「ようこそ先輩、賢治先生」
−地球のCMをつくってみよう−
一幕九場
2003.12.20


【あらすじ】
「ようこそ先輩」の授業をするというので賢治先生が君たちの学校に銀河鉄道で帰ってきます。 そして、授業の中で賢治先生から与えられた課題は、銀河鉄道のテレビで放映する地球のコマーシャルを 考えてほしいというものです。さて、どうするか、生徒たちは頭をひねりますが、 なかなかいいアイデアが浮かびません。そんなところに、ざしきわらしがやってきます。 ざしきわらしを大切にしない人間や汚れた地球に愛想をつかして、地球脱出をたくらんでいるのです。 脱出の方法は、賢治先生がやってきた銀河鉄道に潜り込むことです。 でも、ざしきわらしに地球から出ていかれては、地球が貧乏になってしまいます。滅びてしまいます。
地球のコマーシャルはできあがるのか、ざしきわらしの地球脱出は阻止できるのか、それは見てのお楽しみ。
トザイトーザイ……。
【では、はじまり、はじまりー】

ナレーター 秋のすみわたった夜空に星がとてもきれいな夜でした。 流れ星が長い尾を引いて落ちてゆきました。一瞬浮かびでたひかりの筋は、 あの銀河鉄道の線路のようにも見えたのです。宮沢賢治先生が、わたしたちの学校に、 先輩として授業をしに帰ってこられるという前の夜でした。
「ようこそ先輩」ということで一芸に秀でた先輩を迎えて、一日授業をしてもらうという企画です。
宮沢賢治先生にも、もう七・八十年も前になりますが、小学生の時代がありました。 明治三十六年に花巻川口尋常高等小学校に入学しています。むかしの小学校はそんな名前だったのです。 だから、わたしたちのずーと先輩ということになりますね。
それから、賢治先生は、森岡中学校、さらに森岡高等農林学校を出て、二十五歳のとき稗貫農学校の先生になりました。 稗貫農学校は、その後花巻農学校となりましたが、賢治先生は三十歳のときに、先生を辞めてしまわれました。 でも賢治先生は、教師として奉職した四年間をふりかえって、こんなふうに書いておられます。
「生徒諸君に寄せる」という詩です。

 この四カ年が
 わたくしにどんなに楽しかったか
 わたくしは毎日を
 鳥のように教室でうたってくらした  誓って云ふが
 わたしはこの仕事で
 疲れをおぼえたことはない

賢治先生は、そのころから詩や童話を書いておられたのですが、昭和八年、銀河鉄道にのって 宇宙のかなたに去ってしまわれました。自らの空想の産物である銀河鉄道にのってこの世から脱出するというのは、 いかにも賢治先生らしい結末ですが、それにしても悲しくて残念なことでした。
でも、「鳥のように教室でうたってくらした」先生の楽しさが忘れられないのか、賢治先生は、 ときどきは地球に戻ってきて、ひそかに先生をしておられたのです。
この学校にも以前に1年間だけですが、おられたことがあるそうです。そんな噂を聞いたことはありませんか。 お父さんやお母さんがこの学校の卒業生なら、一度訪ねてみてください。
「ほー」と叫んで、跳び上がり、かかとを打ち合わせる。着地するとそのままかたまってしばらく 考えていてメモをとる、そんな風変わりな先生に思い当たることはないかどうか。 もしかするとお爺さんやお婆さんのころかもしれないし、お兄さんやお姉さんのころかもしれません。 でも、そのことはほんとうかどうか知りませんが、あったとして聞いてもらわないといけません。
言い伝えでは、賢治先生がおられたころ、生徒たちは風変わりな先生に興味をもち、 入ってはいけないと言われていた理科室に忍び込んで、銀河ステーションの秘密をのぞき見てしまったのです。 賢治先生はやむなく銀河鉄道にのって宇宙のかなたに去ってしまわれました。生徒たちはとても残念がり、 悔やんだそうですがもはや後の祭りでした。
その賢治先生が今回、「ようこそ先輩」の授業をしに帰ってこられるのです。
以前に、わたしたちの学校に赴任してこられたときも流れ星が長い尾を引いて落ちてきたそうです。 きょうもそんなふうに流れ星は尾を引いたのです。
賢治先生が銀河鉄道から帰還されて、何がおこるのか?、興味津々ですね。説明はこのくらいにして、 さっそく幕を開けることにしましょう。

