鬼、と呼ばれし者
〜6〜
…蒼い、蒼い瞳だった。
最初に、目に入ったのは。
初めて目にした、鬼の首領の素顔。
その、あまりに異質な容姿に気を取られた、その一瞬後。
時間が、止まったかのように思えた。
その手のうちに落ちた彼女の姿を認識するまでには、
かなりの時間を要した。
「頼久さん…」
唐突に響いた声に、頼久は思わずはっとなった。
振り向こうとして動かした頭に、ズキリと痛みが走る。
あの日。
神子を助けた後、自分が何をしていたのかは、憶えていない。
ただ、気がつくと、誰も居ない一室で寝かされていた。
目覚めた時、あたりはすでにやみに染まっていて、
思わず、部屋を飛び出し、月夜に魅せられていた、
丁度、そんな時だった。
声をかけた後、ゆっくりと、近づいてきた、浴衣姿の彼女。
微笑む顔が、心無し、力無く見えた。
「…よかった、気がついたんですね…、頼久さん、あれから二日間も眠ったままだったんですよ」
となりまで来ると、あかねは静かに呟いた。
「いなめるためにかけた術が効き過ぎたって、泰明さん、なんだか気にしちゃってて…」
にっこりと微笑をたたえるあかねを、頼久はただ無言で見つめていた。
「………頼久…さん…?」
沈黙が続き、あかねはいぶかしげに、頼久の顔を覗きこんだ。
だが、頼久は、難しい顔をしたまま、あかねの方を見ようとはしない。
「………」
あかねが思わず黙り込むと、
頼久はふいに肩を落とし、
「…申し訳ありませんでした…」
一言呟くと、体を小刻みに震わせた。
「……なんで…、頼久さんが、あやまるんですか?」
あかねは、俯いたまま、はっきりとした口調で言い放った。
二人は、互いに反対方向を見つめたまま、佇んでいた。
「主をお守りするのは、武士の勤めです…それなのに…私は…」
そこまで言うと、頼久はまた押し黙った。
「……頼久さんは、ちゃんと助けに来てくれたじゃないですか。 …それに、迂闊な行動をしたのは、わたしですよ」
あかねは小さく微笑んだ。
「しかし…」
呟きながら、頼久は思わずあかねを見据えた。
ふいに、記憶が蘇る。
鬼の手の内にある、彼女。
交差された唇。
頼久はたまらず目をそらした。
そんな頼久の態度に、あかねは思わず肩を落とした。
ここ二日の間。
八葉はじめ、周りの人間は、みな、あかねを見ると、腫れ物にでも触るように、
なんだか態度がよそよそしい。
何となく、そんな対応に、少しばかり疲れだしていた。
「…神子に、…神子の身体に何かして、龍神を呼び出す力に、支障がでたら困るって…」
「……え…?」
あかねが、唐突に呟いた言葉に、頼久は思わず呟き返した。
「……アクラムが…ね、言ってたんです」
アクラム。
その名に、頼久のこめかみがピクリと動くのに、あかねは気付いていた。
「だから、捕らえられた後も、不気味なくらい、何もされなくて…」
あかねは、静かに語り始めていた。
鬼に捕らえられていた、数日間のことを。
鬼の狙いは、あかねのその心をつぶすことにあった事。
そのため、あかねを監禁状態にした後、執拗に八葉のもとに攻め入っていたであろうこと。
頼久にも、身に憶えが合った。
今だ癒えぬ腕の傷。
確かに、神子が囚われてから、鬼の攻撃は半端ではなかった。
そして、あかねは話を続けた。
頼久達に、助けに入られた、あの瞬間。
あの時まで、アクラムは、あかねを取り巻く結界の中に、入ってきさえしなかったことを。
頼久は、静かに聞き入っていた。
助けに入ったあの場で憶測した、そんな状況とは、かなり違った事実に、少しばかり安堵しながら。
確かに、
鬼が、神子の身に何かするとは思えない。
冷静に考えてみれば、分かることだ。
そして、頼久は、少しだけ、胸の奥に痛みを感じていた。
あかねが今しがた語ってた、監禁されていた時の話。
いくら、その身に危険が無かったとはいえ、その心境はいかばかりだったか。
助けたばかりの、やつれた彼女の顔を思い出していた。
今、横にいるあかねの姿も、やはりまだ、消耗している感じが多々ある。
一体、どれだけの思いをして、今まで過ごしてきたのだろう。
「…申し訳、ありませんでした」
頼久の口から出た言葉は、それしかなかった。
そしてふいに、
たまらなくなり、頼久はあかねの肩に手をかけた。
そっとその身を抱きしめられた瞬間。
あかねの身が一瞬のけぞる。
気がつけば、小刻みに震え始めた身体に、当のあかねが一番戸惑っていた。
「どうなさいました?」
頼久は思わずその身を離し、あかねに問いかける。
あかねはそんな頼久を見つめ、静かに俯いた。
…走馬灯、というのは、丁度あんな感じなのだろうか。
頼久の手に抱かれた瞬間。
頭に駆け巡ったのは、あの時のこと。
アクラムにその身を抑えつけられ、組み敷かれた、あの感触。
浮かんだものは、恐怖心だけだった。
「…ご、ごめんなさい…」
あかねは思わず呟いた。
身の震えは、まだ、止まらない。
「神子殿。 もう少しお休みになられた方が…、今、人を呼んで参りますので…」
あかねに気遣う頼久の言葉に、あかねは涙が出そうだった。
おんなじ、だった。
ここ二日の間、他の八葉に嫌と言うほど気遣われた。
腫れ物にでも触るような、その態度。
あかねは、それと同じようなものを、今の頼久の態度に、感じていた。
あかねと八葉、
いや、
あかねと頼久の間に、
少しだけ、溝が出来たような、
そんな感覚を受けた。
「………ふぅ…」
一人、八葉によって開けられた、壁の大きな穴を見つめ、アクラムを息を吐いた。
あれから二日。
他の鬼の者はすでに帰還し、大分体勢は立て直せた。
しかし、神子を取り返されてしまったことは大きい。
最大の人質にして、自らが欲する力を有す、その存在を、自らの元に置いておけなくなったことは、多大なる痛手だ。
そしてアクラムは静かにため息を付いた。
大体何故、
あの時、迫り来る八葉の気配にすら、気付けなかったのか。
神子の表情に、その目が奪われ、
神子の言葉に、心が奪われ。
そもそも、
神子の身になにかして、龍神を呼ぶべき力を欠いては、元も子もない。
それなのになぜ、
あの時、神子にあんなことをしたのか。
何も考えられず、
ただ、
神子ではなく、あの、一人の少女を、
欲しいと、思った。
生まれて初めての感情。
今まで感じたことの無い、欲求。
アクラムは、思わず、苦虫を噛み潰したように、小さく息を吐いていた。
…と、いうことで、第6話です。
なんか、またしても長引きそうな気配が…(爆)
しかし、今回、初恋アクラム君がそこそこ書けて、結構書いてて楽しかったです(笑)
いえ、この話って、実はは、アクラム書きたくて始めたもので…(^^;
頼久は、何故か苦悩な立場に追いやりたくなるクセは、変わっておらず、
今回も、苦労してます(笑)
そして、これからも結構苦労予定(爆)
十話以内には、収められれば、と思ってます。 このシリーズ。
…どうなることでしょうか…(遠い目)