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紀南 世界遺産 熊野古道 中辺路 お盆休み タイトル
「お盆休み」
  「ワサビの世話、養水の管理、魚釣り、山間地のドライブ」と毎日が休みのような生活であるのに、不思議と今年の「世の中のお盆休み」が私にとってもあわただしい日々であった。

  13日は墓参りで草引き、掃除、家に帰って回り灯篭の設置、試運転、夕暮れには「迎え火」焚き、 14日は息子の結婚のことで先方さまとの打ち合わせの為、朝8時半の電車で出発、午後8時半帰着、 15日は昨日の留守の為に預けておいた飼い犬の引き取りに行くためのお土産作りに海へ釣りに行くも、あいにく大潮の為か潮の流れが速く釣りにならず昼過ぎに帰港、昨日買っておいたおみやげ物だけで犬の引き取りに行く、 16日は盆前に済ましておくべき散らかった資材、ごみの片付けなど、水力発電の方に掛かりきりで後回しになっていた、ワサビ畑、スイレン畑、ササユリ畑などの草刈、夕暮れには「送り火」で今年のお盆が終わった。

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迎え(送り)火焚き 迎えの乗り物 帰りの乗り物
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「8月15日について思う」
  62回目の終戦記念日、あと10日で70歳の誕生日、8歳の時(昭和19年)父親が戦争に行ったまま未だに帰って着ていない、父の顔も写真の1〜2コマくらいの記憶しかない、改めて過去帳で戦死となった日を見てみると、はや 私が父よりも24年も長生きしている。
  15日にNHKの特別番組「憲法9条の改正」についての討論会をしていましたが、見終わって自分の気持ちはやはり「今のままで良いのではないか」でした、45歳で戦争に狩り出され1年余りで戦死の様な事は2度と繰り返してはならないと思います、14日に息子の結婚話しのため先方さまに打ち合わせに行く途中になぜか、父親を知らずに育った自分に少し不安を感じ、以前にも同じ不安を感じた事を思い出していた、43〜4年前 妻の両親に結婚の挨拶に行くときに感じた、「父親とはどの様な生き物か」と言う不安であった、父親を知らずに育った父親が、息子に「本当のアドバイス」をしているのか、どの様な心の支えをすれば良いのか未だに確信できないでいる、先日の討論を見ていて感じた事は、「本当の戦争を知らない者達同士が理屈で理想を戦わしているよう」にしか思えなかった、討論会に出席されていた「本当の戦争を経験した事のある高齢者」には気の毒な気持ちで一杯であった、政治家たちも世代交代が進み「本当の戦争の犠牲」が判らない世代になっていく事は仕方の無い事であるが、48年後にもこの「終戦記念日」と言う言葉自体が有るのだろうかと思う70歳のお盆であった、今後は戦争の事については一切「見ざる、聴かざる、言わざる」を通す事にした。
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「消えたスイレンのその後」
  6月6日 鹿の被害により全滅状態であったスイレンたちが見事に復活した、植物の生命力には脅威さえ感じる、被害当初ではすべて捨てるつもりでいたが、周りの人たちの助命嘆願で4〜5軒に引取られて行ったものも含め30株の内で2〜3株が立ち直れなかっただけである、鹿もその後2〜3度来たようであるが鹿よけネットのおかげで無事ここまで立ち直れた、これから冬までは山や畑に食べ物があるので大丈夫であるが、冬場の対策も考えておかなければ成らないだろう。
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復活したスイレン1 復活したスイレン2 復活したスイレン3
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復活したスイレン4 6月6日の状態 8月16日の状況
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