【一場】
(張り出しに校長や担任の先生、生徒たちが並んでいる。)
校長 みなさん、宮沢賢治先生を紹介します。以前に、君たちのお父さんやお母さんが この学校の生徒だったころ、いや、ちがうちがう、お兄さん、お姉さんがいたころかな、 ここで教えておられてこともあるそうです。記録がないので、確かなことは言えませんが、 わたしがあったと言えばあったということにしてもらわないといけません、わかりますか……。 その賢治先生が一日だけですが、帰って来られました。もう、紹介するまでもないのですが……。 あれっ、賢治先生がおられませんね。
教頭 ちょっと、見てきます。
(教頭が、舞台袖に入ろうとすると、賢治先生が現れる。)
賢治先生 (何か考えごとをしているふうで、「ほー」と叫んで、跳び上がり、 かかとを打ち合わせる。着地するとそのままかたまっているが、ふっとわれにかえって手帳に何かメモをとる。)
教頭 賢治先生、一言、ご挨拶を。
賢治先生 みなさん、宮沢賢治です。よろすく。いや、よろすくどころか、 もうとっくにご存じだと思いますが……。
生徒 賢治先生、とびあがって、叫ぶくせはかわってませんね。
生徒 そりゃあそうさ。あの叫びがなかったら、賢治先生じゃないもの。
賢治先生 そういうことです。遠慮なく跳ばしてもらいます。 では、ちょっとひらめいたことがあるので、失礼します。
(賢治先生、舞台の前を歩いて、「ほー」と叫び、もう一度跳び上がってかかとを打ちつける。 着地して、しばらく考えて舞台下手に消える。)
生徒 かわってないなー。
生徒 かわってるよ。
生徒 かわってるけど、かわってるところがかわってないよね。
生徒たち なーるほど。
生徒 それで、賢治先生はどうして帰ってこられたんですか。一日だけですか。
校長 そうです。わたしあてに奇妙な手紙が来ました。消印は銀河郵便局となっていました。 そうだ、その手紙を読んでもらいましょう。教頭先生、お願いしますよ。
教頭 (手紙を受け取って)わかりました。読みましょう。しかし、何だか、読みにくい字ですね。 えーと、なになに?
「校長先生、ごきげんよろしいほで、けっこです。生徒たちは元気ですか。あした、一日だけ学校にいきます。 『ようこそ先輩、賢治先生!』の授業をさせてください。地球のCMをつくる授業です。 生徒たちのたすけがほしいのです。銀河鉄道放送局の電気紙芝居で放送します。賢治拝」
生徒 さっぱりわからん。
生徒 「ごきげんよろしいほで」がわかりません。
生徒 「ようこそ先輩」の授業ってなんですか?
生徒 電気紙芝居ってどんなものかな?
教頭 銀河鉄道のテレビのことだと思うんですが……。
校長 何といっても銀河鉄道は、宇宙船みたようなものらしいけれども、宇宙船とはいっても、 昭和のはじめにできたもんだからね……。
生徒 ふーん、けっこう古いんだ。
生徒 では、「地球のCM」って何ですか?
教頭 そんなふしぎももっともだ。ぼくも、さっき校長室で賢治先生に聞いて、 やっとわかったくらいだから……。久保先生、説明してあげてください。
久保先生 君たちもテレビのCMは、知ってるだろう。
生徒 あの「たんすにゴン」とか、ピップエレキバンとか。
(ここは、現在はやりのコマーシャルをいう。)
久保先生 そうそう。そういうの……。
校長 それで、賢治先生は、銀河鉄道の中のテレビ、電気紙芝居というらしいのですが、 そこで流す地球のCMをつくるのに、君たちの手を貸してほしいとおっしゃっているんだ。
教頭 賢治先生も、だいぶ苦しまれたらしいんですが、どうしてもいいのができないので、 君たちの知恵をかりたいとおっしゃっているんだがね。
生徒 賢治先生のお手伝いならよろこんでしますけど……。
久保先生 それで、きょうの総合生活の時間は、地球のコマーシャルを考える時間にします。
生徒 おもしろそう。
生徒 銀河鉄道の放送局か。どんなのかな。
生徒 賢治先生はやっぱりふしぎな先生やな。まえにおられたときとかわってないな。
生徒 そりゃあ、賢治先生の歌がのこってるくらいやから……。
生徒 賢治先生はふしぎな先生
   賢治先生はなんだか宇宙人
(と、歌いかけるとチャイムが鳴る。)
生徒 チャイムがなった。賢治先生の時間だ。行こう。

【二場】
(幕が開くと教室。生徒たちイスに着席する。賢治先生が現れる。)
賢治先生 (「ホー」と跳び上がりかけるが、途中でやめて)ぼくの手紙を見てもらったと思いますが、 君たちに地球のコマーシャルをつくってもらいたいのです。
生徒 コマーシャルって言われても、どうしてつくればいいのか、ぼくたちにはわかりません。
賢治先生 いや、それは、ぼくにもよくわからん。それで、プロをつれてきた。星の王子くん、 又三郎くん、来てくれ。(と、教室の後ろにいた二人に呼びかける。)
生徒 星の王子さまは童話で知っているけれど、又三郎というのははじめてだ。(隣の生徒につぶやく。)
賢治先生 星の王子くんは、自分の星のコマーシャルをつくったことがあるんでね、いっしょに来てもらった。
生徒 星の王子さまって、あのサン=テクジュペリが書いた? ほんものかな?。 生徒 あの安っぽい衣装はあやしいぞ。
生徒 ためしてみよう。(と、どこからか例の有名な絵を取り出す。そして、 観客に向かって)みんなは分かるとおもうけど、だまっていてください。(と、まず口止めする。)それでは、 校長先生、この絵は何に見えます。
校長 それは、帽子にきまっているじゃないか。
生徒 ブー、残念でした。
生徒 では、教頭先生はどうですか?
教頭 帽子じゃないとすると、二上山のようにも……。
生徒 だめだめ、校長先生も教頭先生もふつうの大人。
生徒 星の王子さまはわかりますよね。
星の王子 そんなのあたりまえじゃないか。うわばみがゾウをのみこんだところだよ。
生徒 正解です。(と、うわばみがゾウを飲み込んでいる絵説きの絵を示す。) うわばみという大きなへびがゾウをのみこんだところでした。
校長 なんだか、だまされたような……。
生徒 分かる人には分かるんです。
生徒 やっぱりほんとうの星の王子さまでした。
賢治先生 では、自己紹介してもらおうか。
星の王子 小さい惑星Bー612からきた王子です。よろしく。前に銀河鉄道放送局で コマーシャルをつくったことがあるので、賢治先生に地球のコマーシャルをつくる手伝いをして くれないかと強引に誘われてきました。
賢治先生 又三郎くんは、ぼくが書いた童話の主人公なんだけど読んだことない?
生徒 ありません。
賢治先生 こりゃあ、いかん。「風の又三郎」が「星の王子さま」に負けとるわい。
又三郎 どっどど どどうど どどうど どどう
    青いりんごも吹きとばせ
    まっ赤なりんごも吹きとばせ
    どっどど どどうど どどうど どどう
    星の王子も吹きとばせ
    リトルプリンス吹きとばせ
    どっどどどどうど どどうど どどう
    どっどどどどうど どどうど どどう
おれ、又三郎だ、よろしくな。これはおれのテーマソング。おれは、まあ、CMをつくる助手みたいなもんだな。
CMはビデオカメラで撮るんだけど、照明とか、録音とか、そんな技術はおれにまかせてくれ。
生徒 賢治先生はどうして、ぼくたちにそんなCMをつくらせるんですか。
賢治先生 それは、なかなかむずかしい質問なんだ。まああえて言えば、 そんなCMをつくる資格があるのは、きみたちしかいないからだよ。地球はいま困った状態にあるだろう。 その地球の困ったに君たちは責任がないからね。
生徒 よくわからないけど……。
星の王子 君たちの手はまだ汚れていないということかな。
又三郎 どろんこだけど、ぜんぜん汚れていないからね。
生徒 ますますわからん。でも、賢治先生の助けになるなら、なんでもしますけど……。
賢治先生 それはありがとう。では、星の王子くんからまず、コマーシャルの作り方の 説明をしてもらおうかな。いや、それより、きみの惑星のコマーシャルを見てもらった方がいいかな。
(黒子が舞台にテレビ画面の形をした巨大な紙芝居の枠を押して現れ、そのまま控えていて、 横から紙芝居のように絵を抜いて画面をかえていく。)
コマーシャルの音声(録音)
星の王子さまと友だちになって、小さい星を守りませんか!
(はじめは星の王子さまが惑星の上に立っている絵。)
ぼくの星はちっちゃいちっちゃい星です。
ぼくの星にはいい草とわるい草とがあります。
四つのトゲしかないバラはいい木です。バオバブは悪い木です。(バラの 芽が生えた惑星の絵が現れる。)
バオバブがおおきくなると、根が星を鷲掴みにして、星そのものを壊してしまうのです。 (惑星を覆いつくしたバオバブの木の絵)
ぼくといっしょに花の番をしたり、バオバブの芽を抜いたり、 ひざの高さぐらいしかない火山のすすはらいをしたりしていただけませんか。
ぼくの惑星はあんまりちいさいから1時間に一回の夕日をいっしょにながめたりする友だちをさがしています。 (ふたりで、火山のすす払いをしている絵や、夕日を眺めている絵が画面に現れる。)
お友だちは、男女を問わずです。お待ちしています。

