◇2007年11月号◇

【近つ飛鳥、風土記の丘風景】
[見出し]
今月号の特集

「賢治先生がやってきた」(新風舎文庫)

「チャップリンでも流される」上演

千年の樟

「うずのしゅげ通信」バックナンバー

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2007.11.1
「賢治先生がやってきた」(新風舎文庫)

2006年11月、「賢治先生がやってきた」新風舎文庫から 自費出版しました。
脚本の他に短編小説を載せています。
収録作品は次のとおりです。
養護学校を舞台に、障害の受け入れをテーマにした『受容』、 生徒たちが醸し出すふしぎな時間感覚を描いた『百年』、 恋の不可能を問いかける『綾の鼓』など、小説三編。
 宮沢賢治が養護学校の先生に、そんな想定の劇『賢治先生がやってきた』、 また生徒たちをざしきぼっこになぞらえた『ぼくたちはざしきぼっこ』、 宮沢賢治が、地球から五十五光年離れた銀河鉄道の駅から望遠鏡で 広島のピカを見るという、原爆を扱った劇『地球でクラムボンが二度ひかったよ』など、 三本の脚本。
『賢治先生』と『ざしきぼっこ』は、これまでに何度か小学校や高等養護学校で 上演されています。『地球でクラムボンが二度ひかったよ』は、 まだ舞台にかけられたことがありません。 (どなたか舞台にかけていただけないでしょうか。)
もっとも三本ともに、 読むだけでも楽しんでいただけると思うのですが。
興味のある方はご購入いただけるとありがたいです。 文庫の書棚に並んでいる書店もあるかもしれませんが、 YahooとかAmazonとかのインターネット書店なら確実にはやく手に入ります。
追伸
月刊誌「演劇と教育」2007年3月号「本棚」で、この本が紹介されました。


