広い宇宙の片隅で
〜2〜
「主任、エルンスト主任!」
「…………? …なんですか?」
呼びかけられた声に、エルンストはわずらわしそうに、コンピュータから顔を離した。
「明日の、女王陛下との謁見のことなのですが…」
「……あぁ、それでしたら、…資料はそこにあります」
エルンストは一言言うと、再び忙しそうに目線をコンピュータに戻していた。
「女王試験…かぁ。 候補の方達は一体どんな方なのでしょうね…」
年若い研究員がぽつりと言った言葉に、エルンストは思わず手を止める。
「……明日…ですか…」
ぽつりと呟く。
女王陛下、そして守護聖の方々。
それに加え、今回の試験に協力する者が、明日は一同に集う。
そして、
いよいよ始まるのだ。
女王試験が。
ふと、候補の資料に、エルンストは目をやった。
少々の不備により、画像はない、文字だけの資料。
そしてその一番上には、
『アンジェリーク』
そう、記されている。
数日前出会ったあの少女とは、結局のところ、1度として再開は叶わなかった。
しかし、今回は別だ。
きっと、明日、……また会える。
その思いだけが、エルンストの胸の内を大きく占めるまま、
その夜は静かに深けて行った。
「随分と大仰な建物だね…」
「…まぁ、守護聖様や陛下がいらっしゃるのですから…」
「しかし、…どうもやはり、俺には不似合いだな…」
当日の朝宮殿の前で、
どうやら既に挨拶済みらしい、3人の教官が話をしていた。
「あ、エルンストさーん」
歩みを進めるうちに、聞き慣れた甲高い声に足を止める。
「メル、…おはようございます」
「うん、おはようございます! …今日はやっと、女王候補さん達に会えるんだよね。 メル昨日からもうドキドキしちゃって…」
「………」
目を輝かせる幼い占い師に、エルンストは思わず目を細める。
「とりあえず少々手狭ですが、こちらでしばらく控えていて下さい」
宮殿仕えの者案内された部屋は、どう見ても手狭とは呼べぬ部屋だった。
エルンストは、何とはなしに落ち着かないまま、窓の外を見ていた。
宮殿の外では、既にメルが守護聖方と談笑しえいるのが見て取れる。
ふっと、小さくため息をはき、
そのまま、きびすをかえす。
どうしたのだろう、……じっとしていられない。
……このような感覚は初めてで、エルンストは己の状態に戸惑っていた。
心の奥が、ふわふわと浮いているようだ。
居ても立ってもいられず、
ただ、浮かぶのは、あの時出会った少女の顔。
早く………、もう1度……。
ぼんやりとした思考を慌てて掻き消し、
エルンストは頭を抱えながら、何気なくドアを開けてみた。
気分転換に、外の空気でも吸えば、少しは落ち着くだろうと、
多分そのようなことだったと思う。
そして、ドアを開けた瞬間。
「きゃっ!?」
「あっ」
突然開かれたドアに驚き、一人の少女が立ちすくんでいた。
「…す、すみません…、あの、お怪我は…?」
エルンストは思わずたじろぐ。
少女は、なんともあっけらかんと、微笑んで見せた。
「…大丈夫です。 こっちこそすいません。 いきなり開くと思わなかったから、ちょっとビックリしちゃって…」
バツが悪く微笑みながら、栗色の髪がはらりと揺れた。
「あの、謁見の間っていうのは、こっちでいいんでしょうか?」
おずおずと問いかけてくる少女に、エルンストは目をぱちくりとさせる。
「…え、えぇ、この先ですが…、…何か用がおありなのですか?」
思わず早口で問いかけていた。
今日、あの部屋に呼ばれているのは、
守護聖、教官、協力者、
そして、女王候補のみだ。
女性は、女王候補以外はいないはずだし、
もう一人の女王候補と言えば、…以前から顔見知りだった、レイチェルと言う名の少女。
では、この少女は?
