初めて会ったときは、なんて綺麗な人だろうと思った。
私の夢によく現れる、あの方にとても似て見えたのを覚えている。
…2度目に会ったときは、再会に感激して、しばし時を忘れた。
そして、3度目に会った時。 それは突然やってきた。
…自分でも何がなんだか分からなかった。
それまでは普通に、ただ会えることが嬉しかっただけなのに。
目と目が合うだけで、無償に胸がざわめく。
言葉を交わそうとすると、自分の鼓動の高鳴りにはばまれる。
…その気持ちの正体に気付いたのは、それから数日後のことだった。
自分で自分の気持ちが理解できないなんて、生まれて初めてのことだった。
だってそうでしょう?
あの人は、そんな気持ちを抱く対象になるはずのなかった人。
…それなのに。
『彼』とも『彼女』とも呼ぶことのできないその人に、私は今、確かに恋をしている……。
その人の名は………、
「えぇぇ!? シルフィスぅ!? ディアーナ、あんたの好きな人って、ホントにあのシルフィスなわけ?」
「しぃ〜!! こ、声が大きすぎますわメイ!」
広場から少しはなれた所にあるさほど大きくない喫茶店に、メイの声がこだまする。
…この店は大通りからもはずれているので、普段から客もほとんどいなく、人通りすらまばらな所なのでお最近は忍びの時にちょくちょく利用している場所。
まぁ、利用と言っても、ほとんどはメイとおしゃべりをするだけですけど。
メイというのは、私と同じくらいの年の女の子で、実は異世界からの来訪者…らしいのですが、まぁそんなのことは関係なく、私達は妙に意気投合して今ではほとんど親友同士ですの。
女の子同士の話となるとお決まりなのが恋の話。
その日もメイと他愛のないおしゃべりをしていて、ふとそんな話が持ち上がり、勢いにまかせてつい、最近自覚したばかりの私の想いをメイに話してしまったんですけど…、やっぱりうかつでしたわ、なんせ相手はメイですし…。
「よ、よろしくて、ぜぇ〜ったいに秘密ですわよ!!」
「わ、分かってるって」
私の喧騒に少ししどろもどろとするメイ、しかし、その眼差しはあさってのほうを向いている。
…本当に分かっているんでしょうね……。
「だ、大丈夫よ、誰にも言わないってホント」
真直ぐとにらみつけている私の視線に気付き、メイは冷や汗ひとつたらしつつ、ぱたぱたと手を振りながら言った。
「本当ですわね」
ずずいっとつめよる私に、コクコクとメイはうなずいた。
そしてメイは体勢を戻すとメイは真直ぐこちらを見ながら呟くように言った。
「…しっかし、…シルフィスをねぇ…。」
「そ、そんなに変ですの!?」
「いや、変っていうか何つーか……。 あたし、シルフィスのこと異性だって感じたことないからなぁ…」
メイは腕を組みながらバツが悪そうに言った。
「わ、わたくしだってそうでしたわ! …自分でもまだよく分かりませんの、どうして好きになったのか…」
間髪いれずに私は言った。
…そう、本当によく分からない。
確かにシルフィスは素敵ですわ、でも…異性として感じる印象とは違うものだった。
だからと言って、女性を素敵だと思う感覚とも少し違っていた気もするけど…。
それでもとても自然に、シルフィスはシルフィスとして、素直に素敵だと思えた。
だからこそ、自分の気持ちに気付いた時は本当に戸惑った。
ずっと憧れてきた王子様への気持ちとは、全く異質のもの、でもそれはたしかに恋なのだ。
王子様の夢を見て赤面した夜の変わりに、今ではシルフィスを想い胸がつまり眠れない夜が続いている。
「……、な〜んか、恋する乙女って顔だねぇ〜」
「えっ!?」
ふと我に返ると、メイがニヤニヤとこちらを見ていた。
「もう、メイったら、茶化さないでほしいですわ! こっちは真剣なんですのよ!」
「ははっ、悪い悪い。 …ま、これでディアーナも晴れて恋する乙女の仲間入り、もうブラコンは卒業かな?」
「な、何を言ってますのよ、なんでわたくしがブラコンなんですの!?」
「照れたってムダムダ、顔に書いてあるもん」
「もぅ!」
メイに茶化されて、私がふくれてそっぽを向いて見せると、メイはニコニコとこちらを見つめていた。
「…そういえば」
「なんですの?」
私は、ふいに真剣な口調で話し出したメイに想わず向き直った。
「ブラコンって言えばさぁ、…ディアーナは聞いたことある? 殿下の噂」
「うわさ? 何のことですの?」
「…やっぱ知らないか…、教えてもいいけど、絶対怒らないでョ」
「もう、なんなんですの!?」
もったいつけるメイに、私は痺れを切らせた。
「じつはさ、最近、殿下に好きな人ができたって噂があるのよね」
「な、なんですって〜!?」
「…怒んないででって言ったでしょ〜」
「あ、ご、ごめんなさい」
思わずメイの胸ぐらを鷲づかみにしていることに気がつき、私はとっさに手をゆるめた。
「はぁ、はぁ… ったく。 誰がブラコンじゃないって?」
「………」
「そんなに心配しなくたって、噂よ、うわさ!」
「し、心配なんて、別に…」
何となくうつむきながら、呟くように私は言った。
「ディアーナったら……、…あ、そろそろ日が暮れちゃう、 …ディアーナ、そろそろ店でよう。 帰らなきゃキールにどやされちゃう。」
「え? ええ」
唐突に慌てだすメイにうながされ、私達は店を出た。
帰り道でも、メイは噂についていろいろ話していた。
さっきの話とはうらはらに、噂は以外と信憑性のありそうな話だった。
何とはなしに胸がモヤモヤとして落ち着かない。
やっぱりメイの言うとおりブラコンなのかしら?
