あかね、さす
〜3〜
「……あかね、…あかね…」
おぼろげな意識の中、
声が、何度も聞こえる
……あかね。
どこかで聞いた事がある。
いつかどこかで、誰かにそう、呼ばれていたような……。
「茜様!」
甲高い紫の声に、茜はばちりと目を開いた。
「……ここ…は…」
呟きながらふと横を見ると、
紫の隣には、よく似た顔の険しい顔の男の子が一人。
「……そなた、一体何者だ?」
少年は唐突に問い掛けた。
「兄様、…そんな突然に言っても、答えられるはずありませんわ…」
紫が気まずそうにとりつくろっているところを見ると、どうやら彼は、紫の兄らしい。
茜はそう認識しながら、ゆっくりと身を起こした。
「…茜様、…あの申し遅れまして。 こちらは私の兄の…」
「深苑と申す」
少年はつまらなそうに、だがしっかりと礼をわきまえつつ名乗った。
「……あの、それで、…私は…一体どうしたの?」
重い頭を抱えながら言う茜に、深苑は唖然とする。
「お主、何も憶えておらんのか!?」
「兄様、そのような大声を…」
深苑の声と紫の声が続く。
そして、
「…お前は先程、怨霊を封じたのだ」
声は、後方から聞こえた。
「……泰継殿…」
紫は小さくその名を呟く。
「……えと」
「安部泰継だ」
いぶかしむ茜に、泰継は淡々と名乗った。
「あ! …八葉の人…」
しばらく泰継の顔を見つめ、茜はやおらぽんと手を打ちつつ呟いた。
そして、
「…お前は何者だ?」
泰継の口からも、先程の深苑と同じ問いが出る。
茜は思わず口篭もり、俯いてしまう。
………だってそれは、
自分が一番、知りたい事だ。
自分は、何者なのか…。
黙り込んだ茜を見て、泰継はふと息を吐き、
「先程、怨霊を封じた事は憶えているか?」
静かに、そう問いかけてきた。
「………さっき……。えぇと……」
茜はそこまで呟き、はたを目を見開く。
傷つき倒れた花梨。
そして、そこで自分は…。
そう、まるで何かに操られるかのように…。
「………っ!」
茜は思考進めようとした瞬間、呻き声を上げ、頭を抱え込んだ。
脳裏には、やかましいほどの、鈴の音。
シャラン、シャランと。
「……わからない…私は……一体…」
呟き、そして黙する茜に、泰継はふぅとため息を付く。
そして静かに、泰継は紫の方を向いた、
「我等八葉の力を操り、怨霊を封じる。 その力を持つのは、龍神の神子のみ。 ……ならば」
言葉を止める泰継に、紫と深苑は食い入るように眼差しを向ける。
「……今の京には、龍神の神子が、二人居る…ということになる」
「どちらかが本物、ということではないのか?」
深苑は、泰継に言うと、
「いや、どちらも本物だ」
泰継は迷い無く答えた。
「神子ならぬ者から、このような神気は感じられない」
呟く泰継の言葉に、深苑と紫はしばらく言葉を失っていた。
「あの……、花梨ちゃんの具合は…?」
夕暮れも近づいた頃、茜は花梨の部屋の近くに来ていた。、
部屋の側に控えていた、花梨を送り届け今まで側に仕えていたと言う頼忠に、何とはなしにおどおどと尋ねた。
あれから、
結局結論なんて、出るはずもなく、
紫と深苑、そして泰継は、何やら必死に色々なことを調べているらしい。
それなりに体調も落ち着いた茜は、なんとなく花梨の顔が見たくなった。
怪我が気になるのもあるけれど、それ以上に、
話が、したかった。
龍神の神子である、彼女と。
「治療は全て終わったそうです。 今は、良く眠られています」
頼忠は控えながら答えた。
「……あの、あなたは…その…」
何かを聞きたそうな頼忠の姿に、そういえば彼も『あの時』居合わせたのだと、茜は気付く。
そして、口篭もる姿にクスリと微笑み、
「茜…って、そう呼ばれてます。 …あの時のことは、あたしにも、良く分からなくて…」
言いながら、茜は頼忠の隣に腰掛けた。
「怨霊を封じる力を持つのは、龍神の神子のみと聞き及んでおります。
ならば…、あなたが神子…ということになる…」
しばらく黙していた頼忠は、おずおずと口を開いた。
「……私は…、良く分からないのです。
…始めは、何もかも信じられなかった。
帝の側の者と懇意にする花梨殿は、院の信じられている神子殿に対するあてつけなのかとも、思っていた
…だが……。 あの方は…」
頼忠は表情を曇らせる。
茜はそんな姿に、どこか、誰か、
