◇2007年10月号◇
【近つ飛鳥、風土記の丘風景】
[見出し]
今月号の特集
「賢治先生がやってきた」(新風舎文庫)
自閉症に関わるいくつかの疑問
祈り
「うずのしゅげ通信」バックナンバー
2007.10.1
「賢治先生がやってきた」(新風舎文庫)
2006年11月、「賢治先生がやってきた」を新風舎文庫から
自費出版しました。
脚本の他に短編小説を載せています。
収録作品は次のとおりです。
養護学校を舞台に、障害の受け入れをテーマにした『受容』、
生徒たちが醸し出すふしぎな時間感覚を描いた『百年』、
恋の不可能を問いかける『綾の鼓』など、小説三編。
宮沢賢治が養護学校の先生に、そんな想定の劇『賢治先生がやってきた』、
また生徒たちをざしきぼっこになぞらえた『ぼくたちはざしきぼっこ』、
宮沢賢治が、地球から五十五光年離れた銀河鉄道の駅から望遠鏡で
広島のピカを見るという、原爆を扱った劇『地球でクラムボンが二度ひかったよ』など、
三本の脚本。
『賢治先生』と『ざしきぼっこ』は、これまでに何度か小学校や高等養護学校で
上演されています。『地球でクラムボンが二度ひかったよ』は、
まだ舞台にかけられたことがありません。
(どなたか舞台にかけていただけないでしょうか。)
もっとも三本ともに、
読むだけでも楽しんでいただけると思うのですが。
興味のある方はご購入いただけるとありがたいです。
文庫の書棚に並んでいる書店もあるかもしれませんが、
YahooとかAmazonとかのインターネット書店なら確実にはやく手に入ります。
追伸
月刊誌「演劇と教育」2007年3月号「本棚」で、この本が紹介されました。
2007.10.1
自閉症に関わるいくつかの疑問
自閉症にかかわるいくつかの疑問
なぜ標準語なの?
なぜ自閉症の人は標準語を遣うのでしょうか。身の回りで遣われている
方言ではなくて、何を好んで標準語を使うのでしょうか。これって大変興味深い問題だと思いませんか。
やはり、標準語は意味を伝達するだけの言葉、知られたくない感情を隠せる仮面言語だからでしょうか。
つまり、彼らには普段耳にする親しい言葉とテレビから聞こえてくる
中性的な標準語、それら二つの言葉が選択可能性としてある中で、
自分の感情をあらわさないために標準語を選んでいるとしか思えません。
そんなふうに言葉というものを考えるとき、自閉症の人の観点を入れるというのは、興味深いことではないでしょうか。
自閉症の人がこぞって使う標準語って何? 標準語をこぞって遣う自閉症の人って、どうしてそうなの?
二つの問いが捻れ合っていて、何だか考え込んでしまいますね。
でも、テレビが普及していなくて、標準語を日常的に耳にする機会がなかった時代は、どうだったのでしょうか。
そんな時代に自閉症はなかったのか、わからないことばかりです。
こういった自閉症と標準語の関係、、
私は、たいへんおもしろいと思うのですが、いかがでしょうか。
でも、おもしろがっているのは私だけで、こういった疑問はすでに解決済みなか、
あるいはこの疑問自体くだらないものなのか、ご教示ください。
トゲには、どんな思いが?
9月8日(土)NHK教育テレビ「きらっといきる」で、
「トゲの陶芸」を作る自閉症の澤田真一さん(25)(滋賀県草津市)が紹介されていました。
彼が作業所でつくる陶芸作品には、何百ものトゲが生えています。
壺、ウニ、鬼、竜、サンショウウオなどと彼が名付ける作品は、無数のトゲに覆われていて、
圧倒的な迫力があります。澤田さんは、七年前から陶芸に取り組んできたのですが、
三年前唐突に作品にトゲを付けだしたのだそうです。
自閉症の彼にとって、壺や鬼の面に隙間なく生やされたトゲは、いったい何なのでしょうか?
すごく存在感があって、ふしぎな魅力で見るものを虜にする、
そんな彼の作品が、アール・ブリュット美術館館長のルシアン・ベリーさんの目に留まって、
来年2月にスイスで展示されるそうです。ちなみにルシアンさんは、
アウトサイダーアート(美術専門家ではない人の作品)の世界的権威。
時間のふしぎ?