2007.11.1
「チャップリンでも流される」上演

先日、私の勤める学校の文化祭で「チャップリンでも流される」が上演されました。
これまで、私の書いた脚本は、ほとんど自分が演出するという形で舞台にのせてきたのですが、 この「チャップリンでも流される」は例外的で、 以前に一度同僚の先生の演出で上演されています。その時は、演出の過程で、筋はかなり簡略化されたようです。 「ようです」というのは、舞台そのものを私は見ていないからです。 当時は、文化祭がまだかなり盛大だった頃で、私は模擬店の担当だったのですが、その準備のために手が離せなかったのです。
そして、今回、ふたたび上演の申し出を受けました。以前に舞台にかけた形をさらに書き直して、 今の生徒に合わせた形に改めて上演するということでした。
その話をいただいたとき、なんて幸運な脚本なのか思いました。自分では一度も取り上げたことがないのに、 他の先生たちに選んでもらって 二回も上演されることになったのですから。
このホームページに掲載されている脚本で言えば、「賢治先生がやってきた」は、 いくつかの小学校で、「ようこそ先輩、賢治先生」は岩手県の小学校で上演されたことがあり、 また「ぼくたちはざしきぼっこ」は、 福岡の高等養護学校でも舞台化されています。しかし、これらの作品は(「ようこそ先輩」を除いて)、 それ以前に自分で演出上演しています。 だから、脚本を舞台化するにあたっての勘所が分かっているのです。
ところが「チャップリンでも流される」は、自分で演出したことがないために、 脚本のここのところに難があるとか、ここは盛り上げなければならないとか、勘所がまったく分からないのです。 だから、どんなふうな舞台になるのか細部までを想像することが出来ません。 それだけに、いったいどんなものができあがるのかと楽しみでもあり、また心配でもあり、 複雑な気持で文化祭を心待ちにしていました。
私の脚本はいつも演じる生徒たちにはすこし難しすぎるところがあるのです。 自分が演出している場合はむずかしいところはばっさり切り捨てるのですが、 今回はどんなふうに克服されるのか、それも興味がありました。 我が子の初舞台を待っているような複雑な心境でした。
しかし、それはまったくの杞憂でした。当日の舞台はじつにすばらしい出来でした。
脚本のむずかしい箇所は切り払われて、単純化されていました。 せっかくの仕掛けをもったいない、という気がするところもありましたが、 そこは演出の裁量というものでしょう。
ナレーターのセリフで舞台展開は理解できたし、メッセージも充分伝わっていたと思います。
また、生徒の演技ということで言えば、チャップリンや賢治先生を演じた生徒も大きな声が出ていて、 聞き取れないということはほとんどなかったのです。
演出は、チャップリンが賢治先生に頼まれて流れ作業の説明をする場面を中心に押し出した形になっていました。 この場面は見応えがありました。 本当に長いベルトコンベアが登場して、その上を製品が流れていくのです。どんな仕組みになっていたのか未だにわかりません。
その前の場面でチャップリンの映画「モダンタイムス」の一部が映されていました。 ベルトコンベアに並んだチャーリーが、ボルトを締める単純な作業をしています。 流れが速いので、追いつけなくてだんだん流されていきます。少し持ち直しますが、また流されます。 そして、ついにチャーリーはベルトコンベアの穴にのみこまれてしまいます。
そんな画面が布石としてあって、このベルトコンベアの場面では、製品に混じって、 チャーリーの絵姿が流れていきます。また、舞台袖からの打楽器のリズムにあわせて詩を朗読しながらなされる 単純作業のパフォーマンスも目を楽しませてくれました。
またベルトコンベアの下には、背中に金のテープを貼った機械役の生徒が並んでいて、彼らもまた、 リズムに乗せて機械のパフォーマンスを繰り広げます。 彼らのパフォーマンスもすばらしかった。とてもインパクトの強い場面でした。
この演出は脚本のト書きとは違うのですが、こちらの方がおもしろいと感心しました。
また、教室で賢治先生の授業を受けている生徒たちのセリフも一言か二言ですが、それぞれ個性的で よく演出されていたと思います。
全般的に、これ以上は望めないような出来でした。
私の教師生活最後の年に、賢治先生がふたたび舞台に登場したことは、ほんとうに ありがたいことでした。生徒たちや先生方には感謝するしかありません。
最後に私の脚本に違和感、一つ。
卒業後の生活について、賢治先生が生徒に話しかけるところです。その話にちょっと説教臭さを感じてしまったのです。 武田鉄矢演じる金八先生の説教にも、最近おなじような時代錯誤の説教臭さを感じてしまうことがあります。 そんなことはありませんか。これって、どういうことなのでしょうか。

閑題休話
自分でも力を入れて書き上げて、出来もそんなに悪くないと思われる作品でも、 不遇をかこつということがあるものですね。
このホームページにある脚本のほとんどは、養護学校の生徒たちを主人公にしています。 養護学校の生徒が必然性をもって登場しています。 だからこれらの劇を養護学校で上演するということは、何か脚本があって、それを演じるのがたまたま 養護学校の生徒であるというのとは 違っているはずです。それは大きな違いだと思います。
たとえば、吉本風新喜劇「ぼくたちはざしきぼっこダッシュ」は、 いわゆる重度な生徒の多い特別支援学校(養護学校)での上演を想定して書いたものです。彼らが主役の脚本です。 人形劇「イーハトーボへ、ようこそ」は、少し手を加えれば高等養護学校の 性教育で充分利用できるのではないかと考えています。 また手話人形劇「手話のなみだはつちにふる」は、 ろう学校の生徒が小さな舞台にかければおもしろいと思うのですが、 まだ、上演されたことがありません。
舞台に載せられたことのない脚本というのはさびしいものです。何とか日の目を見せてやりたい。
それには手始めに脚本を読んでもらわなければなりませんが、 ホームページに載っている作品を読み通すというのは、なかなか辛いものがあります。 どの脚本にも最初に概要が添えてあります。せめて概要なりと 読んでいただければと思います。
ここにに掲載されている十幾つの脚本の中でも、とりわけ不遇な脚本は 二人芝居「地球でクラムボンが二度ひかったよ」です。 これは、戦争に遅れてきたわれわれが、どのようにすれば原爆の悲劇を身に引き付けて感じられるか、 ということを思考実験してみた劇で、 内容的には抜きんでて難しくなっています。 高校生、あるいはそれ以上のレベルかもしれません。ホームページの訪問者が限定されているせいか あまり話題にのぼることもなく来ました。 出来はそんなに悪くないと思うのですが、これまで上演の話もなく片隅に追いやられてきました。 ぜひ一度お読みいただけたらと思います。


