ライバルはお兄様?
中編
……この気持ちは、一体どこからやってくるものなんだろう。
自分の力でコントロールできない自分の気持ち。
こんな想いに最初に気付いたのは、一体いつのことだったのかしら。
止めようとしても止まらない。
…もう、手遅れですわ。
たとえ、あなたが誰を好きでも。
たとえ、あなたを誰が好きでも。
この想いは、
もう止まらない。
「あれ、姫ではありませんか。 …こんにちは」
「し、シルフィス!? な、なんでこんなところにいますの!」
今日も今日とてお忍びに出ようかと、こっそり王宮の裏口へ向かっている途中、突然声をかけてきた以外すぎる人物に、私は思わず硬直した。
「…隊長のおつかいで殿下に届け物があるんです、…でも、王宮は不慣れで…、少し迷ってしまったようです」
照れて頬をポリポリと掻きながらシルフィスは答えた。
「お、お兄様に!?」
「はい、…それが何か?」
突然大きな声をだしてしまったので、シルフィスは少し驚いたような顔をしている。
でも、そんなこと気にしている場合ではありませんわ! シルフィスがお兄様の所へお届け物なんて情報を得て、私がじっとしていられるわけないですわ。
…昨日の夕暮れ、お兄様とシルフィスを見てから、ずーっと考え込んでしまいましたけど。
やっぱり私はシルフィスへの想いをあきらめることはできませんわ。
…それに第一、シルフィスを「お姉様」なんて呼びたくありませんもの!!
「わ、わたくしが代わりにお届けいたしますわ! えっと、届ける物はこれですのね」
私は、自分でも分かるほど顔を紅潮させながら、しきりに視線をそらし、シルフィスが小脇に抱えていた小包のような物を、ひったくるように奪った。
「あ。 ひ、姫!?」
シルフィスは驚き、
そしてふいに微笑みかけてきた。
「…分かりました。 ではお願いいたします」
にっこりと目を細めながら言うシルフィスに、私は少しの間、ぼーっとしてしまった。
それから、しばし雑談した後、シルフィスは王宮から去って行った。
結局、私があわてて届け役を引き受けとことに対しては、まったく聞かれなかった。
…私がひどく慌てていたせいかしら。
だから、聞かないほうがいいと思ったのかしら。
…そんなささやかに心づかいに、私はめっぽう弱い。
今更のように、胸の奥がキュンと鳴った気がした。
「ふー」
大きな扉の前で、私は一つ深呼吸をする。
そして、意を決して扉を叩いた。
とんとん
「ん? 誰だ?」
扉の向こう側からお兄様の声が聞こえる。
私はすぅっと息を吸い込んでから、
「わ、わたくしですわ」
なんとか出した声は、かなり不自然にうわずっていた。
「なんだ、ディアーナか、めずらしいなわざわざノックするなんて…」
扉を開けながら、お兄様は不思議そうに尋ねた。
「ん? 何を持ってるんだ?」
お兄様は、私を見るなり小脇に抱えた箱を見つけ、私の顔を覗き込んだ。
私はたまりかねて、箱をお兄様につきつけ。
「し、シルフィスからの預かり物ですわ。 レオニスからお届け物だそうですわ」
一気にまくしたてた後、慌てて視線をそらした。
そらした視線のやり場に困り、ふいに再びお兄様のほうを見ると、明らかに紅潮した顔をして佇んでいた。
「シルフィスが…、もしかして王宮に来ていたのか?」
瞳を輝かせながら問うお兄様。
私は少しだけ胸が痛くなった。
「…もうとっく帰りましたわ」
