2011年2月号
【近つ飛鳥博物館、風土記の丘百景】
今月の特集
麦朝夫詩集「どないもこないも」
ショートショート「ふしぎな家」
文庫本「賢治先生がやってきた」
「うずのしゅげ通信」バックナンバー
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2011.2.1
麦朝夫詩集「どないもこないも」
麦朝夫詩集「どないもこないも」(鳥語社)を贈っていだだきました。
麦さんは、同人誌「火食鳥」の仲間で、これまでに多くの詩集を出してこられました。
以前に「うずのしゅげ通信」で特集させていただいたこともあります。
「どないもこないも」を読ませていただきました。
1934年生まれの麦さん、もう喜寿ということになるのでしょうか、しかし、詩集を読むと
麦さんは健在でした。
2003〜2010から一編引用させていただきます。
地震ちゃうか
おばあちゃんのことは忘れて ウーロン茶で
戦後の姿の残る 難波の地下の串カツ屋で食べてたら
ジョボンと発展の劣情つけるソースが
ユラユラ ユーラユラ揺れている
地震ちゃうか
地震やわ と戦後の日本娘みたいに髪を日本にくくった
中国娘も叫んで パチンと目が合った
それから勤勉に鉢の縁を拭ってる と ソースが
ワッと破裂 エプロンがまるで血みどろ
えらいことになったわ と恨み声で
積み上げたサラ金のティッシュでこすったりしていたが
結局奥へ引っ込んで 出て来えへん
過去の暗闇へ隠れたんや とちょっと覗き
ニホンのおばさんに今日の勘定確かに払ってると
サラ金のティッシュが未来へ 三つ四つと崩れ落ちる
ナンヤ コレ! と隣の男がわめく
一行目は、老老介護の母親のことは忘れてということらしい。
三行目の「発展の劣情つける」というのも分かりにくいが、分からなくてもさしつかえない。
最終節、「サラ金のティッシュが未来へ 三つ四つと崩れ落ちる」というところなど、麦さんそのもの、
という気がする。
1994〜2002からも一編。
しじま
バーミヤンの あの吹っ飛ばされた崖の仏たちを
見に行ったことがある
ひまわりが一、二本
世界の芯みたいに静かだった
仏像と子供の命とどっちが大事だ
といちめんの ボロ切れのテントから出てきた男が
画面から食ってかかる
そして 崖
仏はいない と確かめる
あの時奪ってきたしじまの跡だ あの穴は
この詩、初出は季刊「火食鳥」であったはずです。例会で合評したことを覚えています。
もうかなり前のことです。
生活に根ざしていて、あたらしい発見を含んでいる詩、読んで楽しませていただきました。
最近では、めずらしいことです。
そういえば、最近楽しんで読むのは詩集くらいのものかもしれません。
2011.2.1
ショートショート「ふしぎな家」
ショートショート「ふしぎな家」
その家は、ミチオが作業所からの帰るとき、バス停から家まで歩く途中にあります。
彼の性格上、帰り道はいつもだいたい決まっているのですが、偶然、その家を発見してからは、
多いときは週に二・三回、わざわざ遠回りをして帰るのです。
ミチオが今の家に引っ越してきたのは、今から十年くらい前、彼が中学生のときでした。
ここの街並みは、もう何十年も前に大阪と奈良の県境に近い丘陵に造成されたのです。大阪に勤めるお父さんには
少し不便なのですが、彼の高等部への通学を考えて、ちょうど売り出されていた中古住宅を買ったのです。
それまでは、お父さんの勤めの関係で、駅に近い公団のマンションに住んでいたのですが、
お父さんの勤めより、ミチオの学校が優先されることになったのです。
お母さんも趣味の園芸ができるというので大賛成でした。
そして、ミチオは、住宅街を周回するスクールバスで高等部に通い、卒業後は近くの作業所に勤めるように
なりました。
その間、ミチオの家はかなり古びてきましたが、彼が魅せられた例の家は、それ以上に古びていました。
いったいいつ頃建てられたのでしょうか。ここの住宅地よりも古びて見えます。
