◇2004年11月号◇

【近つ飛鳥風景】

[見出し]
今月号の特集

モモは知的なおくれをもった少女?

演劇の授業

どうしてなのか?

「うずのしゅげ通信」バックナンバー

2004.11.1
モモは知的なおくれをもった少女?

ミヒャエル・エンデ「モモ」は、すばらしい物語でした。
三十年ちかく前に読書会で読んだのですが、モモのことはずっとこころに懸かっていました。 夏休みに読み返してみました。生徒たちが演じる劇にできないかと考えたからです。
モモとはひさしぶりの再開でしたが、やはり魅力的な少女でした。 彼女の魅力はどんなところにあるのかを考えさせられました。 彼女にはおのずと人間関係の中心になるような「徳」がそなわっているように思われます。 みんなの交流の場を支える支点、こころを開かせる雰囲気、 そういったものはどこからくるのでしょうか。

モモはただいるだけ、みんなといっしょに遊ぶだけです。ところがそれだけで―― どうしてなのかはだれにもわかりませんが――子どもたちの頭に、 すてきなあそびがひとりでにうかんでくるのです。

すてきな存在ですね。モモがいるだけで、場が活気をおびてくる、そんな感じでしょうか。
ところで、一方で最初のころにつぎのような会話が出てきます。 廃虚に住みついたモモを近くの人たちが問いただすところです。

「モモという名前だって言ったね?」
「うん。」
「いい名前だね。だがそういう名前は聞いたことがないな。だれにつけてもらったのかい?」
「じぶんでつけたの。」
「じぶんで?」
「うん。」
「じゃ、生まれたのはいつ?」
モモはしばらく考えてから、やっと返事をしました。
「わかんない。いくらまえのことを考えても、もうちゃんと生まれたあとのあたししか、 思い出せないわ。」
(中略)
「そうか、そうか。でもおまえはまだ子どもだ――いったいいくつだね?」
「百。」と、モモはためらいがちにこたえました。
みんなはどっと笑いました。冗談だと思ったのです。
「まじめにきいてるんだよ。年はいくつ?」
「百二。」モモは、もっとあやふやな調子になりました。
こんなやりとりをしばらくつづけてからやっと、みんなはモモが数をあらわすことばを ほんのわずかしか知らないことに気づきました。そのことばも聞きかじりでおぼえただけで、 はっきりした数はわかっていないのです。 なにしろ、だれにも数をならったことがないのですから。

モモは知的なおくれをもった女の子なのでしょうか。
モモをはじめて読んだときから、そんな可能性を拭いさることができないままできました。
モモはそんなふうな矛盾をはらんだふしぎさをもっているのです。 それが彼女の魅力の源泉なのかもしれませんね。
そんな問いが心にひっかかったままできたのです。 今回読み返してみても問いはひっかかったまま、やはりモモの魅力は輝くばかりです。
ミヒャエル・エンデの他の作品を読んでみようと、 本屋で探してみたのです。そこで見つけたのが、「サーカス物語」。主人公はエリ、 人物紹介には「知恵おくれの女の子、おはなしの中では王女」とあります。 その「おはなし」というのは、「モモ」の中で、モモにせがまれて、 ジジが話す「魔法の鏡」の話とうりふたつです。 「魔法の鏡」の中では王女はモモ姫、つまりモモとエリは同じ役柄なのです。
そこで、もう一度あの問いが浮かび上がってきます。 モモは知的な遅れをもった少女なのかどうか。
といったことで、生徒たちが演じる劇の脚本は「モモ」ということになったのでした。 モモは養護学校の生徒で、友だちと、時間泥棒を退治するという「モモ」太郎のような 筋になったのです。


2004.11.1
演劇の授業

NHK教育特集「『とんで、わらって、とまどって』富士見丘小学校の演劇体験」 を見ました。(10月30日)
総合的な学習の時間に、演劇を取り入れる試みです。劇を通して、コミュニケーション力、 協同する力などをやしなう、といったねらいがあるようです。対象は6年生。 演劇協会の協力を得て、カリキュラムを立てられたようです。 前半は、プロの俳優や劇作家を招いて演劇の基礎を勉強し、後半は創作劇に取り組み、 6年生を送る会で発表するという計画です。
番組は前半の概要だけでしたが、興味深いものでした。のっているのかのっていないのか わからないような生徒たちの参加の様子を見ながら、養護学校で同じような試みができるのか、 できないのか、そんなことを考えていました。
いま、わたしの勤務する養護学校では文化祭の準備期間で、 来週からは毎日が劇の練習といった様相になります。 考えてみるとこれも総合的な学習ともいえなくはないと思います。
今回は、生徒の希望を聞いた上で、わたしが脚本を書きました。 一応できあがった脚本を演じるという形ですが、そうではないやり方も考えられます。 全面的に作り上げるのはムリとしても、教師側で枠組みを考えて置いて、 一部を生徒の創作にゆだねるということも可能なのではないでしょうか。 教師も、スタッフとしてだけではなく、筋の運び役としていっしょに出演してもいいわけです。
劇の創作ということは、なかなかむずかしいのですが、授業で劇を取り上げる意味は、 養護学校の場合はとくに重要だと思います。養護学校においては、 観客の前で声を出すことが、気持ちの表現が苦手な生徒にとってはある種の 治療効果を持つという面もあります。気持ちの開放というのはなかなかむずかしい 問題だからです。また自分が他の人物を演じることで、 他人と立場を入れ替えてその人の気持ちになる疑似体験ができる、 という意味も考えられるのじゃないでしょうか。9歳の壁といわれているハードルがあって、 立場の入れ替えが困難な生徒も多いからです。
話はかわりますが、もう一つ、考えたことがあります。
小学校高学年の総合学習の授業で、このホームページの脚本を使えないかということです。 自分が小学校の教師ならこうしたいと想像したのです。「賢治先生」の劇の取り組みと、 宮沢賢治について調べるという内容とを組み合わせるやり方も考えられるように思います。 「賢治先生がやってきた」に登場する賢治先生の振る舞いは、 伝説の賢治先生そのままに設定してあるからです。
総合的な学習は、そんなふうに想像しているとさまざまな取り組みが考えられて、 しんどい反面、さまざまな創意工夫が可能な楽しい時間だと思います。
劇を使っての取り組みなど、おもしろい事例があればご教示ください。


2004.11.1
どうしてなのか?

生徒といっしょに橿原(奈良県)の昆虫館にいってきました。 これまでにも何回か訪問したことがあり、そのたびにふしぎに思うことがあるのです。
昆虫の擬装というやつです。昆虫館の展示にもあるのですが、 羽根が枯葉にそっくりなチョウチョウがいます。フクロウの目そっくりの紋様を 染めた羽根もあります。木の枝にそっくりなナナフシなんていうのもその類ですね。
あの紋様はどのような仕掛けでああなったのでしょうか。
進化による変容は以外に簡単におこるというのが、最近実感としてあります。 昭和の初め頃の子どもの写真と現代の子どもを比べてみるとその変化は顕著です。 都会的にスマートになっています。それは頭蓋骨の形や体型まで変わったかのようです。 1、2世代でそのような変化をするのですから、億年をかけての進化は何でも 可能にするというのはわかります。
しかし、何でも可能だとしても、その変容を可能にする論理的な方向性というか、 理由が必要なのではないでしょうか。
チョウチョウの擬態はどのようにして可能だったのでしょうか?
チョウチョウの擬態を見る鳥の目をチョウチョウはどのようにして取り込んで 来たのでしょうか?
そんなふしぎをかんじながらの見学でした。

「うずのしゅげ通信」にもどる

メニューにもどる