鬼、と呼ばれし者
〜1〜
「……ん?」
小さなうめき声と共に、あかねはゆっくりとまぶたを開いた。
ゴツゴツとした岩のような壁が目につく。
横たわった体を、無意識に起こそうとすると、
その時、初めて気がついた。
体が言うこと聞かない。
何かで拘束されているわけでもないのに、まるでその場に貼りつけられてでもいるように、体がぴくりとも動かない。
あかねは顔をしかめながら、必死でもがこうとするが、結局無駄な努力に終わった。
「……なんなの、一体…?」
思わず呟きをもらすと、ふと気配を感じ身を硬直させた。
知っている気配だ。
こんなゾッとする気配を発する人は、ほかにはいない。
あかねは思わず固唾を飲んだ。
「気がついたか、神子…」
声が響いた。
予想にたぐわぬ声が。
うっすらと、記憶がよみがえる。
― その日は、とても天気が良かった。
だからだろうか。
少しだけ、神子の使命を忘れ羽目をはずしたくなった。
あの人と共に…。
「頼久さん」
はしゃぐようなあかねの声に、頼久は静かに微笑を返す。
もうすでに散ってしまった桜の木を見上げ、頼久は再び軽く笑みをもらす。
そんな頼久の様子に、あかねは少しだけ照れたようにはにかむ。
この墨染の桜の下で、頼久と交わした誓いが、なんだか遠い昔のことのように頭によぎる。
時折こうして二人だけで、役目とは関係の無い場所で過ごすとは、すでにさほど珍しいことでは無くなっていた。
力の具現化をするわけでもなく、怨霊退治をするわけでもない。
ただ、さして目的も無く、二人きりの無為な時間を過ごす、たまにはそんな日があってもいい。
頼久がそんな風に考えるようになったのは、正直本人にも驚きだったようだ。
あかねと共に過ごすことで、変わっていく自分。
それを頼久は少しだけ気に入ってもいた。
それに、いつか神子の役目は終わりを向かえる。
だからせめて、その時までは、
出来うる限り、こんな時間を大切にしたい。
頼久はそんなふうに思っていた。
そして、あかねもまた、同じ気持ちだった。
微笑み合う静かな時間。
永久に続くかのような錯覚さえ起こす一時。
だが。
それは、あまりに突然のことだった。
一瞬、軽いめまいのようなものを感じた。
ただそれだけった。
だが、次の瞬間。
世界が暗転する。
「神子殿!?」
異変に気がついた頼久の叫ぶ声が、ひどく遠くに感じる。
あかねは迫りくる何かから逃れようと、必死で抗うが、身を襲う束縛感が増すばかりだった。
この世界に来たばかりの時、あの宙に浮いた時の感触に、今のそれは酷似していた。
あの時、自分を束縛し、浮遊させた相手。
あかねはそれを思い出し、はっとなり再び必死で逃れようともがくが、それもやはり無駄な徒労に終わるばかりだった。
「…アクラム……」
あかねは、搾り出すような声で呟いた。
動かない体の芯が、それでも小刻みに震えているのを感じる。
あたりまえのことだ。
目の前にいるのは、自分と敵対する相手。
そして、身動きのまるでとれない自分。
恐怖するなというのが無理な話だった。
「……どういう、つもりなの…?」
無言で微笑をもらすアクラムに、あかねは静かに尋ねた。
だがその声は、ひどくかすれたものだった。
アクラムはそんなあかねに、表情を動かすことなく
「…どういうつもり…だと…? それはこちらの台詞だ、神子」
「………」
発せられた冷たい声に、あかねは思わず言葉を失う。
「…龍神の神子ともあろう者が、ああも無防備な振る舞いをするなど、あきれて物も言えぬわ」
アクラムは、笑っているのか、怒っているのか分からぬ口調で言った。
「…お前が時折ああして、決まってあの場所に来るということは、しばらく前に報告をうけ知った。 そして、ちょっとした罠をしかけた。 それだけだ」
「……罠……」
無意識に、あかねは呟いた。
「そう、罠だ。 神子、お前は穢れに対し、より敏感に感じ取る性質を持つ。 …あの地のある一点にそれを凝縮させたものをしかけ、お前がそれにかかり、龍神の力を欠いたその時ならば、術をかけることもたやすい。 …そしてお前はまんまとその場所に訪れた…」
あざけるような表情で、アクラムは淡々と話す。
「…神子、お前は知っているか? お前の…神子の力はその心が窮地に陥るほどに威力を増す。 …ならば、その逆もしかり。 …つまり、お前が安息を感じている時、それがおまえを狙う絶好の機会だ」
目に見える微笑を浮かべるアクラム。
あかねは内心歯ぎしみする思いだった。
うかつな自分に。
鬼がいつ責めてくるか分からないなんて、承知しているつもりだった。
でも、本当はちっとも分かっていなかった。
自分の不注意で、頼久にまで心配をかけてしまうことになった。
…頼久さん…?
