◇2004年7月号◇

【近つ飛鳥近辺で撮影】

[見出し]
今月号の特集

自然というもの

瀧の比喩

追悼、松下竜一

「うずのしゅげ通信」バックナンバー

2004.7.1
自然というもの

昭和三十年ころ、私の家の側を流れる小川には、6月になるとほたるがとんでいました。 暗くなると、弟と二人、竹ぼうきと虫かごをもってほたるをつかまえに行くのです。 川岸の草の中でちいさく光るものがみえます。でも、草むらの中のひかりは蛇かも知れない、 と大人の注意を思い出しながら、ほうきでもってつついてみます。ひかりが水に落ちてすーと流れます。 ほたるです。ほうきを流れに差し入れて、竹の枝に絡めるのです。ほうきにひかりが寄りついたら、 道の上でとんとんとたたくと、光がこぼれ落ちます。さっそく指で摘んで虫かごにいれます。 やわらかく摘んだ指に小さなひ弱な動きが感じられます。すこしでも圧力を加えると潰れそうです。 ほたるのひかりそのもののような小さないのちの感触があります。手をかぐとびみょうな匂いが ほんとうに感じられるのかどうか分からないくらいのかすかさでふと匂います。
空中を飛んでいるほたるは竹ぼうきを振り回して、やはり枝に絡めて捕獲します。何匹かつかまえると、 ほたる狩りはそこまでということで、満ち足りて帰ります。
ほたるをつまんだときの感触やかすかな匂いはいまだに思い出すことが出来るほどです。
畑で、たまごから孵ったばかりの雛をみつけたこともあります。何の雛かわかりませんが、 畑の草むらの中に枯れ草を巻き付けたような巣があって、そこに孵ったばかりの雛を見つけたのです。 雛をにぎったときの感触は独特なものがあります。ゆるく包むように握らないと、 雛を握りつぶしてしまいそうです。そこにはちょっとした不注意で握りつぶしてしまわないかという 恐れさえあったように思います。あたたかさと命の鼓動のようなものを確かに感じていました。
いまの子どもたちは、そんな経験をしているのでしょうか。
インターネットやゲームの世界では、このような自然のもつ微妙さ、危うさは伝わってきません。
何年か前にタマゴッチというゲームがはやったことがります。たまごから生まれたヒヨコを 育てていくといったゲームだったように思いますが、当然のことに、それでは雛を握るといった 経験をすることはできません。いのちのひ弱さ、けなげさを感触することなどできないのです。
たまごを割ろうとして、どうしていいかわからなくてしばらくじっとしていたという生徒の話を 聞いたことがあります。
自然にあるものは、それに応じた扱いをしないと壊れてしまいます。 人間のいのちもそんなものだと思います。その微妙さを経験として知らない子どもたちが、 あんな犯罪を犯している、犯罪を犯すことで、命のあたたかさ、か弱さをはじめて感じて驚いている、 そんな気がします。
むかしなら、いろんな生きものとのかかわりで、自然に体得したいのちのか弱さ、 あたたかさ、危うさ、取り返しがつかないというおそれの感覚、 そういったものを身近なペットや人を傷つけることではじめて経験するしかない、 それは何と悲惨な、何と貧しい世界なんだろう、 子どもたちは何とかわいそうな環境に置かれているのかと思います。
ゆたかさを代償に失ったものの大きさを感じてしまいます。ほんとうの豊かさとは何なのかと、 反問してみたくなります。


2004.7.1
瀧の比喩

6月22日の朝日新聞「折々のうた」はつぎのような俳句でした。

後より押され落ちつぐ滝の水(桧 紀代)

大岡信のコメントはつぎのようなものでした。
「「滝」は夏の季語とされるが、実際落下するさまは夏の景物として、爽やかさで群を抜いている。 俳句で夏の句作りには欠かせない季題だろう。それだけに名句を得るのに苦労する。 何しろ昭和六(一九三一)年に虚子選「新日本名勝俳句」に入選した 後藤夜半「滝の上に水現れて落ちにけり」が、 客観描写の真髄と称揚されて以来、単純な対象だけにこれを抜くことは難しい。 右の句は超え得たかどうか。」
たしかに、この句が「瀧の上に」を抜いているかどうかは判断しかねますが、ただ桧さんの句が、 滝の景色を詠んでいるだけではなく、より比喩的な読みを可能にする要素をもっているように思うのです。
川の流れを時間の流れの比喩としたとき、滝はいったい人生の何を象徴しているのでしょうか。
そういえば、そういった比喩を得意とした上田三四二にも似たような 歌があったのを思い出しました。