私が視線をそらしながら呟くように言うと、お兄様は少しがっかりしたようなため息を漏らした。
「…そうか。 …わざわざありがとうディアーナ。 …じゃあ、私は執務があるから」
寂しげに微笑みながら言うお兄様に、私は何も言えずに俯いていた。
「はぁ」
何度目かのため息をつきながら、真っ白いテーブルにもたれかかる。
何気なく喫茶店を見まわすと、あいかわらずほかの客は居なかった。
もうひとつため息をつきながら、目の前にある紅茶の中に浮かぶレモンを、ティースプーンでつついてみる。
…どうしたらいいのかしら、一体。
お兄様とシルフィスを遠ざけようとして、そしてどうするというの。
…なんにもならない。
それは分かっている。
でも、じっとしていることなんてできませんわ。
…二人が黄昏の中で微笑み合う姿を思い出すだけで、胸の奥が痛む。
「やっほーディア−ナ! なにこんなとこで机に突っ伏しながらくら〜い顔してんのよ?」
「きゃっ! め、メイ!?」
突然後ろから肩を叩かれ、私は思わず机から飛び起きた。
「もー、『きゃっ』はないでしょーが、あたしはバケモノかー?」
「…もー、…なんですのいきなり」
「なんですのって…、んなとこでひたすら暗い顔してたら、誰だって心配するっしょ。 …で、なんかあったの?」
けらけらとしながら、メイは私の正面の席に腰掛ける。
…私、そんなに暗い顔してたのかしら…。
「……はは〜ん」
気がつくと、メイが目前までつめより、ニヤリとして私を除きこんでいる。
「…さては、シルフィスとなんかあったんでしょ」
…ぎく。
「一人ため息をつきながら思い悩む…。 かーっ、恋する乙女だねぇ〜」
メイはニヤニヤしながら茶化す。
…まったく、どうしてメイって、こーゆーことにはするどいのかしら。
ニヤけていた顔が一瞬真剣な面持ちになったかと思うと、メイは私を真直ぐと見た。
「…で、何があったの、一体」
「な…なにもありませんわ…」
目をそらしながら言う私。
…冗談じゃありませんわ、メイにお兄様のことを話したりしたら、きっとすぐにでも国中の噂になってしまいますわ。
私のシルフィスへの想いは、かろうじて口止めできているようですけど。
だが、そんな私の言葉を、馬鹿みたいに信用してくれるメイではない。
「…なんにもなくて、あんたがそんなんなるわけないでしょーが。 …ま、言いずらいんならいいけどさ」
メイはそう言うと、手元にあったメニューを見ながら何かを注文し始めた。
メイのこういうさっぱりしたところは、私は結構好きだ。
しばしの間、お互いに注文したお菓子などをつつきあう。
なんとはなしに無言の空気が少し重い。
「あ〜! もう、なんなのよこのおもったる〜い空気はっっ!」
先にその空気にたまりかねたのはメイだった。
「ねぇ、ディアーナ、言いづらいことなら、別に無理して言うことも無いんだけどさー、そーんなに暗くなってると体にも良くないって。 …第一回りに伝染するよ、その空気」
メイが必死にまくしたてても、私は俯いたまま顔を上げなかった。
「………。 もー何なのよ一体。 …さては振られた? シルフィスから『私、女に興味ないの』とか言われたりとか? それとも……」
「……え!?」
なおも、まくしたて続けていたメイの言葉に、私ははっとなった。
…そういえば。
何で今まで考えなかったのかしら。
