「………うそ……」
豪華な内装と飾りが入り乱れる室内で、ぽつりと呟きが響いた。
肩まである明るい茶色の髪をかき上げながら、彼女は呆然としていた。
「……あの、…どうかなさいましたか? メイ様…」
小さなノックとともに、ドアの向こうで心配そうな声が聞こえた。
「……あ、…な、なんでもない。 ……なんでも…」
そう呟き、足音が遠のくのを確かめて、
彼女はゆっくりと、ため息をついた。
メイ様。
そんな似合わない呼ばれ方に慣れてしまてから、もう随分時は過ぎた。
まぁ、当初の「王妃様」、よりはしっくりくる。
気がつけば、15の時、
この世界に残ると決めてから、もう、5年が過ぎていた。
彼と結婚することを決めた時から、覚悟はしていたのだが、
やっぱり、慣れるのには時間がかかった。
……でも、
人間結構、慣れてしまえばどうってこともないもんだ。
そんなことを考えられるようになってからは、王家のしきたりや付き合いも、まるで気になら無くなったし、
それに、
「…ははうえ…、…なにしてるの…?」
ぱたぱたと、小さな足音を立てながら、
彼女と同じ茶色の髪、
彼と同じ青紫の瞳をたたえた、小さな人影が現れる。
にっこりと振り向くと、
その小さな影の後ろには、
「……どうしたんだ?
先程から、侍女がえらく心配していたが…」
少し心配そうに現れたのは、
今や一国の王の姿だった。
「……はは…、ちょっとね……、おいでアリサ」
苦笑いを浮かべながら、メイは自らの息子を呼び寄せた。
…男児にアリサという名に対し、結構な反論も飛び交ったらしいが、
メイが一存で、力ずくで押し通した名である。
5年前、ちょっとした事件の時遭遇した少女の名。
結局、その時の計画は失敗に終わったのだが、
何となく、あの少女のことは忘れられなかった。
アリサの頭を撫でつつ、メイは少しだけ暗い表情を浮かべた。
その姿に、セイリオスは怪訝そうな顔を向けた。
「あのね…」
最初に、口を開いたのは、メイだった。
「……さっき、さ…。 成功…しちゃった…。 …召還魔法」
ぽつぽつ、とメイは言った。
メイが、今でも魔道を学び、召還魔法を研究していることは、セイリオスも知っていた。
結局、いつになっても叶わぬ、故郷への帰路を求め。
ここに残ると決めた後も、メイは研究をやめなかった。
いわく、
「盆と暮れの里帰りなんて常識」
だそうだが、
盆や暮れなど、セイリオスには何のことだかも分からない。
でも、
いつもそれは失敗続きで、
その結果に、いつもセイリオスは、…いや、当のメイさえも、
内心、安堵していた。
もう、5年。
結婚までして、子供も居て、
今更、帰れても、どうしろというのか、
それに、
一度でも故郷の土に触れたら、
もう、クラインに居たくはなくなってしまうのではないか。
様々な不安が、絶大な希望に影を落としつづけ、
それでも、研究だけは続け、
そして、今日である。
「……そうか…。 …よかったな…」
セイリオスの言った言葉は、それだけだった。
「…うん」
メイも、静かに答えた。
「行き来もね、さっきから試してたんだけど、完璧だと思うから」
呟くようメイが言ったあと、少しの間、部屋には沈黙が落ちていた
メイは、黙しながら考えていた。
ずっと捨てきれなかった夢。
一日だって忘れたことの無い場所。
それが今、叶ったと言うのに、
なんだろう、この胸のモヤモヤは。
流れてしまった時は、やはり思った以上に大きい。
このまま、自分は、もう帰らないほうが、良いのかもしれない。
そんな気さえする。
でも。
「……一緒に行こう、セイル」
最初に口を開いたのは、メイだった。
笑顔で、はっきりと言って、セイリオスを真っ直ぐに見つめていた。
「…何よ、妻の実家に顔も出せないっての〜?」
ウィンクしながら言うメイに、セイリオスは、顔をほころばせた。