それに、去年、日曜日に散歩の途中発見するまで、その存在を知らなかったというのもふしぎです。
いくら決まったコースしか散歩しないミチオでも、十年近く住んだ街のこんな近くにこんな家があることを
知らなかったといういことは、想像もできないことです。
家族の中でその家のことが話題にのぼることもなかったのです。だから、偶然その家を見つけたときは、
まるで、その日そこに地中から忽然と現れたのではないか、というような気がしたものです。古び方も
そんなふうだったのです。
その家のまわりは、とてもごちゃごちゃしています。いろんなものがいっぱい飾ってあるというか、おいてあるのです。
低いフェンスにそって生け垣があるのですが、そこには大きな丸太のトーテンポールのようなものが何本か立っています。
トーテンポールというより、はだかの丸太で作った顔です。目や眉毛、鼻、口などが、
焦げ茶色の細い木で作ってくっついていています。何しろ丸太なので、間延びした顔です。一体の耳は、フォークとナイフ
がぶらさげられています。そして、近づいて見ると、トーテンポールの丸太の上に、小さいティラノザウルスが
載っているのです。また、その足下には、
カボチャやら何かわからない形をした粘土の塊がつみあげてあります。
その隣のガラスで覆われた木箱の中には、一抱えもある自動車が飾られています。木箱の上には、
生け垣の中に、人の顔を象った白い郵便受けのようなものがあって、口のしたに、「のぞいてください」と
書いてあります。そして、黄色の子供用自転車が
二台。自転車の奥には、板を切り抜いて色を塗った大きい斑の犬が、二匹飾ってあります。
そこ隣にはT形の台があって、太い丸太が三本三角に積み上げてあります。丸太の中心はくり抜かれていて、
そこにもトリケラトプスとプテラノドン、フクイラプトルの模型が飾られています。
恐竜の名前になぜそんなに詳しいかというと、ミチオは、
実は恐竜が大好きなのです。学校では恐竜オタクで通っていました。恐竜図鑑は彼の一番の愛読書でした。
本を見ながら絵にかいたりもします。美術の時間はかならず恐竜の絵を描いていました。絵だけではなく、
粘土で恐竜を作ることもありました。彼の恐竜は独特で、輪郭を作った後、
体の隅から隅まで鱗というか、突起をつけていくのです。
丹念に丹念に、およそ飽きるということがありませんでした。できあがったときは、その突起の数が見る人を
圧倒するのか、誰もがほめてくれました。学校では文化祭で展示されるだけでしたが、今の作業所では作品として
売れることもあったのです。
ミチオは、それほど恐竜にこだわっていました。だから、この家の飾り付けに引きつけられたのです。
さらにフェンスに沿って歩を進めると、野焼きした大きな四角い壺の上に、信楽の狸が置いてありました。
その隣が流木に黒い彩色を施したようなわけの分からないオブジェ、さらに隣には、またしても、
野焼きの大きな顔の上に帽子のかわりにマグカップ。
フェンスには大きなカジキのような魚がベニヤ板の彩色されて切り抜かれたものと、カジキを突く
銛のようなものが固定されています。
カジキの上には、えらのはった四角い郵便受けのような顔が、いくつか「のぞいてください」と口を開けています。
入口は、普通の鉄の門扉ですが、上には鉄を三角形に組んだものが三つ並んであり、そこからは、
木の実やら貝殻を糸に通してぶらさげてあります。
そして、門の中には大きな、直径が一メートル以上もある風車が置かれています。
門の向こうには、やはりフェンスの高さに木の台がつながってあり、その上には豚の置物、アンキロサウルスの模型、
ハートの中のネズミ夫婦、野焼きの飾り台の中に犬、猫、水兵さん、象のオブジェ、フクロウの切り抜き、さらに
その台のしたあたりに、デンキウナギの切り抜きがかけられてあります。
また、みあげてみると、屋根にも犬と猫がおり、二階の窓には、ナスカの鳥の絵のようなものと太陽と海の絵が