自閉症の人たちが時間に対する奇妙なこだわりを持っていることは周知の事実です。
私も以前からそのことをふしぎに思ってきました。
そもそも自閉症は、先天性の脳機能障害が原因だと言われています。
では、そこから生じる精神的な面での一次障害は何なのでしょうか。
脳機能障害から生じる精神的な障害は各種にわたり、精神的な一次障害なんてものはないのでしょうか。
しかし、自閉症の様々な症状は、まったくばらばらというわけではなく、どこか精神的な一次障害に起因する
まとまった障害像を示しているようにも思われます。脳機能障害から何か精神的な一次的な障害が生じて、
そこから様々な障害像が立ち上がってきている、そんなふうに見えます。
私は、その一次障害として、時間感覚の脆弱性を疑っています。そこから、さらに二次的な障害が発症しているのではないか、
と考えています。そのことについては、この「うずのしゅげ通信」でも
触れたことがあります。時間感覚の脆弱性を補償するために、様々な症状が派生して
きている、そんなふうに推測しているのですが、どんなものなのでしょうか。
もちろん思いつきの域をでませんが、私は自閉症のふしぎさをずっとそんなふうに感じてきました。
これまで接してきた自閉症の生徒たちの言動、挙動は、その考えと矛盾しなかったのです。
そして、最近の発見。大江健三郎さんの小説につぎのような一節を見つけました。
「火をめぐらす鳥」(「僕が本当に若かった頃」所収)から。
「−−イーヨーがテープで覚えた野鳥と。このあたりの野鳥の啼き声とでは、ピッチが
ちがうのかも知れないね。山奥のゆったりした場所で録音されたはずだしさ、と僕はついにいったものだ。」
イーヨーが、庭を訪れる現実の鳥に興味を示さなくなった理由について、大江さんがふと漏らした思いつき。
この「ピッチがちがうのかも知れない」という表現は、
私がずっと疑問に思ってきた、自閉症のふしぎな時間感覚のことをよみがえらせたのです。
自閉児には反響言語(オーム返し)がよく見られます。
「名前は?」と問いかけると
「名前は?」と同じ言葉を返してくる。
この反響言語をどうとらえるか。
相手の言葉のピッチと自分の言葉のピッチを合わせるために準備作業なのではないか、私はそんなふうに捉えています。
ピッチとは何なのでしょうか? 言葉を刻むリズムです。
言葉の意味を交換する前にまず必要なのはピッチの同期です。
自閉傾向を持った子どもたちは、時間に対して特有のこだわりがあります。
あらかじめ決められていた時間割が変更されるだけで、パニックを起こす生徒。カレンダーや時刻表への異常な興味など。
もしかしたら、内的な時間感覚が脆弱で、そのために時間の流れが崩れるのを極端に嫌い、
また時間を定着したカレンダーや時刻表に興味を持つのではないか、と思うのです。
そんな彼らだからこそ、言葉のピッチにこだわるのではないか。
もっともこれは単なる思いつきにすぎません。しかし、時間というのは、自閉症にとっては独特の意味を持っている
ということは確かなように思います。大江さんは、そのあたりの機微を感じ取っておられるのではないでしょうか。
この「うずのしゅげ通信」には、理屈をこね回すようなことは書かないと決めてきたのですが、
ずっと考え続けてきたことでもあり、
つい書いてしまいました。ご容赦ください。
言わでもの……
ついでに触れておきますが、大江健三郎さんの私小説(?)には光さん(この小説ではイーヨーと呼ばれていますが)が、
重要人物として登場します。私小説といっても、日本独特の私小説とはまったく違いますが。で、彼の
小説は、障害を持って生まれてきた子どもの障害の「受容」が一貫したテーマになっている、そんなふうに
読むこともできるのではないかと、私は考えてきました。
障害の受容、家族の死の受容、己の病気の受容、すべて受容と言われるものは運命を受け容れるということでもあり、
その難しさについては、先々月号の「うずのしゅげ通信」でも書きました。
大江さんは、自分の息子の障害を受容するために、彼の生涯をかけて小説を書き継いできたとも言えるわけで、
受容というのはそれほど難しいものだということではないでしょうか。
2007.10.1
祈り
祈り
私は祈ることができない
仏壇に向かい
般若心経を唱えてみるが
言葉が流れ出るのみで
心の中に祈りが湧いてこない
しかたなく縁側の椅子にすわって前栽を眺める
夏になるとあらわれるハグロトンボが
今日も八ツ手の葉に凛ととまっている
翅を閉じたまますっくと立てて
風に揺られている
黒い翅がゆっくり開いてゆく
開ききる前に一瞬のためらいがあって
さらにググッと力を込めて開き
あとは閉じるにまかせる