2007.11.1
千年の樟

  千年の樟よ

壺井の村は家から自転車で十分くらいの距離にある
その朝、壺井八幡の千年の樟に会いに行こうと思った
喪中ということで、足を踏み入れないように控えていたのだが
一周忌を済ませた今、もはや憚ることもあるまい
しかし、いざ自転車に乗ると、亡くなった息子のことを思い出して
悲しみがこみ上げてくる
息子は、神奈川で借りていたマンションから
最寄り駅まで自転車で通っていた
お別れ会を済ませて、しばらくしてからマンションを片づけにいった
その帰り
息子が自転車で
私たち夫婦の乗った電車を追いかけて
疾走する幻を見た
涙がとまらなかった
それ以来、自転車に乗るといつもその幻影が襲ってくる

秋のお彼岸を過ぎたのにまだ汗ばむ陽気
私は想念を吹き飛ばすように
足に力をこめてむやみにこいだ
壺井の村はずれの高台に、その神社はある
彼岸花が咲いている道ばたに自転車を止めて
急な石段をのぼる
樹容が目に入らないうちから杜のようなざわめきが聞こえてくる
ほんとうに聞こえてくるのか
圧倒的な樹の気配が降り注いでいるだけなのか
それは分からない
石段を登り切ると千年の樟が姿を現す
今年は彼岸が過ぎてもなお真夏日が続いており
法師蝉が鳴いている
秋の蝉
しばらく息を整えながら太い幹に蝉を探す

千年の樟よ
常緑樹であるために、秋に葉を散らすことなく
春、新緑の季節に無数の葉を降らせる
千年の樟よ
雨が降れば
時間をずらせて雫をしたたらせ
雨がやんだあとも雫を降らし続ける
千年の樟よ
巨大なあなたの木陰に立つと
つい時間のことに想いをめぐらせてしまう
千年の樟よ
あなたの大きな木陰で
あまりに短かった息子の生涯のことを考えさせてください
私の息子は二十八歳で旅だってしまった
息子が生きた二十八年はながかったのか
それともあまりに短かったか
息子はおのが生涯をどのように駆け抜けて逝ったのか
それなりに充実したものであったのだろうか

あなたの偉容を見あげると
どこかの葉群れがいつも揺れていて
一本の樹でありながら千年の杜の豊かさが伝わってくる
息子が持ち得なかったものだ
研究室に恩師を訪ねたときのことばを思い出す
「彼はこれから枝葉を広げてゆこうとしていた矢先でした」
千年の樟よ
あなたは、夜、無数の葉で呼吸をする
あなたの吐いた二酸化炭素に
千年前の炭素原子が含まれていないとどうして言えようか
昼、あなたは光を受けて光合成をする
ブラジルで火葬した息子の二酸化炭素が
はるばると地球を循環する風に運ばれてきて
あなたに吸い込まれなかったとどうして言えようか

昨晩読んだ中国の詩人陶淵明の挽歌の詩が浮かぶ
その最初の一節
有生必有死 早終非命促
 (生あれば必ず死あり
  夭折といってもあわただしい生であったわけではない)
ここがかんじん要のところ
早世は確かだとしても
息子の生涯は決してあわただしいものではなく
それなりに完結したものであったと考えたい
そう考えていいのかどうか
千年の樟よ

