「八尾四季」作詞80周年記念
第2回 越中八尾おわら踊 特別公演

 妙高市は小杉放菴の終焉の地です。
 小杉放菴は1930(昭和5)年に、ある土地会社から「(横山)大観先生も買われましたので、放菴先生も如何ですか?」と勧められ、当時の名香山村に土地を購入しました。
 後日、小杉放菴が横山大観に尋ねると、大観が土地を購入したという事実はなかったのですが、温泉があり、スキーもできる環境が気に入った放菴は、その地に山荘を建てて、「安明荘」と名付けました。
 はじめは別荘として使われていましたが、1945(昭和20)年の東京大空襲により、小杉放菴の田端の家が焼失してしまったため、その後は、名香山村に住み続け、安明荘は終の棲家になりました。

妙高山

妙高山

※小杉放菴が安明荘を建てた名香山村は、放菴が存命中の1955(昭和30)年に、妙高々原村と改称し、さらに、1956(昭和31)年には、杉野沢村と合併して、妙高々原町となりました。そして、平成の大合併により、2005(平成17)年4月1日に、妙高村とともに新井市へ編入され消滅、即時改称して現在の妙高市が誕生します。なお、日光市と妙高市は、2007(平成19)年8月29日に「災害時相互応援協定」を締結しました。

第2回公演 Document 627

 開演の前に、小杉放菴の作詞した唯一の校歌である、妙高高原北小学校(旧・名香山北学校)の校歌がテープで流され、この画家がいかに地元との深い関わりを持っていたかについて説明されました。

最初に、躍り手が会場裏手より入場

最初に、躍り手が会場裏手より入場

古川氏が踊り方を説明

古川氏が踊り方を説明

男踊り

男踊り

女踊り(四季踊り)

女踊り(四季踊り)

 終演後には、新潟県内だけでなく、隣接する長野県からも駆けつけた、大勢の「おわら踊」の熱心なファンの方たちから、まるでクラシック・コンサートのようなアンコールの拍手が贈られましたので、それに答えるため、一旦、下ろした緞帳を再び上げて、一同が揃って御礼を行ないました。

附録

 翌日、公演を手伝った〈小杉放菴研究舎〉のメンバーは、近隣にある、2009年のNHK大河ドラマ「天地人」に所縁の地を見学することにし、まずは、上越市の春日山林泉寺にある上杉謙信の墓に詣でました。

上杉謙信の墓

上杉謙信の墓

 ついで、南魚沼市にある雲洞庵。直江兼続(与六)と上杉景勝(喜平次)が幼少の頃、学問を学んだ道場として有名ですが、小杉放菴が亡くなったときに葬儀を執り行なった、木村孝禅(秋雨)大和尚が得度した寺でもあります。

雲洞庵へ向かう

雲洞庵へ向かう

雲洞庵禅道場

雲洞庵禅道場

雲洞庵の境内

雲洞庵の境内