紺色と白で描かれています。ベランダには痩せたキリン、それも黄色と白色のキリンが数匹立っています。
壁には、両脚でスイカとトマトを操るピエロの脚のようなものが、
そして、赤い唐辛子をX字に交叉させた中に何か文字のようなものが書いてありますが、ミチオには読めません。
「何だか、めちゃくちゃで宇宙人が住んでいるような感じ」とミチオは思いました。
ある日、彼は、こわごわまわりに人がいないことを確かめて、
「のぞいてね」と書いてある顔の口を覗いてみました。
ミチオは普通の背格好ですが、口から覗こうとすると、少し膝をまげなければなりませんでした。
「もう少し背の低い小学生に合わせてあるのかな」とミチオは思いました。
中には、人形が飾ってありました。見たことのないような服を着た人形が二つならんでいました。
人形といっても人間ではなく、恐竜に服を着せたようなものでした。
箱の天板はガラスでできているのですが、薄暗くて、人形がどんな顔をしているのかはっきりしません。
ミチオは手でガラスの上の枯葉を払いましたが、それでも視界ははっきりしませんでした。
その箱を諦めて、つぎの少し離れたところの別の顔を覗いてみました。
何だか暗い中空に、ピーナッツのような大きな白い天体が浮かんでいます。
流れ星の箒に金糸が貼り付けられていました。
「はっきりしない絵だな」と、ミチオは残念な気がしました。
その隣の箱も覗いてみました。四角い二段のクラゲがゆらゆらと揺れていました。
作業所が休みの土曜日、ミチオは、ふしぎ発見の散歩に出かけることにしました。
天気はそんなによくなかったので、お母さんには怪訝な顔をされましたが、ミチオは古墳公園に散歩に
ゆくと嘘をいって家をでました。
いつもはバス停からの帰りに寄り道をするだけでしたが、
一度ゆっくりと探検してみたいという思いが抑えがたくあって、昨夜今日の決行を思いついたのです。
彼はそういうことにはあまりものおじしない性格でした。
ミチオのお父さんは、いつも「世の中に悪い人はいない」とミチオに言い聞かせてきました。
お父さん自身がほんとうにそんなふうに信じているのか、
それとも、人とのコミュニケーションが危なっかしいと言われてきたミチオのためを考えてのことなのかは
分かりませんが、彼はそんなふうに育てられてきたのです。
同じ問いかけの繰り返しなどが見られるものの、もともと人の思惑などあまり気にしないようなところがあり、
知らない人にでも躊躇なく声を掛けていく彼の人なつっこさは、
そのあたりからきているのかも知れません。
だから、昨晩、あの家のふしぎを探検してみたいという思いがふくれあがってきたとき、
ミチオは、自分の中に、それを抑える理由など見つけることができなかったのです。
冬の雲が空を流れていきます。弱々しい太陽が、たちまちのうちに翳り、思ったより強い風が吹いています。
遠くから見ると門の前のあたりに自動車が停まっています。いつもは人の気配はないのですが、今日は
だれかがいるのかもしれない、とミチオはちょっと警戒しました。
庭には、焦げ茶色の板の羽をつけた風車が、音を立てて回っていますが、人の気配はありません。
ミチオは、警戒を解かないで歩きながらを装って、展示物をゆっくりと眺めていきました。
デンキウナギも銛も触るとベニヤ板にペンキを塗っただけの代物で、そんなに不思議な感じではありませんでした。
しかし、そこに並んでいる動物たちの表情は、一つとしてまともなものがありません。みんな奇妙な表情を
たたえています。それらが反響しあって気味悪い感じさえします。それに、そんなに目立ちはしないのですが、
意外に恐竜が多いことに、ミチオは気づいていました。
顔のポストが、きょうも「のぞいてね」とほほえみかけてきます。
ミチオは、すばやく辺りを見まわして、人影がないことを確かめて、
膝を折るようにして口から覗いてみました。以前に見たように二人の人形のようなものが並んでいます。しかし、
