◇2002年12月号◇

【近つ飛鳥博物館、風土記の丘周辺で撮影】

[見出し]
今月号の特集

よさこいピック(高知)に行って来ました

「イーハトーブへ、ようこそ」改訂版

ショートショート「賢治先生御用達、出前プラネタリウム」

「うずのしゅげ通信」バックナンバー

2002.12.1
よさこいピック(高知)に行って来ました

障害というものをスポーツを通して見る いい機会になりました。
よさこいピック(高知)と呼ばれていましたが、正式には、 第2回全国障害者スポーツ大会といいます。身体障害者が集う身体障害者スポーツ大会と 知的障害者のゆうあいピックが合同して2年目の大会ということです。
国体に引き続いて、11月9日から11日にかけて、高知県で開催されました。
奈良県からは、卓球、陸上、バスケットボール、フリスビー、 水泳などがエントリーされていました。
宿舎は、坂本龍馬が生まれた屋敷跡に建てられたというホテル。
高知県での滞在初日は練習があって、そのあと高知城の見学にでかけました。
開会式は、とても冷えていて、あまりこころのたかまりをおぼえませんでした。
わたしは卓球のスタッフとしての参加でした。メンバーは、 サウンドテーブルテニス(STT)に参加された視覚障害の方が2名、 一般卓球に難聴の中3の生徒が1名とわたしの勤務する学校の生徒が2名ということで、 総勢5人の参加でした。
一般卓球に参加した若い三人はあまりいい結果を残せませんでしたが、 大きい試合に参加したことでとてもいい経験になったと思います。 それぞれに試合を前に自分なりに自分の心の中で葛藤しているようすが印象的でした。 試合に向けて集中し、葛藤する、それは彼らにすばらしい経験になったと思います。 また、それを間近に見たわたしとしては、彼らの集中、葛藤する力をあらためて 認識させられたといったところです。
チームとしては、STTに参加されたTさんが優勝されて、みんなで祝福もできたのです。
卓球の全試合が終了して、体育館の玄関でぬいぐるみの黒潮くんといっしょに写真を 撮ったりもしました。育成会の炊き出しうどんもおいしかったのです。
最終日の天気は朝から快晴でした。天気予報では閉会式の時間帯は雨の確率が高いので ビニールカッパを準備するようにというお達しがあったのですが、 それが信じられないほどでした。
ところがなんと、閉会式が近づくにつれて、雲が空を覆いはじめたのです。 天気予報はたいしたものでした。そして、まるで何かの予言が実現されるように入場の隊形で 並んでいると雨が降ってきたのです。毛布まで準備しはじめる県までありました。 しかし、幸いなことに入場行進がはじまってからは雨は小止みになってくれたのです。
閉会式では、綾戸智絵さんのコンサートがありました。いろんな曲が歌われましたが、 とりわけ印象にのこっているのが、ビートルズLet it beでした。 大画面に映し出された白いスーツの綾戸さん、そして、その歌詞。
「Speaking words of wisdom
Let it be
Let it be,Let it be
Let it be,Let it be
Whisper words of wisdom
Let it be」

雨はすでに小止みになっていましたが、濡れた雨合羽に蒸れながら聞くビートルズはまた 身に沁みたのです。
歌に聞き入りながら、この歌詞はどう訳せばいいのだろうかと、そんなことを考えていました。
「口にされた ちえのことば
いまあるままがいい
いまあるままがいい、と
ちえのささやき
いまあるままがいい、と」

5千人を超える障害者アスリートとともに聞くこの詩句はある意味あいをもってわたしに 迫ってきたのでした。
「障害者もふくめて、いまあるままがいいと、それが聖母マリアのことば、 かしこい考えだと……」
合唱隊を加えたゴスペルの「Oh,happy day」もなかなかのものでした。 閉会式の場が「happy day」そのものであったからです。
「追伸」
月並みな表現になりますが、この文章が高知県の方の目に触れる可能性もあるということで一言。 ボランティア、あるいはパートナーとしてお世話いただいた方々、 ほんとうにありがとうございました。誠実な応対はけっして忘れることができないものでした。