星の王子 これで、おしまいです。
生徒 ふーん、友だち募集のCMか。少年マガジンの「おたよりまっています」とおんなじか。
生徒 そうか。それで、「おたより」は来ましたか?
星の王子 来るには来たけれど、みんな星を自分のものにしたいという考えの人ばかりで、 そんな人と友だちになれるかい?
生徒 なれませんね。
星の王子 そうでしょう。だからいまでもコマーシャルを流しています。
生徒 ふーん、そうか。でも、銀河鉄道のテレビも見てくれる人がいるんですね。
賢治先生 いろんな人たちが見てくれているよ。
生徒 その人たちに、ぼくたちも地球のCMを見てもらうんですね。
又三郎 んだ。どうどどどうとこころに迫るようなやつをね。
星の王子 はじめに、キャッチコピーというものを考えます。
生徒 キャッチコピーってなんですか。
星の王子 こころを一掴みにすることば。「タンスにゴン」とかいうやつさ。
生徒 「はえ、はえ、か、か、か、キンチョウル」とか?
星の王子 ぼくのコマーシャルでは、「星の王子さまと友だちになって、小さな星を守りませんか!」 というのがキャッチコピーです。
生徒 むずかしいですね。
生徒 賢治先生も考えたことがありますか?
賢治先生 いや、なに、ぼくは……。
又三郎 賢治先生のは、たとえば
「クラムボンはかぷかぷわらったよ」というのがあります。
生徒 クラムボンてなんですか?
又三郎 これは「やまなし」という梨を宣伝するコマーシャルです。 でもクラムボンてなんだかわからなくて、文句をいわれました。
賢治先生 オヤ、そうだったかな。そんな梨があったかしら。まあ、とにかく、 ぼくはそんなキャッチコピーとかいうものを考えるのがへたなんだよ。
星の王子 けんそんですよ。
生徒 賢治先生、この地球のCMは、いったい何の宣伝をするんですか。
久保先生 そうだな。まず、それを知りたいね。地球に観光にきてもらうためのCMなのか。 地球の何をコマーシャルするんですかね?
賢治先生 銀河のなかでは地球はまったく知られていません。だから、とりあえず、 地球のことをみんなに知ってもらうようなCMをお願いしたいのです。
そうすれば、銀河鉄道始発駅として地球がもっと知れわたるようになります。いまじゃあ、 白鳥駅の方が繁華街があってぎわっているからね。
生徒 でも、そのキャッチコピーを日本語でしゃべっても宇宙人はわかるのかな。
賢治先生 それはわかるよ。きみたちが星の王子さまのことばがなんとなくわかるようにね。
生徒 ふーん。ふしぎだな。
賢治先生 星の王子くんは、どうしてコマーシャルをつくったの?
星の王子 ぼくのつくったコマーシャルをみた人は、夜星をながめるとき、 あのコマーシャルで見た星の王子の星はどれかなーと思ってながめるからね。すると、きみは、どの星も、 ながめるのがすきになるよ。星がみんな、きみの友だちになるわけさ。賢治先生の銀河鉄道のことを想像するだけで、 星空が楽しく見えるのとおなじだよ。
生徒 でも、銀河鉄道って、ほんとうは見えないんだよな。
生徒 流れ星の軌跡なら見えることもあるけれど……。
星の王子 きみたち、これはとても大切なことなんだが……。なんでもないことだけどね……、 心で見なくてはものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目にみえないんだよ。 だから、賢治先生の銀河鉄道も見えないのかもしれない。
又三郎 じゃあ、みんなに地球のキャッチコピーを考えてもらいましょう。
生徒 むずかしいな。
賢治先生 じゃあ、つぎの時間までの宿題ということにしようか。グループで考えておいてもらおう。

【三場】
(農園の中)
三毛猫 賢治先生が、セロをかかえてこちらにやってくるぞ。にゃんかな?
郭公(かっこう) いまは、チェロっていうのよ。でも、賢治先生のチェロの腕は上がったかしら。 かっこう、かこ、かこよりも、腕は上がったかしら?
狸の子 そんなに上がってないんじゃないかな。とても天才というより、ポンポコ凡人だから……。
三毛猫 そうですね。練習しておられないようだから……。
郭公 かっこう時代は、いえ、まちがい、学校におられたころは、 野菜さんやくだものの木に聞かすんだって、よく農園にきて練習しておられたわ。
狸の子 聞かせてこころが楽しくなるほどの腕前だったかどうかは、ぽんぽこわからなかったけどね。
三毛猫 そんなこというもんじゃないよ。賢治先生のこころは、 にゃんともこれほどきれいなものはないんだから……。
郭公 ところで、話はかわるけれど、知ってる? 三毛猫さん、狸さんの話では、 あのざしきわらしさんが地球を出ていこうとしているんですって。
三毛猫 家を出るんじゃなくて、地球を? どうしてだろう?
狸の子 おおかた、この地球の汚れかたに愛想づかしをしたんじゃないでしょうか? 出ていったらさいごこんりんざいもどってくるはずがない。
三毛猫 すると、この地球はどうなるんでしょう?
郭公 どんどん貧しくなっていく。汚れはいよいよひどくなって、人のこころもますますあれほうだい。 もうとどめようがなくなる。
又三郎 きみたち、いまの話はほんとうかね?
三毛猫 おや、だれかと思ったら、又三郎あにいじゃないか。
郭公 やあ、ごきげんよろしゅう。
又三郎 それで、その噂はだれから聞いたの?
郭公 いえ、ほんいま狸さんからですけれど……。
狸の子 親父がいってたんです。
三毛猫 でも狸のおやじじゃあな、ちょっとばかし眉につばをつけて聞いた方が いいかもしれニャイけれど……。
郭公 いえいえ、わたしもほかで小耳にはさんでいるから、きっとほんとうの噂ですよ。
狸の子 でも、いくらなんでも失礼ですよね。せっかく教えてやったのに。
又三郎 なかまげんかはやめて。しかし、ざしきわらしくんはどこにひそんでいたんだろう。 最近は噂もきかなかったが……。でももし、それがほんとうで、ざしきわらしが地球を 出ていくということにでもなれば、地球の危機だぞ。あとで、賢治先生の耳にもいれておこう。
(又三郎、三毛猫、郭公、狸の子退場。)

