あかね、さす
〜2〜
「あ、茜さん、おはようございます」
「あ…、花梨ちゃんおはよう」
この屋敷に世話になり数日。
ある日の朝、茜はふいに向けられれた笑顔に、にっこりと答えた。
彼女の名は、高倉 花梨。
自分と、どこか似ている気がする少女。
彼女の井出達は、確かにとても似ている。
だからきっと、彼女と自分は、同じ世界の出身ではないかというのが、彼女達の見解だった。
そう、
だからこそ、茜は今だこの屋敷で、世話になり続けることが出来ているのだった。
「なんかあたし、訳も無く居座っちゃってて、いいのかな…」
ふと茜が呟くと、花梨はきょとんとした顔をして、
「…何言ってるんですか、そんなこと言ったら、あたしだって肩身狭くなっちゃいますよ」
屈託のない笑みに、茜はつられて笑う。
彼女はいつも、こんな感じだ。
初めて会った時、茜を一目見るやいなや、花梨は歓喜して飛び付いてきた。
その服装を見て、本当に喜んでいたのだ。
「…それ、ブラウスよね…、スカートも履いてる…、わ〜ホントに凄い〜」
などなど、茜にとっても今や意味不明のことを言って、花梨の喜びはしばらく納まらなかったのだ。
どうして自分が、こんな所にいるのか分からないと、彼女に問うと、
「私も、おんなじですよ」
と、満面の笑みで返されてしまった。
なんというか、
不思議な少女だ。
そしてもうひとつ、
彼女には不思議なところがある。
「神子殿、今日はどちらへ参られるでしょうか?」
玄関先で控えていた、長身の男性に言われ、花梨はうーんと腕を組んでいた。
「…早く玄武の呪詛を解かきゃなんないけど…、少しでも京の怨霊も倒さないと…」
ぶつぶつと呟きながら、しらばら考え込んだ後、花梨が行き先を告げると、
「そうか、では行くぞ神子」
もう一人控えていた男性がぽつりと答え、さきほどの男性と共に連れ立って外へ出た。
彼女の毎日は、こんな感じである。
先ほど来た男性、そしてそれ以外に7人、あわせて8人の男性が、常に彼女の周辺には居る。
八葉と、
そう呼ばれる人達なのだという。
そして皆は一様に、彼女を神子と呼ぶ。
龍神の神子。
この場所、京と呼ばれるこの場所を守ると呼ばれる、伝説の存在。
彼女は、この世界の人間ではないのだという。
そしておそらく、自分も。
ここへ来て数日。
段々に、状況は飲みこめてきていた。
でもだからと言って、茜にはさしてやるべきことすらないので、
昼間、日が差すこんな日に、屋敷に一人取り残されると、
少しだけ、いたたまれない気分にかられる。
そして、ふと、感じるのだ。
不思議な感覚。 懐かしいような、切ないような。
そしてその時は決まって、
シャラン…と、
不思議な鈴の音を感じる。
「あら、茜様。 お庭を眺めておいででしたか?」
「あ、紫ちゃん」
ぼーっと過ごしていると、ふと歩み寄ってきた紫に、茜はにっこりと笑顔を向けた。
「…あまりお構いも出来ず、申し訳ありません。 何か不具合などどざいませんか?」
静かな口調で言う紫に、茜は思わず苦笑を浮かべる。
「ううん、屋敷の人達はみんな親切にしてくれてるし、ね」
「そうですか」
茜の言葉に、紫はにっこりと笑顔を浮かべる、
その笑顔に安堵し、茜はふと頬など掻きながら、
「でもちょっと、退屈…かな…」
ぽつりと言うと、紫は思わず微笑を洩らしていた。
「では、書物か何かお持ちいたしましょうか?」
ふと提案する紫に、茜は思わず目をぱちつかせ、
「……えっと、…それより、……あたしも、少しは出歩きたいな、…とか……」
何となく視線を反らしながら言う茜に、紫は再びクスクスと笑う。
「……茜様って、本当に、…神子様に似てらっしゃいますわね」
そう言って、しばらく笑った後、
「少々お待ち下さい、今、共の者をご用意致しますわ。 あ、牛車はお使いになります?」
「え……、別にいいよ、自分で歩きたいから…」
「はい、分かりました」
にこにこと去っていく紫を見て、茜は何故だかひどく懐かしい感覚を覚えていた。
どこかで、自分は、
あんな雰囲気の女の子を、知っていたような、
そんな気がする。
「わぁ…、きれーい」
茜は道すがら思わず呟いていた。
共として連れ立っている兵士は、きょとんとそんな茜の姿を見守る。
船岡山
ここは、そういった名前の場所だと聞いた。
見晴らしの良い場所が良いと言ったら、案内されたのだ。
碁盤のように整った都。 それが一望出来るこの場所は、なんとも言えない懐かしさまで漂っているようだった。
