「なんだって?」
「だから、アスハだよ。 あの中立国オーブの代表。 今ミネルバで保護してるって」
整備班のヨウランからそれをシンが聞いたのは、戦線を離脱して、ドッグで機体の点検をしていた時だった。
プラント議長が乗っているらしいというだけで驚きだったのだが、
それにも増して、その名前はシンの胸を苛んだ。
「シン?」
シンの様子に、ルナマリアは思わず名を呼ぶ。 しかしシンはその声にさえ反応しない。
すると、はたと思い出したようにルナマリアは不適に微笑む。
「そうそう、一緒にいた護衛の人だけど、…あの、ザクを操縦していた人」
あのザク。 その言葉にシンは思わずルナを見る。 ルナもまた満足げに笑みを強めた。
「もしかしてあれ、アスラン・ザラかも」
+ + + + + + +
「アスラン…? って、あの…?」
「そう、前の大戦の、ザラ議長の息子で、ラクスクラインの元婚約者で、今は脱走兵っていう、あの曰く付き伝説のザフトレッド!
ヤキンドゥーエ戦後、オーブに亡命したって噂もあったけど、ホントだったかもね」
シンはぼんやりとザクを見た。
そしてふと、先程の事を思い出す。
確かに、それなら、説明がつくかもしれない。
その時。
頭上から声が聞こえた。
「議長のおっしゃる事も分かる。 武力は時として必要だ。 自国防衛の大切さも身に染みている。
…しかし、このような過ぎたデモンストレーションに、何の必要性があるのですか!?」
甲高い声を発しているのは、まだ若い、金髪の女性。
「確かに、姫の言う事も分かりますが…、力は誇示してこそ意味がある」
淡々と言葉を返す声は、見知ったものだった。
「デュランダル…議長!?」
シンは思わず呟く。 隣でヨウランはしれっと振り向くと、
「あぁ、さっきの戦闘の時、議長もミネルバに。 知らなかったか?」
「聞いてねぇよ、ってか、あの隣で話してる人は?」
「あれが、オーブ代表。 その隣が、噂の護衛」
ヨウランは金髪の女性と、青髪の男性を順番に指差した。
ぼんやりその姿を見てると、視線の端に、何やら一心に同じ場所に視線をやるレイの姿も見えた。
「ではこの事態は? こんな状況を招いた責任はどうなると」
「我々も、全力であれを取り返そうとしております」
「そうではない、…それでは、また戦火は広がるばかりだ。
そもそも、何故ザフトはそうまで、いつまでも兵器開発に尽力されるのかを問いているのです」
オーブの代表だと言われた女性は、とうとうと述べていた。
「何言ってるんだよ…アイツ、自分が助かったのは、その『兵器』のお陰だろう?」
シンは小声で呟いた。
近くにいた整備班のヴィーノが少しまずった顔をする。
「このように大きな力を誇示しなくてはならぬ理由など、ないではないですか。
いやむしろ、それこそが新たな戦火の口火となる。 違いますか? デュランダル議長!」
オーブ主張は、言葉を続けていた。
気付くと、シンは拳を震わせていた。
「やらなきゃ、やられるだけだ…、そんなことも、分からないのか…、オーブは、アスハは!」
シンは思わず溜まりかね、わざと聞こえるように悪態をついた。
そして、渾身の怨みを込めて、若いオーブ代表を睨み付ける。
姿を見るのは、始めてだった。
自分よりひとつふたつしか違わなそうな、少女。
議長は、『姫』と呼んでいた。
分らないでもない。 戦争を何も知らずに平和を説く、とんだ『お姫様』だ。
「シン!!」
慌てたように、レイはシンの肩を掴み、奥の控え室へと引っ張る。
横目に、先程放った言葉にショックを受けたらしい『お姫様』の顔が見えた。
シンは部屋に入ると、レイの手を払って、壁を叩いた。
「クソ…、何がオーブ代表だ! あんな奴等だから、だからオーブは…」
苦渋に満ちたシンの言葉は、付いて来たルナマリアやヴィーノl、ヨウラン達の耳にも届いていた。
+ + + + + + +
「インパルス、発進準備、良いですか?」
「いつでもどうぞ!」
コックピットで操作パネルに手を滑らせながらシンは言った。
「ったく、さっきの今でもうかよ!」
悪態を付きつつも、シンは的確に発進準備を進めていた。
レイとルナの機体が再び宇宙へ飛び立つ。
「周辺はデブリ帯です、通常の戦闘と思わないように」
艦長からの声が響く。
デブリ、つまりは宇宙のゴミだ。
「ゴミの影からコソコソ…、ったく」
シンは変わらず、不機嫌に悪態をついていた。
程なく現れたカオス、アビス、ガイアの3機により、再び始まった戦闘は、
状況も相俟って、劣戦を強いられることになった。
「くそ、このままじゃミネルバが…」
シンは呟く。
横目には、デブリの塊に進路を塞がれ、敵に囲まれたミネルバが見えた。
大分離れてしまった艦に戻ることもままならない。
「あの状況じゃ、レイも出らんないわね」
ルナが呟く声が通信で入った。
発進出来る状態でないことは容易に解る。
「クソ…これ以上ミネルバから離れたら、エネルギー供給が出来なくなる…」
どうすることも出来ず、シンは振り返る。
レイのザクが見える。 どうやら射出は出来たようだが、1機ではやはり焼け石に水だ。
シンは歯噛みをしながら母艦を横目に、自らの戦闘を続けていた。
と、
「なんだ?」
シンは思わず呟く。
ミネルバが思いも寄らない動きをしたのだ。
完全に塞がれたいたはずの方向のスラスターが一気に火を吹いて、
進路を塞ぐ小惑星をものの見事に焼き尽くした上、体制を立て直した艦はさらに主砲を点火し始めている。
「すごい…」
ルナマリアが洩らした呟きが、通信から聞こえる。
シンは何も言えずにそれに見入る、すると、
「あ…」
シンはぼんやりと呟いた。
「敵艦撤退を開始しました、各モビルスーツは速やかに着艦して下さい」
メイリンの通信はすぐさまコックピットに響き渡った。
「とりあえず、戦線は離脱しましたね」
タリアが呟くと、ブリッジにはため息が洩れ聞こえた。
「申し訳ありませんでした議長」
「いや、気にしなくて良い。 どちらかというと汚点はこちらにあるのだから」
議長の言葉にタリアは苦笑を浮かべる。
「姫も、少し休んでは? それと護衛の君、先ほどの判断には礼を言うよ」
となりに居たカガリはそう言われ、少し訝しげな顔をする。
しかし、タリアもまた機嫌の良い顔で、カガリ達に向かって微笑んだ。
「本当、先ほどの艦の操縦指示には驚きましたわ、間一髪、命を救われました」
右手を差し出す艦長に、護衛のサングラス姿の青年は、困ったようにその手を受け取る。
「…では、お言葉に甘え、失礼します」
握手の後、一言言うと、オーブから来た二人は供に席を立った。
去りゆく二人、特にアスランに向けられた視線に気付き、アスランは思わず振り返ると、議長は静かな笑みを浮かべていた。
退避する地球軍のパイロットは、少し悔しそうで、何故か嬉しそうにも見えた。
水色の髪の少年は舌を鳴らしながら操縦桿を握る。
緑の髪の少年は無表情のまま撤退指示に従った。
そして、金の髪の少女は、ぼんやりと虚空を見つめる。
ほんの少し前、アーモリー・ワンで会った少年の事を憶えている者は、そこには誰もいなかった。