◇2006年1月号◇

【吉野・金峯山寺蔵王堂】

[見出し]
今月号の特集

年賀状

人生のスタイル

山田太一作「終わりに見た街」

ひさしぶりに性教育−不可能なことは望まないか?−

多田富雄氏の闘病生活

「うずのしゅげ通信」バックナンバー

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2006.1.1
年賀状

新年、あけましておめでとうございます
本年もまた、この「うずのしゅげ通信」をご愛顧いただきますよう よろしくおねがいいたします。

Imagine
  by John Lennon

想いみてごらん
祈るものは
空にはなく
足もとにも
みんながいきいきと今を生きてる

想いみてごらん
国などなく
殺すことも
死ぬこ(と)もない
みんながいきいきと今を生きてる
夢ではなく
ぼくらの道に
あなたが寄り添うなら
世界はひとつに

昨年の文化祭で劇の最後に生徒たちが「Imagine」を歌いました。 こんな時代だからこそ、レノンのメッセージが見直されるのか、 最近また耳にする機会が多いようです。
世情不安が増していく中、今年はどんな年になるのでしょうか。 なんとか平安な年であってほしいと祈るばかりです。
             2006.1.1


2006.1.1
人生のスタイル

2005.11.15の朝日新聞文化欄「単眼複眼」に 「三浦哲郎さん 作家活動50年」ということで、 「心を添削、磨いた文体」という記事が掲載されていました。
三浦哲郎といえば、若いころ心酔していました。芥川賞受賞作「忍ぶ川」から、 「白夜を生きる人々」まで、なつかしい作品が思い浮かびます。その文学精神、文体は、 古いかもしれないですが、私にとって文学というのはそういうものだと考えていました。 凛とひきしまった文体で語られる家族の悲劇は、じつに深いものでした。
新聞記事によると、青森県八戸市で「作家活動50年を記念した『三浦哲郎文学フェスタ』が 開かれてい」て、本人が基調講演をしたという内容でした。
またそこで、10月に出版された『三浦哲郎の世界』(デーリー東北新聞社)に、 文芸評論家秋山駿氏が書いておられる文体についての話も紹介してありました。
「秋山さんは十数年前、新聞で文芸時評を担当していた時、文体という言葉を使うのをやめた。 新人作家から文体が消えたからだ。『一字一句が、抜き差しもならず、改変もならず、すべてそのまま生きている。 句読点までもが、そうである。こういう文章は、作者の、心の形そのものである。 だから、それを文体という』。その文体を磨くため 『三浦さんは、心を添削しながら生きてきた。』」
文体というのは、たんに文章のスタイルであるだけではなく、心の形、さらに言えば 生き方のスタイルだというのですね。それが、新人作家から消えてしまったというのです。
文学だけの話ではなく、最近は生き方のスタイルなど無関係という人が増えているように思います。 増えていると言うより、スタイルのない、刹那的で利己的な、 そんな人が大勢を占めるようになってしまったという気がして暗澹たる思いに陥ることがあります。
どうでしょうか。


2006.1.1
山田太一作「終わりに見た街」

2005.12.3に放映された山田太一ドラマスペッシャル 「終わりに見た街」を見ました。
「ぼくたちに赤紙が来た」の筋を考えているときから、 タイムスリップをあつかった物語に興味を持っているのです。
新興住宅街に住んでいるシステムエンジニアの清水要治(中井貴一)が、 ある日目覚めると、彼の家もろともに昭和19年にタイムスリップしていることが分かります。 つい最近再会した幼なじみの宮島敏夫(柳沢慎吾)もひきこもりの息子と共に 同じ時代にタイムスリップしてきたらしく、突然電話がかかってきて、再会することになります。
平成の一家が、突然、昭和19年に出現したことで、まわりから怪しまれ、逃避行がはじまります。 東京を転々とし、偽の戸籍を手に入れて、どうにか生計をたてています。
ところが、自分たちが知っている東京大空襲の日が近づくにつれて、 一人でも多くの人を救いたいと予告の噂を流そうとしたことから、 どうにか世間になじみかけていた歯車が狂いだします。
そして、その日、歴史事実として爆撃されるはずのない彼らの借家が爆発され要治は 片腕を飛ばされます。瓦礫の中で、周りを見回したとき、彼は、東京都のツインビルや 東京タワーが崩れているのを目にするのです。東京に核爆弾が落とされた風景が現出していて、 その中で要治は死んでいくのです。それが「終わりに見た街」だったのです。
二つの疑問を持ちました。
その一つは、昭和19年の日本社会がこれほど猜疑心に満ちたものだったかということです。 たしかに村社会が一つ間違うと相互監視のシステムに変身しかねないものであるということは 分かります。 戦争まっただ中の時代に、戦後60年の平和ボケ一家が現れれば、怪しまれない方がふしぎです。 しかし、それがただちに憲兵の捜査に直結するほどのものなのかどうか、疑問が残りました。 だからその怖さが妙にねじくれた不愉快な後味として残りました。
もう一つは、東京大空襲で吹き飛ばされた要治の「終わりに見た街」が、 どうして東京に核爆弾が落とされた 風景になってしまうのか、昭和20年から、 なぜ、なんの脈絡もなく突然核爆弾に被災した未来都市東京にタイムスリップするのか、 その必然性は私の理解を超えていました。どうでしょうか。