……あーあ、なんか暗くなってしまいましたわ。
シルフィスのことだけで私の心は精一杯だというのに……。
……でも。
一体誰なのかしら。
お兄様の好きな人って…。
メイと別れてからも、胸のモヤモヤは晴れない。
何とはなしに空を見つめると、夕焼けに染まった空はとても美しかった。
「…そうだ」
私はふと、きびすを返し町の反対の少し小高くなっている場所を目差して走った。
あそこから見える夕日は絶品で、何だか無償に見たくなってしまったので。
「はぁ、はぁ……」
息を切らせながら丘を掛け上がると、一面に黄昏が広まっていた。
思わずしばし見とれていると、ふと人影が眼に入った。
黄昏の中でいっそう引き立つ黄金色の髪が、キラキラと波打っている。
そう、あれは…。
……シルフィス……!?
確信した瞬間、急に鼓動が強まった。
私は硬直してシルフィスを見つめる。
無造作に髪をかきあげながら、一心に夕日を見つめているシルフィス。
やや切れ長の瞳がふいに視点を変えるのが分かった。
無意識に視線に先をたどると、そこにはもうひとつ人影が見える。
何となく、夕日の中に浮かぶその人影を見ると……。
……お兄様!!?
私は心臓が止まりそうになった。
シルフィスとともにたたずみ夕日を眺める人物、それはほかでもないお兄様その人だった。
あまりの組み合わせに私は呆然としてしまっていた。
ふと気付くと、二人は何やら話をしているようだった。
よくは聞き取れないけれど、どうやらお兄様がシルフィスに向かって何か話しているようだ。
ボーっとしながらしばらく私は二人を見入っていた。
夕闇が広がりだすなかで、お兄様がふいにシルフィスに微笑みかけているのが見えた。
今まで見たこともないくらい、穏やかで凛々しい微笑み……。
…………まさか………。
私の頭の中で、何かがささやいた。
お兄様の微笑みに対して、同じく微笑み返すシルフィス。
そんなシルフィスを見て、お兄様は照れたようにはにかむ。
そんな成り行きを、私は頭にもたげるある推測に翻弄されながら見つめていた。
……そうよ、…間違いありませんわ……。
頭の中のささやき声は強さを増す。
―答えは出ている。 ただ認めたくなかった。
だって、あんまりですわ。
やがて二人は丘をゆっくりと下っていった。
二人の姿が消えるまで、私は目をそらすことができなかった。
…そう、…間違いない。
お兄様が好きになった人…。
…それは、『彼』とも『彼女』とも呼ぶことのできない人…。
その人の名は、シルフィス=カストリーズ。
……その人に、私は今、確かに恋をしている……。
ファンタ創作2作目です。 (しかも続きモン……)
相変わらずヘボい文ですが、読んでいただいてありがとうございます。(^^)ゝ
以前から無償に書きたかった、シルフィスを軸としたおかしなおかしな三角関係話。
…一人称なら書きやすいかも…と思ったのが大きな間違いで…。
人選を間違えた気もしてます、…ディアーナは一人称には向かないッス(‐‐;
状況説明のモノローグに、『ですわ』とかつけると、文章がスゲ―浮きます…。
ちなみに、全3話構成で、次回は中篇です。
次回も読んでいただけると嬉しいです。