あなたとめぐり会うまでは
〜1〜
…出会いは、本当にいつも突然で、
それが運命なのか、偶然なのか、
それさえも分からぬまま、ただ、時は流れて行く。
でも、ただひとつ分かっていること。
あなたと巡り合うまでは、
知らなかった風景があった。
あなたと巡り合うまでは、
見向きもしない、世界があった。
まるで違う性質の存在。
決して交わるはずも無いと思っていた心が触れ合ったとき、
少しだけ、世界の色が変わった気がした。
「……あ〜、はい。 それでは、地の力を新宇宙に送っておきますね〜」
「よろしくお願いします、ルヴァ様」
のんびりとした声と甲高い声が響いた後、
地の守護聖の執務室の扉は、カチャリと音を立てて開いた。
にっこりと会釈をして退室する少女。
そして、それを静かに見送る部屋の主。
少女が部屋を出て、しばらく宮殿の廊下を歩いた頃、
『ふぅ……』
宮殿の廊下、
地の守護聖の執務室。
まったく別の場所で、ほぼ同時に、似たようなため息がもれた。
…少女…、アンジェリークは、ため息をついた後、ふっと手近な空を見上げ肩を落とす。
地の守護聖、ルヴァもまた、何気なく窓の外を覗いた。
…どうも、苦手なタイプだ。
二人の思うことは、同じだった。
新たな女王試験が始まって、もう随分と時間がたった。
女王候補の、アンジェリークとレイチェル。
そのどちらも、勝気で気の強い少女で、どうもルヴァは、他の守護聖や協力者に比べ、彼女達とは中々馴染めずにいた。
特に、人当たりが良く、当たりの軽いレイチェルと違い、アンジェリークは、苦手なタイプだった。
いつも何かにイライラしているようで、話しかけるのも気がめいる。
それに、
いつもマイペースなルヴァの行動が、どうも彼女の波長とは合わないらしく、
一緒にいると、なんだかそれだけで疲れてくる。
アンジェリークの方もまた、
回りとはずれまくった、彼のペースには、ほとほとうんざりしているし、
そもそも、人の良いその性格もまた、何かにつけ気に触る。
いつしか、二人はあまり顔を合わせることさえ珍しくなり、
今日のように、たまにある育成のお願い意外は、ほとんど会うことも無くなっていた。
「…は〜。 …やはり、女王候補と守護聖として、もう少し打ち解けなければいけなんでしょうね…」
ルヴァは、窓の外を見上げながら、ぽつりと呟いた。
「ルヴァ様ー、こんにちは」
ぼーっと、考え込んでいたルヴァの耳に、扉の開けられる音とともに、聞きなれた声が届いた。
「おや、マルセル、どうしたんですか」
にっこりと佇むマルセルに、ルヴァはにっこりと話しかけた。
「ちょっとお菓子を作ってみたんで、ルヴァ様にも、食べていただこうかと…」
マルセルは、にこにことしながら、小さな包みを取り出した。
「おや、それはすごいですね〜」
ルヴァがマルセルの手から受け取った包みを、真剣に見つめている時、
マルセルは、ふいに俯いて肩をうなだれた。
「おや、どうしたんですか、マルセル」
ルヴァが心配そうに声をかけると、マルセルは力無く顔を上げ、小さくはにかむ。
「さっき、アンジェリークとすれ違ったんです」
マルセルがため息混じりに呟く姿に、ルヴァは怪訝そうな顔をした。
「彼女は先程までここに来ていましたからね。 でも、それが何か…?」
心配そうなルヴァと一瞬目を合わせ、マルセルはまた、俯いた。
「…なんていうか…、僕、ちょっと彼女のこと、苦手みたいで…」
言いづらそうに、マルセルは呟いた。
「…いけませんよね、守護聖がこんなこと言っていちゃ…」
顔をしかめるマルセルに、ルヴァは驚きのあまり、声をかけれずにいた。
自分以外にも、彼女を快く思っていない者がいるとは思わなかった。
そういえば、
ルヴァは記憶をたぐってみた。
すると、
守護聖や、試験の協力者たちと、アンジェリークが、親しく交流していることの憶えが、まるで無いことに、初めて気がついた。
「あの、ルヴァ様。 このことは他の方には言わないで下さいね。 あの…それじゃ僕、これで…」
気まずそうに立ち去ったマルセルを見送りながら、
ルヴァは初めて、
アンジェリークという名の少女のことについて、考え込んでいた。
彼女はいつも、勝気で、強情で、
頑として信念を曲げず、
試験のほうも、レイチェルと抜きつ抜かれつ、
「絶対に負けないから」
それが彼女の口グセだった。
そして、ふと、思い出す。
彼女はいつも、一人でいた。
「……ふぅ…」
小さく息を漏らしながら、アンジェリークは、手近なベンチに腰を掛けた。
夕暮れ時の庭園は落ち着く。
一人で静かになりたい時は、決まってここが指定席だ。
試験が始って以来、気が休まる、ということがあまり無い。
元々秀才のレイチェルと違って、アンジェリークにとっては、全てがとまどいの連続。
追いついて行くが精一杯。
負けたくない。
その一心で、ここまで来たけど、
ふと気がつくと、アンジェリークの周りには、誰も居なくなっていた。
気さくなレイチェルは、
女王試験という使命を果たしながら、聖地にいる、色々な人物とも、隔てなく交流を深めていて、
彼女の周りには、いつも笑顔が絶えない。
それに比べ、