「ねぇねぇ、もう少し行ってみてもいいですか?」
茜が笑顔で言うと、共の兵士は苦い顔をして頭を振った。
「…この地は、怨霊によって穢されておりますゆえ、これより先へは常人は入れませぬ」
年若い兵士は、困惑顔でそう言った。
「……そっか」
茜は残念そうに俯くと、すぐににっこりと兵士に笑顔を向ける。
「じゃあ今度はどこ行きましょううか? どこか、ゆっくり暇つぶしの出来そうなところとかあります?」
向けられた笑顔に気を取りなおし、兵士は思わず笑顔を返す。
「そうですね…。それでは図書寮などいかがでしょう? 貴重な書物が見られますよ。 茜殿は紫姫様の思召しにより、大内裏は自由に出入りが可能ですし……」
兵士がそこまで言葉を述べたその瞬間。
あたりの空気が一変するのを感じた。
「どうか致しました?」
兵士は不思議そうにこちらを見ている。
どうやら、気付いてないらしい。
茜は思わずあたりをぐるりと見回し、
そしてほどなく、ある一点を見付ける。
「あ、茜殿!」
兵士の呼びかけにも気付かず、茜は真っ直ぐに走り始めていた。
「神子、危ない!」
抑揚の無い声が、かすかに聞こえた。
「神子殿っ!」
響いた声に誘われるように、茜は藪を抜ける。
そこには、
今朝見かけた二人の八葉と、
その前に立ちはだかる怨霊。
そして、
傷ついた花梨の姿が見て取れた。
「花梨ちゃんっ!」
茜は無我夢中で駆け寄っていた。
「何だ、お前は?」
陰陽師であるその青年は、戦いのなか唐突に現れた姿に思わず声を出していた。
「あなたは、確か…」
一心に剣を構えていた彼もまた、茜に気付いて声を出す。
「花梨ちゃんは、花梨ちゃんはどうしたの?」
傷ついた体でうずくまり、意識さえ失っているその姿に、茜は金切り声を上げていた。
「……申し訳ない…、私が…ついていながら…」
武士である男性は、歯ぎしみをしながら呟いた。
「神子は力尽きている、…今は撤退するしかあるまい」
静かに、となりにいる陰陽師は告げていた。
うずくまる花梨に、茜は手をかける。
なんともいたたまれない気分だった。
いつもいつも、
無邪気に微笑んでいて、
元気に笑っていて、
彼女はいつも、
こんな、
こんなことをしていたのか、と。
身の内の震えは、収まりそうも無い。
目の前には怨霊がいる。
とても大きなその姿は、何故か怖くは感じられなかった。
撤退の期を必死で見計らう二人の男性を両脇に、
なんだろう、
茜はいつしか、
とても不思議な感覚を憶えていた。
花梨の体から手を離し、
茜はすっと、立ちあがると、
真っ直ぐに、怨霊と対峙した。
そして、両脇には八葉が二人。
茜はゆっくりと、その両手を上げる。
そして、静かに、
「…めぐれ、天の声、
響け、地の声、
―彼の者を封ぜよ―」
声は、意識するよりも早く、口から付いて出ていた。
そして、
轟く轟音と共に、怨霊は霞と消え、
茜の手には、一枚の符だけが残されていた。
頼忠、泰継の二人は、
そんな茜の姿に、しばし声すら出せずに佇んでいた。
そして、しばらくして、
「お前は、一体……」
泰継のそんな一言に、茜はふと我に返っていた。
「……怨霊を…、封印した?」
頼忠は唖然と呟く。
呆けている茜を横目に、二人は佇んでいるだけだった。
「…怨霊を封じられるは、唯一、龍神の神子のみのはず…、それでは、この娘は一体…」
呟いた泰継の言葉に、頼忠はただ押し黙っているだけだった。
シャランと、
何か音が聞こえた気がした。
どことも知れぬ深い森のなか、アクラムはふと不思議な感覚を憶えていた。
とても懐かしい、不思議な感覚を。
憶えがある気配。
そう、こんな気配に心当たりなど、他にあるべくもない。
しかし、
…このような気を、『ここ』で、感じられようはずもない。
アクラムはそう、自らの思考を一蹴し、
ひとり静かに、都を見つめているだけだった。
……と、いうわけで、
なんとも反則話、第二話でした(汗)
……というかなんというか、
ただでさえ不遇な花梨ちゃんだってのに、ますます不遇ですね(汗)
一応、ゲームされた方ならお分かりでしょうが、花梨ちゃんはこの段階で封印未修得です。
そこで、こんなんなったら、そりゃもう立場ないだろうというか……。
いや、別に花梨ちゃんを不遇にさせるシリーズじゃなかったはずなのに…(爆)
とにかく、あかね×アクラムということなんですが、
…まだ全然そっちに向いてないですが……(滝汗)
とりあえず、次回こそ進展目指しつつ(汗)
…次回もお付き合いくだされば幸いです……(汗)