【四場】
(同じく農園。舞台が明るくなると賢治先生が農園の中にいて、セロを弾いている。 トマトやキウイ、トウモロコシ、葉ぼたんなど野菜や果樹が、リズムに合わせて踊りながら演奏に聞き入っている。 生徒もいる。しばらく演奏が続く。野菜や果樹の言葉はみんな女性言葉になっている。 男が演じるときはオカマふうにいうのもおもしろい。)
賢治先生 なつかしいな。地球にいたころは、よくこここでセロの練習をしたたり、写生をしたり……。
トマト 賢治先生、わたしのトマトをたべて、シューマンのトロメライを弾いてください。 わたしは先生の音楽をきくととてもよくねむれるのです。まあ、賢治先生のほっぺたが トマトみたいに赤くなって……。
賢治先生 では弾くよ。何を弾けと?
トマト トロメライ、ロマチックシューマンの作曲。
賢治先生 そうか、トロメライというのはこういうのか?
(賢治先生がトロイメライのさわりを弾く。生徒たち、演奏をバックに話をする。)
生徒 ふしぎやね。賢治先生が近くにいるとトマトさんのいうこともわかるんだ。どうしてやろう。
生徒 動物ともはなしができるし……。
生徒 それだけじゃないよ。山もどんどん歩くし、川もくにゃくにゃとのたうつように動くし……。
生徒 ほんとうかな、山が歩くなんて……。
生徒 それはどうかわからないけれど、考えてみると、宇宙人ばかりじゃなくて、 賢治先生は動物とも話ができるよ。ふしぎだね。
生徒 でも人間もむかしは動物とはなしができたんでしょう。 賢治先生 むかしはできたかもしれないね。
星の王子 そしてね、もう百年もすると、人間は動物のことばがわかるようになるかもしれない。
生徒 そうかもしれないな。
生徒 だったら、賢治先生が動物とはなしができるのは、むかしの人間とおなじものを もっているからなのかな、それとも未来の人間だからかな。
生徒 ふしぎだな。でも動物とはなしができたら、宇宙人ともはなしができるよな、きっと。
生徒 そうなると、ぼくらも友だち同士みんなはなしができるようになるのかな。
生徒 そうか。友だち同士でも、はなしが通じないこともあるからな。
(チャイムが鳴る。)
生徒 予鈴だ。昼休みもおしまい。
生徒 行こうか。つぎも賢治先生の授業だ。

(賢治先生は、チャイムに気づくと、演奏を終えてチェロを片づける。行きかけて、 ホーという叫びをあげるが、チェロの箱をもっているため跳びあがることができない。 それで跳びあがろうと構えた姿勢でしばらく考えてから、チェロの箱をさっと持ち上げてホーという叫びをあげた。 それで納得したのか、ようやく歩きはじめる。)
トマト 賢治先生がセロを聞かせてくれたのはいつごろかしら。
キウイ セロの練習をはじめたのは大正のころでしょう。
トマト そのころ、いつもひまがあるとセロを聞かせてくれた。
トウモロコシ でも、知ってる?トモロー明日じゃなくて、そのころにはじめてトマトが 入ってきたらしいわね。
トマト よくご存じね。そうなの。でも、はじめは嫌われ者だったのよ。 わたしってすこし味に癖があるでしょう。おおかたの人はなじめなかったらしいの。 でも賢治先生は食べてくれたわ。花巻でトマトを食べた最初の人。
葉ぼたん それで、いまだに賢治先生の大ファンってわけ。
トウモロコシ ところで、さっきわたしはざしきぼっこをみたんですよ。
トマト あら、なつかしい、ざしきわらし。
キウイ このごろ噂をきかなかったので、どこかに腰をおちつけたのかとおもっていたら 、あいかわらずあちこちと放浪しているらしいわね。
トマト それが性分なんだからしかたないですよ。
葉ぼたん でも、なんでこんな学校に現れたのかな。
トウモロコシ 別にいいんじゃないですか。どこにあらわれようと、個人の自由ですよ。
キウイ まあ、それはそうですがね。でも、ちょっと気になるの。
又三郎 何時頃?
キウイ ああ、びっくりした。とつぜん木陰からあらわれるんだから。
又三郎 ごめん、ごめん。おどろかして。
トウモロコシ いいですよ。許してあげる。ざしきぼっこをみたのは、 トモローじゃなくて、ついさっきですよ。そこの道をあるいていきました。あいかわらず子どもでしたよ。
トマト あたりまえですよ。子どもじゃなくて、若い衆だったら、ざしきわかしだし、 お爺さんだったらざしきじじいなんていうことになってしまうでしょう。
キウイ また変な理屈を……。
トマト でも、そうでしょう。わらしやぼっこが子どものことくらいわたしにもわかってますよーだ。
又三郎 なんだか、胸騒ぎがする。賢治先生に報告してくる。じゃあ、しつれい。
キウイ いそがしい青年だね。
トマト ところで、トウモロコシさん。最近のこどもにはざしきぼっこ、 ざしきわらしといってもわからないんじゃないかな。ちょっと、みなさんに紹介してよ。
トウモロコシ そうしましょうか。ちょうどここに賢治先生の童話があるからそれを 読ませていただきましょう。
「ざしきわらし 」(と、読み上げる。)
 「『かごめ、かごめ』 一生けん命、こう叫びながら、ちょうど十人の子供らが、両手をつないで円くなり、 ぐるぐるぐるぐる、座敷のなかをまわっていました。どの子もみんな、そのうちのお祝いによばれて来たのです。
ぐるぐるぐるぐる、まわってあそんで居りました。
そしたらいつか、十一人になりました。
ひとりも知らない顔がなく、ひとりもおんなじ顔がなく、それでもやっぱり、 どう数えても十一人だけ居りました。その増えた一人がざしきぼっこなのだぞと、大人が出てきて云いました。」
そんなざしきわらしが家にいると、いるだけで家がうまくいってほくほくで、家を出ていってしまうと、 そこの家はだんだんうまくいかなくなって、貧乏になってしまうのだと言われています。 だから、ざしきわらしはだいじにしなければならないんですよ。
まあ、こんなもんだわ。(観客席に向かって)みなさん、わかったかな。
キウイ あっ、賢治先生がつくった花壇の目が泣いている。(花壇の「ティアフルアイ」の 花の色が涙のように水色に変わる。)
トウモロコシ ざしきわらしが、地球から逃げていくのを悲しんでいるのかな。
トマト きっとそうだわ。どうしよう?
一同 どうしよう。どうしよう……。
(暗転)