…そうよ、シルフィスは…。
「ちょっと、どーしちゃったのディア−ナ?」
突然呆けたように考え込む私に、メイはひどく戸惑っているようだった。
…シルフィスは、男の人と女の人と、一体どちらを恋愛対象に見ているのかしら。
…なんともうかつな話ですわ。
当の本人の気持ちを何も考えていなかったなんて。
突然生まれた自分の想いと、驚きの事実とに翻弄されながら、肝心なことをすっかり忘れていましたわ。
「おーい、ディアーナぁ…」
向かい合いながら、メイはおろおろと私に話し掛けつづけていた。
「ねえ、メイ」
「わっ! …はーびっくりした。 どっか別の世界に旅立っちゃったかと思ったじゃない」
メイは、胸をなでおろし、一つため息をつく。
どうやら本気で心配してくれていたようだ。
「メイは、どう思いますの?」
「は? なにが?」
「…シルフィスは…、男と女と、どちらに興味を持っているのでしょうか…?」
「へ?」
メイは、いきなりな質問に面食らっているようだった。
「…そんなこと…、本人に聞いて見なくちゃわかんないよ…。 …って、あんた、振られたわけじゃないわけ?」
ぽりぽりと頬を掻きながら、要領を得られない様子で、メイは答えた。
「そう…ですわよね…やっぱり…」
再び俯き落ち込む私に、メイは再びため息をついた。
「ふぅ」
メイと別れた後、何とはなしに王宮へ帰る足取りが重く、私は立ち止まりため息を漏らした。
そういえば。
…お兄様は、どうなのかしら。
気にならないのかしら、シルフィスが男女どちらを好きか。
…それとも、もうご存知なのかしら。
…もしそうだとしたら……。
何度目かのため息をつきながら歩いていると、ふいに目前に迫る足音に気がついた。
「きゃっ!」
思わず激突して、私はしりもちをついてしまった。
「…たたっ……」
「大丈夫ですか!? ……あ…!?」
「あ、す…すみません。 私は大丈夫ですわ…。 それより……、!?…」
あわてて顔を上げ立ちあがろうと、差し伸べられた手のほうに目をやると、見なれたブルーの瞳が大きく見開かれていた。
「お、お兄様!?」
「…ディアーナ、なんでこんなところに…!?」
「…まったく、いつもあれだけ私のお忍びを叱るお兄様が、まさか自らお忍びでこんな所をうろうろしているなんて…!」
「…ディアーナ、それとこれとは話しが別だ…、私がお前のお忍びを叱るのはだな…」
「お兄様が何を言われても、説得力ありませんわ」
大通りから少し離れた場所にある喫茶店、…とは言っても、私の馴染みの店ではなく、お兄様の行き付けだと言う店。
店内は、お世辞にもしゃれているとは言えないけれど、何となく清潔感のある小奇麗な感じが心地良い。
あたりには、他の客はほとんどおらず、外を行き交う人の流もまばらだ。
…お忍びをしていると、自然にこういうスポットを見つけるものなのかしら。
何とはなしにお兄様の方を見ると、バツの悪そうな顔でコーヒーをすすっている。
…なんか、気まずいですわ。
普段なら、お兄様のお忍びなんて見かけたら、もっと冷やかしたりできますのに。
どうも、シルフィスとのことで頭がいっぱいになってしまう。
今さっきも、そんなことで頭がいっぱいになっていたばかりですし…。
あぁ、でもこんなにもじもじとしていると、お兄様に変に思われますわ。
どうしたか、なんて聞かれたら、一体なんて答えればいいんですの?
