「クラシックカーの世界」って何?

前述しましたが、HCR32のよさを考えると、中途半端な考えでクルマを弄ること、修復することはしません。

R32スカイライン、HCR32スカイラインは外装を今風にすると玩具チックになってしまい、大変受け入れがたい車に変化してしまいます。

外観はノーマル状態が一番よいでしょうし、中途半端に競技用GTマシンを気取ったところで、反対にその人とクルマ価値を落としてしまいます。

作り手の思いは、ノーマルでまず乗って欲しいということなのだと理解しております。

ところで、クラシックカーとしてHCR32スカイラインが仲間入りできるかというと、まだ疑問は残るものの

時間軸で考えた場合発売中止から25年以上経過したものであればクラシックカーとしての前提に入れるのではないかと思うようになりました。

最近の新型車の出来具合は、オーバークオリティにさらに輪をかけた状態になって10年以上はもつものの、ある時期を境に一気に品質ダウンが始まります。そこをリカバリーするのが僕のような機械好きなユーザーです。

楽しく、作業していけば最良の状態を保つことができる。

しかも、膨大な金をかけずに。(ここは技術と技能を学ぶ必要性がありますが)

 10年10万キロの嘘

上の段で10年以上はクルマは耐久しますが、ある時期を境にというのは気持ちの問題を言います。

整備をしっかりしたクルマというのは、10年なんていう時期は通過点に過ぎず、極論すれば新車時の状態を保ったクルマも存在します。

もちろん、サーキットや極度に使い込まれたクルマはシャーシやエンジンを含めた各部に負担がかかってきますから短命化するでしょう。しかし乗り手+整備力がある人間が携わると自動的にクルマは復活できる状況にいられるわけです。

サーキットを走る、後ピットワークするスペースが出来ているという理想的な状況。

もちろん、そうした最良な環境はまず一般の方は無理でしょう。そこを知恵と人間の努力で実現してみせるというものです。

ある意味、フルレストアというフィールドを無限化できるのかもしれません。

自動車メーカーの考え方は、現在は当てはまりませんが昔のエンジニアはとにかく壊れないことを重視していました。

今は、何時頃壊れれば買ってもらえるというイメージの元に開発がスタートしている点が大いに疑問。

クルマは高い買い物です。半永久的に使えれば本当にうれしいものなのですが。

 金ばかり追いつづけるのは「ただのクソ会社」

これには完全に作り手の意思が途切れている点に注意する必要があるといえます。

結局車は消耗品と思って作っている国内メーカーの考えでは、良い車は生まれてきません。

このものづくりの逆行を推進しているのが、自動車メーカートップの連中です。

壊れにくくて、長持ちするものこそが品質価値をもたらすものと思います。

そこにリサイクル、本物の経済学が入ってくるものなのです。

大量に消費して、無駄に捨てればよいものが出来上がるとは到底いえません。

地球上にある有限のものを消費しているわけですから。

無限にあると思い込んだ上、もしくは、少しくらい材料を使うくらい問題ない。金儲けできないのは不味い。

環境よりも金という思想と野望が今の日本の経済力を低下させた一員でしょう。

海外資本に負けた?なんていうのは真っ赤なウソです。

ただ、単にものづくりとアフターの方法を誤った結果です。

安くて高品質なんて実現不能ですよ。どこかに必ずヘドの部分はどこかの国(中国やインドネシアですね)押し付けられる。

必ずどこかの場所に、経済学のウンコ(不況)を押し付けるように出来ているのが金です。

おまけに法律もまったく機能せず、それゆえに行政もクルマのことは全く知らないでいろいろと法律を作ってしまっている。

これではクルマの価値そのものを闇に葬ってしまうことに気が付いてほしいのです。思いつくのは税金を高くすることだけ。

ユーザーを馬鹿にしすぎです。

  私の思い

さて、クラシックカーのことについて話を戻しますが、クルマの中に人間が生きるために必要なスパイスが織り込んである以上「働く場所とは?」を説明しなくてはならないと思います。

今までの職場というのは、生活を確保するために働く場所があったといえますが、現在は金=生きるに環境が変わってしまいました。

つまり、お金そのものの質が落ちてきたということ。

日本人のほぼ大多数は会社員サラリーマンとして動いていますが、もうこの体系には限界があります。

金の流通量が過剰になりすぎた結果。

それと、働く人口(労働力商品)が減少したのも一つの要因

仕事の特殊性、細分化が進みすぎたのも一つ。

僕は、小さな仕事かもしれませんがひとつひとつ丁寧に拾っていくだけで、結果として十分に満足できます。

で、クラシックカーとのつながりは?ということですが

仕事の中に「楽しさ」が込められているクルマは生き残る。

作り手が「作ってよかった」と思わせる、作った本人が「良い」と感じたときクラシックカーの資格が与えられるものと解釈しています。

そのクルマのオーナーさんがこれはクラシックカーですと認めたときもその資格が与えられたものだと思います。

古いクルマだと誰かに言われたとき、その資格を得るものだと思います。

経過時期、古い、新しいに関わらず、その人が認めたものであればどんなクルマでも資格が与えられるものと思います。

どのような形であったとしても品物を大切にする心を持った人だけに許される権利です

その権利を得るには、オーナーさん自身があらゆる技術と技能を学ぶこと。だと思います。

そのクルマ一台に対して、強い思いがなければ貫き通せないもの。

その一個体が好きでなければできません。
日産HCR32スカイラインタイプMフルレストアへの道へのトップページへ

日産スカイラインHCR32タイプM復活への道 

- 整備技術と技能 -
「技術」と「技能」を追い続ける