瀧の水は空のくぼみにあらはれて空ひきおろしざまに落下す

瀧の水は空をひきおろす勢いで落下しているということでしょうか。

滝を詠んだ詩歌がどうしてこうも人をひきつけるのかを考えたことがあります。
結論は、おそらく滝が人の一生の終局、死を象徴するものだからではないか、というものでした。
川の流れのような時間に流されていく人間の一生、 その生の終局において、人はおそらく滝の水のように死に向けて押し出されてゆくのではないでしょうか。 だから滝には何か厳かなものがあり、人はそれをおそれとして感じ取っている、 その境地に達したとき滝を詠んだ詩歌は、りんとした姿をもつように思うのです。
人間は死にたくて死ぬのではなく、まさに「後より押され落ち」ていかざるを得ないといった あきらめを持ちながら死んでいくのではないでしょうか。 そのようにして落ち継いできたのが人間というもので、 それを象徴しているのが「滝の水」だということになります。
たんなる滝の描写がそんな感懐をもたらしてくれるのです。 そこに滝を詠んだ詩歌の隠された意味があるように思います。
そして、私の歳になると、人は「後ろから押されて落ちつぐ」ように次々に定年を迎えていくんだなあ、 という厳しい現実がひしひしとつたわってきたりもするのです。


2004.7.1
追悼、松下竜一

松下竜一さんが十七日、亡くなられました。
松下竜一さんと言っても、若い人はご存じないかもしれません。 デビュー作は「豆腐屋の四季−ある青春の記録−」でした。 (いま、この本は手に入るのでしょうか。) 私が読んだのは、テレビドラマ化された後ですが、あざやかな印象を残しています。 文学を志す若い豆腐屋の日常を描いた短文とそこに挟み込まれた短歌は、当時学生で、 文学にもっと異質なものをもとめていたわたしにも、十分訴えかける力をもっていたのです。 文学理論などいともたやすく裏切って、松下竜一の短歌は十分わたしに届いたのです。

泥のごとできそこないし豆腐投げ怒れる夜のまだ明けざらん
                     (「歌のはじめ」)
その里ゆ妻が摘み来し蕗のとう苞(ほう)をほごせば露だきており
                     (「蕗のとう」)
今日よりの姓松下を妻汝(なれ)が夜汽車の窓に指書きしおり
                     (「祝婚歌」)

松下竜一の生活に根ざした文学魂は、そこからずいぶん大きく深くなっていったように思います。 本棚を探してみると、「狼煙を見よ−東アジア反日武装戦線”狼”部隊−」、 「怒りていう、逃亡には非ず−日本赤軍コマンド泉水博の流転−」等々が出てきました。 様々な社会問題に一人の人間としてかかわり、その過程でものしていった重いノンフィクションばかりです。 九州という地に花開いた硬派文学の一翼を担っておられたように思います。
そんななかで、せめてもの救いは、近作(といっても96年発刊)の「底ぬけビンボー暮らし」。
豆腐屋をやめてから年収200万円でやりくしするというビンボー暮らしの報告です。 そこにある何というあっけらかんとした楽天主義。これこそが、松下竜一の硬派ノンフィクションを 何が支えてきたかを明瞭にしてくれます。
そういう意味では、私がもっとも影響を受けたのは、結局、処女作である「豆腐屋の四季」と最近作の 「底ぬけビンボー暮らし」ということになってしまいそうです。
「豆腐屋の四季」はいまだにそのみずみずしさを失っていないと思います。
また「底ぬけビンボー暮らし」の中に松下が発行していた「草の根通信」のことが出てきます。 ボランティアの人たちにも助けられて続いてきたミニコミ誌。じつは それがこの「うずのしゅげ通信」を書いていこう、という発想のもとになっているのです。 およびもつかないことは重々承知の上ですが、 自分の意見を自由に発表できる場を持ちたいと考えたわけです。
そんなこともあって敬愛していた作家松下竜一氏に哀悼の意を表したいと思います。「合掌」

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