しばらくしてまたパッと開く
ストレッチのようなリズムの
ふしぎなくりかえし
なぜ、こんな所作をくりかえすのだろうか
私の仮説はこうだ
いつでもぱっと飛び立てるように
翅の筋肉をつねにあたためておく
この仮説が正しいかどうか、それはわからない
わからないが、とりあえずはそれで納得する
しかし、このとりあえずの納得が今の私には効かない
たとえば、たましいのように
あるかないかわからないものを
とりあえずあるものとして持ちこたえることができない
気持が折れてしまっている
かつてはできていたことが、いまはできない
だから、祈ることができないのだ
それに、祈ることができないということが
いったい苦しいことなのかどうかもわからない
いつか祈れるようになるのだろうか
祈りのこころがもどってくることがあるのだろうか
とりあえず
そう、とりあえず
ハグロトンボに倣って
手を合わせて立ててみよう
合掌した手がかすかな風を切る
そうしていれば
あるかないかわからないものを
あるとして踏ん張ることができるようになるかもしれない
ふいと飛び立てるかもしれない
そうすれば祈りのこころはかえってくるだろうか
しかし、八ツ手に揺られ
風になぶられながら
いつまで合掌を続けるのか
むなしさにたえきれなくなった私が
ついに合掌を解こうと決意する
そして、まさに両の手が離れようとしたその瞬間
なくなった息子の両手が
外側から私の両手にそっと重ねられる
私の手が一瞬とまどいをあらわにしたのは
息子の掌があてがわれたときの驚きででもあろうか
そして、その手に導かれるままに
ハグロトンボの四枚の翅が閉じるように
ふたたびおのずと両手が合わさっていく
興福寺の阿修羅像の合掌している手に
もう一対の手が両側から重ねられたかのように
そのとき私はたしかに手の甲に
息子の掌の暖かみを感じとるにちがいない
合掌した手が微熱をおびて
祈りが懐に抱かれている
いや、抱かれているのは祈りでもあり
また私でもあるようなのだ
ああ、はたしてそんな奇跡が私に訪れるときがあるだろうか
(注)ハグロトンボ:翅は漆黒、腹部は細く緑色(雄)または黒褐色(雌)
息子を亡くしてから一年、「うずのしゅげ通信」で、
私がどのように生きしのいできたかを縷々書きつづってきました。
家内は、もう嘆きを書くのはやめてほしい、と言います。いつまでも嘆いている姿をさらすのは息子に恥をかかせることだと。
確かにそうなのですが、私としては、ただ書くしかなかった。ひたすら書いてたえるしかなかったのです。
読むことと書くことでどうにかここまでこれたのだと、いまにして思います。
家族を喪ったとき、人はどのようにしてたえていくのかを書きとどめること、そのことが無意味なはずはないという気持がありました。
人の死、というのは自然の現象でありますが、つらい現実です。そういった現実に直面して
もがき苦しんだことを書きとどめることで、同じような苦しさを味わっている人と何らかの共感をえることができたら、
という気持もありました。
しかし、もう一年がたちました。私もどうにか立ち直りつつあります。
脚本のホームページを訪れて、思わぬ文章に接して驚かれた方も多いのではないかと思います。
散文と詩のようなものをまじえたこれらの文章は、
自分に詩才がないことは重々承知の上で、書かずにはおられなかった叫びのようなものです。
もし、お読みいただいたとすれば、それだけでも感謝すべきだと考えております。
来月号からはできるだけまたこれまでの「うずのしゅげ通信」に戻していきたいと思います。
もちろん、息子のことでどうしても書きたいことがあれば、また載せることもあると思いますが、
そこはご容赦をいただくしかありません。今後ともご愛顧をよろしくお願いします。
追伸
今日、帰宅途中、吉野弘さんの詩集を読んでいてつぎのような詩を見つけました。(2007.10.1)
「漢字喜遊病・症例報告」の中の一つです。
折と祈
自我を折ることが出来て
初めて祈ることが出来る
これだけの、二行詩です。漢字の遊びといえば遊びですが、詩というからには、
思想というものに裏打ちされているはずで、一読、これはちょっと違うのではないかという気がしています。
自我が折れて、ほんとうに祈ることができるのだろうか、その祈りは意味深い祈りだろうか、
といった様々な疑念がわいてきます。その疑念は体験に根ざしたものであり、大切にしたいのです。
ここまで読んでいただいた方には、そういった気持もご理解いただけるのではないかと思います。
しかし、結論を急ぐつもりはありません。もうすこし考えてみます。
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