鬼、と呼ばれし者
〜4〜
ゆっくと瞳を開けた瞬間、
あかねの目に飛び込んできたのは、金色に瞬く光だった。
突然目に入り込んできた光に当てられ、あかねは思わず顔をしかめる。
そして、再び目を開けてみると…。
「………」
声がでなかった。
一瞬、状況を理解できずに硬直する。
…目の前に映るもの。
それは、あまりに唐突で、予想に反したもの。
静かに目の前に横たわる、大きな人影。
灯りのほとんどない、この部屋でもなお、きらきらと輝きを放つ、長い金の髪。
彫りの深い、整いすぎるほどまでに、整った顔立ち。
そして、
見覚えのある、紅の衣…。
丁度、肩肘を付いた体勢で、
まるで、こちらをゆっくりと眺め、そのまま寝入ってしまったかのような姿だ。
あかねがしばらく無言で硬直していると、目の前の人物は、静かに蠢いた。
ゆっくりと開かれた瞳。
透き通るような、蒼色。
その瞳に、あかねはまた、思わず見入っていた。
「…そんなに珍しいか? 神子…」
身を起こしながら発せられた声は、やはりいつものように冷たい口調。
「……アクラム……なの…?」
分かってはいたが、どうしても納得できず、あかねはその名を問う。
「……他になんだと言うのか…」
アクラムは、つまらなそうに言い放ち、すっと立ち上がる。
あかねは、そのまま衣を整えるアクラムを、しばらく、呆然と見つめていた。
…仮面を付けていた時は、本当に彼が鬼に見えた。
でも。
今眠っていた、あの顔は…。
輝くような蒼を放った瞳の奥に、宿っていたものは…。
あかねは、呆けたような顔をしながら、その場に身を起こした。
そして、再びアクラムを見つめる。
すでに髪は結いあがり、仮面を付けているいつもの姿。
…この時あかねは、少しだけ分かった気がした。
鬼の一族の者が、アクラムを好きでいるわけが。
「…本当に、外人なんだ…」
不意に、ぽつりと呟いたあかねの声に、アクラムは思わず振り返った。
「……ガイジン…?」
いぶかしげに問う。
あかねは、静かに微笑みながら。
「そう、…あたしの居た世界で、自分とは違う国に住んでいる人のこと、そう言うの」
にっこりと言うあかねに、アクラム何故か顔をそらす。
「違う…国…」
「うん。 たくさんの国があって、いろんな色の、肌や髪や目をした人がいて…」
にこにこと、あかねは続けた。
こんな話に、アクラムが興味を持ってくれたことが嬉しかった。
ずっと思っていた。
彼は、人の心など持たぬ、鬼だと。
でも、
少しだけ分かった。
心を持っていないわけじゃない、…ただ、閉ざしているだけ。
だって彼は、同じ人間なのだから。
青い瞳の奥に、確かに見えたのだから。
彼の悲しみや憎しみ、…そして優しい温もり。
人間らしい感情の全てが。
全てを仮面の下に覆い隠し、彼が求めるものは、一体何なのだろう…。
あかねが、「鬼の首領」ではない、アクラムに興味を持ったのは、これが初めてのことだった。
「……ふぅ…」
一人きりになって、どのくらい時間が流れたか、あかねはだるそうにため息を付く。
しばらく前、セフルがいつものように持ってきた食事をたいらげ、その後、もう数時間はたとうとしている時を、あかねは一人で過ごしていた。
考えてみれば、捕らえられてからというもの、
常に誰かが見張りについていて、こんな風に一人きりになった時間はほとんど覚えが無い。
ため息を付きながら思うことは、京の皆のこと。
今、鬼の一族が全て外出中というのなら、やはりその目的は…。
そこまで考えて、あかねは思考を止める。
考えても、恐怖を増徴させるだけ。
必死で気を紛らわし、再びため息を付く。
そして、
ふと頭によぎる顔。
それは、今まで幾度も夢にまで見た、愛しい人物ではなく、
金色の髪をなびかせ、紺碧の瞳をたたえる、あの姿だった。
何故かは分からない。
でも、頭から離れない。
今までも、時々、鬼と呼ばれるあの一族のことを、どうしても「敵」と割り切れないところがあった。
それでも尚、戦うことができたのは、
あの、アクラムの存在。
圧倒的な、敵意、憎悪。
冷徹に残酷な行為を重ねる、彼に対しての怒り。
その彼の、「人間」の部分を感じた今。
あかねの中で、「神子」としての使命、その、何か根本的なものが、崩れ始めていた。
「皆さん、大丈夫ですか!?」
