◇2007年3月号◇

【近つ飛鳥風景】

[見出し]
今月号の特集

「賢治先生がやってきた」(新風舎文庫)

いのちの教科書

山頭火

「うずのしゅげ通信」バックナンバー

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2007.3.1
「賢治先生がやってきた」(新風舎文庫)

2006年11月、「賢治先生がやってきた」新風舎文庫から 自費出版しました。
脚本の他に短編小説を載せています。
収録作品は次のとおりです。
養護学校を舞台に、障害の受け入れをテーマにした『受容』、 生徒たちが醸し出すふしぎな時間感覚を描いた『百年』、 恋の不可能を問いかける『綾の鼓』など、小説三編。
 宮沢賢治が養護学校の先生に、そんな想定の劇『賢治先生がやってきた』、 また生徒たちをざしきぼっこになぞらえた『ぼくたちはざしきぼっこ』、 宮沢賢治が、地球から五十五光年離れた銀河鉄道の駅から望遠鏡で 広島のピカを見るという、原爆を扱った劇『地球でクラムボンが二度ひかったよ』など、 三本の脚本。
『賢治先生』と『ざしきぼっこ』は、これまでに何度か小学校や高等養護学校で 上演されています。『地球でクラムボンが二度ひかったよ』は、 まだ舞台にかけられたことがありません。 (どなたか舞台にかけていただけないでしょうか。)
もっとも三本ともに、 読むだけでも楽しんでいただけると思うのですが。
興味のある方はご購入いただけるとありがたいです。 文庫の書棚に並んでいる書店もあるかもしれませんが、 YahooとかAmazonとかのインターネット書店なら確実にはやく手に入ります。


2007.3.1
いのちの教科書

金森俊朗著「いのちの教科書−生きる希望を育てる−」(角川文庫)を読んで、 圧倒されました。その経緯を。
以前、NHKスペシャル「涙と笑いのハッピークラス〜4年1組命の授業〜」を見たことがあり、 金森先生に興味は持っていたのです。それがたまたま書店で、この本を見つけて、 さっそく購入。一気に読みおえて、あらためて 金森先生のすごさを思い知らされました。
すべての試みがすごいのですが、例えば性教育。
生徒のお母さんが身ごもっておられると聞いて、さっそく教室に招待。
「子どもたちは大きな拍手で迎え、すぐ言いました。 『重くないか』って。(中略)子どもたちは知りたがりです。本物の学びの対象が ドカンとあるわけです。放っておいても、いろんなことを聞きました。 私が教えなくても、学びがそこに始まりました。 『重たい』ってお母さんが言うと、『寝るとき、どうしとん。お腹がおさえんが』などと、 いろんなことをどんどん聞いていきます。」
このお母さんはすでに何人もの子持ちで堕ろそうかどうか迷っていたのですが、 姉の子が亡くなるといったことがあって、産もうと決意されたのです。
そんな事情も先生は踏まえておられます。お母さん本人は、周りから責められて、 単純に妊娠を喜んでおられたわけではないのですが、 興味をぶつけてくる子どもたちの様子に励まされます。
その後、赤ちゃんが生まれたとき、子どもたちは手紙をかきます。 また、赤ちゃんを連れてこられたとき、手作りのプレゼントを準備します。 それらすべてが性教育なのです。性教育と限定しなくていいのかもしれません。 いのちの教育なのです。
また、末期ガンの患者さんを招いて話を聞くこともあります。
「進行性末期ガン患者が、小学校の子どもたちの前で、教員や親たちも ぎっしり詰まったなかで話をしたというのは、日本で初めての試みでした。 デス・エデュケーション(死の教育)です。」
これもすごいことです。
「死と向き合うガン患者さんを招いた授業には、呼びかけに応じて保護者や職員、 友人も参加しました。かなりの人から『怖くないの金森さんは?』と聞かれました。 『怖い』という問いには、二重の意味があるようです。 一つは、死を前にした人は、生きる意味をぎりぎり問いつめているのに、 子どもにその重さを受け止めるだけの心の成熟があるかということ。そしてもう一つは、 普段いい加減に生きている自分の生を見透かされないか、という怖さのようです。 私は、普段から子どもと共にいのち、人間存在について考えているので、ほとんど身構える ことはありませんが。」
まわりの心配をよそに、子どもたちは、金森先生が言われるように、 自分の体験に即して、充分に受け止めているのです。
検尿の日の「おしっこの授業」で、五年生の生徒が「僕はその腎臓で二年生のとき 手術をしました。死にそうでした」と打ち明けます。
そして、それをきっかけに金森先生は、つぎのような提案をするのです。
「『《死》は誰にでもかなり近くにあるんだ。家族全員の誕生に《死》が関係していな かったか、調べてみよう』と。」
このように次から次へといのちの授業は進化し続けていくのです。

