2010年3月号
【近つ飛鳥博物館、風土記の丘百景】
今月の特集

蕗の薹味噌

高田渡「生活の柄」

文庫本「賢治先生がやってきた」

「うずのしゅげ通信」バックナンバー

ご意見、ご感想は 掲示板に、あるいは メールで。


2010.3.1
蕗の薹味噌

2月の「古墳群」の兼題が「蕗の薹」、「梅」など、席題の一つが「良寛忌」でした。
そこで拙句。

蕗の薹一つを惜しみ擂(す)りにけり

梅が枝に雨滴の中の花芽かな

退(しりぞ)きて用なき苦楽良寛忌

庭に蕗が自生していてちょうどいまごろ蕗の薹が出てきます。
先日、探してみるといくつか蕗の薹を見つけることができました。
退職して用なき暇を持てあましている身としては、この蕗の薹を見逃す手はありません。
さっそくインターネットで調べて、蕗の薹味噌を作ってみました。

【レシピ】
@ 蕗の薹のまわりの汚い葉をとる。
A 半分に切って、灰汁抜きのために水に浸けておく。
B 重曹を入れた湯で茹でる。
C 茹で終わったら再び水に晒す。
D 水を絞って、刻む。
E フライパンに油をひいて、Dの蕗の薹を炒める。
F 味噌、味醂、砂糖を合わせて、電子レンジで温めて練った甘味噌に、 炒めた蕗の薹を入れて、混ぜ合わせます。
「はい、蕗の薹味噌の完成でーす」
さっそく試食。これがなかなかの美味。☆☆☆です。
暖かいご飯に添えたり、湯豆腐にちょっと付けたりなどして食べました。
まだ残っているので、これからもしばらくは楽しめそうです。
でも、おいしいからといって、あまりたくさん食べると、この苦み、毒性もあるようなので、ご用心、ご用心……。


2010.3.1
高田渡「生活の柄」

NHK教育「知る楽 こだわり人物伝」高田渡が取り上げられていて、 毎週楽しみに観ていました。
以前にも「うずのしゅげ通信」で触れたことがありますが、高田渡の「生活の柄」、 久しぶりに聞いて感激をあらたにしました。
山之口貘の詩「生活の柄」に高田渡が曲をつけたものです。

元々の詩はつぎのようなものです。

「生活の柄」
         山之口貘
歩き疲れては
夜空と陸との隙間にもぐり込んで寝たのである
草に埋もれて寝たのである
ところ構わず寝たのである
寝たのであるが
ねむれたのでもあったのか!
このごろはねむれない
陸を敷いてはねむれない
夜空の下ではねむれない
揺り起されてはねむれない
この生活の柄が夏むきなのか!
寝たかとおもうと冷気にからかわれて
秋は 浮浪人のままではねむれない


この詩、真ん中あたりで転調しています。「寝たのであるが/ねむれたのでもあったのか!」で、 回想から、現在に転じているのです。
昔は、ただ「寝たのであるが」、それは「ねむれたのでもあった」と。 「このごろはねむれない」というのです。
その理由を連ねていますが、はたしてどうなのか。
もともとのどこでも「寝れた」「生活の柄」が夏向きなのかもしれないというのですが、 単に季節の問題だけではないようにも思われるのです。山之口貘さん自身の何かが変わったのでは ないでしょうか。以前は「夜空と陸との隙間にもぐり込んで寝た」のに、 「陸を敷いてはねむれな」くなった、「夜空の下ではねむれな」くなった。 何かが変わったのです。だから「ねむれない」のではないでしょうか。
元々山之口貘さんは、自分の体の上を覆うものや下に敷くものに独特の意味合いを持たせているようです。 敏感なのですね。
たとえば、「座布団」という詩があります。

土の上には床がある
床の上には畳がある
畳の上にあるのが座蒲団でその上にあるのが楽といふ
楽の上にはなんにもないのであらうか
どうぞおしきなさいとすゝめられて
楽に坐つたさびしさよ
土の世界をはるかにみおろしてゐるやうに
住み馴れぬ世界がさびしいよ


自分の下に敷いている座布団の下にある畳、そして床、土に拘るこの感覚は独特なものですね。
その独特さは、まさに「生活の柄」といってもいいものではないでしょうか。
そのような山之口貘さんの「生活の柄」の危機、ということはつまり 山之口貘さんそのものの危機なのかもしれませんね。