今日、じっくり覗いてみても彼らが人間なのか恐竜なのか、どんな顔をしているのか分かりません。
彼は、手で天板のガラスをゴシゴシ拭いて、もう一度のぞき込みました。
と、そのときです。「いらっしゃい、ゆっくりのぞいてください」という優しい声が背後から聞こえました。
ミチオはビクッとして、目を離しました。
「あっ、ごめん、おどかしたかな……遠慮なく見ていってください。そのために作ったんだから……」
「見てもいいんですか?」ミチオは恐る恐る口を開きました。
「もちろんです。以前からときどきこのまわりで展示物を見ていましたね」
年をとった主人が笑いながらいいました。
知られていたのかと、ミチオは、仕方なくうなずきました。
「のぞいていただけです」
「それはわかっています。のぞくのがいけないんじゃなくて、のぞいていただいてうれしいのです。
あなたは、こういうものが好きですか?」
ミチオは、もう一度うなずきました。本当のことだからです。
「じゃあ、ゆっくり見ていってください。何も遠慮することはないから……。そうだ、ちょうどいい機会だから、
よっていきませんか、中も見ていったらどうかな。今日は学校はお休みですか?」
「ぼくは作業所に勤めています。土曜日は、作業所はお休みです」
「それは失礼しました。……だったらゆっくりしていってください」
その紳士は口ぶりは優しいのですが、目で門内に彼を促しました。
ミチオはちょっと迷いましたが、紳士が彼の背を抱えるように門扉の中へ誘い込むと、素直に従いました。
玄関に入ると両側の飾り棚に恐竜がいっぱい並んでいます。ソテツの森に恐竜を配したジオラマもあります。
まるで恐竜パラダイスの入口、というのがミチオの印象でした。
展示されているのは恐竜ばかりで、外の垣根にあったような動物や人間はまじっていません。
それらを興味深く眺めながら、ミチオは聞いてみずにはおられませんでした。
「おじさんは誰ですか? 恐竜好きの……」
「私はしつじでございます」
「ひつじ?」
「いえ、ひつじではございません。しつじ、めしつかいのことでございます。ご主人様のお世話をいたしております」
「ご主人様ってだれのこと?」
「いまからご紹介いたします」
応接室に通されて、ソファに座らされました。正面に大きな壁があり、
そこにも恐竜時代の大きな絵が懸かっています。
「おどろかないでくださいよ。いま説明しますから……」
しつじのおじさんは手元のリモコンのボタンを押しました。
すると、壁から大きなテレビ台のようなものが現れました。
「ご主人さまは、遠い星におられます。ここに瞬間移動してくることもできますが、
先ほど伺ったところでは、ちょっと風邪ぎみのようです。宇宙風邪をうつしてもいけませんから、
今日のところは、スリーDの映像でお許し願います」
しつじのおじさんが説明しているうちに、テレビ台の上に透明な映像が現れ、だんだんと形をなしてきました。
ちいさな恐竜でした。
「ティラノザウルス?」
ミチオは驚きの声をあげました。
「はい、小型のティラノザウルス、ご主人さまはプチットザウルスでございます」
「プチットザウルスというのは、聞いたことがないなぁ、……そんな化石、見たことがないし……図鑑にも載ってなかった」
「はい、そうですか。(プチットザウルスは別名ピグミーザウルスと申しますが……、
ピグミーというのは、小さいという
意味なのですが、今は差別的というので遣いません。)……
あなたさまはご存じですが、そもそも恐竜が栄えたのは、一億年以上も前、
ところが巨大隕石が地球にぶつかって七千年前ごろに滅びてしまいました。
しかし、そのときに地球を脱出した恐竜もいたのでございます。恐竜の脳みそは小さかったという
学者もおられますが、
どういたしまして、中には小柄だけれども頭脳の発達した種族もいたのでございます。
それらの種族の中でもっとも進んだ文明をもっていたのがプチットザウルスでした。
彼らは、ぶつかってくる隕石にはじきとばされるように考案されたロケットで地球から脱出して、
