Ｉ　ｌｏｖｅ　……、その続きは言えない。
だって、言ってしまったら、
全てが終わってしまう。

…人を傷つけてまで、奪う恋じゃない。

あたしは、
いずれ、
帰るのだから。

そう、
もしかしたら、
これを機会に、あきらめられるかもしれない。

がたがたと、相変わらず、馬車は不愉快に揺れつづけていた。
一体もう、どのくらいまで来たのだろう。
隣りに座るシルフィスが、少し心配げに時折こちらを気にしている。
そのたび、あたしは目をそらす。

…アルムレディン＝レイノルド＝ダリス。
初めて知った彼のフルネーム。
その名を聞いた時の、あたしの表情から、もしかしたら、勘の良いシルフィスのことだから、気付かれちゃったのかもしれない。
あたしは、なんとなく、シルフィスから目をそらした。

「うわっ！」
思わずもらした声と共に、馬車は乱暴に止まった。
腰に手を当てながら降りて、ふと、まわりを見渡す。
小高い丘。
その真ん中に立つ、一本の木。

そして、
その木の下には、ふたつの人影があった。

…アルムレディン
そして、ディアーナ。
目が合った瞬間、一瞬だけ、アルムレディンはひどく驚いた顔をした気がした。

思わず立ち止まっているあたしの横を、シルフィスは足早に通りすぎる。
そして、二人の前に着くと、仰々しく膝をついて一例した。

「…本日、クライン国は、ダリス王国に、正式に宣戦布告しました」
その一言から始まり、シルフィスは淡々と連絡事項を綴っている。

あたしは、必死で目をそらしたまま、しばらく隣りにいたけど、
段々、いても立ってもいられなくなってきて、
気がつくとそのまま、無言で、森のほうへと駈けて行っていた。

「…ふぅ…」
…なにやてんだろ、あたし。
ため息と共に立ち止まり、手近な木にうなだれた。

これで、ディアーナは、はれて正式にダリスの王子様の妃。
なんとも、パターンどうりのおとぎ話みたいだ。
長いこと、互いに反発していた国の、王子様にお姫様。
互いの立場も知らずに出会い、恋をして…。

「…だーめだ。　比べ物になんないくらい、ロマンチックすぎだよ…」
あたしは、木に寄りかかったまま、ずりずりと腰を下ろしながら呟いていた。

「…ったく、なんて格好してるんだか…」
「ぎゃっ！？」

唐突に耳元で囁かれた声に、あたしは思いっきり悲鳴を上げていた。

「…ぎゃっ、はないだろ、ぎゃっ、は…。　女なら、もう少し女らしい悲鳴を上げたらどうなんだ？」
「わ、悪かったわねー、…どうせあたしは、ディアーナみたく女の子らしく………、え？」
そこまで反論しながら、あたしは言葉を失った。

だって、
この声……。

「あ、あ……」
「どうした？」
慌てて振り向いて、そしてそのまま言葉を失ったあたしに、尚もおちょくるような声をかけてくる。

「アルム…レディン…？」
あたしが、やっとのことで発した言葉に、アルムレディンは優しそうな笑顔で答えて見せた。

「なんで、どーして！？　…だって、ディアーナは…？」
「…挨拶は済ませてきたが…？」
「いや、そーじゃなくて！」
いきり立って詰め寄るあたしに、アルムレディンはくすりと笑ってから、隣りに腰掛けた。

「…フジワラ…メイ…だったか？」
「え？　なんであたしの名前を…」
「クライン国の、魔道研究院の見習い魔道師。　…その実は、魔道実験により異世界から召還されてきた少女…」
…それから、アルムレディンは、淡々と、
あたしの身柄から始まり、この国に来てからの、あたしのかかわった事件やらを次々と羅列させていった。

「…一体…なんでそんなこと…？」
話がひと区切りついたところで、あたしは思わず問いかけた。
すると、アルムレディンは、ふっと微笑みをみせる。
「…調べさせた。　あちこちのツテを使って、調べられるかぎり」
意思の強い瞳を、こちらに向けられ、あたしはたまらず赤面して目をそらした。
「…だ、だから、なんで？」
「決まってる。　知りたかったからだ」

「最初に会った時は、本当に偶然だった。　…そして、なんて変な女だろう、と思った。　そして、それから、忘れられなくなった。　…気付いたら、お前のことを知りたくて、仕方なくなった。　…お前の身元は、すぐに分かった。　異世界人だということも」
アルムレディンは、少し俯きながら、語り続けた。
「二度目に会った時、…奇跡が起きたのかと、思った。　…そのくらい、嬉しかった。　でも、何も言えなかった、…お前が異世界人だと、知っていたから。　…いずれ帰ることを夢見ているお前に、いたずらに想いを告げて、困らせたくは無かった…」
そこまで言って、アルムレディンは寂しげにため息を付いた。
「でも、それから、ずっと…忘れることなど出来なかった。　…そうして、この気持ちが、…思い出のあの、ディアーナ姫への思いとは、まるで違っているのに、自分でも初めて気がついたんだ」
そこまで言いながら、アルムレディンは突然、あたしの両肩を、がしっと掴んだ。