あかねはそこまで考え、ふと不安が頭によぎる。
「頼久さんは? 頼久さんはどうなったの!?」
今まで恐怖に上ずった声を発するばかりだったあかねが、唐突に大声で尋ねてきたことに、アクラムは微かに驚き、またいつもの微笑を浮かべた。
「…頼久…? ……ああ、お前と共にいた天の青龍か」
アクラムはこともなげに呟いた。
あかねの必死の形相に、アクラムはニヤリと口を歪める。
「…相変わらずだな、神子。 …お前はいつでもそうだ、他人の心配ばかりする…」
「……え…」
「…だが、はたして今は、そんな事を気にかけている余裕があるのか?」
言いながら、アクラムは口の端に笑みをたたえたまましゃがみこみ、その手をあかねに伸ばす。
ふいに頬をなでられる感触に、あかねの中の恐怖がよみがえる。
身動きのとれない体を、それでも必死で動かそうともがく。
そんなあかねの姿に、アクラムは楽しそうに笑みを強めた。
「…無駄だ。 ここには結界が張られている。 お前の力ではどうにもできぬ」
言いながら目前に迫る仮面に覆われた顔に、あかねの恐怖は増すばかりだった。
恐怖で顔を引きつらせるあかねをあざ笑いながら、アクラムは指先でなぞるように頬をなで続ける。
身動きの取れぬ状況。
目の前いる敵…いや、男。
あかねの心にいやな予感が走り抜ける。
そして、そんなあかねの心を見透かすように、アクラムはふっと微笑む。
「…どうした神子? 仲間が、好いた男が心配ではなかったのか?」
せせら笑いながら、アクラムは言った。
心を染める不安をなんとか薙ぎ、あかねは必死でアクラムをにらみ返す。
「あたしを…どうするつもり?」
絞り出した声はなんとか言葉になった。
あかねの顔に浮かぶ恐怖の色が濃くなるのを感じ、アクラムは満足げに口の端を歪める。
あかねの問いに対し、アクラムはただ無言のまま、あかねの目前に手を広げた。
…何?
刹那。
声を発するいとまも無く、あかねの意識は闇に落ちていった。
「…神子殿!」
頼久が目覚めて最初に口にしたのは、その言葉だった。
「頼久!目が覚めたのですね、あぁ良かった…」
すぐ隣から聞こえる甲高い声に、頼久は顔をしかめた。
ふとあたりを見回すと、布団に横たわる自分の隣には、藤姫と天真の姿があった。
「…一体私は…」
思わず呟きをもらすと、ふいに横にいた天真胸ぐらをつかんで、
「それはこっちのセリフだ。 一体何があったんだ頼久! あいつは…あかねはどうして一緒じゃない!?」
「…え…?」
「帰りが遅いので天真殿が様子を見に行かれたのですわ」
「…そうしたら、あかねはいねーわ、頼久が一人で気を失ってぶっ倒れてるわ…、何がどうなってるんだよ!」
藤姫は、いきり立つ天真の横で、淡々と説明し、横で天真は吐き捨てるように言った。
「意識の無いままここへ運ばれてきた頼久からは、尋常ではないほどの穢れを感じました。 一体何があったのです?」
「…そうだ…私は……私は、神子殿を…」
……守れなかった…。
途中から、声にならぬ声で、頼久は歯をきしませた。
そして、静かな口調で、藤姫と天真に事情を話し始めた。
「アクラム様、その娘、一体どうするおつもりなんです?」
両手であかねを抱え歩くアクラムに、セフルが近づき問い掛ける。
「…知れたこと。 我々に従うようにするまで」
「でも、そいつ一筋縄じゃいきませんよ」
アクラムの言葉に、腕を抱えるセフルの横から、シリンが顔を出した。
「やはり、ここは定石どおり、拷問でしょうか…?」
至福ともとれる笑みをたたえ、シリンは言った。
側でイクティダールはだた無言のまま顔をしかめている。
「…いや、この娘に何かして、龍神の神子としての力に差し支えては困る」
感情のまるで無い、冷たい口調で、アクラムは言った。
「狙うは、この娘の心…、…神子を欠いた八葉など取るに足りぬ、…大切にしていた者を失った時の、お優しい神子殿はどう反応するか…」
言いながら、アクラムは含み笑いを浮かべた。
「この娘は、しばらく力を封じ、監禁しておくだけで十分だ。 私の部屋に、結界を張り巡らせておけ」
言いながら、アクラムはあかねを抱えたまま、部屋へと姿を消した。
…というわけで…、…三角関係とかあれだけのたまわっておきながら、いきなりな鬼話です!(自爆)
最初は、真の友どうし(笑)の三角関係話のはずだったのですが…(爆)
某遥かサイト様にて、とっても気に入ってしまった鬼が結構出張っている話があって、触発されて書きたくなってしまいました(^^;
まぁ結局青龍二人登場してますが…。(苦笑)
鬼に関しては、本気でゲーム中説明不足だったので、いろいろ妄想が膨らみますね〜(笑)
中でも気になるのは鬼の住みかです。 …どうみても洞穴っぽい気が…(汗)
それに、そんなに鬼ファンってほどじゃないけど、妙にアクラムとあかねってくっ付けたくなります。 …ゲーム中、一番ありそうなのにないころがポイントでしょうか?(笑)
それに、やっぱり設定として、一度くらいは攫われたりさせて見たいですよね♪(ヲイ)
…まぁ、そんなわけで、いきなりな鬼の話(しかもシリーズ)ですが、ここまで読んで下さってありがとうございます。
3,4話くらいのボリュームの予定ですので、これからも付き合ってやってくださると嬉しいです。(^^;
ではでは♪