【五場】
(中幕を閉じて、教室の中)
賢治先生 みんな考えてきたかな。なんでもいいんだ。ダジャレでもいいよ。
生徒 たとえば、こんなのがあります。
「地球よいとこ、一度はおいで
 あー、どっこいしょ(歌いながら踊る。)
 お湯のなかにも
 こーりゃ
 花がさくよ
 ちょいなちょいな」
生徒 地球って、そんなによいとこかしら。いっぱいごれているのに。
生徒 じゃあ、「宇宙のみなさん、地球はいま壊れかけています。助けて下さい。 SOSです。」こんなのはどうかな。
生徒 NHKの放送のおわりみたいに、白旗がひらひらして……。
生徒 もう降参してるの。
生徒 だれが、そのセリフをいうの?
生徒 滅びていく生物、日本かもしかとか?
生徒 きみのアイデアはどうもぴんとこないな。
生徒 青りんごのような地球っていうのはどうかな。
生徒 又三郎くんの歌だ。
 青いりんごも吹きとばせ。
生徒たち どっどど どどうど どどうど どどう
    青いりんごも吹きとばせ
    まっ赤なりんごも吹きとばせ
    どっどどどどうど どどうど どどう
    どっどどどどうど どどうど どどう
生徒 じゃあ、歌にあるように、青い地球でサッカーをしたらいいじゃん。
生徒 ほんとうにそんなに小さい惑星だと思われるかもしれないよ。
生徒 地球はほんとうは小さいよ。でも、星の王子さまの惑星ほどじゃないけれど……。
生徒 でも、青い地球でサッカーなんて、いいなあ。
生徒 昔の人なら考えなかったことだろうしね。
久保先生 いまじゃあ、青い地球が赤くなりかかっているよ。
狼の森も笊の森も、盗人の森もみんな切り開かれて、砂漠になってしまいそうだ。 人工衛星からみたら赤い地球だ。
生徒 そうかー。前にやりましたね。「狼森(おいのもり)と笊森(ざるもり)、 盗森(ぬすともり)」の劇。

生徒 ここへ畑起してもいいかあ。
生徒 いいぞお。
生徒 ここに家建ててもいいかあ。
生徒 ようし。
生徒 ここで火たいてもいいかあ。
生徒 いいぞお。
生徒 すこし木貰ってもいいかあ。
生徒 ようし。
生徒 ここの木を全部切り倒して、砂漠にしてもいいかあ。
生徒 赤い地球になってもいいかあ。

(生徒たちの動きの傍らで、撮影の準備がはじまっている。カメラが据え付けられ、 照明の係りがライトや銀板を運んでいる。 マイクが何本もぶら下がっている。)
生徒(監督役) では、つぎはサッカーの場面。スタート。

 (地球の絵柄の青いボールで、サッカーをしている。)

 青い地球を取りもどせ
 汚れた地球を蹴りとばせ
 銀河のゴールにヘディングシュート
 銀河のゴールにドリブルシュート
 青い地球を取りもどせ
 汚れた地球を蹴りとばせ

 (つぎに地球の絵柄の赤いボールを出してきて、サッカーをはじめる。)
 赤い地球を吹きとばせ
 砂漠の地球を蹴りかえせ
 銀河のゴールにヘディングシュート
 銀河のゴールにドリブルシュート
 赤い地球を吹きとばせ
 砂漠の地球を蹴りかえせ

生徒(監督役) 賢治先生、こんなものでどうでしょうか?
賢治先生 なかなかいいです。校長先生、どうですか?
校長 たしかに、われわれでは考えつかないようなCMですな。
教頭 しかし、地球を蹴るというのはどうでしょうか?
校長 彼らにすれば、蹴りたい気持ちはわかる。
賢治先生 彼らになんの責任もないのに、ぜんそくで苦しんだり、 病気になったりさせられている。
校長 では、このアイデアを採用しましょう。
星の王子 でも最後に何か一言ほしいですね。こころに残るせりふが……。
賢治先生 それは、またみんなでアイデアを出し合って考えてくれますか?
星の王子 そうしましょう。シュート場面をもう少しどうにかするとして、 いままでのところはいいんじゃないですか。 では、固まったところまでこれで撮影しましょう。
又三郎 そろそろ本番いきますよー。準備はいいかなー。
(暗転)

【六場】
  (中幕が開いて、理科室での撮影場面。背景は簡単なプラネタリウムが映写する星空。 地球のボールが釣竿で釣られている。青い地球と赤い地球のボールがある。)
生徒 監督のいうことはぜったいだ。そこの背景に銀河がゴールネットのようにかかっているだろう。 君たちが地球のサッカーボールをそこにシュートする。ボールが蹴りこまれて、ゴール、ゴールという叫び。 そこで、あの歌がながれてきたら、みんなで踊る。では、はじめます。ヘディングでゴールするシーン。 はい、スタート。
(つり下げられたボールをヘディングして、ゴールするシーンが始まる。)
(カメラを持っている生徒、反射板を持っている生徒、マイクを持っている生徒などが動き回る。)
はい、ヘディングシュート、入りました。
生徒 ゴール、ゴール、カット、カット、うまくいきました。
又三郎 青い地球はゴールに入りました。つぎは、赤い地球でいきます。
生徒 はい、スタート、もっと真剣にやれよ。
生徒 そんなこというけどな、なかなかむずかしいんだぞ。
生徒 そんなこというなら、お前がやれ
生徒 うるさいな。それドリブルシュート。
生徒 いいぞ、いいぞ。はい、カット、カット、ゴールできました。
生徒 うまいじゃないか。
生徒 そりゃあ、そうだよ。サッカー部の人に来てもらったんだから。
又三郎 つぎは、踊りのシーン。チアガールということで、女性軍中心に、ほんのすこし男もいます。
生徒 ほんとうに踊るのかよ。
生徒 ほんとうに踊ります。
生徒 わたしは恥ずかしくてだめ。
生徒 わたしも。
生徒 いや、監督のいうことはぜったいっていっただろう、踊れったら踊れ。
生徒 それは、あまりにわがまますぎる。
又三郎 監督、すこし、休みましょうか。話し合いをしてください。
生徒 わかった。そうしよう。
生徒 あーあ、しんどかった。
生徒 緊張したな、もう。
生徒たち 休憩、休憩。お茶でものもう。(と、奥に入る。)
(暗転)