大丈夫。 彼女は絶対、故郷の土を踏みしめた後、クラインに戻って来る。
セイリオスは、心から、そう思っていた。
「アリサ、これからあんたの、おじーちゃんとおばーちゃんと、あ、あとおじさんに会いに行くからね、ちゃんとした服に着替えといで」
メイはにっこりと告げ、
近くに居た、アリサの侍女に目配せをした。
侍女に連れられる息子を見送り、
セイリオスとメイは、ふと、微笑み合っていた。
メイは静かに自身に言い聞かす。
大丈夫、大丈夫、と。
だって、自分はこんなに幸せなのだから。
胸を張って、今の自分を、見てもらおうと、そう思った。
きっと、
今までの長い時、
心配をかけていたであろう人、全てに。
ほどなく、
着替えてきたアリサと、セイリオスとメイ。
3人で並び、そしてメイは呪を唱え始めた。
やがて、当たりが光に包まれ、
そして、めまいを感じ、
目を開けると……、
「…ここ……学校……?」
メイは思わず呟いた。
あの日、自分はここから旅立った。 クラインへと。
そして、幾多の歳月を経て、
また、この大地の上に、立っていた。
あの日と違うのは、
幾分か、年を重ねた自分と、
となりで、興味深そうに辺りを見まわす、
二つの人影。
そして、
しばらく立ちすくんでいると
「……メイ……?」
最初に飛び込んできた音は、呆然とした呟きだった。
どこかで見た顔。
そう、
大分、あの頃と変わってはいるけど。
カールした髪。 眼鏡姿。
あの頃、友達だった一人の少女の面影を、その女性は克明に残していた。
メイは思わずこぼれた涙をふきながら、
「……やっぱり、こっちの時間はあの時のまんま…、なんてお約束は無理か…」
にっこりと呟いていた。
まぁ、そんなお約束がまかり通っても、それはそれで困る現状ではあるので、
ちょっとばかり、安堵もしたが。
5年。
その間、
どれほどの思いを、残された者が抱いていたか。
あまり、想像したくはなかった。
「……ただいま…」
メイは、涙を吹きながら、静かに呟いた。
「……メイ……、あんた……なによ今ごろ……」
いつのまにか、声をかけてきた女性は、メイにしがみついていた。
震えた声で搾り出すように呟き、
そして、ひとしきり泣きじゃくると、
「…おかえりなさい」
小さな声で、ぽつりと、ささやいていた
そして、ふと後ろの人影に気付く。
怪訝そうに見つめていると、
メイは、かなりバツが悪そうに、
「……コレ……、あたしの、旦那と息子…」
頬をぽりぽりと掻きつつ、呟いた。
それからは、
どつかれるは笑われるは怒られるわ、一悶着だった。
その後、メイとセイルとアリサの3人は、共にメイの家に行き、
さきほどの校門前でのやりとりなど目じゃないくらいの悶着が起きるのだが、
それは、また、別の物語である。
…ちなみに、
その後、説得の為家族をクラインまで招待したりしつつ、2.3日を実家で過ごした後、
クラインに戻り、メイはいつもの生活を再開した。
そして、
八月と一月、
王妃の異世界への帰省は、王都ではちょっとした話題になったという話である。
………ああ、へぼいうえに暗いんだかハッピーなんだか………(汗)
ちなみに、この話は、どちらかというと番外編から先に出来たネタだったりもします。
なんか、メイの居なくなった後の、現実世界の人って、書いてみたくなったんですよ。
人一人が行方不明になるって、やはり凄いことだと思うので。
それと、メイの息子の名前は、かなり趣味突っ走ってます。
アリサちゃん、好きなんですよね〜(笑)
メイのラブラブEDは、皆故郷を捨てる選択ですが、何となく、こんな未来もありかな、とか思って突発的に描きたくなりました。
しかし……、文章力、無さ過ぎでしたね…(自爆)
まぁ、とりあえず、突発ということで、ひとつ多めに(汗)(←何を)
ファンタ、実は描きたい短編溜まってるんすよ(苦笑)
これからも、ぼちぼち増えていく予定です(^^;