宇宙放浪の旅にでたのでございます。だから、化石も残っていないのです。
彼ら一行、苦労に苦労をかさねましたが、いまは新しい星を住みかとして繁栄しております。ところが、ここにきて、
地球がなつかしくて、どうにかして一度でも帰ることができないか、という思いが募ってきたのです。それで、
いったいそんなことが可能かどうかを調べているのでございます」
しつじのおじさんが説明しているうちに立体映像がはっきりしてきました。
すると、そのプチットザウルスの「ご主人さま」にもこちらの映像が見えているらしく、
彼は長い首を曲げて礼をして、鷹揚に「よく来てくれました」とミチオに挨拶をすると、
忙しいからと直ちに本題に入ってきた。
「いまやわが恐竜民族もこの星で繁栄している。ところが、村田執事に調べてもらったところ、
地球にはいま人間というほ乳類があふれているらしい。われわれの望みは、
なつかしい故郷である地球の土を一度でいいこの足で踏んでみたい、
地球の緑の森を歩いてみたい。そんな思いをおさえることができません。地球にもどりたいとはいわない、
見るだけ、観光するだけです。
しかし、それだけにしろ許されるものなのかどうか、いま調べてもらっているのです。
あなたにも協力してもらえないでしょうか」
「ぼくは恐竜が好きだから協力したいのですが、でもいったい何をすればいいのですか?」
「そんなにむずかしいことじゃない。村田さんの話では、君は絵がうまい。
絵というよりイラストかな。それに粘土細工も得意だ。
それで、われわれ恐竜族のイラストを描いたり、粘土作品を作ったりして、できるだけ広めてほしいのだ。
われわれが将来地球観光に
ついて、人間と交渉するとき、拒否反応がないようにしたい」
ミチオは深く頷き返しました。
「はい、ぼく、恐竜大好きです。絵も描きます。粘土のとげとげも作ります」
「おお、よくぞいった。それでは、君を恐竜大使に任命しよう」
「ありがとうございます」
「では、私はいそがしいので、これで失礼する。後のことは、村田さんに聞いてください」
映像の中の恐竜人が、リモコンのボタンを押すと、立体映像がすっと消えてしまいました。
「おわかりいただけましたか? 突然のことで、驚かれたと思いますが……」
「はい、だいたいは分かりましたが、……ところで、おじさんは、村田さんは、恐竜なの、人間なの?」
「私は人間でございます。もう十年ほど前に無人の、いや無恐竜のUFOが地球にやってきて、
私が家を建てる予定で買っておいたこの土地に着陸したのです。
ちょうど二階建ての四角いUFOでしたから、好都合だったんですね、
私はそのUFOを家にして住むことになりました。
そして、恐竜大使一号に任命され、執事として雇われました。だからあなたは恐竜大使二号ということになります」
「この家は恐竜のUFOなんですか」
「そうでございます。もうだいぶんボロになってきましたけどね」
「それで、恐竜の模型が多いんだ」
「恐竜ばっかりだったら、あやしまれますから……、ほかの動物やらトーテンポールやらでまぎらしてみたんですが、
あなたさまには、みすかされてしまいましたね」
ミチオは、おじさんに送られて家を後にしました。外に出ると風がさっきよりずっと強く吹いていました。
風見鶏がカラカラとまわり、大きな風車が煽られて音をたてています。
「また、お出でください。お待ちしております」
門扉のところまで送りに出てきた村田のおじさんがニコニコといいました。
「こんど恐竜おじさんの絵を描いて持ってきます。粘土も恐竜も作ります」
ミチオは振り返って、そんなふうに約束しました。
彼は家に帰ると、さっそく恐竜人の絵を描いてみました。
これが下の絵です。そんなにリアルではないのですが、彼はわれながらうまく描けたと思っているようです。
また、作業所では、粘土細工の恐竜を今まで以上に熱意を込めて作りました。作りながら、
ふしぎな家で自分が見たり聞いたりしたことを話すときもありました。