【七場】
(中幕が閉じられて、教室での議論)
生徒 でも、ぼくたちは学校で教えられた通り、ごみもつくらいようにしているし、 タバコも吸わない。地球を汚さないですごしてきたんです。
賢治先生 そうそう、きみたちはそのことには責任がないんだ。責任があるのは、大人。
生徒 賢治先生も大人ですよね。
賢治先生 そうだよ。だからぼくには責任がある。
星の王子 でも、とっくのむかしに死んでしまった人に責任はありますかね。
賢治先生 きみ、そのことは……。
星の王子 あっ、ごめんなさい。それは……。
生徒 なんのことですか?
星の王子 いや、なんでもない。ともかく、君たちには何の責任もないんだ。 だから、賢治先生はきみたちにコマーシャルをつくるようにたのんでるんだよ。
又三郎 みなさん、コーヒーをいれました。賢治先生、校長室で飲んでください。 生徒さんのは、六人分で、そこにあります。
生徒(監督) さあ、みんな一つずつとってください。
生徒 あれっ、一つ足りないぞ。ぼくのがない。
(いつのまにか黒子が登場して一つのカップを取って飲んでいる。)
生徒 おかしいな?
生徒 なんだい。又三郎さんが数を数えまちがったのか。
又三郎 そんなはずはないよ。
生徒 ぼくもみたよ。たしかにコーヒーは六つあった。
生徒 じゃあ、もう一度、人数を数えるよ。
生徒 一、二、三、四、五、六、七。
(数えるときだけ、黒子が覆面をあげて白塗りの顔を出す。)
生徒 あれっ、ほんとうだ。七人いる。
生徒 学校の怪談だ。
生徒(監督) おかしいな。お前、数え間違ったんじゃないのか?
生徒たち ひとりも知らない顔がなく、ひとりもおんなじ顔がなく、それでもやっぱり……。 (と、お互いに顔を見交わす。)
生徒 もう一度数えてみる。一、二、三、四、五、六、七。
生徒 なー、やっぱりおかしいやろ。
生徒 コーヒーの数は六つ、生徒も六人のはずなのに、数えると七人いる。
生徒 だれかがまじりこんでいるんだ。
生徒(それぞれに) きゃー。(と、叫びをあげる。)
生徒 だれか、変なやつ、いたら返事をしろ。
生徒 そんなのむりだよ。
生徒 どうしよう。どうして調べよう。
生徒 だれか、立候補しろよ。男らしく。
ざしきわらし ぼく、ざしきわらしです。よろすくな。
(と、黒子の被りものを脱ぎ捨てると中から顔にどぎつい白化粧をして、眉毛や目を描きこんだ、 ざしきわらしの顔が現れる。)
生徒たち うわー、びっくりした。
生徒 なんだ、お前は?
生徒 賢治先生みたいなあいさつだな。
生徒 ざしきわらしってか?
生徒 ざしきわらしって、何だ?
生徒 そんなことも知らんのか?
生徒 じゃあ、おまえは知ってるのか?
生徒 おれも知らん。
生徒 ざしきわらしって何?
ざしきわらし みんなには、トモローじゃなくて、さっきトウモロコシさんが説明してくれていたよ。
生徒 ふうん。でも、むずかしいね。
生徒 とにかく、わけがわからないで、数がふえたりするんだ。
生徒 目にみえないけれど、ざしきぼっこがいると、その家は立派になるし、出ていくと、 そこの家は貧乏になったりするんだ。
生徒 ざしきわらしとざしきぼっこはおなじなの?
ざしきわらし おんなじだよ。わらしもぼっこも子どもっていう意味。
生徒 ふうん、そうか。子どもの妖怪みたいなものか。
ざしきわらし そう、ぼくは、ざしきわらし。はじめは東北地方にだけーいたんすけど(と、東北訛になる)、 そのうちに日本のざしきわらしになって、いま地球のざしきわらしになったようなもんだけど、 それもいやになって、もう、地球から出ていこうかなっておもってるんだ。
生徒 どうやって地球を出ていくの?
ざしきわらし いまはここの理科室が銀河鉄道の地球ステーションになっているだろう。
生徒 えー、そんなことまで知ってるの、それはこの学校の○秘中の○秘なのに……。
生徒 そのことは賢治先生に口止めされていたんだよ。どうして知っているの?
ざしきわらし ぼくはいつも家の中にまぎれこんでいるんだから、何でも知ってるよ。
生徒 ふしぎな妖怪やな。
ざしきわらし それで、理科室から賢治先生の銀河鉄道にもぐりこめないかと思って……。 どこにでも潜り込むのが得意だから……。
生徒 それじゃあ、ただのりだ。
生徒 賢治先生、こいつ銀河鉄道に無賃乗車しようとしています。(と、半分ふざけて、 校長室に聞こえるように叫ぶ。)
生徒 しょうむないこと言うなよ。ぼくが聞きたかったのは、なぜ、地球を離れたいなんて 考えたのかっていうことなんだけど……。
ざしきわらし あんまりだからですよ
生徒 なにがあんまりなの?
ざしきわらし いい気になっているからですよ。
生徒 何があんまりなの?何がいい気になっているの?
ざしきわらし 人間ですよ。人間……。
生徒 ふーん、そうか。人間か……。それで、ざしきわらしくんもきれてしまったのか。
生徒 あたまにきたんだ。むかついたってことだよね。
ざしきわらし そうですかね。人間だって、ぼくたちに居てほしいなんて思ってないんですよね。
生徒 そんな僻んだことを言わなくても……。
ざしきわらし そんなことを言うけどね、最近は座敷のない家が多いんだよ。 だから座敷、わかってるのかな?
生徒 座敷くらい知ってますよ。
生徒 でも、ざしきわらしさんに地球から出ていかれたら、地球が貧乏になってしまうんじゃないか?
生徒 いや、地球が滅んでしまうよ。
生徒 そうなんだよ。コーヒーなんか飲んでる場合じゃないんだ。ざしきわらしさん、 どうか、地球を出ていかないで……。
ざしきわらし いや、星の王子さまの星にでもいこうかな、そこでいっしょに火山の すす払いでもしようかなと思ってるんだ。
生徒 もう、決めた訳じゃないだろう。どうしたらこのままずーと地球に居続けてくれるの?
ざしきわらし もう、手遅れだよ。ほとほと愛想が尽きたんだ。
生徒 そんなことを言わないで。
生徒 いや、オレには、分かる。ざしきわらしさんの気持ちが分かるよ。地球脱出か、 おもしろいじゃないか。おれも行きたくらいだよ。
生徒 でも、わたしたちにそんなことできるかしら?
生徒 ぼくたちもわらしなんだから、ざしきわらしさんについていけばいいんだよ。
生徒 みんなで一度に賢治先生の銀河鉄道にもぐりこんだらどうかな。
生徒 でも銀河鉄道はぼろ機関車だぞ。もうつくられてから七十年以上もたっているらしいからね。 ジェットコースターだって七十年もたっていたらこわいぞー。
生徒 銀河鉄道とジェットコースターとは違うよ。
ざしきわらし なんだか、君たちを巻き込んでしまうのは、すこし心配だな。
生徒 理科室にいってみよう。
生徒 ざしきわらしと地球脱出、いいなー、オレは一度宇宙遊泳してみたかったんだ。きっとたのしいぞー。
生徒 では、可能性があるかどうか考えてみましょう。
生徒たち うーん、どうかな……。(と、迷っている様子。)
(暗転)

