八色の想い 一つの恋
〜1〜
その少女は、主と言うにはあまりに儚げだった―。
「……いや、そんなの知らない、…あたしは帰りたいの、…早くここから帰して…」
なかば泣きわめくかのように、あかねは叫んだ。
その姿に、その場にいた者は皆、正直、少々幻滅をしていた。
やっと現れた、龍神の神子。
救い主と信じて疑わなかった存在。
それが、これなのか、と。
共に来た異界の者達も、八葉と選ばれたわりに、なんとも自覚が無い。
帝の直命により、神子に仕える為、ここへ訪れた頼久もまた、そんな神子達の姿に幻滅した一人だった。
京の救世主たる、神子。
それに仕えるわが身を、誇らしくも思い、ここへ来た。
だが、そこにいるのは、どうみても、ただの少女。
武士たる者、主と定められた存在に全てを捧げねばならない、
それは、考えてもいけないこと、
だが、思ってしまった。
自分は、こんな少女に仕えるのか、と。
「頼久、神子様はお疲れのご様子ですわ。 お休みの間、お部屋の周りの警護をお願いします」
藤姫に言われ、頼久は、あかねにあてがわれた部屋へと赴いた。
まだ、眠ってはいないらしく、ふすまの向こうから、かすかに灯りが漏れている。
頼久は、そのまま、ふすまの前の縁側に腰を下ろす。
夜の闇に隠れた庭を見つめながら、頼久は静かにため息を付いていた。
…こんなことではいけない。
ふと、我に返る。
どんな方でも、主は主。
命をかけてお守りする。 それが武士の勤めだ。
それに彼女は、龍神の神子に選ばれた存在。
…ここへ来る前に予想していた、毅然とした、おごそかな姫君とは、かなり違う。
だが、彼女は紛れもなく、神子なのだから…。
なんだが、自分に言い聞かせるような思考が、少しばかりはがゆかった。
「………ん?」
ふと、頼久は声を上げた。
どこからか、音が聞こえる。
辺りを見まわしても、獣すら鳴いてはいない。
そして、後ろを振り返る。
音は、ふすまの向こうからしていた。
「……………」
頼久は思わず声を失った。
しゃっくりのような、咳のような…。
…つまり、人の泣き声が、小さく小さく響いていたのだ。
「……神子殿、いかがされましたか?」
しばらく考えこんだ後、意を決して、頼久はふすまの向こうに声をかけた。
すると、ふすまの向こうで、静かにしゃっくりこらえる息遣いが響く。
「…失礼致します」
たまりかねて、頼久がふすまを開けると、そこには、静かな寝息を立てる一人の少女の姿があった。
その頬には、真新しい涙の筋が幾重にも見られた。
泣き疲れて眠ったのだろう。
頼久はため息混じりに、手近な敷物を神子の体にかけた。
そして、ふと、視線を落とす。
小さな、小さな少女だった。
まだ、15.6才だと聞いていたが、むしろそれよりも幼く感じられる姿。
「……ん……」
小さな呻きとともに、静かに寝返りを打つ様を見て、頼久は小さく肩を落とした。
そして、そのまま、静かに退室しようとしたその時、
「……母さん…」
蚊の鳴くような、声が聞こえた。
頼久は思わず振り返る。
そこには、先程と同じく、静かに寝息を立てる神子の姿が見て取れた。
…思えば、
この少女にも、住むべき場所があり、家族も在るのだろう。
それを、突然である。
何の前触れも無しに連れて来られた世界。
自分とは何一つ関係のない理由により、命を賭けて戦えと強要され…、
思考を巡らせながら、頼久は再び、神子の寝顔を見つめた。
屈託のない、幼げな寝顔。
おそらく、元の世界では、とても幸せに暮らしてきたのだろうと伺われる。
京の為、
その大義名分の元に、
自分達は何か、大きな間違いをおかしているような、そんな気持ちにさいなまれた。
その時、
「……おい、何やってるんだ、お前…」
