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またまた旗印の変更 ;「静漁荒耕雨読」
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方丈庵トップ > 田舎の生活のこと >大航海往路(11月19日)

  
  陸の孤島と言われるココ紀南の地に移住しての生活が、余りにも単調な生活である為、心にも、体にも何か強烈な刺激が欲しいと考えていた所、延び延びになっていた高校時代のクラス会を10月末に行うとの連絡を受け、我が人生の最初であり、また最後になるであろう大冒険を、九州、宮崎日南の故郷まで自分の船(30フイート、排水量2.5トン)で、このクラス会への出席を決意し実行した。
 
 航海実施前の3ケ月間には、走行ルートの過去10年間の気象状況、潮流、船の性能、燃料消費量など考えられることを調べ上げ万全を期した、此れも又、夢の実現への楽しい作業であった。


航海軌跡とマイシップ
 
 この航海計画の発表後、賛成してくれたのはただ2人だけ、他の全ての人々は無謀、無茶、その他色々な理由での反対,引き止めの意見が多かったが、反対が多くなればなるほど、どうしても実行したくなるのが自分の性格である、クラス会の日程と天候を睨みながらの出航日を確定、10月28日早朝に出港した、見送りに着てくれたのは反対しなかった2人のみであった。

    往路1
  田辺湾の中はいつも通り静かな海であった、真西へ10マイル沖では北西の風8m、波2mの荒れ模様 5時間かけて対岸の四国の日和佐に到着、北西の風の為、沿岸はべた凪、一路室戸岬へ今日の停泊予定は高知市のため、紀伊水道の遅れをとりもどす為に速度を16ノットに上げ、予定通りに高知市の手前8マイルの手結港へ到着、この港は土佐藩の重要港で2代目土佐藩主が人力で掘り下げて作ったものらしい、特産物や諸国の産品の入出荷で栄えた所である。
12マイル沖の浮標 対岸の日和佐の海岸
室戸岬沖通過 手結の港、石積の護岸
   往路2
 この時期の四国の南東側はべた凪である、今日は高知の桂浜、四万十川の川口、足摺岬を通り宿毛港が停泊予定である
手結沖の凪の海 高知桂浜を沖から
イルカの群れに遭遇 四万十川の川口
足摺岬 波浪に為急遽避難したあしずり港
   往路3
 足摺岬を廻ったら北西の風強く、宿毛港までの航行をやめ急遽あしずり港に緊急避難し停泊。
 翌日は打って変わってのべた凪の海、九州宮崎へ向かって出航 、取り敢えず向かいの大分県佐伯市へ其処から沿岸沿いに南下し故郷の日南油津港へ
あしずり出港沖ノ島付近を真西へ 沖ノ島の沖磯 グレ釣りのメッカ
佐伯市蒲江湾到着 延岡市前通過
宮崎市シーガイヤ前で小休止 日南油津港到着
 
 65歳で現役を離れ、小型船舶免許取得、スキュバーダイビングのライセンス取得、南紀への移住、船の取得と若い時からの夢をクリアーして来て、71歳にして思い付きの冒険に挑戦してみたが、体力的には疲れはあるが、精神的な疲れは全く無く、反って達成感による心地よさを味わえた。

 停泊は4〜5日間の予定、クラス会や小中学時代の友達との飲み会の連続になる、帰路は瀬戸内海周りのルートである。太平洋とは違い狭い瀬戸などの通過もあり、潮流も時間によって違うなど色んな事が経験できて楽しい充実した数日であった。
 


 {停泊中の事と、帰路については後日更新致します

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