試験だけで目一杯でいるアンジェリークには、周りに目を向ける余裕さえ、持てなかった。
気がつけば、いつしか、一人で居ることが普通になっていた。
でも、
それでもいいと、アンジェリークは思っていた。
自分は、試験のためにこの聖地まで来ているのだから。
試験に勝てば、それでいいと、
そう思っていた。
でも、
時々
今日のように、ふいに、夕暮れの庭園に足を運びたくなる時は、
決まって、
涙がこぼれそうになる。
どうしてかは分からない。
むしょうに、泣きわめきたくなってくる。
アンジェリークは、
またひとつ、ため息をついた。
あたりが黄昏に染まった頃。
ルヴァは、ふと、ひとり庭園を歩いていた。
考え事が煮詰まった時、よくここには足を運ぶ。
さわやかな森から吹きこんでくる風が、頭の中のもやもやを吹き飛ばしてくれる。
ルヴァは、静かに庭園の小道を進みながら、
ふと、足を止めていた。
少し先のほうに見える人影。
栗色の髪に、赤いリボンとスカートが印象的な、制服。
アンジェリークは、俯いたまままた、ため息ををついていた。
ルヴァは、思わず息をひそめた。
正直、驚いた。
力無い、悲しそうな顔。
今にも泣き出しそうな、弱気な瞳。
彼女のあんな顔を見るのは、初めてのことだった。
ふいに、アンジェリークの顔が動いた。
ルヴァははっとなり、思わずうろたえる。
しかし、アンジェリークの顔は、ルヴァがいる方とは、違った方向を向いていた。
良く見ると、小さな茶色の物体が、アンジェリークの膝元に蠢いていた。
「…リス…? どこから来たのかしら」
アンジェリークの呟きが聞き取れた。
呟いた後、アンジェリークはひょいっとリスを腕に乗せた。
そして、小さなリスを顔を向き合わせ、にっこりと微笑んだ。
それを見つめていたルヴァは、
ドキリ、と鼓動が揺れるのを感じた。
彼女が、あんな表情をするとは、思わなかったのだ。
アンジェリークは、リスを静かに手近な木に乗せ、また、微笑んだ。
「ほら、暗くなる前に早くお帰り」
言いながら、リスの背中を何度か撫でる。
そして、ふと、寂しそうに笑った。
「…いいね、お前にはすぐに帰れるところがあって…」
呟いたアンジェリークの顔は、ひどく寂しげだった。
「…あたしは、…このままじゃ帰れないよ…。」
静かに言いながら、アンジェリークはリスを撫でていた手を止めた。
「女王候補に選ばれて、…周りは勝手に期待して、…それなのに、あたし、折角選ばれたのに…、レイチェルに追いついているのがやっとなんて…。 もし、試験に負けたら、一体どんな顔して戻れって言うの…」
アンジェリークは俯いたまま、肩を付いた。
「研究院始まって以来の天才だかなんだか知らないけど…。 あたしだって、女王候補なんだよ。 …あたしだって、女王様になりたいよ……なのに」
アンジェリークは、いつのまにか、膝を曲げてうずくまっていた。
ルヴァは静かに、その場を立ち去った。
今の彼女にかけてやれる言葉は、思いつかなかった。
いや、それ以上に、
あの場面は、彼女にとって、
きっと、見て欲しくないものだと、思ったから。
いつも強気で、いつもひとりで頑張り続けていた彼女。
初めて知った。 あんなに弱い彼女を。
守護聖、という立場を、長いことしていると、中々気付かなかったが。
女王候補、というものは、本当にすごいもので、
それに選ばれることさえ、並大抵のことではない。
それに選ばれたとあっては、
周囲の人間の期待は、一体いかばかりだろう。
前試験の時は、あまり考える暇もなかった。
ごく普通の少女が、
突然、天上人となるチャンスを得る。
それがどれだけの重荷にもなりうるか、
ルヴァは初めて、それを知った気がした。
ふと、アンジェリークの悲しげな表情がよぎる。
そして、その顔は、何故か心に焼き付いて、中々離れることはなかった。
ルヴァはその時初めて。
アンジェリークという名の、少女に、興味を抱いていた。
…というわけで、アンジェのシリーズ創作第二段。 ルヴァ×勝気ちゃんです。
すでに、トロワまで発売されているっていうのに、今更のようにSP2ネタです(爆)
いえ、実は、サイト解説当初、セイランの話と、どっちを先に書くか悩んでいたネタなんです。
それで、セイランの話が長引いたので、こんなに後回しになってしまったわけですが…。
でも、SP2の性格別のカップリングは、色々と考えるのが面白いので、これからもまだ色々書くやもしれません(笑)
ルヴァ×勝気ちゃんは、かなり前からのお気に入りで、セイアンにエルアンつぐカップリングだったります(^^;
いつものんびりのルヴァのペースをガンガンかき乱し、ぐいぐい引っ張って行って欲しいものです(苦笑)
それに、勝気ちゃんには、どうも、ほんとはコンプレックスの裏返しの意地、のようなもの、というイメージが、勝手にあるんです。
…ので、まぁ、そんな趣味に走りまくった話ではありますが、
どうぞ最後まで付き合ってくださると嬉しいです。
ちなみに、この話は、多分4.5回くらい以内ではおわる予定です(^^; …以前のセイアンシリーズがやけに長引いたので、今回はちょっと短め目指してみたり、と(笑)
それでは、そういうことで…、次回もよろしくお願いします。