夜の闇に染まった屋敷内に、藤姫の甲高い声が響き渡る。
共の者が手に持つ行灯が、不意にあたりを照らすと、
そこには惨々たる光景が広がっている。
傷つき、蠢く者。
しきりに、うめき声を上げる者。
もはや、ぴくりとも動かぬ者。
無数の人影が、散らばるようにそこにある。
藤姫は思わず顔をしかめ、そして息を呑み、そして、やや青ざめたまま、毅然とした表情を取り戻す。
「…八葉の方々は?」
静かに藤姫が問うと、共の者は静かに頷き、
「幸い、八葉に犠牲者はいない、とのことです。 …しかし…」
そこで、表情を曇らせる。
その顔に、藤姫も悟る。
犠牲者はいない。 だが、負傷者はいるのだろう。
藤姫は、そのまま急ぎ、屋敷の奥へと消えて行った。
「…一体いつまで、こんなことしてるんだよ!?」
暗い一室、天真の絞め殺した罵声が響き渡った。
「仕方あるまい。 神子が捕らえられたままでは、我々に打つ術は無い…」
抑揚の無い声が、それに答える。
急の襲撃で、八葉が非難に誘導された、小さな一室。
しかし、そこでも、悲痛なうめき声が漏れ聞こえていた。
室内にも、もちろん怪我人はいる。
静寂の中、天真に一言返した後、泰明は淡々と、横たわる永泉の治療を再開した。
そして、天真もまた、目の前に横たわる者の腕を掴み上げる。
「………っ…」
「我慢しろ、頼久。 今、手当てすっから…」
声にならない声で、苦痛を訴える頼久に、天真は苦虫を噛み潰すように言った。
「…でも、このままじゃ、何もならない。 僕ら、どんどん窮地に追い込まれてるだけだよ」
部屋のすみにしゃがみこんでいた、詩紋が、ふいに呟いた。
「そうだな…」
隣りにいたイノリも、同意する。
「…しかし、この状態でこちらから、何か仕掛けるのは自殺行為です。 …機をうかがい、神子の安否だけでも確認できれば…」
鷹通は、重苦しい口調で言った。
「神子の安否…か…、こちらから調べられる術はないものか…」
側で軽い傷の手当てを自ら行いながら、友雅は呟く。
「こちらから…」
暗い沈黙の後、ふと呟きながら、頼久が動いた。
「…頼久?」
天真は、突然立ち上がった彼に、心配げに声をかける。
「…そうか…、…天真、鬼はすでに撤退したのか?」
「…え? …確かまだだって、さっき来た密使は言ってたけど…」
「…そうか……」
頼久の浮かべた不適な笑みに、泰明がふっと顔を歪める。
その表情に、頼久は静かに視線を向け、
「泰明殿、…あなたの力で、鬼の拠点の場所を占えないだろうか…?」
頼久の言葉を聞くより早く、泰明は瞑想に入っていた。
一同に沈黙が落ち、しばし、
泰明は静かに瞳を開ける。
「頼久、月が見えるか?」
静かに、泰明は言う。
「今、月の浮んでいる方角、そこに穢れが吹き溜まっている」
「……よし」
頼久は、静かに呟くと、床に下ろしていた刀を、腰に携えた。
「まてよ、頼久。 …お前、利き腕折れてんだぞ!」
天真は思わず叫び、頼久の前に立ちはだかった。
「足手まといにはならぬ、…行かせてくれ、天真」
静かな、だが、闘志に満ちた頼久の声に、天真は黙って頷いた。
室内にいた八葉が、頼久の声に共鳴するかのように立ち上がる。
「永泉?」
泰明が思わず驚きの声を上げる。
「お前は残れ、動ける体ではない」
「……大丈夫…です…、…行かせて下さい…、私も…神子を護る、…八葉、なのですから…」
途切れ途切れに言う永泉に、泰明は静かに頷いた。
「……神子殿…。 すぐにお助け致します…」
呟きながら月を見上げた頼久の瞳は、獣のように鋭いものだった。
というわけで、シリーズ第四話でした。
題して、佳境一歩手前、あかねちゃん揺れるの巻。(爆)
鬼を敵として認識出来なくなったあかねに、敵意むき出しで救出に向かう八葉一同…。
何やらこんがらがってきています。(汗)
このシリーズ、どんどん最初予定していたよりも長くなってきて、…おそらくこのへんが折り返し地点? というくらいのボリュームになってしまいそうなんですが…。
とりあえず、次回はアクラム&頼久ご対面の、佳境になる予定なので、どうぞよろしくです♪
段々、始めた当初の予定とお話変わってきた気もするのですが(汗) …どうぞこれからもよろしくしてやってくださいませ。
ではでは、
次回は多分12月くらいになりそうです(^^;