2002.12.1
「イーハトーブへ、ようこそ」改訂版

賢治劇は今回の「手話劇『ホームレス、賢治先生』」で打ち切るつもりです。 だから全部で十編ということになります。(本当に打ち切り?)
しかし、心残りがいくつかあるのです。
その一つが性教育をテーマにした「イーハトーブへ、ようこそ」の内容に 不満があることです。もうすこし現代的なものにしたい、という気持ちがあります。 自分自身の古い性概念がどうしようもなく露呈しているような気がするのです。
そこで、「イーハトーブへ、ようこそ」の改訂版を作りたいと考えているのです。 それは、こんなふうなものです。
とりあえずは、「イーハトーブへ、ようこそ」の劇(もちろん人形劇)がはじまります。 ところがそれを演じていると客席からクレームがつくのです。
劇は中断やむなきにいたります。
客の挑発に乗って、演出家が人形劇の舞台の横から出てきます。 そして客の不満を聞いてみるともっともなのです。客席からの応援もあります。 そこで、客席に隠れている作者を呼び出して、相談が始まります。 そうなると「改訂版『イーハトーブへ、ようこそ』」は、「イーハトーボへ、ようこそ」の人形劇を 劇中劇とした論争劇の様相を呈してきます。演出家、作者、男女を含む客の何人かの論争の末に、 結局、客の要望を盛り込んだ筋に変わっていきます。
大道具や小道具も変えなければならないかもしれませんが、 そこは人形劇だけに簡単といえば簡単です。
そんなふうにして性教育劇「『イーハトーブへ、ようこそ』改訂版」ができあがる。 もし、これが実現すれば融通無碍、「イーハトーブへ、ようこそ」は どんどん成長していくことができるはずなのです。共同製作ということになりますね。
原「イーハトーブへ、ようこそ」は、そのためのたたき台です。
どんなものでしょうか?


