あなたとめぐり会うまでは
〜2〜
「…あ、あの〜、アンジェリーク…。 今度の日の曜日は、…その〜、お暇ですかね〜?」
いつものように、育成のお願いにやってきて、
用件だけ済ませ、さっさと立ち去ろうとするアンジェリークに、
ルヴァはおずおずと話を切り出した。
一度、一日ゆっくり、彼女と向き合ってみよう。
先日、庭園で彼女を見て以来、心に決めていたことであった。
だが、
当の彼女は、
何やら、不信げに、こちらを向いたまま固まっていた。
…なんというか、
驚きを隠せないような。
ルヴァは、ゆっくりと微笑みながら、
彼女が落ち着くのを黙って待っていた。
……今の…何?
それが、アンジェリークの感想。
だって、思っても見なかった。
今まで、レイチェルが、守護聖たちと連れ立って出かけるのは、良く目にしたが、
自分は、ほとんど誘われたことは無かったし。
さそわれても、大体、話すうちに気まずくなって、早々と家路につくだけ。
そして、2度と誘われない。
だから、思っても見なかった。 まだ、自分を誘ってくる相手がいるとは。
そして、その人物が、また、あまりに以外だ。
彼に、良い印象を与えるような行動をした覚えは、まるでない。
それどころか、意識して避けていた相手。
はっきりいって、
あまり気は進まない。
だって、
彼と一日一緒に居るなんて、考えただけで気が重い。
…でも、何故だろう。
誘われた、ということが、それほど嬉しかったのかもしれない。
断ろうとは、思えなかった。
いや、それよりも…。
「…いいですよ、別に」
気がつけば、言葉が口をついて発せられていた。
そして、その日はすぐにやってきた。
朝から、何か落ち着かない。
予定のある休日が、こんなに嬉しいなんて、
しばらく忘れていた。
そうこうしている間に、ドアに静かなノック音が響く。
「…あ、あの〜、こんにちは。 えと……、今日はよろしくお願いします」
顔が会った途端、見なれぬ、はにかんだ笑顔に、ルヴァは少し驚き、しどろもどろと口を開いた。
「えぇと…じゃぁ、どこにいきましょうかね〜……」
ひたすらのんびりと言う彼のペースに、アンジェリークは内心げんなりしていた。
…やっぱり、この誘いは受けるべきじゃなかったかも…。
それが、その時の正直な感想。
「……じゃあ、とりあえず、庭園にでもいきます?」
しばらくほうっておいたけど、一向に結果が定まらないルヴァに痺れを切らせて、アンジェリークは少し声高に言った。
声質もいつもより低くなっている。
…また、やってしまった。 アンジェリークは密かに思っていた。
いつもこう、相手にペースを待てず、ついいらだって、そして相手を不快にする。
分かってはいるのだが…。
アンジェリークは、つい、ルヴァのほうをちらりと伺った。
すると、ルヴァは満面の笑みを浮かべて、
「あぁ〜、そうですね〜。 こんなに風が暖かい日に庭園に行くととっても気持ちが良いんですよ〜」
何のためらいもなく、アンジェリークのだした提案に心から喜んでいた。
…なんだか、調子が狂う…。
少しほっとしながらも、アンジェリークはそんなことを考えていた。
「ふ〜、良いお天気ですね〜」
庭園の入り口でふと立ち止まったルヴァが呟いた一言に、アンジェリークは思わず空を見上げる。
所々に小さな雲が浮かんだ、晴れわたった空。
聖地に来てからというもの、これ以外の天気を見たことは無いのだが…。
そして、アンジェリークはふとルヴァの方を見た。
一心に、嬉しそうに空を見上げている。
…この人の方が、自分より、比べ物にならないほど長く聖地に居るはずなのに…。
なんだか不思議だ。
アンジェリークはふと思い、そしてまた、空を見上げた。
そういえば、聖地に来てから、天気など気にしたことなんて、無かったかもしれない。
暖かな風が、今日は妙に心地よかった。
「…あ〜アンジェリーク、野菊が咲いていますよ…、ほら。 この植物はですね…」