良くはわからないけれど、
自分の知る誰かとどこか重なるような、そんな不思議な感覚を憶える。
頼忠は、ふと茜のそんな姿をいぶかしむように見る、
そして、再び視線を落とした。
「あの方の、そのお力、お心。 それらを目の当たりにし、
……私は、あの方が神子ならば、と
そして、私がそれをお守りする八葉であること。
それを信じたいと、願い始めているのです」
頼忠は、静かにそう告げた。
少し前に聞いた、京の話。
帝と院に分かれた勢力。
そしてそんな中、現れた神子。
誰からも信用されない、
そんな状況の中、
花梨は必死に神子として務めてきたと、そう聞いた。
そして、
二つの心は確かに、少しづつ、近づいているようだ。
茜はふいに、すっと立ち上がる。
「…あ、あたし、もう行きますね。 あの、花梨ちゃんには、よろしく言っといて…下さい」
適当な言葉を残し、茜は足早にそこを去っていた。
今まで、ここで神子として頑張ってきたのは、彼女で、
そこに、突然、神子の力とやらを持っているらしい、自分。
「……これじゃあ、まるで……」
あかねは思わず声を洩らしていた。
「……あたし、邪魔者じゃない…」
呟きながら、茜はしばらくその場にうずくまっていた。
どれくらいそうしていたかは知らないけれど、
気が付くと、辺りはすっかり夕闇に染まっていた。
ふと顔を上げると、
シャラン と
また、あの音がした。
そして、軽い頭痛。
茜は、呼び寄せられるように、屋敷から出ていた。
……何かが、そこにあるような気がした。
何かは分からない、
でも、何かが…。
足は、半ば勝手に動いていた。
気がつくと、
そこは大きな泉のような場所。
「……ここ…神仙苑…」
何故か、その名は口を付いて出ていた。
シャラン と
再び音を感じる。
そして、誘われるように音の方に目をやると、
暗がりの中、
確かに見える、黄金の輝き。
さらりと風に舞う、長い金糸の髪は、まるで幻想のような光景だった。
遠目に見えるその姿に、茜はしばらく我を忘れていた。
そしてふと、思う。
そう、
どこかで自分は、これを知っている。
胸が高鳴るのを感じる。
鼓動はいつのまにか早鐘を打つ。
そうだ、
どうして、今まで忘れていたのだろう……。
脳裏には、うるさいほどの鈴の音の合唱、
そして、止まない頭痛。
茜はその場でうずくまり、ただ頭を抱え込む。
……忘れていた…? ……何を…?
自分の思考に思わず問いかける。
頭痛は、ますます酷くなった。
そして、
シャラン と
一際大きな音が聞こえたと思った瞬間。
「アク…ラム……?」
あかねはゆっくりと、そう呟いていた。
瞬間的に振り向くと、
そこには既に、アクラムの姿は無くなっていた。
「アクラム……」
あかねは再びその名を呟く。
…そうだ、あたしは……あなたを、追って…
脳裏に蘇る幾重の記憶に、あかねは一粒だけ、涙をこぼしてた。
そして改めて、思う。
……ここは一体、どこなんだろう…、と。
同じように、神子が居て、八葉が居て。
分かる事はひとつ。
きっと自分は、ここに居てはいけない、と。
ひとつの時代に、二人の神子。
そんなことはきっと、あってはならない。
だけど、
ここには、アクラムが居る。
だから、
……ここから、離れるわけにはいかない…。
あかねは胸の内の痛みにさいなまれつつ、強く想った。
…龍神、
私の願いを聞いてくれた、存在。
もしまだそれを聞いてくれるというのなら、
あと少しだけ、私のワガママを聞いて……。
あかね、どこへとも知れず、一心にそう、祈っていた。
……反則シリーズ、第3話でした。(汗)
なんか、妙に入り組んできてしまいました…。 というか、まだまだアクラムとあかねは出会ってないですし(滝汗)
実は、当初の予定では、記憶を取り戻すのはクライマックス、とか思っていたのですが……。
それじゃいつまでたっても、二人会えそうになかったので、そそくさと路線を変えてみたりして…。
いやはや、行き当たりばったりです、…まぁ今に始まったことでもないのですが…。
とりあえず、次回の目標は、メインカップルをとにかく出会わせることですね(爆)
全6、7話以内で終わらせたいとは思っていこのシリーズですが、どうなることやら…(^^;
とりあえず、次回もお付き合い下さると幸いです…。