赤面しながら、真っ直ぐ見据える瞳。
もしかして…これって…。
…告白…されてる？
あたしが？

ようやく我に帰って、あたしは思いっきりうろたえ始めた。
だって、一体どうして…、どうしてこーゆーことになるかなぁ…。

「…ちょ、ちょっと待ってよ、一体何がどーなってるの！？」
「……え…？」
「…ディアーナは、そうよ、ディアーナはどうなったのよ！」
あたしがまくし立てて、アルムレディンは戸惑いながら、少し寂しげに、
「言っただろう。　…挨拶は済ませた」
アルムレディンの態度に、あたしは察した。
……それって。
「振ったの？　ディアーナを、何で！　…ディアーナは、ディアーナはねぇ、ずっとあんたを…」
「…知っている！」
唐突にアルムレディンが発した荒い声に、あたしは瞬時に言葉を失った。
「…なんで、どうしてよ…」
あたしは、ぽつりと、呟いた。
「あんたは、ディアーナと結婚して、…あたしは元の世界に戻って、…万事丸く収まるじゃん！　…それなのに…」
そこまで言って、あたしはそのまま言葉を失っていた。

しばらく沈黙が続き、ふとアルムレディンがあたしの頬に手をかけた。
思わず、声を出そうとしたけど、出せなかった。
「…万事、丸く…か。　…じゃあ、君は、どうしてさっきから、ずっと泣いてるんだ？」
寂しそうに呟いたアルムレディンの言葉に、あたしははっとした。
泣いてた…。
驚いて、目をこすってみる。
目の回りから頬にかけてが、ひどく湿っている。
弾みで、瞳にたまっていた涙が、次から次へと溢れ出した。

…そっか、
泣いてたんだ。　あたし。

いつから、だろう…。

…もしかしたら、ここへ来る、ずっと前から…。

「…馬鹿みたい…あたし…」
呟きながら、あたしは止まらない涙をぬぐった。

…あきらめられないって、…ずっと前から分かってたのに。
ディアーナとの事知って、もしかしたらって思ったんだ。

帰りたい気持ちは変わらない。

…でも、
アルムレディンへの気持ちも変わらない。
ううん、前より、もっと、強くなってる。
もしかしたら、
帰りたい気持ちより、…もっと。

折角、想いが叶ったっていうのに、…相手に告白までさせて、
…何やってるんだろ…、あたし。

俯いて、黙ったままのあたしを、アルムレディンはすっと抱き寄せた。
早鐘を打っている彼の鼓動が、耳元で聞こえる。

「…すまない。　…でも、…君がいつか帰るんだって分かっていても、…ディアーナ姫の気持ちを分かっていても、それでも、俺は……いや、私は…君のことが…」
アルムレディンの言葉が、唐突に途切れる。
合わせた唇に、戸惑った彼の顔が真っ赤に染まっていくのが分かる。
…あたしは、いたずらっぽく、すぐに顔を離して、そのままにっこりと彼を見つめた。

…その続きは、あたしのセリフだ。
ずっと言いたくて仕方なかった。
彼にこのまま言わせっぱなしは、なんだかくやしい。

「…大好き…」
あたしは、めいっぱい微笑みながらそう言った。

今なら、何度だって言える。
微笑みながら、あなたへ。

…Ｉ　ｌｏｖｅ　ｙｏｕ。

Ｐ．Ｓ

…それから、
ほどなく、クラインとの戦乱も終わり、あたしはダリス王国に招かれた。
王家のしきたりやなんかは、うだるほどめんどくさいけど、隣りにいるアルムレディンのお陰で、なんとか頑張れている。
「そう言えば、魔法の勉強はどうなったんだ？」
ふいに、アルムレディンが聞いてくる。
「…ん～。　キールが言うには、またちょっと不安定期に入ったとかで…しばらくはあんま調子よくないらしい」
あたしは、笑いながら答えた。
…そう。
結局、今だにあたしは帰る術をもたずに、この世界にどどまっているに過ぎない。
なんだかんだ、中途半端なままだけど、なんだかそれもあたしらしい。
でももし、十分な魔力がついて、帰れるその時が来たら。
…その時のことは、その時考えることにしよう。

…もっとも、
もう、気持ちは決まっているのだけど。

「…ねぇ、もしあたしがいきなり、帰る～って言い出したら、どうする？」
あたしはいたずらっぽく聞いてみる。
「…そうだな、…いっそのこと、俺も一緒に行ってみるか」
さらにいたずらっぽく、アルムレディンは返してきた。
「…あのねぇ…、国はどーすんのよ、国王でしょアンタ…」
ジト目で答えて、あたしは微笑んだ。
…なんだ、アルムレディンも心配はしてないらしい。

「国王陛下、先程クライン国の女王陛下が到着なされました」
あたし達の前で、女官が仰々しく伝達をしてきた。
「え？　ディアーナが！」
「…そうか、今日は会議の日だったな」
「ね、あたしも行っていいんでしょ」
アルムレディンはにっこりと微笑む。

王宮を出て、豪勢な造りの建物に入っていくと、そこには、金髪の騎士に連れられ、前より少し大人びた顔の彼女が、桃色の髪をなびかせていた。
不意に目が合い、アルムレディンはにっこりと彼女に会釈をする。
あたしはその横で彼の手を握り締めたまま、一緒に微笑み挨拶を交わす。

そして、彼女の見せた満面の笑みに、あたしは思わず、握っていた手を離し、彼女に飛びついて行っていた。