しかし、だれも信じてはくれないのです。彼には夢想癖があって、これまでもよくありもしない話を
することがあったからです。それでも、彼は上機嫌でした。あの恐竜の置物やら何やらに囲まれた
ふしぎな家が帰り道にあるのは、
だれでも見に行けば分かるからです。さらに彼の理屈では、あの恐竜の家があるということは、
自分があの恐竜人の立体映像と話をしたということも嘘ではないからです。
嘘と否定されればされるほど、彼は粘土細工を作るのに熱中しました。
日によっては、朝から夕方まで、粘土のポツポツを貼り付けている
ときもありました。
そうして出来上がった粘土作品は、作業所の作品展で展示されました。特に恐竜はなかなかの迫力でした。
竈で焼くときポツポツがとれたのも
ありましたが、圧倒的な突起の数は見るものを魅了したのです。
それらの作品が、フランスから来日して、障害者の生の作品を探していたプロデューサーの目に留まって、
「アールグリュット」と銘打った展覧会で展示されました。そして、彼の粘土の恐竜は入賞までしたのです。
ミチオは、両親といっしょにフランスまで出かけて行きました。そして、展覧会の最終日に行われた
授賞式の挨拶の最期に突然「キョウリュウタイシニゴウ」と叫びましたが、フランス人はもちろん日本から参加しただれにも
その意味が分かりませんでした。
【追補】メニュー頁の下にいる草食恐竜(ブロントサウルス)は、文化祭で喫茶店のマスコットとして、
生徒たちといっしょに作ったものです。比べるものがないので
大きさは分かりにくいのですが、頭が天井に届くくらいの高さでした。
まあ、恐竜の子どもといったところでしょうか。
一緒に作った生徒たちの思い出のために、ここに掲載しています。
2011.2.1
文庫本「賢治先生がやってきた」
2006年11月、「賢治先生がやってきた」を
自費出版しました。
脚本の他に短編小説を載せています。
収録作品は次のとおりです。
養護学校を舞台に、障害の受け入れをテーマにした『受容』、
生徒たちが醸し出すふしぎな時間感覚を描いた『百年』、
恋の不可能を問いかける『綾の鼓』など、小説三編。
宮沢賢治が養護学校の先生に、そんな想定の劇『賢治先生がやってきた』、
また生徒たちをざしきぼっこになぞらえた『ぼくたちはざしきぼっこ』、
宮沢賢治が、地球から五十五光年離れた銀河鉄道の駅から望遠鏡で
広島のピカを見るという、原爆を扱った劇『地球でクラムボンが二度ひかったよ』など、
三本の脚本。
『賢治先生がやってきた』と『ぼくたちはざしきぼっこ』は、これまでに、高等養護学校や小学校、中学校、あるいは、
アメリカの日本人学校等で
上演されてきました。一方
『地球でクラムボンが二度ひかったよ』は、内容のむずかしさもあってか
なかなか光を当ててもらえなくて、
はがゆい思いでいたのですが、
ようやく08年に北海道の、10年に岡山県の、それぞれ高校の演劇部によって舞台にかけられました。
脚本にとって、舞台化されるというのはたいへん貴重なことではあるのですが、
これら三本の脚本は、
読むだけでも楽しんでいただけるのではないかと思うのです。
脚本を本にする意味は、それにつきるのではないでしょうか。
興味のある方はご購入いただけるとありがたいです。
(同じ題名の脚本でも、文庫本収録のものとホームページで公開しているものでは、
一部異なるところがあります。本に収めるにあたって書き改めたためです。
手を入れた分上演しやすくなったと思います。『地球でクラムボンが二度ひかったよ』は、
出版後さらに少し改稿しました。いまホームページで公開しているものが、それです。)
追伸1
月刊誌「演劇と教育」2007年3月号「本棚」で、この本が紹介されました。
追伸2
2008年1月に出版社が倒産してしまい、本の注文ができなくなっています。
ご購入を希望される方はメールでご連絡ください。
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