先週、私の勤める養護学校の生徒が
実習させてもらっている橿原昆虫館を訪ねた
帰りがけになにげなく展示を眺めていて
ふと目にした蝶の翅に惹きつけられた
翅にはふしぎな目玉模様が浮きあがっていたのだ
擬態というらしい
私は、その展示の前で考え込んでしまった
蝶の翅に目玉の模様が浮き出るまでに
何世代の経過があったのだろうか
どれほどの時を要したのか
蝶の親たちは子孫を天敵から守るために
幾世代も幾世代もかけて擬態を願ったにちがいない
そんなふうに人類は何を熱望してきただろうか
たましいがあってほしいということ、それをおいてはない
息子を失ったとき、私はどれほど切実にそれを願ったことか
いにしえより親しいものを失ったときの
たましいの希求は痛切なものとしてあったはず
それは埴輪や曼荼羅にその痕跡をとどめているが
しかし、たましいはいまだに顕現してはいない
蝶の翅に浮かび出た模様のように
人はいまだにたましいを擬態するには到っていないのだ

人が言葉をもってたかだが数十万年
たましいの希求となるとせいぜいで数万年の歴史だろう
まだまだ無理だ
とても蝶の三千万年には及ばない
人はたましいを獲得する途上にあると考えたい
息子は、亡くなってまもなく妻や母親の夢に現れて
あたたかい感覚とリアルな存在感を残して逝った
弟の夢にも
そして、ほんの少し私の夢にも
それはもしかしたらたましいの片鱗かもしれない
いや、夢に現れたそのものを
たましいの擬態の一つと考えればいいのだ
そんなふうにして徐々にたましいの擬態を人は明らめていく
人の願いが強ければ強いほどたましいが浮き上がってこないはずがない
何千万年か後には人はたましいの擬態をもつ

しかし、たましいの擬態によって人は何をまもるのか
決まっているではないか
虚無的なおのれの眼差しから
命の意味を
死の意味を

問題は、たましいの希求が
いにしえに比してむしろ弱まってはいないかということ
それが事実なら、擬態などおぼつかない
さらに困ったことは、人がたましいの擬態をもつ可能性よりも
人類が滅びる可能性の方がおそらくは高いということ
人は蝶にも劣るということか

  想念はおのずと飛躍して、かなしい観念の遊び、さらに二つ

  蝶の翅に浮き上がる模様は
  蝶の天敵である鳥の
  そのまた天敵の目玉
  おそらく蝶は、その天敵を知りはしない
  だから、そこに何ものかの介入がなければならない
  ふたつの関係を見ることができる目の存在

  いつの日にか人の擬態となるたましいは
  死者のたましいと同じものでなければならない
  しかし、人は死者のたましいそのものを知りえない
  死者のたましいと生者の擬態として浮かび上がるたましい
  その二つをつなぐことができる唯一の存在

  いま太幹で鳴いている蝉の数日の命
  息子の二十八年の生涯
  後何年生きるか分からない私の寿命
  千年の樟の生きてきた千年紀
  蝶が擬態を身につけるまでの数千万年の時間
  どういう形かはわからないが
  人間がたましいの擬態を持つにいたるまでの悠久
  それらは、あまりに桁が違いすぎる
  宇宙的な時間に人間の寿命を埋もれさせないためには
  一つの方法しかない
  時間の対数を取ること
  高校の数学で習ったlogというやつ
  あれは、どうしてそんなことをするのか意味が分からなかった
  しかし、今はそれが分かる
  卑小ではあるが、かけがえのないものと
  とてつもなく偉容のものとを
  同一線上に並べるための方便
  息子の寿命も千年樟の命数も対数を取れば同一線上に刻まれる
  だから、私は対数の目を持たなければならない

  それにしてもなぜ今、対数のことを思いついたのか
  それには理由がある
  科学者としての息子の業績は
  弔辞を読んでいただいた恩師によれば
  二次元電子系の電気伝導度が
  対数的に発散して無限大になる
  ということを理論的に発見したことにあるらしい

  息子の二十八年の生涯は、それなりに充実したものだと考えたいが
  しかし、千年の樟よ
  生の光芒を、あなたと同列に論じようとすれば
  対数を取るしかない
  それは、受け容れなければならない
  今、突きつけられた一つのつらい現実ではある

  想念は、もはや飛躍しすぎていた
  飛躍しすぎた想念がむしろ悲しかった

われにかえった私に、ふたたび陶淵明の挽歌の結句が浮かぶ
千秋萬後 誰知榮與辱
 (千万年のその後は、名誉も恥もあったものかは)
二十八歳で逝った息子が残した論文も私の嘆きも
千年たてば何の意味もなくなってしまうだろう
すべてがむなしい

