「だから、絶対そうだって、言ったでしょ、アスラン・ザラだって」
「どうだかねー。 だって名前ちがうじゃんか」
「あのねー、偽名なんて常套手段でしょーが」
「確かに、アレックスって名乗ってたけど、私ホントに聞いたよー、アスランって呼ばれるの」
休憩室では、いつもの同期組が盛り上がっていた。
シンはつまらなそうに横目で話を聞いている。
「…アスランって、確か前評議長のパトリック・ザラの息子じゃなかったっけ」
「げっ、マジ?」
ヨウランの言葉に、ヴィーノが呟く。
「それって、前の大戦でナチュラル全滅を主張してたって言う、あのパトリック・ザラ?」
ヴィーノは恐る恐る呟いた。
「それ以外いないだろ」
「親がどうこうって差別は、プラントじゃナンセンスよ」
ヨウランがヴィーノに相槌を打った後、ルナは不機嫌そうに言った。
パトリック・ザラ。 この名を知らない者は多分プラントには居ない。 特に軍人の中では。
勿論、シンも知っていた。
そして、その息子、アスラン・ザラの事も。
あのザクがアスランの操縦する者だったら、…確かに納得もいく。
シンはまた、あのザクの動きを思い出していた。
「あれが…、アスラン・ザラ…?」
思わず呟くシンを、レイは無言で見つめる。
「でも、なんで、なんでアスハの護衛なんて…」
シンはそう呟くと、不機嫌そうにコップを掴んだ。
宇宙では、静かに今尚、静かに動く塊があった。
「どういうこと?」
タリアは思わず大声を上げる。
「どうもこうも、先程入電したばかりで」
「ユニウスセブンが、…動いている?」
タリアは静かに虚空を見ながら呟いていた。
「しかも、このままいけば間違い無く、地球に衝突します」
通信兵の言葉に、タリアは顔色を変える。
そしてその事実は、瞬く間に議長の耳に、
さらに、地球各国へと伝えられることとなった。
オーブ代表のカガリは、歯噛みをして憤る。 従者の『アレックス』と名乗った青年は、俯いたまま何かを考えているようだった。
「どうして、こんなことに…、…このままじゃオーブどころか、地球そのものが、滅んでしまう」
呟いても、事体は変わらない。 それは分かるが、どうにもならない。 カガリはデスクを叩いて歯噛みを強め、
「…すまないが、オーブと連絡を取りたい、何か手段はないか」
タリア艦長は渋い顔をした後、「…致し方ありません、非情事体ですものね」
呟くと議長に目配せをし、ザフトの特別回線を用い、カガリに促した。
カガリは敏腕な動きに微笑を浮かべ礼をすると、そのままオーブへ通信を始めていた。
「政府首脳は直ちに臨時政策を、一般市民の避難は最優先、近隣国からも出きる限りの受け入れを、それから…」
疲れ果てた顔ながら、元首として精一杯振る舞う姿に、『アレックス』は静かに拳を握りしめていた。
議長が宇宙にいる艦隊に協力要請を出したのは、それからほどなくのことだった。
電離を受け取った、近くに居た小さな艦隊の対象は、銀の髪を翻し、部下に指示を始めていた。
+ + + + + + +
「ねぇちょっと、どうなってるのよ!」
ルナマリアが叫びながら休憩室に入ると、一同は既に集まっていた。
だが、先程とは裏腹に、各々が出撃の為の準備体制になっている。
「どうもこうも、落ちてくるんだって、このままだと地球に」
ヨウランは面白くなさそうに言った。
ヘタをすると地球が滅亡する事態。 なのに、彼等はどこかドライだった。
パイロットの着替えスペースで、シンとレイは出撃の準備を始めていた。
シンは静かに瞳を虚ろにし。 震える拳を、もう片方の手で必死に抑える。
「とにかく、破壊するしか手は無いんだ」
レイは淡々とそう言いながら、パイロットスーツを着込む。
頷き、なんとか心を収め、部屋を出ると、
「…お前達、それは本気で言っているのか!?」
怒鳴り声は通路まで聞こえてきた。
あの『お姫様』だ。
「地球が滅んでも、仕方ない、いやそれどころか…、その方が良いかも、とは何事だ」
「カガリ…」
側に控えていた、アレックスと名乗った男は、困ったように彼女の肩に手を置いている。
