鬼、と呼ばれし者
〜2〜
そこは、一族の首領が暮らすと言うには、簡素な作りの部屋だった。
さして広くない作りに、必要最低限の道具。
それ以外は何も無い。
一種異様なほどの、無機質な空気を感じる。
その部屋の片隅、
荒縄や呪符によって仕切られた一坪ほどの空間。
そこが、今のあかねにとっての行動範囲全てだった。
無造作に敷かれた敷布の上で、あかねはだるそうに身を起こす。
重い頭を抱えながら、小さくうめきを漏らす。
ここへ連れて来られて、二度目の朝。
目を覚ますたびに願う、これが全て夢ならばと。
だが、意識が覚醒するたび、それは絶望へと変わる。
一体、何がどうなったのだろう…。
あかねの心に不安がよぎる、
ここへ連れて来られてから、別に何をされるでもなく、ただ生殺しのように監禁されているだけ。
始終、観察するかのように、同じ部屋であかねを見つづけていた、アクラムの姿が消えている。
自分に危害がこないということは、
つまり、矛先は自分以外の者なのだろう。
そう悟るのは容易いことだった。
そして、アクラムが留守ということは…。
…いやな予感が、あかねの脳裏によぎる。
再び、あかねのうめきが部屋に響いた。
だるそうに、あかねは体を横たえる。
周囲にくまなく張られた穢れ。
それに抗い、自らを保つことが、今のあかねにとって出来ること全てだ。
胸の内の不安を追い払うように歯をかみしめ、
あかねは、ただ、身を襲う不快感にたえ続けているだけだった。
「龍神の神子」
高い声が、部屋に響き渡り、あかねは薄れかけていた意識を呼び覚ました。
「セフル…君?」
見覚えのあるその姿に、あかねは思わずその名を呼ぶ。
名を呼ばれたことに、セフルは少々同様しながらも、手に持った少し深めの器を、あかねの前に差し出した。
「食事だ」
乱暴に言い放ち、無造作に器を置く。
「ねぇ、アクラムは、他の人達は…、一体、今何をしているの…?」
身を起こすことももままならず、だるそうに横たわったまま、あかねは聞いた。
不安でいっぱいのあかねの表情から、セフルは思わず目をそらした。
「お前に、そんなことを教えられるわけないだろう、いいから、さっさと食べろ」
言いながら、セフルはいらついたように、器をあかねの目前につきだす。
だるそうに、なんとか半身は起こし、あかねは、なにやらお粥のようなそれを口に運んだ。
喉に物が通る感触が、ひどく懐かしく感じられ、あかねは心地よいため息を漏らした。
考えてみたら、連れて来られてから、水すら口にはしていなかった気がする。
乾きも空腹感もなかったのは、何かの術のせいだろうか…。
あかねは少し不思議に思いながら、また一口それを口へ運ぶ。
「…これ、セフル君が作ったの?」
あかねは何となく聞いてみた。
「…ああ。 …お前が2日も何も食べていないと聞いて…」
ぽつりと答えるセフルに、あかねは不思議そうな顔をして覗きこむ。
そして、ふと小さく微笑みながら
「…ありがとう」
何気なく呟き、そしてまたあかねはそれを食べ続けた。
その言葉に、セフルは目を見張らせ、あかねを見つめ続けていた。
「セフル、神子の状態はどうだ?」
「はい、お館様。 さして問題はありません」
「そうか」
無機質な声で、アクラムは答える。
部屋の隅に目をやると、相変わらずだるそうに横たわるあかねの姿が見て取れた。
しばらくして、セフルが出て行き、部屋にはあかねとアクラムの二人だけが残った。
あかねは、息苦しそうにしながらも、なんとか身を起こしアクラムの方を見た。
「……今まで、…一体…なにを、してたの…」
とぎれとぎれに、絞り出すような声で問うあかねに、アクラムはあざ笑うかのような笑みを見せる。
「…気になるか? まったく、…自らがそのような目に会いながら、尚、他の者を気にかけるとは、…さすが、お優しい神子様だ…」
せせら笑いながら、アクラムは言った。
その言葉は、全く、あかねの問いの答えにはなっていてない。
あかねの胸の内の不安は、つのるばかりだ。
もっとも、それがアクラムの狙いでもあるのだが。
「お館様」
抑揚の無い、甲高い声が部屋に響いた。
「ランか、どうした?」
答えながら、アクラムは入り口に立つランに近づく。
しばし入り口で二人は立ったまま何やら話しこみ、そしてアクラムはそのまま部屋を出て行った。
何を話していたか、あかねは必死になって聞き耳を立てたが、その言葉は微塵も聞き取れなかった。
そのまま、部屋に残ったランは、表情を動かさぬまま、あかねのすぐ側まで近づいてきた。
「……な、なに…!?」
あかねは思わず問いかけた。
すると、やはり表情をまるで動かさず。
「お館様の命令だ。 お前を監視する」
一言言うと、そのまま適当なところに腰を下ろし、一心にあかねから目を離さずにいつづけた。
「…ねぇ、…一体今、京の町はどうなっているの?」
少し体の具合にも慣れてきたあかねは、身を起こしながら、何度目かになった問いを、ランにする。