私は、千年の樟に近づく
磐根に立って太い幹に掌を当てる
ごつごつした肌から
生きている証のかすかな鼓動が伝わってくるようだ
耳をあてるとふしぎな音がする
それは樹液の昇る気配か
あるいは杜をなす葉群れが揺れているざわめきか
悲しみの瘤よ
私は愛おしむように掌を押し当てたまま呼びかける
埋もれている仏像よ
いにしえ、樟から仏像を刻みだした仏師ならば
この大幹に仏像を見いだしただろうか
そのように、人にたましいを幻視できれば
それも一つのたましいのありかたかもしれない
私は、樟に向かい合って
一つの仏像をイメージしていた

あのとき息子は仏像のように横たわっていた

どこかで見たことがある仏像だった
その仏像を探し出さなければならない
それが今、私に与えられた使命
意を決して、私は樟から離れた
こうして時間について考えをめぐらせる場を与えてくれた樟に
また、未来に刻まれるかもしれない仏像を大幹に秘めもつ樟に
自然に頭が下がり、黙礼をする形になる
上空から切り裂くような鳥の鳴き声が聞こえた
それは猿の叫びを髣髴させた
思わず葉群をふり仰いだが、鳥の姿は見えなかった
その声が、しかし、私に一歩を踏み出させた
千年樟の大きな陰から外に出ると
足下に虚ろな影がついてきた
影に躓かないように、これから私は歩いていかなければならない

反歌
千年の樟大幹に韻きあり 小暗き杜のさわにざわめく
千年の樟大幹に韻きあり 千僧供養唱名念仏

([追記]この詩には、「たましいの擬態をもつ」という表現が
何ヵ所か出てきます。私にも、「たましいの擬態」というものの
イメージがはっきりあるわけではないのです。もともとたましい
は目には見えないもの、いや、あるかないかすらわからないもの
です。それを擬態で浮かび上がらせるといっても、その表象がど
のようなものになるかは想像すらできません。
しかし、「たましいの擬態をもつ」ということの意味を判断保留
にしたままで、なおこの詩は、少なくとも自分にとっては、いくら
かの存在価値を持っているように思われるのです。私としては、
このように意味不明な表現を使うというのは、意に添わないこと
でもあるのですが、「たましいの擬態」という表現は捨て去るに
はいかにも惜しいような気もするのです。また、そのことばあっ
てこそ詩としての命脈をたもっているようなきらいもあります。
それ故、そのまま掲載することにしました。その間の事情、ご推
察いただければと思います。)


またしても書いてしまいました。お許しください。
あいかわらず息子のことを考えていることが多く、先月号で話題を転じると宣言したばかりなのですが、 書けば、どうしても挽歌のようなものになってしまいます。
それにしても、書けば書くほど、ほんとうの悲しみ、つらさ、喪失感は、どうしても表現できないものだと 絶望的な思いにとらわれてしまいます。
以前、短歌を詠んでいたこともあるのですが、 短歌ではとても、この喪失感の大きさは表すことは不可能だと見切りをつけました。 いや、私の短歌の表現力では不可能だと、言うべきなのかもしれませんが。 詩の形式がいまのところ 自分の気持ちを表現するのに一番向いているように思います。だから、懲りずに、こういった詩のようなものを書いています。
ただ、文学というのは、言葉を介さざるを得ないために、 どうしてもリアルな感覚とは一定距離を置くことになってしまい、 直接的な表現には向いていないのではないか、という考えがあります。
現代の表現としては、むしろ映画やドキュメントなど、映像表現の方がより現実に密着できるのかと、 つくづく無力感にとらわれてしまいます。
そういった問題はあるにしろ、せめて同じように喪失の苦しみを抱えている人に読んでもらって、 少しはなぐさみにしてもらいたい。 あるいは、死を考えている若い人が読んで、それが家族にどれほどの悲嘆をもたらすものかを分かってほしい。 そんな願いも込めて書き綴ってきたようなところもあるのです。

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