2002.12.1
ショートショート「賢治先生御用達、出前プラネタリウム」

「賢治先生御用達、出前プラネタリウム」と書かれたチラシが学校に 郵送されてきました。
プラネタリウムのチラシということで、理科の教師であるわたしのところに回されてきたのです。 養護学校で理科を教えているのですが、星の話はしたことがありません。 生徒といっしょに星空を見る機会などないからです。入学して間もなく実施される宿泊訓練は、 山の家を使うので、天気がよければキャンプファイヤーのときに星空を見上げるくらいです。
「出前天体ショー」のことを理科の時間に生徒たちに話してみたのです。 「見てみたい」という希望が圧倒的でした。
「じゃあ、一度来てもらおうか」と教師でも相談がまとまりました。 費用の出所も調整がつきました。チラシの住所に電話連絡するとすぐに話がまとまりました。 あまり予定が詰まっているわけでもないようでした。
賢治先生御用達のプラネタリウムの出前屋さんがやってきました。 軽トラにいっさいがっさいを積み込んできたようです。手伝いましょうか、 という申し出を断って、一人で体育館に道具を運び込みはじめました。 奇術師のマギー司郎(知っていますか?)のような雰囲気で口ひげもたくわえているのですが、 ちょっと偏屈そうな感じにも見えました。
生徒たちは、そんなことはおかまいなしです。ちょうど昼休みでしたから、 体育館に集まってきました。
「さあ、いらっしゃい、いらっしゃい。賢治先生御用達のプラネタリウムだよ。 寄っといで、見ておいで……」
おもわず大きな声に生徒たちはちょっとあとずさりしたほどでした。
マギー司郎さんはにこにこしながら、たまにはそんなふうに声をあげながらてきぱきと作業を 進めていきます。黒いゴミ袋を折り畳んだ固まりが床に広げられていきました。
「半径4mの映写ドームだよ。世界で1番、出前のドーム。」
そんな口上を言いながら、ゴミ袋の出っ張りに扇風機2台をガムテープでセットして、 風を送り込みはじめました。
「さあ、これで30分くらい待ってちょうだい。そうすればどんどんふくらんで、 映写ドームが立ち上がってくるよ、子どもさんなら50人くらいは収容できるよ。」 マギー司郎さんは、ゴミ袋はそのままにして、つぎにダンボール箱から丸い機械を 取り出しました。
「これは投影機、プラネタリウム、これをドームの中に持って入って、星空を映すんだよ。 おじさんが作った手作りのプラネタリウム。丸いボールを二つ合わせて、 ほらこんなふうに丸いのを作って、それにほら手で2千ばかりの孔を開けたんだよ。 1年もかかった……。」
そのうちに午後の授業開始のチャイムがなりました。そのころには、映写ドームは膨らんで、 体育館に巨大な半球が聳えていました。いまだに扇風機がまわって空気を送り込んでいます。 半球の表面はまだぶよぶよしているように見えます。
「では、みんなで中に入ってみよう。」
狭い入口から空気を抜かないように注意して中に入りました。 映写ドームの中はむっとしていました。裸電球が灯っていて、 人の影がびっくりするように伸びています。
みんなは座りましたが、いつものようにのっぽの葉山くんが、立って人数確認をしています。 葉山くんは、ほとんど声を出すことがなくて、まれにしゃべるときも口ごもった 低い小さい声で話すのですが、いろんなことをよく理解していて、 こんなふうに学年が集まるときは、いつも人数確認をして、 「だれそれくんがまだ来ていない」とかひとりでつぶやいたりしているのです。
その葉山くんが、きょうはなかなか座らないのです。
「どうしたのかな?」
わたしは聞いてみました。
「一人多いんです。35人います。」
低い声で答がかえってきました。
「多いって……そんなばかな、影でも数えてしまったのかな。」
わたしは取り合わないことにしました。
「それはね……。」
マギー司郎さんが言いました。
「プラネタリウムぼっこがね、まぎれこんだな。」
「何ですか、それは?」
松尾くんが聞きました。
「このプラネタリウムを膨らませて、みんなが入るとそいつもあらわれるんだよ。」 「ゆうれいですか?」
「ゆうれいね……、こどもなんだけどね、そいつが現れると人数が合わなくなるんだよ。 入場料をもらって見せるときもあるんだけど、そんなときは、そいつのせいで人数が 合わなくていつもトラブルになってしまう。そいつはきっとそんなごたごたを見て よろこんでいるんだろうな。」
「ふーん」
松尾くんはどうにか納得したようでしたが、葉山くんはもう一度人数確認をしようとして 他の生徒から止められたのでした。
「人数はいいかな。少なかったらこまるけれど、多いのはいいだろう?」
マギー司郎さんは、葉山くんに声をかけました。葉山くんは、うなずきました。
「では、賢治先生御用達の星空教室のはじまりはじまりー。」
最初に黙ってしばらく星空を見上げていました。目を慣らすためでした。 目が慣れてくると無数の星が見えはじめました。天の川も夜空を横切っていました。
「では、星座の説明をするので、眼鏡を付けてください。」
配られた赤と青のめがねをつけました。3D影像の仕掛けはこうです 。赤と青の豆電球でドームの中を照らして、その二重の影を赤と青のセロファンをつけた 眼鏡で見るのです。すると左右の視線が交差して立体像が見えるのです。 星の連なりに重ねて蠍やら白鳥やらの星座を写すセットがあって、 それも立体的に浮かび上がるようになっているのです。賛嘆の声があがりました。
「つぎに、賢治先生御用達ということで、銀河鉄道を体験してもらいます。 眼鏡をはずしてはだめだよ。」
映写セットを換えたらしく、天空に銀河鉄道の軌道が浮かび上がってきました。 そこを銀河鉄道が走っていきます。
「これが銀河鉄道です。どうですか……。」
「のってみたいなー。」という声があがりました。
「では、乗ってもらいましょう。」
声とともに、星空が区切られて、列車の窓からの景色になりました。
「あれ、何か光るものが見える。」
「あれは、天の野原です。」
「すごい、すごい。」
生徒たちはおおよろこびでした。
「つぎは白鳥駅、白鳥駅。ブレーキをかけると、しし座流星群が飛びまーす 。よーく、御覧ください。」
どんな仕掛けになっているのでしょうか、マギー司郎さんが、 足下の箱についた取っ手を回すと、流星雨がしし座のあたりから降り注ぎました。
「うわーすごい。」
感嘆の声があがりました。
天空にかかる銀河鉄道の軌道から後ろに火花のように流星がつぎつぎ流れていきます。
「何か願いごとがある人は、ひかっているあいだに願いごとをとなえてください。 いいかな。……そして、流星の中には銀河鉄道にぶつかるものもありまーす。……」
「それ」っと、マギー司郎さんは、ポケットから紙製らしい石を暗闇に投げあげました。
そんな見え透いた演出にも「きゃー」という叫びがあがりました。
ところが、その石が落ちてきたとき、「ぼん」という音が響いて、 映写ドームの空気が一瞬張りつめるような感覚がありました。 高い山に登って気圧の変化で耳がおかしくなることがありますね。 そんなふうな感覚でした。そして、スーとドームの上を滑っていくような音がして、 バンとびっくりするような衝撃があって何かが破裂したのです。
「ばくだんだ。」
「ぶつかった……」
と、ドームの中は騒然としました。
「みなさん、お静かに、おちついて、おちついて」
マギー司郎さんは、みんなを座らせました。
「銀河鉄道にはテロなんかありません。あれは工事のハッパかもしれません。 だから、出てはいけません。じっとしていましょう。」
そのときドームの外から声がしました。
さっと光が射し込んで、入口に大きな影が現れました。
「水銀灯が落ちました。水銀灯がはずれて映写ドームの上に落下して、 上から滑ってほんそこで破裂しました。外に出てはいけません。 ガラスの破片が散っています。いま、掃きますから待っていてください。」
しばらくして、生徒たちはドームから出てもいいといわれました。
外で並ぶと、例によって葉山くんがさっそく人数確認をしました。
「そろっているかな?」というわたしの問いに目をくりくりさせて大きく頷きました。
「直接生徒の頭の上に落ちていたらどんなけがをしていたか……、 映写ドームのおかげで助かりました。」
わたしは天井を見上げているマギー司郎さんにも声をかけずにはおれませんでした。
「いやあ、でもドームが破けていたらどうなっていたか……」
「でも、ドームは大きいから、水銀灯はすこし落下しただけで上にのっかったんです。 だから裂けなかった。」
わたしはふにゃふにゃにしぼみかけているドームを見上げながらほーと 一つ溜息とついたのでした。

(これは、NHKのBS2で10月2日に放映された「人生自分流」北村満さんの話を下敷きにしています。)

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