすらも異なる、神聖なる場所。
宇宙を治める女王陛下。 そして守護聖。
神とも呼べる方々の住まうその場所に、今、自分はいるのだと、
エルンストは再び鼓動が高鳴ることを感じていた。
王立研究院に所属する者として、おそらく最高の栄誉。
それがこの、聖地の王立研究院という場所だ。
そして、誰あろう自分こそが、その場所の主任という地位を任されているのだ。
これほどの喜びがあろうか。
宇宙に魅せられ、研究員となり、
一心不乱にここまで来た。
ここまで、これたのだ。
エルンストは、再びあたりに目を移し、
そして一つだけ深呼吸を済ませると、
高揚していた顔は、いつもの冷静な彼に戻っていた。
はやる気持ちは静めなければ、
やるべき事は山ほどある。
エルンストはそっと自分に言い聞かせる。
そう、この場所に自分が赴任してきた、その大きな理由。
以前、消滅した宇宙の後に残された虚無の空間に発生した、謎の物体。
そして、突如言い渡された、新たな女王選出試験。
女王陛下、そしてその補佐官の判断には、いつも肝を冷やされる。
全てがまだ、謎でしかない今。
自分がこの地に訪れた理由はひとつ。
全ての解明。
そして、女王試験の補佐。
本当に、やるべき事は山ほどにありそうだ、とエルンストは静かに肩を落とした。
その瞬間。
「キャッっ!」
「…え?」
二つの声と共に、あたりに重い音が響いた。
「アイタタタ…、ご、ごめんなさ〜い……」
ぶつかってきた拍子に尻餅を付いたらしく、しきりに顔をしかめながら腰をさすっているのは、まだ年端もいかぬ少女だった。
「…いえ、こちらこそ、不注意でした…」
打って変わって、多少よろけただけのエルンストは、体当たりされた側であるにも関わらず、心配そうに少女に手を差し伸べた。
そんな何気ない行動に、少女はきょとんと顔を向ける。
向けられた視線何故かとても神々しく思えて、エルンストは思わず目を背ける。
すると、少女はクスリと笑った。
そしてほどなく立ちあがった少女は、エルンストより頭一つは小さかったのだが、
なんだろう、
エルンストには、その少女は、なにかとても大きく感じられた。
「…ごめんなさい、ちょっと急いでいたものだから…」
はにかみながら言う少女に、やはりエルンストは目を合わせられない。
「い、いえ、別に私は、なんともありませんでしたし…」
早口で言う姿に、少女はきょとんと不思議そうな顔をする。
そしてふと、
「あ、その服…、もしかしてあなた、研究員の人?」
何故かとても嬉しそうに少女は言った。
「え? ええ…」
エルンストがたじたじと答えると、少女は満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ、もしかしたらこれからお世話になるかも…」
ぽつりと言うその言葉に、エルンストは訝しげに瞳を向けた。
真っ直ぐに見ると、
やはりその少女は清々しいまでに神々しい。
一体何なのかは分からないが、
何か普通でないものを確かに感じる。
「…お世話というと…あなたは研究員かなにかなのですか?」
エルンストがおずおずと尋ねると、少女は心底おかしそうに微笑んだ。
「ううん、違うわ」
にっこりと言われ、エルンストはますます訝しげな顔をする。
「そのうち、きっと、分かるわ」
少女は言った。
笑っているのか、それとも…悲しんでいるのか。
良く分からない、儚い笑顔だった。
そして、少女はそのまま静かにきびすを返す。
「あ、あの…」
歩き出そうとした少女を、エルンストは思わず呼びとめていた。
そして呼びとめた後、ふと戸惑う。
何故、呼びとめたのだろう?
そんな間の抜けた問いを自らに投げかけ、エルンストはしばし硬直し、
そしておずおずと、
「…えぇと…。あ、あなたの名前は?」
とって付けたように聞かれ、少女はそんな彼の姿に思わず微笑む。
そして笑顔のまま一言。
「アンジェリーク、…あなたは?」
「え…エルンスト、です」
「そう、それじゃまた、エルンスト」
呟くと、少女はそのまま笑顔で去って行った。
その後姿を、エルンストはいつまでも見つめていた。
そして、時はそれから数日。
王立研究院にて、初めて手渡された資料に、エルンストは目を通していた。
数日後に控えた女王試験。
その資料がそれである。
そしてふと、エルンストはその中のある一点に目を止める、
「アンジェリーク」
一人の女王候補の名前。
そして、エルンストは
そうか……
と一言心で呟いた。
聖地に居て、職員でもなくて、
そして、何故か分からぬが神々しい雰囲気を漂わせる、少女。
改めて、エルンストは納得がいった。
彼女が…、新たな女王となる可能性を秘めた、少女。
エルンストはふと、想いを馳せていた。
面白いかもしれないと、ふとはにかむ。
あんな少女の作る宇宙は、一体どんな場所なのだろうと。
別れ際に翻った彼女のその、金糸のように輝く髪を、
翡翠のように煌く瞳を、
そっと、エルンストは思い出していた。
…そう、
その時は、、まだ、気付いては無い。
その時生まれたこの想いを。
そして、彼女のこと。
すべてをまだ、
まるで知らなかった自分。
だけど、
これだけは間違いが無い。
全ては、その時、
始まったのだ、と……。
……と、いうわけで。 …何を血迷ったのか、新シリーズです(汗)
しかも思いっきり反則カップリングな(爆)
…………。
で、でも、なんだかふと浮かんで、なんだかものすごーくお似合いな雰囲気な気がしたのですよ、この二人。
しかも身分違いの恋という、エルンストの悩み度増幅というおまけ付き!(←待て)
浮かんだ瞬間、これはもう書くしかっ!
といきなり勢いで、小1時間で1話を書き上げていました。
…何話くらいになるかまだまだ未定ですが、
多分そこそこ長編にはしたいと思っています。
まぁ、マイペースで続いて行くと思いますが、どうぞ気長に付き合ってやって下さると嬉しいです。