鬼、と呼ばれし者
〜8〜
「…ついに、四神を全て我が物にしたか、神子…」
その声が響いたのは、青龍を封印した、直後だった。
あかねは、思わず辺りを見まわす。
一体どのくらいぶりだろう。
…ずっと、頭の中から離れなかった、あの声。
警戒して、あかねの前に天真と頼久が立ちはだかった一瞬後、
アクラムは、姿を現した。
向かい合い、そのまま幾ばくかの時が過ぎる。
どうしてだろう、
言いたいことは、たくさんあったはず。
その姿を目前にしたら、胸が詰まって、頭が回らない。
「…決着を…、明日、神泉苑で…」
アクラムは一言を残し、その場を去ろうとした。
「アクラムっ!」
あかねは、後姿に、思わず叫ぶ。
その瞳を目にした頼久の表情が、心無し切なげに揺れる、
そして、頼久のその表情を見た天真は、小さく舌を鳴らした。
「……どうしても、…戦わなきゃいけないの…?」
あかねが、搾り出すように問うと、アクラムは足を止め、だが振り返りはせず、
「お前が、私のものにならぬのなら、いたしかたあるまい」
それだけ言うと、アクラムは再び足早に去って行った。
残された3人は、しばらくその場に立ちすくんでいた。
「………頼久さん…、いるんでしょ?」
夜も深けた頃、あかねは部屋の縁側に通じるふすまに向かって、静かに問いかけた。
鬼に一度捕らえられて以来、夜毎に八葉が代わる代わるそこで番をしてくれていることは、大分前から気付いていた。
そして、今日は、
多分、彼が居るだろう、そんな気がした。
「……なんでしょうか…」
答えた声は、やはり彼のものだった。
あかねは、一瞬固唾を飲む、そして、小さく息を吐き、胸をなで、ふすまに背を持たれ、腰を下ろした。
「…ごめんなさい、今まで…」
頬杖を付きつつ、あかねは言った。
「神子殿がおあやまりになるようなことは、何もありません」
頼久は、極限まで感情を抑えつつ、答えた。
あかねは、知っていた、彼が感情を抑えている時はいつも、少しだけ早口になる。
少しだけ、切なくなり、あかねは俯いた。
「あれから、ずっと、頼久さんを避けて、……あたし、きっと、逃げたのよね…」
あかねは、俯きながら、ぽつりぽつりと呟いた。
「なんかね、…ずっと、自分でも良く分からなかったから…、この気持ちが…」
静かな口調のあかねの声を聞きながら、頼久はふすまに寄りかかっていた。
「…でもね、やっと…なんとなくだけど、分かったから…」
「あたしね、会いたかったんだと、思います…、彼に、…あれから、ずっと…」
忘れられなかった、蒼い瞳。
頭から離れぬ、あの声。
目を閉じれば浮かぶ、その姿。
あの時、抱きしめてくれた頼久を拒絶したのは、
多分、怖かったから、
この気持ちを、認めてしまうことが。
確かに何より愛していた彼よりも、
確かに、心から憎んでいた、彼に、
自分の心が、…惹かれていると。
どうしてかなんて分からない。
いつからかも、良く憶えていない。
気がついたら、頭から離れなくなっていた。 あの瞳が。
あかねは、ふすまごしに、ぽつりぽつりと、言葉少なく語った。
アクラムのその瞳に映った、人間としての彼の姿を。
いつしか、あかねの瞳には、涙が溜まっていた。
頼久は、顔色一つ変えず、それを聞いていた。
あかねには、何となく分かっていた。
多分、救出された、あの時から、
頼久は、気付いていたのだろう、と。
あかねの胸に、既に生まれていた、この気持ちが。
そして、あかねは、
それに、一番、心が痛んでいた。
「…ごめんなさい、頼久さん……」
全てを語り、浮かんできたのは、その言葉だけだった。
「……あたし、…本当に、頼久さんのことが…大好き……でした。 その気持ちは、絶対、嘘じゃなかったから…」
涙にぬれたあかねの声を聞き、頼久は思わず顔を伏せた。
「……分かっております」
あかねの声が途絶えた後、頼久は静かに呟いた。
そして、頼久は、ゆっくりと息を吐いた。
「……ひとつだけ、頼みを聞いて頂けますか?」
しばらく沈黙が続いた後、頼久はふと口を開いた。
あかねは、膝にうずくまっていた顔を上げる。
「明日…、最後の戦いには…、どうか、私を連れていって頂きたい…」
頼久は、小さくため息を漏らした。
「どうか、最後まで、神子殿をお守りすることを、お許し頂けませんか…?」
静かに、ゆっくりと言う頼久のその言葉が、あかねの胸に静かに染み渡った。
そして思った。
やはり、自分は、この人のことが、本当に、好きだった、と。
本当に、本当に、大好きだったと……。
夜の闇が満ちて行く中、
少女の胸の内で、
静かに、一つの恋が終わりを迎えていた。
そして、
都に朝靄が立ち込める頃、
あかねは、静かに自らの部屋を後にした。
きっと、この部屋に戻ることは、もう無い。
最後の戦い。
そこに待つのは、彼。
会いたかった、ずっと。
会って、話したかった、もっと。
彼の、その心を、もっと知りたい。
鬼なんかじゃない。
ううん、
もともと、鬼なんて、居なかったのだと思う。
皆、傷ついただけの、
その傷を持て余していただけの、
ただの、人間だった。
蒼い瞳が胸によぎる。
さっそうと、屋敷を後にしたあかねの横には、
天真と、
そして、頼久の姿があった―。
……と、いうわけで、なんだかちょっとクライマックスです(^^;
最後の戦いの前に、やはりケリをつけなきゃいけないだろう、とか思いまして…。
ちなみに、アクラムのセリフはうろ覚えなもんで、あれだけになってしいました(爆) …確か、もっとうだうだ言ってた気がするんですがね(苦笑)
にしても…、不遇ですね、頼久…(汗) 書き出した時から、頼久の末路は決まってはいたのですが、
いざ書いてみると、本気で不遇……、しかもそれにあまんじているし…。
…でも、なんか、苦悩させたくなるのですよね、頼久って…(←ひねくれファン心理)
とにかく、あとはラストを目指すのみ、となりました。
次回か、長引けばもう一話くらいて、なんとかフィニッシュに持って行けそうです。
よろしければ、最後までお付き合い下さると嬉しいです♪