【八場】
(理科室で。)
(生徒たち、顔の右半分は自分の顔、左半分は、おしろいを塗ってざしきわらしと同じ化粧をしている。 だから、みんなが右を向いているときは、ふつうだが、左を向いて並ぶとみんながざしきわらしになってしまう。 化粧のこともあり、生徒は前場とはかわっている。)
生徒 やっぱり賢治先生はいないな。
生徒 まだ、校長室でおしゃべりしてるのかもしれないな。
生徒 いまがチャンスかも。
生徒 あっ、ここに時刻表がある。
生徒 もしかしたら銀河鉄道の……。そういえば、星空の表紙だね。
ざしきわらし 「ミルキーウェイ タイムテーブル」って書いてあるから、やっぱりそうらしい。
生徒 なになに、あっ、これは、季節列車だな。
ざしきわらし 季節によって星座もちがうからね。
生徒 秋の列車ダイヤ、白鳥座から南十字星行き、十五時三十分発。
生徒 もう少しだ。
生徒 乗ろう。
生徒 大丈夫かな。
ざしきわらし いいよ。こわかったらやめたら。
生徒 乗ります。
ざしきわらし では、このイスを列車の座席風に並べて、両手でしっかりと自分のイスの座席を掴んで、 目をつぶる。……なんだか、汽笛がきこえてきたぞ。すこしこわいな。
生徒 そんなこといわないでください。
(汽笛が、ポーとなり、蒸気を吐き出す音が、重々しくはじまり、徐々に早くなっていく。イスのどこかから、 蒸気が噴出されたらもっと楽しくなる。)
(舞台が暗くなり、生徒たちは座ったままイスをお尻につけたまま持ち上げて、 その格好でジェットコースターのようにウェイブを繰り返したり、蛇行したりする。 上下左右に揺れるたびに「キャー」という叫びがほとばしる。)
(地球の絵をかいたボールが釣竿につるされて飛んでくる。生徒たちがヘディングをする。 地球だけではなくて、土星、木星、金星、月(蛍光塗料で着色してある)なども釣られてゆらゆら動いていて、 もうすこしでヘディングできる近さのニアミスを繰り返す。)
(最後にイスをもちあげて、いっせいに左向きにならぶ。つまり全員がざしきわらしの顔になる。)

(賢治先生がしばらく前から、舞台前の客席に現れて、舞台で繰り広げられる銀河鉄道のウェイブを見上げている。)
賢治先生 みんながざしきわらしになっている。

生徒 地球なんてもうこりごりだ。
生徒 汚くて、くるしくて……。
ざしきわらし ぼくたちの兄弟もだんだんへってきている。うまれてこないんだ。
生徒 そんな地球なんて蹴とばしてしまえ。

賢治先生 どうか、きみたちが地球を脱出するなんてことをしないでくれ。 きみたちに見はなされたら……、ざしきわらしがこんなにそろって地球を脱出してしまうと、 この惑星はたちまち貧しくてつまらない星になってしまうよ。 トマト (とつぜん現れて、舞台下から、イスの足にくらいつく。)いかないでちょうだい。
トウモロコシ (続いて、舞台前の客席にぞくぞくと野菜等が現れる。)そんな、 薄情よ。わたしたちはどうなるの?
トマト わたし、有機肥料でもっとおいしくなるから。完熟トマトになるから。
キウイ もう酸性雨なんか降らせないわよ。酸っぱいキウイなんて食べさせないからさあ。やめとくれよ。
三毛猫 自分たちだけでいい思いするにゃんか?
郭公 わたしはどこまでもいっしょに飛んでいけるんだぞ。かっこう。
トマト みんなで、ひっぱろう。
狸の子 ぼくが腹鼓を打ったら、力を合わせて引っ張るんだ。
キウイ それ、よいしょ。(ぱんぽこ)(と、みんなで並んで架空の綱をひっぱる素振り。 舞台上の銀河鉄道と客席との綱引きが始まる。)
三毛猫 もっと力を入れて、念力を一つにして、銀河鉄道を引き戻すんだにゃん。
キウイ そーれ、よいしょ。(ぱんぽこ)
一同 よいしょ。(ぽんぽこ)
郭公 銀河鉄道の軌道がだんだん地球のほうに曲がってきたぞ。
トマト もうひといき。トマトパワーよ。
一同 それ、よいしょ、よいしょ(ぽんぽこ、ぽんぽこ)

