あかね、さす
〜1〜
「神子殿!」
「神子!」
「神子様!」
いくつもの声が、とても遠くの方から響くのを感じる。
そして、うっすらと取り戻した意識の中で、
あかねは不思議な感覚を味わっていた。
どうしようもない浮遊感。
辺り一面に広がる、眩い光。
そうか、と
あかねは静かに息を吐く。
龍神の中。
自分は今、あの白龍の内に居るのだと、改めて感じ、
静かにその瞳を開いた。
最後の戦い。
出来れば、来ないで欲しかったその日。
だって、
戦いなんて、望んではいなかった。
戦いたくなんて、なかった。
あの人とは。
どうすれば良い?
どうすれば、彼を救える?
そればかりが心を支配する。
でも、
想いは微塵も伝わらない。
彼の内にある暗いものは、全ての想いを頑なにはね付ける。
どうすれば伝わるのかも分からない。
でも、
それでも、
救いたいと、
心から思ってしまったのは、
きっと、本心だから。
あかねは切ない胸を抑えながら、眼下に広がる京の都に目をやった。
龍神を呼んで、そして邪な気配は消え、
この都は救われたのだろうか。
そしてはたと、あかねは周りを見まわす。
『彼』の姿は、そこには見当たらなかった。
そして、先ほどまで彼と共に居たはずの、彼女も。
慌ててさらに見渡すと、
視線の端に見えたのは、黒い蟠り。
うっすらと、それは龍のような形に見て取れた。
黒龍。
直感的に、あかねは感じ取った。
そして、その内に見えたものは…。
「…アクラムっ!」
煌いた金糸の髪の輝きに、あかねは思わずその名を叫びながら手を伸ばしていた。
『神子―、いけない、それに触れては…』
頭の内で、龍神は叫ぶが、あかねの耳には既にその声は届いて居なかった。
次の瞬間。
白と黒。
二つの輝きが眩いばかりに光を放った。
そして、
「あかね!」
「あかねちゃん!」
いくつもの声が響く。
そして、
「神子…様…」
呆然とした星の姫の呟きに、そこに居る全員は、その事実を認識する。
先ほどまで天高くに居た二つの輝きは、
既に跡形も無く、消失していた。
…アクラム…。
あかねは胸の内で、何度とも知れず、その名を呼んでいた。
どうしたら、あなたは救われる?
どうすれば、あなたを救う事が出来る?
答えなど来ぬ問いを浮かべながら、あかねの意識は次第に闇に飲まれていった。
「…………ん……?」
何度か瞬きを繰り返した後、静かに瞳を明けてみる。
済んだ空気の漂う、森。
ゆっくりと体を起こしながら、ぼんやりとあたりを見まわしていると、
「誰か居るのですか?」
ふいに掛けられた声に、思わず振り帰る。
眼鏡を掛けた、どこかで見覚えのあるような、その姿。
「………女性?」
こちらの存在に気付くと、その男性は慌てて駆け寄ってきた。
「どうしたのですか? こんな時刻にこのような所に女性がお一人で、一体何を?」
すぐ近くまで来て不思議そうに言いながら、よろけていた体を慌てて支えられた。
「……ここ…どこ…?」
口に出たのは、そんな一言だけだった。
「…糾の森ですが…。 あの、あなたは一体…?」
不思議そうに答えられ、ふと軽い頭痛を感じる。
「ただしの……森…」
なんだろう、
聞き覚えのある気がした。
「あの、あなたのお名前は?」
不思議そうに問う青年の顔を見ながら、ふと、根本的なことに気付く。
名前…。
そう、
さきほどから感じる、この空疎な感覚。
頭には何も浮かばない。
「私……」
困惑する姿に、青年はふいに何かを思ったような目をし、少女を見つめた。
「記憶が……、ないのですか?」
掛けられた言葉に、思わずはっとして視線を向けると、
青年は毅然とした眼差しを一切崩さず、
すっと、どこかで見たような仕草で掛けた眼鏡に指を当てながら、一心にこちらを見据えていた。
「とりあえず、何処か世話になる所を決めましょう、いつまでもこんなところにいては風邪をひいてしまいます」
青年にそう促され、森を出ると、
薄闇のなか、
やはり、どこかで見たような町並みが広がっていた。
そして青年は静かに微笑む。
「実は、あなたのその御衣装から、多少は推察出来ることがあるのです」
静かにそう言われ、思わず呆然としていると、
「是非、お会いになって頂きたい方がおります」
にっこりと言いながら、青年は道を案内し始めた。
「まぁ、どうしたのですか? このような時刻に…」
大きな館に招かれると、そこには愛らしい少女が現れた。
「すみませんが、神子殿にお取次ぎ願えますか?」