先ほどから、何度となく繰り返したとうり、ランは何も言いはしない。
あかねはたまらずため息を漏らす。
「おや、いいザマだねぇ、龍神の神子…」
唐突に部屋に響いた声は、見知ったものだった。
「シリン…」
あかねは無意識にその名を言った。
「お前なんかに、呼び捨てにされるいわれはないよ」
機嫌が悪そうに、シリンは言い捨て、ランの方に向き直った。
「ラン、お前はもういいから、神子を見張る役目、あたしに譲りなよ」
シリンは笑みすら漏らしながら、ランに告げた。
だが、
「それは、お館様の命か?」
「え? ち、違うけど…」
「ならば聞けない」
ランは無表情でそう言ってのけた。
「いいから、お前はあっちへお行き! …ったく、気に入らないんだよ…」
ブツブツとシリンは言った。
そんな様子に、あかねはふと違和感を感じる。
「この小娘も、ラン、お前も、何もかも気にくわない! 何故お館様はこんな奴らに気をかけるのか…」
歯ぎしみをしながら言うシリンに、あかねは一心に瞳を向けていた。
「ねぇ…」
思わず話しかけたあかねに、シリンはきっと睨み付けるけるように視線を向けた。
「あなた達って、…仲間…なんだよね…?」
ぽつりと言ったあかねの問いに、シリンは大笑いをして返した。
「何を言い出すのかと思えば、ちゃんちゃらおかしいねぇ、仲間だってさ。 …そんなわけないだろう?」
「…だって、一緒に、…京を支配するんでしょう?」
「一緒に? あたしは他の奴らがどうなろうと関係無いさ。 ただアクラム様の理想に役立ちたいだけなんだ」
シリンは何の迷いもなく言う。
そんな姿に、あかねはやはり違和感を持った。
「じゃあ、京を支配したいのは、アクラムだけ? それじゃ、支配した後は、…アクラムの理想が叶ったら、あなたはどうするの…?」
「え…?」
あかねの言葉に、シリンは答えを失う。
そして、隣にいたランもまた、わずかに表情を変えていた。
「それは…」
シリンは口篭もりながら、何やら言おうとする。
だが、何かが喉に詰まったかのように、また口篭もる。
「…おかしいよ。 …何かをしようって頑張るのは、その先にあるもののためでしょ。 京の皆はそれを持っていたよ…、でも、あなたは…」
「うるさい!」
シリンは金切り声を上げながら、あかねの周りに張り巡らせた呪符に力をこめる。
「……!?」
あかねは、声を出すことも出来ず、その場に倒れ付した。
シリンはそのまま部屋を出て行こうとした。
「あ…!?」
いつのまにか部屋の入り口に立っていたセフルが、驚き声をあげる。
シリンは機嫌が悪そうにそれをどけながら、足早に去って行った。
そして、セフルはしばし、その場に佇む。
ランは、倒れたあかねをじっと見つめ、
「その、先に、あるもの…」
ひとこと呟くと、そのまま静かに俯いた。
ランの呟きに、セフルもピクリと体を震わせた。
辺りの静まりかえった頃、アクラムは一人部屋に戻った。
「まったく、あやつらめ、…思ったよりしぶとい…」
ぽつりと呟き、意識を失ったままのあかねに目をやる。
「このような小娘一人に、何故あそこまで…」
アクラムは呟きながらあかねに近づく。
小さな寝息が微かに聞こえる。
あかねを捕らえてからというもの、
何度と無く、京に、穢れを振りまいては奇襲をかけた。
だが、いちぢるしく力を失ったはずの八葉は、おくするこもとなく、…いやそれどころか勇んで立ち向かってくる。
そして、口々に言う。
龍神の神子はどこか、と。
神子とは言っても、まださして力をつけてもいない小娘だ。
そこまでこだわる必要がどこにあるのか。
鬼に神子の力を悪用されるのを恐れている風にも見えない。
アクラムは、あかねの隣に腰を下ろし、その髪を無造作に撫でる。
とるにたりぬほど、小さな小娘。
なのに何故、これほどに人を引きつける力があるのか。
そういえば、今日帰ってきた時、口々におかしな事を聞かれた。
「京を支配した、その後、一体どうするのか、と」
始めて、そのようなことを聞かれた。
いや、それだけではい。
あかねを捕らえてから、今までとは何かが違ってきたような気がする。
この簡素な部屋も、いつもとなにかが違って見える。
この小さな体に、いったい何が秘められているのか…。
アクラムは小さくため息を付き、そのまましばしあかねの寝顔に見入っていた。
…というわけで、鬼話第二話です。
…なんか、メインの位置にいたはずの頼久は結局出番作れずじまいでした…。(汗)
話自体も進んでるんだかなんだか…。
前に全4話とか宣言してしまったけど、どうやら、5,6話はいきそうな雰囲気が漂ってきてしまいました(^^;
鬼って、結構書き出すと止まらなくなってしまいますね(爆)
なんか、今回も妙に長くなった気がしてます。
短くさっぱりとお話をまとめられる方って、いつも憧れです。
さて、次回ははたして頼久だせるでしょうか…(笑)
ではでは、こんなんですが、次回もよろしくです。