ざしきわらし わかったわかった。ひきかえすよ。負けたよ。……君たちは、どうする?
生徒 ざしきわらしさんが、もどるんならぼくたちももどります。
ざしきわらし 君たち、いい友だちがいるね。うらやましいよ。ぼくも移転はやめようかな。
生徒 そうしてくれますか。
ざしきわらし そうしよう。
(キーとブレーキの音が響いて、生徒たちは前のめりになって、ドタンとイスのまま着地する。)
(賢治先生たちが舞台に上がってくる。)
賢治先生 理科室にかえってきてくれて、よかった。ほっとしたよ。ざしきわらしくんが 地球からどこかへいこうとしているということは、又三郎くんから聞いて知っていたんだ。 ぼくは、いつまでも地球にいてほしいが、いまの地球は汚れに汚れて、ぜひともいてくれとは言いにくい。
生徒 そうでしょう。だから、ぼくたちざしきわらしくんといっしょにいきたかったな。
ざしきわらし いや、賢治先生にいわれて気がついた。きみたちがいるんだから、 ぼくも地球にのこるよ。一人ではいけない。これまでとおなじように 地球のあちこちでいたずらをしてまわってやる。
賢治先生 そうしてくれ。ざしきわらしというのはいるだけでいいんだ。 いるだけで大切にされるんだよ。そもそもぼくがきみたちの前にあらわれたのがいけなかったのかもしれない。
生徒 そんなことはありません。また来て下さい。
賢治先生 地球のコマーシャルが銀河テレビのコンクールで入選したら、 銀河鉄道ご招待ということになっている。それを楽しみにしていてくれ。
生徒 そのときはざしきわらしくんもいっしょかな?
ざしきわらし そりゃあ、そうだろうが。
生徒 銀河鉄道で地球を出ていって、また帰ってくるのか?
生徒 帰ってきたざしきわらしなんて聞いたことないぞ。
ざしきわらし いいんだよ。それは、それで……。
(そこに又三郎と星の王子が現れる。)
又三郎 (コマーシャルフィルムのカセットを持ってやってくる。)
星の王子 やっとコマーシャルフィルムができあがってきた。みんなで、見るかい。
生徒 見てみたい。
星の王子 じゃあ、そこのテレ紙芝居の機械に映し出してみよう。部屋を暗くしてくれないかな。
(暗転)

【九場】
(テレ紙芝居の枠が引き出され、そこにビデオプロジェクターでコマーシャルが映される。 最初の場面は、 「狼森と笊森、盗森」の絵が現れて、声だけが流れる。)

生徒(声) ここへ畑起してもいいかあ。
生徒(声) いいぞお。
生徒(声) ここに家建ててもいいかあ。
生徒(声) ようし。
生徒(声) ここで火たいてもいいかあ。
生徒(声) いいぞお。
生徒(声) すこし木貰ってもいいかあ。
生徒(声) ようし。
生徒(声) ここの木を全部切り倒して、砂漠にしてもいいかあ。
生徒(声) 赤い地球になってもいいかあ。
 (最後の声は深いエコーがかかっていて、井戸の中に叫んだように反響しながら消えていく。)

   (つぎに理科室で撮影した場面。生徒たちが、地球の絵柄の青いボールで サッカーの試合をしている。)

 青い地球を取りもどせ
 汚れた地球を蹴りとばせ
 銀河のゴールにヘディングシュート
 銀河のゴールにドリブルシュート
 青い地球を取りもどせ
 汚れた地球を蹴りとばせ

 (蹴り出されたボールがいつのまにか、地球の絵柄の赤いサッカーボールにかわっている。)

 赤い地球を吹きとばせ
 砂漠の地球を蹴りかえせ
 銀河のゴールにヘディングシュート
 銀河のゴールにドリブルシュート
 赤い地球を吹きとばせ
 砂漠の地球を蹴りかえせ
(生徒も一緒に歌っている。)
(歓声)
(チアガールの踊り。)
ナレーター 賢治先生のふるさと、地球、水の惑星、きれいにしておきます。 いつか遊びに来てください。
(シャーという雑音が入り、コマーシャルが終わる。)

校長 いや、なかなかいいできですな。見ていると希望が湧いてくる。 地球にはまだまだこんなすばらしい子どもがいるということは、何よりのメッセージですな。
教頭 星の王子さまのコマーシャルとくらべてもひけをとらないというか……。
校長 まったく、よくできました。
久保先生 みんなの協力のおかげかな?
生徒 賢治先生、どうですか?
生徒 賢治先生。あれ、賢治先生がいないよ。
生徒 星の王子さまも。
生徒 又三郎くんも。
生徒 また賢治先生にやられた。
校長先生 賢治先生の銀河鉄道が発車するよ。
(遠くから汽笛の音が響いてくる。)
生徒 あっ、汽笛だ。
(生徒たち、舞台前方を見る。)
生徒 銀河鉄道だ。
生徒 発車していく。(電灯をつけた銀河鉄道が、舞台そでから、 斜めに張り渡された針金を伝って上っていく。)
生徒 賢治せんせーい。まえに銀河鉄道に乗せてやるって約束したのに、 またいってしまうんですか?
賢治先生 (遠くから)それはまたのことにー。この地球のコマーシャルを 銀河鉄道の中で流させてもらうよ。宇宙の人たちにも君たちが美しい地球を守ろうとしているということは わかってもらえると思うよ。最後にぼくの祈りだー。「星からも風からも、透明な力がきみたちにうつれー。」
生徒 賢治せんせーい。
賢治先生 (遠くから)ありがとー、さようならー。

生徒たち (賢治先生の歌)
 賢治先生はふしぎな先生
 賢治先生はなんだ宇宙人
 なんでも教えるふしぎな先生
 ふしぎを教えるなんだか宇宙人
 山で叫べばこだまがこたえる
 夜空の星も銀河鉄道フリーパス
 賢治先生はふしぎな先生
 こころにのこるあの叫び

 賢治先生はふしぎな先生
 賢治先生はなんだか宇宙人
 なんでも教えるふしぎな先生
 ふしぎを教えるなんだか宇宙人
 畑で叫べばトマトがこたえる
 よだかの星も銀河鉄道フリーパス
 賢治先生はふしぎな先生
 こころにのこるあのジャンプ

生徒代表 また、賢治先生は去って行かれました。でも、いつかまた、 先生はこの学校に帰ってこられるかもしれません。そして「ようこそ先輩」の授業をしてくださるかもしれません。 それを楽しみに待っていたいと思います。
私たちの劇に声援を送っていただき、ありがとうございました。
【完】


「賢治先生はふしぎな先生」はオリジナルで、池田洋子さんに作曲していただいた譜面もあります。
「楽譜のページ」には、こちらからどうぞ。


追補
この脚本を使われる場合は、必ず前もって作者(浅田洋)(yotaro@opal.plala.or.jp)まで ご連絡ください。


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