…おかえりなさい
今ではもう、
彼女の名を口にする者も居なくなった。
だが、決して忘れることは出来ていない。
だからこそ、
誰もが口をつぐんでいた。
「………ふぅ…」
一人の女性が、道端でため息をついていた。
高校時代の同窓会の帰り道。
懐かしい顔ぶれの中には、やはり、彼女の姿は見当たらなかった。
そして、誰もそのことには触れない。
気がつけば、
あれからもう、5年の月日が流れていた。
あれはそう、
何の変哲も無い、春の午後。
学校でいつものように、彼女に軽く別れを告げ、
そして、その日を境に、
彼女は、居なくなった。
正直、うろたえたのは自分だけではないことは分かっている。
彼女にとって、自分が数多く居る友人の一人に過ぎないことも、
でも、
彼女は、自分にとって、親友であると、
そう感じていた。
「……ちょっと〜、なにシケた顔してんの! ホラ元気だしなよ、笑うかどには福来るってね。 …よーし、今日はこのメイさんがおごってあげよう!」
人が落ち込んでいる時も、大体こんな感じで、
全然こっちの都合はお構いなし、
でも、気が済むまで付き合って、それでも、こっちが言い出さない限り、何も聞いてはこない。
多分そんな時だった。
彼女を、特別な友だと、認識したのは。
明日も会えると、
そう思って、笑顔で別れた。
それなのに、
それから5年、
彼女の笑顔は消えたままだった。
当初は、良く近辺で騒がれていた、誘拐事件のうちのひとつだと思われていた。
行方不明事件で、マスコミはこぞって記事を書きたてていた。
そして、半年ほど、
誘拐事件の犯人が捕まった。 だが、彼女とは関係なかった。
彼女の事件が、迷宮入りした行方不明事件となって、しばし、
いつのまにか、世間は彼女のことにまるで関心を持たなくなっていた。
その後、
彼女が居なくなって、一年が過ぎた頃、
彼女の、家族や有志が集まり、
彼女のお葬式が催された。
本当は、行方不明者に対し、死亡と認められるまでには、もっと時間がかかる。
だが、
なんでもいい、
けじめが欲しかった。
もう、2度と、帰って来ないのだと。
納得しておきたかった。
でも、少しだけ思ったこと。
「…ちょっとぉ〜、なに勝手に縁起でも無いことやってくれちゃってるのよ〜」
とかなんとか言いながら、
彼女が乱入してこないかと、
その場に居た全員は、密かに思ってはいたのだが。
儚い期待は絶望へと変わり、
それから、彼女の名すら、誰も、話題に出さなくった。
でも、それと同時に、
彼女を知る皆の顔には、笑顔が消えていた。
そして、今。
久々に会った皆は、結構変わっていた。
でも、変わっていないのは、やはり、笑顔。
笑うことは出来る。 でも、瞳が笑っていない。
彼女のことは、
やはり誰も口にしなかった。
上の空の宴会が終わった後、
とぼとぼと、女性は歩いていた。
カールした髪を掻き上げ、
指先で、ちょっと眼鏡のツルをいじってみた。
そして、ふと気付くと、
「……ここ…」
思わず、声が出た。
校門前。
彼女と、最後に別れた場所。
足は、自然に硬直していた。
そして、そのまま、
何することも無く、門を眺めていると…。
「…ここ……学校……?」
声が、
聞こえた。
嘘だと、
夢なのだと、
そう思った。
それほどまでに、変わらない口調。
恐る恐る振り返ると、
まるで、御伽噺に出てきそうな、ファンタジックな衣装の姿。
でも、
茶色の髪、茶色の瞳。
そして、その顔立ち。
「……メイ……?」
口から、なんとか出た言葉は、それだけだった。
体中が、震えている。
「……やっぱり、こっちの時間はあの時のまんま…、なんてお約束は無理か…」
良く分からないことを、彼女は口走っていた、
そして、
小さく、
「……ただいま…」
いつのまにか、頬には涙が伝っていた。
5年間。
一番欲しかったもの。
一番、聞きたかった言葉。
気がつくと、女性は、メイの体にしがみつくように抱き着いていた。
「……メイ……、あんた……なによ今ごろ……」
無意識に、言葉が零れ落ち、
その後、
「…おかえりなさい」
5年間、ずっと、しまっておいた言葉を、呟いていた。