青年が言うその言葉に、ふと、何か懐かしい響きを感じる。
「…神子様は既にお休みですわ。 あの、一体何が…」
そこまで言って、目の前の少女は、ようやくこちらの存在に気付いたようだ。
「そちらの、方は……」
目を見開いて、少女は呟く。
「先ほど、糾の森で倒れておられました、…どうも記憶が曖昧とのことで、…是非、神子殿とお引き合わせ願いたく」
静かな口調で言う青年に、少女は頷く。
「…わかりましたわ、それでは、とりあえず今宵はこの館に滞在して頂いて、かまいませんでしょうか?」
ふと少女に問われ、思わずこくりと頷いてみせる。
良いも悪いも、元々アテなど無いのだから、願ったりというものだった。
すると、少女は愛くるしく微笑みを返す。
「ありがとうございます、あの…」
そこまで言って、口篭もる少女に、となりに佇む青年はふと思い出したような顔をして、
「…そうですね、…あの、仮にで宜しいので、とりあえずあなたを呼ぶ為の名を、決めても構いませんか?」
言われて、改めてはっとする。
「ええ、そうですよね…。 …でも、どうしよう…」
思わず考え込んでいると、青年はふと思い付いたかのように軽く手をつき、
「そうですね…、あ、こういうのはいかがでしょう?」
微笑を湛える青年に、ふと視線を移す。
「あなたを森で見付けたその時、丁度夕刻で、空は一面黄昏に染まっておりました、ですから…」
にっこりと青年は指を立てる。
「茜殿、というのは…?」
不思議な懐かしい響きを感じる。
戸惑うその姿に、青年は不安そうな眼差しを向ける
「あの…いかがでしょう? まぁ、思い出せるまでの仮の名ですし…」
おずおずと言う言葉に思わず笑顔を向けながら、
「いえ、とっても素敵です、…分かりました、茜ですね」
にっこりと『茜』は微笑んで見せた。
「あの、色々ありがとうございました」
茜は玄関で青年を見送りながら言った。
「いえ…、大したことはしておりませんので」
言いながら、青年はふと茜を見つめ、微笑む。
「もし何かありましたら、検非違使の所までいらして下さい」
「けびいし…?」
思わず問い返す姿に、青年はふと気付き。
「あ、そうでしたね。 申し送れました、私は検非違使別当を務めさせて頂いております、藤原幸鷹と申します」
にっこりと言う姿はとても穏やかで、茜は思わず見入ってしまっていた。
見とれると同時に、なんだか何処か懐かしいような感覚を憶える。
「幸鷹…さん?」
「はい、どうぞ宜しくお願い致します」
にっこりと微笑むと、幸鷹はそのまま屋敷を後にしていた。
「……けびいしべっと……ってなんだろ」
ぽつんと残された茜はぽつりと呟きつつ、静かにあたりを見まわす。
やはり、どこかで見たような、そんな気がする。
……でも、どこで?
考えを進めると、ふと軽い頭痛を感じた。
「茜様、お部屋の準備が整いました」
奥から、先ほどの少女の声が響く。
そしてスタスタと歩み寄る少女に茜は微笑みかけてくる。
彼女のいでたちは、なんだか心がが休まる気がした。
「少々手狭ですが、今宵はこちらでご勘弁下さいませ」
用意された部屋に案内されると、少女は静かに述べた。
「ううん、充分だよ、本当にありがとう。 ええと…」
「あ、申し遅れました。 私、紫と申します」
「そっか、…ありがとう、紫ちゃん」
にっこりと向けられた笑顔に、紫は一瞬面食らったような顔をし、
そして再び微笑むと、
そのまま、その場を後にしていた。
一人残され、茜はふとため息を洩らす。
何かがざわめく。
何か大切なことを、自分は持っていた気がしてならない。
そう、
大切な、何か。
そして、それを成す為………。
思考をめぐらせているとふいに、
シャラン…と、
どこからか鈴の音が響いたような、そんな気がした。
……と、いうわけで、
なんとも反則クサイシュチュエーションです(爆)
なんだか、どうしてもアクラムにはあかねちゃん! という構図があるようです、私(苦笑)
なんか、花梨ちゃんよりもあかねちゃんのほうが合う気がするんですよね…、アクラムには。
アクラム自身はそれほどハマっているキャラでもないのに、
何故か、カップリングとしては妙に好きな組み合わせです。
ので、自らの妄想の赴くままに書き進めていました…。
しかし、コーナー内にもうひとつシリーズ置き去りにしつつの暴挙なので、
…まぁ、マイペースに更新予定です。(^^;
次回も宜しければお付き合い下さいな。