お兄様は、私の想いも、私がお兄様の想いを知っていることも、知らないというのに…。
「なにを一人で百面相をやっているんだ?」
「え!?」
お兄様の言葉で我に返ると、さも不思議そうな顔をして、私を除きこむお兄様の顔がどアップで目に飛び込んだ。
「な、なんでもありませんわ!」
誰が見ても怪しいほどあせりながら、私はあわてて顔をそらした。
そんな私のしぐさを見て、お兄様はひとつため息をつく。
「……分かっているよ、…例のうわさのことを気にしているんだろう? …ちょっと前から、お前の様子が少しおかしいと思っていたんだ」
「え? うわさ…」
突然なお兄様の言葉に、私はまぬけな声を出した。
…噂って、…もしかして。
思わずくいいるように見つめてしまうと、お兄様はバツの悪そうに顔をそらす。
「……その、…私に…想い人ができたとかなんとか……」
少し頬を染めながら、俯き呟くようにお兄様は言った。
…そうか。
考えてみれば、メイすら知っているほどの噂ですわ。 お忍びで町に出ている以上、お兄様の耳に入っても何の不思議も無い。
「……なんか、場所によっては、私が近々妃を娶るというところまで発展していた……。 全く、一体全体どこからそんな噂がでたのか……」
言いながら、また一つため息をつく。
「……あの、…お兄様」
「ん?」
私は、俯きながら蚊の鳴くような声を振り絞って話しかけた。
…今しかないですわ。
思いきって、本当のことを確かめよう。
多分間違いは無いのですけど。
憶測は、不安を呼ぶばかりですわ。
「…その、 それで…本当なんですの? その噂は…」
「……え!?…」
俯いたままの私の問いに、お兄様はうろたえる。
「…本当にお兄様には、好きな方がいらっしゃいますの?」
俯いていた顔をなんとか持ち上げ、お兄様に問う。
すると今度は、お兄様が俯き、しばし黙る。
そして、沈黙が少しの間続いた後。
「……ああ。」
お兄様はポツリと言った。
尚も俯きながら、赤面しているお兄様が、なんだか少しおかしかった。
「……お兄様の好きな方って、どんな人ですの?」
私がいたずらっぽく聞いてみると、お兄様は真っ赤な顔をしてくちごもる。
「……だ、だから、それは……」
しどろもどろとするお兄様を見て、私は思わず笑みをもらす。
…あれ、でも…この反応って……。
「…もしかして、…片想いですの?」
そう言った瞬間、お兄様は面白いほどうろたえた。
はっきりいって、イエスと言っているようなものだ。
……なんだ。
私は何となく気が軽くなっていた。
……お兄様も、私と同じでしたのね。
ふと、お兄様を見ると、まだ赤面している。
お兄様が、こんなに奥手だとは知りませんでしたわ。
…でもそうすると。
シルフィスはまだ、お兄様の気持ちも、私の気持ちも、どちらも知らないということ?
何だかおかしい。
兄妹そろって、同じところで足踏みをしていましたのね。
…私とお兄様って、似てない似てないと思ってましたけど、結構似ていたのね。
なにせ、同じ人を好きになってしまうくらいですもの。
思わずクスクスと笑っている私を、お兄様は照れながら睨み付ける。
そんなお兄様に、私はにっこり微笑んだ。
そして。
「…あのね、お兄様。 実はわたくしもですの」
「……え?…」
「…わたくしもね、今、好きな人がいるんですのよ」
驚きのあまり、呆けたような顔をしているお兄様。
そんなお兄様の前で、私は変わらず微笑んでいた。
「その人の名前は……」
…そう。
もう止められない。
ううん、止める必要なんて無いですわ。
たとえ、あなたを誰が好きでも。
たとえ、あなたが誰を好きでも。
だって、それでも私はやっぱり、シルフィスのことが大好き。
同じ人を好きになるくらいですもの、相手の気持ちはよく分かる。
そう、お兄様も同じ気持ちのはずですわ。
だからこそ、もう一歩も譲れませんわ。
私は、にっこり微笑んだまま席を立ち、あっけにとられているお兄様を一人置いて、その場を去った。
そして、一目散に走り出す。
…今はただ、あなたに会いたい。
答えはもう怖くない。
会って、あなたの気持ちを聞いてみたい。
頬を行き去る風が、妙に心地よかった。
ファンタへっぽこ創作シリーズ中篇…。
なんか、行き当たりばったりで書いたんで、まるで脈略が無い話になってしまいました…。(ーー;)
うぅ〜、ホント小説は難しいッス……。(TT) (ほんとはもっとドタバタっぽいムードのディアーナを書きたかったはずなのに…。)
こんなんを読んでくださって、本当ににありがとうございます。 …できたら感想なんかいただけたら嬉しいです。 参考にしますっ。(`´;
次回はいよいよ後編です。
題してモテモテシルフィス、告白タイム。(^^;)
あいかわらずのへっぽこ文でしょうが、最後までつきあっていただけると嬉しいです。m (__)m