このエピソードのポイントは、「『怖くないの金森さんは?』と聞かれました」 というところにあります。 金森さんのすごいところは、「子どもにその重さを受け止めるだけの心の成熟があるか」という 問いかけにも、「子どもたちは、自分の体験に即して、受け止めている」と泰然としておられる ところです。しかし、単に無神経というのではなく、実に用意周到なことは、この授業には 保護者も参加しておられることで分かります。家族全員でこの授業を受け止められるように、という ことでしょうか。
実は私は、生徒たちに、長男を亡くしたことをまだ話せていません。父や母のときは、 そんなに間を置かずに、親に「死なれた」体験を話せたのですが。それは自分の心の準備が できていないからでもあるのですが、また高等養護の生徒たちがそれをどのように受け止めるか 見極められないからです。
そういった自分に引き比べて金森先生のすごさを痛感させられたのです。
「定年間近になって、そんなことがわかっても、もう遅いがな」と、 自分に突っ込みをいれながら。


2007.3.1
山頭火

この5ヶ月ほどは、たいへん苦しい時期でした。まだまだ辛さはありますが、 どうにこれまでやってこれたのは、一つは、 本のおかげだと思っています。
読める本と読めない本がありました。
頭で書いたような本は拒否反応が出て、読めませんでした。
そして、新しい発見。私が以前詠んでいた短歌もまた力になってくれなかったということです。 長男をなくした西田幾太郎の短歌が記憶に残った程度でした。
ところが俳句は心に沁みたのです。
山頭火の俳句は、まず、読めたのです。そして心に響いてきたのです。 しかし、それは俳句が読めたというべきではないのかもしれません。 山頭火なればこそ心に沁みてきたといった方が適切かもしれません。 そもそも苦しい中で俳句など読もうとは思いませんでした。
以前にも書きましたが、柳田邦男や高史明、三浦哲郎といった人たちの 本ばかりを読みあさっていたのです。
そんな中で、NHK「知るを楽しむ−私のこだわり人物伝−」で、種田山頭火が、 仲畑貴志氏によって紹介されているのを見たのです。 これが大変おもしろかった。あのことがあって、 はじめて興味をもって見ることができた番組でした。
山頭火といえば、自由律の放浪俳人、

うしろすがたのしぐれてゆくか

が、一番有名でしょうか。
仲畑氏は、この句を広告コピーとして、山頭火の後ろ姿の写真に添えると、 現在でも通用するポスターになる、といった斬新な視点までを交えて 山頭火を論じておられました。
そのこともおもしろかったのですが、やはり、私としては彼の句に惹きつけられたのです。

しぐるるや死なないでゐる
月へあけはなつ
月かげひとりの米とぐ
水音のたえずして御仏とあり
へうへうとして水を味ふ
猫もいつしょに欠伸するのか
どうしようもないわたしが歩いてゐる


心に響く句がいくらでも出てきます。
さっそく、書棚から、以前に読んだことのある村上護編「山頭火句集」(ちくま文庫)を 探し出してきて、読んでいます。
彼の句に、私が惹きつけられる理由は、もちろんその句そのものの魅力にもよりますが、 また彼の人生をそこに感じ取っているからでもあるはずなのです。山頭火は、幼くして、 母を自死という形で失っているのです。
そのことゆえの孤独、放浪、そして「どうしようもないわたし」へ。
そういった彼の中の地獄ともいうべきものが、私を惹きつけたのかもしれません。

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