この「生活の柄」に少し手を加えて、高田渡が、どのような曲を付けたのか、 どのように改変したのでしょうか。このあたりの機微を考えるために、 高田渡の歌詞がどうなっているのか見てみましょう。
高田渡の歌詞はこんなふうです。

高田渡の「生活の柄」の歌詞

歩き疲れては
夜空と陸との隙間にもぐり込んで
草に埋もれては寝たのです
ところ構わず寝たのです
歩き 疲れては
草に埋もれて寝たのです
歩き疲れ 寝たのですが
眠れないのです

近ごろは眠れない
陸をひいては眠れない
夜空の下では眠れない
ゆり起こされては眠れない
歩き 疲れては
草に埋もれて 寝たのです
歩き疲れ 寝たのですが
眠れないのです

そんな僕の生活の柄が
夏向きなのでしょうか
寝たかと思うと寝たかと思うと
またも冷気にからかわれて
秋は 秋は 浮浪者のままでは眠れない
秋は 秋からは
浮浪者のままでは眠れない

歩き疲れては
夜空と陸との隙間にもぐり込んで
草に埋もれては寝たのです
ところかまわず寝たのです


(You tubeで高田渡の歌っているところを動画で見ることができます。 それにしても彼はどこのライブでも実に楽しそうです。)

一番の歌詞と二番の歌詞の間に「寝たのであるが/ねむれたのでもあったのか!」という 転調の二行が入るはずのものが、実際の歌詞にはそれは略されています。
だから「眠れない」理由が季節が夏から秋に変わったから、ということになってしまっています。 それだけでは、すこし残念が気がするのです。
高田渡は、山之口貘の「生活の柄」が変わるほどの危機をどう考えていたのでしょうか。
「生活の柄」というと、「それはオレのガラじゃない」という言い回しが思い浮かびます。
昔は、そのようにして自分の分をわきまえている人がたくさんいたということでしょうか。
高田渡が、山之口貘の「生活の柄」の危機を見逃したとは思えません。
彼ら二人はとても似通っているからです。
山之口貘もそうなのですが、高田渡もまた「それはオレのガラじゃない」と、 自分の「柄」に合わないものを、余計なものとして拒絶して、自分の柄を貫きとおして 生きた人間だからです。
歌を聞く方が、一番と二番の隔たりからそのあたりの「生活の柄」の転調、 柄の危機を感じ取るべきなのかもしれませんね。
この「生活の柄」、高田渡の最後の札幌でのライブで、最後に歌われた歌なのです。 彼はそのとき体調を崩していたようですが、一時間のライブを歌い通しました。
そこに至までの高田渡の人生は、まさに、自分の柄を生ききったと言えるかもしれませんね。


2010.3.1
文庫本「賢治先生がやってきた」

2006年11月、「賢治先生がやってきた」を 自費出版しました。
脚本の他に短編小説を載せています。
収録作品は次のとおりです。
養護学校を舞台に、障害の受け入れをテーマにした『受容』、 生徒たちが醸し出すふしぎな時間感覚を描いた『百年』、 恋の不可能を問いかける『綾の鼓』など、小説三編。
 宮沢賢治が養護学校の先生に、そんな想定の劇『賢治先生がやってきた』、 また生徒たちをざしきぼっこになぞらえた『ぼくたちはざしきぼっこ』宮沢賢治が、地球から五十五光年離れた銀河鉄道の駅から望遠鏡で 広島のピカを見るという、原爆を扱った劇『地球でクラムボンが二度ひかったよ』など、 三本の脚本。
『賢治先生がやってきた』と『ぼくたちはざしきぼっこ』は、これまでに何度か小学校や高等養護学校で 上演されています。一方 『地球でクラムボンが二度ひかったよ』は、内容のむずかしさもあってか なかなか光を当ててもらえなくて、 はがゆい思いでいたのですが、 ようやく08年に高校の演劇部によって舞台にかけられました。
脚本にとって、舞台化されるというのはたいへん貴重なことではあるのですが、 これら三本の脚本は、 読むだけでも楽しんでいただけるのではないかと思うのです。 脚本を本にする意味は、それにつきるのではないでしょうか。

追伸1
月刊誌「演劇と教育」2007年3月号「本棚」で、この本が紹介されました。
追伸2
2008年1月に出版社が倒産してしまい、本の注文ができなくなっています。
ご購入を希望される方はメールでご連絡ください。

「うずのしゅげ通信」にもどる

メニューにもどる