この場に似合わぬ、粗暴な言葉使いが耳についた。
「お前は…」
思わず振り返ると、そこには、神子と共にこの世界へと訪れ、地の青龍に選ばれた少年が佇んでいた。
「…あかね…」
何気なしに部屋を見て、少年は小さく呟いた。
静かに寝入る少女見て、少年は少しだけ肩を落としため息を付いていた。
「…神子殿は、先程眠りにつかれたご様子だ。 …お前も早く休め。 疲れているのだろう…」
言葉少なく、頼久は言った。
「私は、もう少し屋敷を見廻る」
一言言うと、頼久は立ちあがった。
「待てよ」
少年は低い声で呟いた。
「…お前等、俺達に何をさせるつもりなんだよ、一体…」
「聞いているはずだ。 …鬼を倒す、その為に力を貸してもらう」
間髪入れず、振り向きもせず、頼久は言った。
「…そんなの…、こいつには関係ないだろ…」
搾り出すように、少年は言った。
「俺は良い…、俺は。 妹のことも気になるしな。 だけどこいつは、…こいつだけでも帰してやれねぇのかよ」
少年の言葉に、頼久は息が詰まった。
そして、静かに固唾を飲み、
「…無理だ…。 お前も見ただろう、お前達の帰り道は、あの鬼が塞いだ…」
淡々と述べられた言葉に、少年は固く息をはいた。
「……泣いて、なかったか? こいつ…」
しばらく黙した後、少年は静かに言った。
「あぁ…、大分泣きつづけておられたご様子だ」
頼久は俯いたまま答えた。
「やっぱりな…」
軽い口調で言う少年に、頼久は思わず顔を上げた。
「……ったく、いつもそうなんだよな…。 俺達の前じゃ、ちょっとも涙なんて見せないくせによ…」
寂しげに呟く少年の言葉に、ふと室内で寝入る少女に目をやっていた。
確かに、
考えてみれば、彼女は誰にも涙は見せていない。
一人で泣いて、
泣きつかれて眠って、
明日の朝は、また、友であるこの少年に、笑顔でも見せるつもりだったのだろうか。
胸の奥で、何かが痛んだ。
「……ったく……」
またひとつ毒づくと、少年は静かに立ちあがった。
「……屋敷、見て回るんだろ。 …俺もまだ良く分かんねーし、一緒に連れてけよ」
きびすを返しながら言う少年に、
頼久は無言で頷き、そして神子の部屋を後にした。
「…訪ねたいとこがあるのだが」
暗い廊下を歩きながら、頼久は呟いた。
少年は面倒くさそうに振り返る。
「元の世界では、神子殿はどうい方だったのだ?」
「…ミコド……、あぁ。あかねのことか…、そうだな…」
怪訝そうに呟き、少年は無意識に顎に手を当てた。
それから、
屋敷を廻りながら、頼久はあかねの居た世界のこと、
元宮あかねという少女自身のこと等、様々な話に、
明け方近くまで、興味深く聞き入っていた。
聞けば聞くほどに、普通の少女、
いや、自分の考える普通よりも、もっと恵まれていた少女。
いきなりの重責に、戸惑いをあらわにした、あの態度が至極当たり前に思えてきて、頼久は静かにため息を付いた。
人知れず涙に暮れていたあのすすり泣く声が、今も耳に焼き付いているようだった。
…というわけで、頼久に幸せをシリーズ第一話でした(苦笑)
とにかく、弱々しくって儚げなあかねちゃんが書きたくてたまらなく、書きはじめたものです。
オフィシャル設定は、元気明るいって感じらしいのですが、どうも私の中では、凄く弱々しくて、ウジウジとしていて、でも芯は強い女の子、って感じなのです、彼女。
…ま、遥かはプレイヤーによってもかなり神子の性格変わりますし。
つまり、私のファーストプレイは弱々しい神子ちゃんだったわけです(笑) ちなみに初めて名前を聞かれた相手は永泉さんでした(苦笑)
…ま、そんなんこんなで、
一応この話の形式として、毎回メイン人物が変わる予定なので、全9話くらいかな、と考えています。
どうぞ最後までお付き合い下さると嬉しいです。