シンは、思わず立ち止まっていた。
「…地球が滅んでも…、…その方が……良い?」
思わず刳り返す。 見ると、ヴィーノはバツの悪そうな顔をしていた。
シンは思わず震えた拳を握り締める。
「ヴィーノ…、お前、本当に言ったのか、…そんなこと」
「え…」
唐突に部屋に入ってきたシンに驚いたのはカガリだった。
「え…、だ、だって、そしたら、ナチュラルだのコーディネーターだのも、無くなるし…」
困ったように告げるヴィーノの胸倉を、シンは瞬時に掴み上げた。
「一体、何の為に俺達が戦ってるんだ! …戦争がなくたって、それじゃ…意味がない…!」
ヴィーノの襟首を離し、シンはそのままカガリに向き直った。
瞬間的に、アレックスはカガリの前に立ちはだかる。
「よく見ていろ。 …兵器ってのは、必要なんだ。 こういう時の為にも」
渾身の限り睨み付け言うと、シンはそのまま部屋を出ていった。
レイは無言でアレックスに敬礼をすると、そのままシンを追う。
「ビックリした…。 なんだ、今の…」
ヴィーノが思わず呟く。
「お前も悪い」
ヨウランはジト目で言った。
「…冗談みたいなもんだよ、分かるだろう」
ヴィーノは後ろ頭を掻きつつ言う。
「そりゃ、俺には分かるが…、…地球育ちの人間には、…冗談じゃすまないよ」
「え…地球育ち?」
ヨウランの言葉にヴィーノが問いかける。
「シンは地球出身だ。 知らなかったのか? …確か、オーブの…オノゴロ…だったか。
前の大戦の後プラントに来たって。 お前聞いてないの?」
「オノゴロ…!?」
二人の会話を聞いていたカガリは思わず呟き、アレックスと向き合う。
二人とも、その島の名前には深い意味を知っている。
「前の大戦の時って…」
カガリは静かに言った。
アレックスは、シンが出ていった方を見る。
「…どうやら、…何か、…あったんだろうな…」
難しい顔をするアレックスに、カガリは静かに俯くしか出来なかった。
立ち去り際、ぼんやりとよろけるアスハの代表を、
『アスラン』と噂された男が甲斐甲斐しく支えている姿が、少しだけ目についた。
シンはそのまま、部屋を去ると、自機へ向い、コックピットに飛び乗る。
そして、静かに俯き、呟いた。
「俺は、あいつらみたいな事はしない。 絶対に、守ってやる、 …この、力で…」
「え? あいつも?」
「そー、ホントもう、びっくり」
整備中にコックピットに入った通信から、ルナマリアの声が響いた。
「何で…。 一緒に、破砕活動なんて」
シンは通信を切りぽつりと呟く。
「いーんじゃない、手伝うって言ってるんだから、折角、モビルスーツ乗れるってことだし。
あと、一応『アレックス・ディノ』さん、ね」
ルナマリアはしれっと言った。
シンはなんだか気に食わない気持ちを持て余していた。
アレックスはコックピットの中ひとりで苦笑を浮かべる。
「まさか、こんなことになるとはな」
ぽつりと呟きながら回想する。
「どうして、お前まで!」
「人員が足りないらしい。 …俺も一応モビルスーツは操縦出来るんだし」
そう言うアレックス、いや、『アスラン』にカガリはやれやれと肩を付く。
「俺も、…出来ることがしたいんだ、それにこれは、戦闘じゃない」
慰めるように言うアスランに、カガリは静かに悲しげな笑みを浮かべていた。
「当艦は、これよりジュール隊と供に任務を遂行します」
インパルスのコックピットのスピーカーからメイリンの声が響いた。
「ジュール隊…? この近くにいたのか!」
「どーしたのシン?」
シンの呟きに、ルナマリアは思わず問いかけた。
「アカデミーの時、世話になったんだ。 久しぶりだな…隊長、元気かな」
事態の深刻さもどこへやら、シンはどこか嬉しそうに言い、
ルナマリアは思わずため息を洩らした。
ほどなく、インパルス、そしてザクが3機ミネルバから射出された。
コックピットに入った通信を聞いたアスランは、静かに虚空を見ていた。
「ジュール隊…、イザークか…」
ぽつりと、アスランは呟いた。