「……、…もう十分ですよ、植物の説明は…」
「…そうですか〜」
庭園に入ってしばし、
見る草見る花、それぞれ名前の由来、生息地、果ては栽培の仕方に料理の仕方。
いちいち丹念に説明しまくられ、アンジェリークはいい加減嫌気が差していた。
大体、庭園の入り口から数歩しか進んでいないこの場所に、一体何十分居たと思うのか。
「…それより、早くカフェテラスへ行きましょうよ。 あそこのケーキはとっても美味しいんですよ」
必死にせかすアンジェリークに、ルヴァは少しつまずきながら、何とか付いて行った。
正直、ルヴァには良く分からなかった。
こんなに日差しが暖かいのに、こんなに心地良い風が吹いているのに、
どうして、そんなに急いで先へ行かなければならないのか。
まだ、今日と言う日には、たくさんの時間が残されいるというのに。
でもまぁ、
それでも、必死でカフェテラスへと誘う彼女は、とても楽しそうだから、
それでもいいかなと、静かに息をついた。
「へぇ…、マルセルに聞いてはいましたが、…本当に良い味ですね〜」
「でしょう! お奨めなんですよ♪ …ルヴァ様は一人でこういうとこ来なさそうですもんね〜」
にこにこと相槌を打ちながら、ケーキをぱくつくアンジェリークが、なんだがとっても可愛らしく思えて、ルヴァは静かに微笑んだ。
ふと、前の女王試験の時の事を思い出す。 …やはり、ふたりともお菓子が好きだった。
こんな風に無邪気な彼女を見ていると、皆変わらぬ、一人の少女なのだと、少し気分が落ち着く。
「どうしたんですか? …食べないなら、あたしが食べちゃいますよ」
皮肉っぽくアンジェリークは微笑んだ。 その顔がなんだか可笑しくて、ルヴァはにっこりと自分の皿を差し出した。
「……これは、女王陛下の肖像ですね…」
カフェテラスを離れしばし、
庭園の真中、一体の像の前で、ルヴァとアンジェリークは佇んでいた。
ルヴァは気づいていた、隣に居る少女の、雰囲気の変わりように。
さっきまで、ケーキを前に浮かれていた彼女とは、かなり違う。
女王…、その一言が、彼女をどんなにか追い詰める。
少し、心苦しい。 何も言ってあげられぬ、自分が。
言葉少ないまま、東屋で休息をとっていた時、ふとアンジェリークは森の方を見ていた。
つられて、ルヴァも景色を眺める。
既に、景色は茜色に染まっていた。
そろそろ、今日も終わり。
…結局、自分には、アンジェリークの心に触れることは出来ないのか、
ルヴァは少し落胆していた。
彼女に興味を持ち、彼女を知りたいと思い、思いきって誘い出しては見たものの、
結局のところ、彼女は今、自分の隣で切なげな表情を浮かべている。
少しばかり、くやしかった。
そして、また、気がつくと彼女の顔を見つめていた。
すると突然、
「そうだ!」
振り向きざまに、叫んだ声に、ルヴァは驚き、目をぱちくりとさせていた。
「まだ、時間ありますよね、ルヴァ様」
「……え? ……えぇと…、でも、もう夕方ですよ…一体何を…」
「いいから、行きましょ!」
何だか分からぬまま手を引かれ、ルヴァとアンジェリークは、庭園に程近い森の奥へと入っていった。
「……あ、あの〜、どこまで行くんですか? 日が暮れると森は厄介ですよ…」
「大丈夫ですよ、そんなにかかりませんって、そこの池までです」
「池って…、森のはずれの? …今からじゃ片道だけで十分日が暮れてしまいますよ」
「もー、大丈夫って、言ってるじゃないですか、…じゃあ、ちょっと走りましょうか」
「え……」
いわれるままに手を引かれ、そのまま二人で小走りで森の細道を駆け抜けて行った。
ルヴァは、慣れない行動に息を切らせながら、それでも何故か心地良い何かを感じていた。
池に付いた時、
アンジェリークの言ったとうり、まだ辺りは茜色の夕日に染まっていた。
ルヴァは正直、少し驚いていた。 自分ではとうてい想像し得ないこと。
あの時間から、この場所に来ようなんて。