それは素朴な疑問だった。
「……あ、…私は、王立研究員主任のエルンストと申します」
訝しげな顔をしている少女にはっとなり、エルンストは慌てて名乗る。
「……え…? あなたが、エルンストさん?」
「……は?」
突然の少女の呼びかけに、エルンストは思わずマヌケな声を出す。
「…あ、スミマセン、いきなり。 …レイチェルが色々話していたから…つい」
「レイチェルと…お知り合いで…?」
クスクスと微笑む少女に、エルンストはますますきょとんとした顔をする。
「いえ、…ちょっと前に会ったばかりです。 凄いですよね、彼女は、…なんだか、ああいう人が女王様になるんじゃないかな、なんて思っちゃうくらい」
ふいに少女は目を細めた。
「……あたしなんか、まだまだって感じで…」
呟いて俯く少女に、エルンストは今だ良く分からぬ顔をしていた。
「あ、ごめんなさい、なんかヘンなこと言っちゃいましたね。
私、アンジェリークって言います。 王立研究員の人なら、きっとこれから、色々お世話になると思います」
そう、
異様なまでにさりげなく、
その少女は言った。
アンジェリーク、と。
「………っ、ちょっと、待ってください……、それじゃ、あなたが……女王候補の……?」
あまりにうろたえるエルンストに、アンジェリークは少し苦笑を浮かべ、
「……やっぱり、らしくないですよね…」
ぽつっと呟いた。
「あ、いっけない、そろそろ行かないと…、…謁見の間は、こっちでいいんですよね」
早口で確認すると、少女はそのまま去って行った。
一人残され、エルンストは途方に暮れる。
…アンジェリーク。
試験のため、聖地に呼ばれた、女王候補。
………それでは、
あの『アンジェリーク』は?
一体………。
呆然としたまま、
しばらく、時間だけが流れていった。
「それでは、今回の試験に協力してくださる方々をご紹介しますわ」
幕の向うで、女王補佐官の優雅な声が響いている。
エルンストは心ここにあらず、と言った感じで、ほかの協力者とともに控えていた。
すると、徐々に幕が上がり、
目の前には、一同に会する守護聖の姿が見えた。
神々しいとはまさにこの為の言葉かのような、厳かな雰囲気に、一瞬呑まれる。
そう、
何をおかしな感傷に浸っていたのか。
自分が今、ここにいるのは、何の為なのか。
あやうく、見失うところだった。
この広い宇宙。
その広大なる神秘。
最たるものとも言える、この、女王試験。
…そうだ、
王立研究員主任として…それを…。
エルンストは一気に気を取りなおして、姿勢を正し、
「王立研究員主任の、エルンストです」
静かに名乗った。
隣では順番通り、メルが名乗っている。
なんとも、誇らしい気分だった。
自分はついに、このような場所まで来れたのだと、
胸が高鳴るのを感じる。
その時、ふと。
視線を感じた。
本当に、何気なく、
エルンストはあたりに目をやる。
守護聖、そして、その正面には、
女王陛下とその補佐官の姿。
ふと、ある一点で視線が固まる。
見えたのだ。
純白の布がはためくその隙間。
冠の輝きにも褪せることなく、
光を纏う、金糸の髪。
ふと、顔面の布を払い、
側にいる補佐官に話しかける姿に、
エルンストは目を見開いたまま、硬直した。
その顔は、
その、無邪気な笑みは………。
足が、小刻みに震えている。
なんという、
なんということなのだろうと、
エルンストは立ちすくむばかりだった。
隣にいるメルは、少し気付いたようで、不思議そうにエルンストを見上げていた。
ふと、雑談を止め、金の髪がはらりと揺れる。
女王はそのまま、ふと、
ある一点に視線を移していた。
そして、何の臆面もなく、
にっこりと、
満面の笑みを浮かべていた。
「ね、言ったでしょう。 また、会えるって…」
女王の呟いた言葉に、補佐官がきょとんとした顔をする。
しばしの間、二人の視線が離れる事はなかった。
……反則シリーズ第二段です(苦笑)
やっとこ『アンジェリーク』の正体発覚までこぎ付けました。
なんだか、スローペースですね、この話(汗)
ま、とにかく、次回からは思う存分、エルンストを悩ませられる、ということで(待て)
……しかし、書いていてナンですが、妙に懐かしい気分になりました。
今や既にコレットちゃんも女王ですしね(苦笑)
私は今だにSP2至上主義なので、やはり書いていて楽しいのは、
コレットちゃん候補時代です♪
とにかく趣味にだけ突っ走ってますけど。
どうぞ次回もよろしくお願いします(^^;