2006.1.1
ひさしぶりに性教育−不可能なことは望まないか?−

ひさしぶりに性教育について。
先日、性教育の授業をしていて、考えさせられたことがあります。
「異性と……したい」といった内容です。今回は男子生徒だけを対象とした授業です。
プリントの最初には思春期のことが書いてあります。月経とか精通にもちょっと触れています。 つぎの段階として、思春期になると、異性としゃべりたくなる。 異性のそばにいたくなる。異性の手をにぎりたくなる。異性とキスをしたくなる。 そして、その下が空欄になっています。
「つぎには、どんなことがしたくなるのかな?」と私。
しかし、なかなか具体的な答えはありません。どんな答えを期待しているのでしょうか。 たとえば、セックスがしたくなる、といったものです。 生徒たちなら「Hがしたくなる」と言うかもしれません。 胸にさわりたくなる、といった答えが出てきました。しょうがないので、 「Hがしたくなる。」と私は書きました。
そして、「……くんは、Hしたいと思うよね。」と個人を名指すと頷きます。 しかし、「そんなことは思いませんよ。」と反論するものもいるのです。
照れもあるのかもしれないと、つぎの段階に移りました。
「セックスがしたくなる。胸にさわりたくなる。抱きつきたくなる。」 など表現が並んでいます。
「こんな気持ちになることもあるよね。」というので、◎○△×を書いてもらうことにしました。 そんな気持ちになったことがあるものは○を、とてもつよくそんな気持ちになるものは◎、 ほんのたまにそんなこともあるものは△、そんな気持ちになったことがないものは×、 を付けてもらいました。すると◎が3つならんだものも2人いましたが、他のものは、 すこし○はありますが、×や△が並んでいるのです。
「どうしてそうなのかな。」と私は途方にくれてしまいました。
「先生、そんなのいけませんよ。」という生徒もいます。
「できませんよ。そんなこと……」と反論もあります。
それで、あとで考えたのです。
もしかしたら、照れではなく、彼らはほんとうに「Hをしたくなる」という欲望を 意識しては持たないのかもしれないと。人間はそもそも不可能なものを欲望することはありません。 その原則がここではあてはまるのではないのか、というものです。
以前、理科の授業でも、エイズを話題にしていて、「セックスでうつる」という話をしたときも、 このときは女生徒が「セックスなんて、わたしには関係ありませんよ」 といったふうなことを言ったことがあるのです。
「そんなことはないよ。結婚する人もいるんだし……」と応じたのですが、 確かに現状では卒業生のほんの一部のものしか結婚はしていません。 ということは、セックスもまた縁遠いものなのかもしれません。
そんなふうに彼らの性生活を保障してこなかったのは、一面現実の社会の責任です。 そのために、彼らは、じつに真っ当な欲望をさえ、疎外されているのではないか。 私はついそんなふうに考えてしまったのです。
こんなふうに書いていると、どこかから「寝た子を起こすな」論が聞こえてきそうですが、 私の言いたいことはもちろんそうではないのです。 たしかに彼らの中には、セックスというものを遠いものと考えているものもいる、 彼らは欲望そのものを萎縮させているのかもしれない、それはそれとして認めざるをいないとしても、 では、彼らはまったく性的な欲望をもたないのかというと、当然のことにそうではないのです。 思春期になればそれなりの性の萌しが当然あるように思います。保護者から聞く家での様子、 彼らがかいま見せる問題行動やらで、まぎれもなく彼らも思春期まっただなかにいることを 窺い知ることができます。 そういった性の萌しが先ほどのべたような形で抑制されて いて、何かのきっかけで突沸してこないのか、 あるいは、ゆがんだ現れ方をしないか、ということです。 彼らには彼らなりの性生活があるのです。以前に書いたことですが、 それが「ひとりのセックス」という形をとるかもしれないし、あるいは「ふたりのセックス」に 発展するかもしれませんが、どちらにしろ性生活にちがいはないのです。 生の大切な要素である性がなおざりにされていていいはずはありません。 それは生を貧しくします。 彼らの生を大切にするということは、彼らの性生活を大切に考えていかなければならない ということなのではないでしょうか。 性教育の、それが課題のように思います。 そのためにどうすればいいか。それを考え続けていくのが性教育のような気がします。


2006.1.1
多田富雄氏の闘病生活

2005.12.4NHKスペッシャルで「脳梗塞からの”再生”免疫学者多田富雄」が 放映されました。
多田富雄さんについては、この「うずのしゅげ通信」でも書いたことがあります。 「トリビアの泉」という番組を話題にしたときのことです。 「あのアインシュタインを主人公にした能がある」というのが、 わたしが提案したトリビアでした。その能の作者である多田富雄さんの 闘病生活が撮られていました。多田さんは、脳梗塞のために右半身が麻痺して、 言葉をしゃべることもままならない。歩くのもたどたとしく、 車椅子での生活を余儀なくされておられるようです。 そんな不自由な中で、新作能「原爆忌」に取り組む姿が映されていました。 顔も右側が麻痺しているため、涎がたれ、たえずふいておられます。 でも、そんな多田さんの笑い顔がじつにいいのです。よくそんな姿の撮影を許可されたと、 あらためて尊敬の念を深くしました。

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