もし、自分一人なら、真っ先にあきらめてしまうようなこと。
なんとなく、ルヴァには分かった気がした。 この少女が、女王候補である意味が。
「で、でもなんで、こんなところに…」
ルヴァがふと尋ねようとすると、アンジェリークはすでに数歩先の木陰に歩いていた。
「…いたいた…」
にっこりと、木陰に腰を下ろすアンジェリークの腕には、小さな茶色い物体が乗っていた。
「……リス……ですか?」
思わず問い掛けると、アンジェリークはにっこりと笑って。
「えぇ、…この間、ちょうどこの辺りで巣を見つけたんです。 ほら、そこがこの子のお家」
近くの大きな木の幹を、アンジェリークは指差していた。
にこにことリスをあやすアンジェリークを見ながら、ルヴァは静かに腰を下ろした。
時折、釣りをしに来る場所ではあるが、なんだかまるで違う印象を受ける。
しばらく、時を過ごした後、ふいにリスを森に放し、アンジェリークが近づいてきていた。
そして、隣に腰を下ろし、
「…ごめんなさい、こんなところにまで付き合わせて…」
力なく、彼女は言った
「…なんかちょっと、弱気になっちゃって…。 でも、あたし、そんな自分は嫌で、…それで無償に、会いたくなっちゃって、あの子に…」
ぽつ、ぽつと、アンジェリークは言った。
照れたような、バツが悪いような、口調で。
「……そろそろ、帰りましょうか…。 ホントに日が暮れそう」
はにかみながら笑い、アンジェリークは立ち上がった。
「…じゃあ、また走って行きますか?」
にっこりとルヴァが言うと、アンジェリークはふっと微笑み、
「いいですよ、ルヴァ様に転ばれでもしたら大変でしょう?」
いたずらっぽく言って、足早に森を歩き出していた。
庭園に戻った時、丁度日は暮れ、
二人はその場で別れ、帰路に付いた。
寮まで送ると、ルヴァに再三言われたのだが、その分帰りが遅くなるから、とアンジェリークは頑なに断った。
「は〜、大丈夫ですかね〜」
心配そうに呟き、ルヴァは薄闇の落ちた道を歩いていた。
まぁ、彼女のことだから、多分大丈夫だとは思う。
自分には無い、心の強さ。 それさえあれば、何があっても大丈夫、そんな気がする。
「さてと、…私邸まで、ちょっと走りますかねぇ…」
にっこりと呟き、ルヴァは小走りに歩みを進めた。
走った時の、頬に当たる心地良い風。 彼女が居なければ知り得なかったこと。
なんだか、少し得をしたような、そんな気分だった。
とっぷりと日が暮れた後、アンジェリークは自室の窓辺で、静かにため息を付いた。
なんだかおかしな一日。
休日が、こんなに早く感じたのは久しぶり。
ふいに、手近に置いた花瓶に目をやる。
確かこの花は、寒冷な地方に咲く珍しいものだと言っていた。
…備え付けられた花に目をやることなんて、今まで無かったのに。 アンジェリークはふと苦笑いをした。
そして、空を見上げる。
「……いい天気……」
一面の星空に、思わず呟きをもらしていた。。
…すこしだけ、今までと何かが変わった、
そんな一日は、静かに幕を閉じていた。
…ということで……。 なんだか予定より結構遅れてしまいましたが、ルヴァ×勝気ちゃん第二話です。
しかし何やら、異様に長い…(汗)
何か、ルヴァ様書き出すと、長くなりますね、話(笑)
あの方を動かそうとすればするほど、際限無くほのぼのムードが続きまくりそうになってしまいます。
…前回、短くまとめたいなんて口走っていたけれど、…先行き不安な今日この頃(←待て)
とりあえず、今回はそこそこ元気な勝気ちゃんであります(^^; 前回は思い悩む彼女がメインで、ちょっと勝気っぽさが足りない気がしたので、なんかちょっと動かしたくなったらしいです。
今回、二人だけをメインにしたので、次回からは他キャラも交えたいなぁ、なんて思っています(^^)
題して、ルヴァ様奔走、勝気ちゃんへの理解を深めようの巻(笑)
では、まぁ、そういうことで…。