2013年3月号
【近つ飛鳥博物館、風土記の丘百景】
今月の特集

プチ狂言「きつねの幻灯会」

親鸞聖人のご消息

文庫本「賢治先生がやってきた」

「うずのしゅげ通信」バックナンバー

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2013.3.1
プチ狂言「きつねの幻灯会」

「賢治先生がやってきた」のラインアップには、プチ狂言と銘うった脚本が二本あります。
「豆腐小僧は怖い? 怖くない」「箒縛り」がそれです。
狂言の形式を借りて、短い劇を書く、というのは、現在の私に合っているようなのです。
以前「豆腐小僧」を書いたときも、先月「箒縛り」を書いたときも、そんなふうな感じをもったのです。 これからもいくつかのプチ狂言を書くだろうという予感がありました。 その予感どおり、またまた書いてしまったのです。
ただし、最近はメッセージをもった脚本が多かったのですが、少々うんざりしてしまって、 つぎはあまりメッセージ性がなくてもいいから、とにかく楽しい脚本を書こうと思っていました。
今回の脚本のヒントになったのは、先月号の「うずのしゅげ通信」に書いた狐火のことです。 あれを脚本化できないか、と考えたのです。そのとき、頭を過ぎったのが、宮沢賢治の「雪渡り」のことです。 あそこにもキツネが出てきます。二つのアイデアをプチ狂言に合体させたらおもしろいのではないか、 そんなふうに思いを巡らしている内にまたしても一つの脚本が形を取り始めたのです。 私の場合、アイデアの先が見えるとできあがるのはわりに早い方なのです。短いこともあって、 数日でできあがりました。
お題は「きつねの幻灯会」としました。劇の内容が「雪渡り」の「その二(狐小学校の幻燈会)」に 添ったものになったからです。
上演時間は15分ぐらいの短い劇です。
興味のある方は、ご一読いただければ幸いです。

プチ狂言「きつねの幻灯会」
−宮沢賢治の「雪渡り」−


2013.3.1
親鸞聖人のご消息

先頃(2月9日)、富田林市のすばるホールであった復興支援チャリティイベント「大切なあなただから」 に参加させていただきました。
近隣の浄土真宗本願寺派の僧侶さんたちががんばっておられて、今回で3回目となります。
私も毎回行かせてもらっているのですが、今年は、すばるホールということもあり、もりだくさんでした。 まず最初に雅楽の演奏で入場された住職方の法要があり、続いて シリウスウィンドバンドの吹奏楽の演奏、法話の紙芝居を挟んで、 トリとして西川きよしさんのトークショーがあって、 3時間たっぷり楽しませていただきました。さらにそのうえ、最後に会場から出てくると、そこで 中学生が吹奏楽を演奏していて、音楽で参加者を送り出してくれるという、 そんなハプニングまであって、とても気持ちよい催しでした。
東日本大震災から2年、徐々に遠のきつつある記憶をあらたにするためでもあるのでしょうが、 近隣のご住職方がこうした取り組みを持続されているのには頭が下がります。
宗教人としての矜持をかけてがんばっておられるのが感じられます。
宗祖親鸞聖人は、このような災害をどのように受け止めらていたのでしょうか。
ご消息(手紙)の中につぎのような言及があるのを発見しました。

「なによりも、こぞ、ことし、老少男女、おほくのひとびとのしにあひて候らんことこそ あはれにさふらへ。たゞし生死無常のことはり、くわしく如来のときをかせおはしましてさふらふうへは、 おどろきおぼしめすべからずさふらふ。(中略)故法然聖人は、「浄土宗のひとは愚者になりて往生す」 と候しことを、たしかにうけたまはり候しうへに、 ものもおぼえぬあさましき人々のまいりたるを御覧じては、「往生必定すべし」とて、えませたまひしを、 みまいらせ候き、ふみざたして、さかさかしきひとのまいりたるをば、「往生はいかゞあらんずらん」と、 たしかにうけたまはりき。いまにいたるまで、おもひあはせられ候なり。」

「日本古典文学大系82」の「親鸞集 日蓮集」(岩波書店)からの引用です。
前半、「こぞ」(去年)とあるのは正元元年(1259年)、「ことし」は文応元年(1260年)のことで、 「天変地異が続き、特に正元元年は全国的な大飢饉であり、悪疫も流行し、病死するものが甚だ多かった。」と、 注に説明されています。
親鸞さんは、「老少男女、おほくのひとびとのしにあひて」、「あはれにさふらへ」と嘆いておられるのです。

先年の東日本大震災のこととつい重ね合わせてしまいます。もし、親鸞さんが、生きておられたら、 おなじような嘆きをもらされたであろうと想像されます。
ここからは親鸞聖人の真情を聞き取ることができるように思います。
しかし、つぎに来るのは「たゞし」ということばです。 「生死無常のことはり」は、「如来のときをかせおはしましてさふらふ」ところであり、 「おどろきおぼしめすべからず」というのです。意外なこととしておどろくことはない、ということでしょうか。
それはわかっているのです。それが如来の説いておられる理屈だということは理解できるのですが、 そこをもう一歩踏み込んだことばが 聞きたいと思うのは私だけなのでしょうか。
そんなことばをさがして、親鸞さんの著作を読んでいるのですが、これ以上の言及はみつからないのです。

【追補】
この消息(手紙)の後半にも、瞠目すべきことばを見つけることが出来ます。
法然聖人のことばとして、「浄土宗のひとは愚者になりて往生す」。
これもまた言うは安し、行うは難しで、なかなかに難しいことは、いまの私でも少しは察することができます。

暦の上ではすでに春ですが、まだまだ寒い日が続いています。

春遅々と緞帳隔つ音合わせ   洋

今月の拙句です。
演奏を待つわくわく感、春の待ち遠しさ。


2013.3.1
文庫本「賢治先生がやってきた」

2006年11月、「賢治先生がやってきた」を 自費出版しました。
脚本の他に短編小説を載せています。
収録作品は次のとおりです。
養護学校を舞台に、障害の受け入れをテーマにした『受容』、 生徒たちが醸し出すふしぎな時間感覚を描いた『百年』、 恋の不可能を問いかける『綾の鼓』など、小説三編。
 宮沢賢治が養護学校の先生に、そんな想定の劇『賢治先生がやってきた』、 また生徒たちをざしきぼっこになぞらえた『ぼくたちはざしきぼっこ』宮沢賢治が、地球から五十五光年離れた銀河鉄道の駅から望遠鏡で 広島のピカを見るという、原爆を扱った劇『地球でクラムボンが二度ひかったよ』など、 三本の脚本。
『賢治先生がやってきた』と『ぼくたちはざしきぼっこ』は、これまでに、高等養護学校や小学校、中学校、あるいは、 アメリカの日本人学校等で 上演されてきました。一方 『地球でクラムボンが二度ひかったよ』は、内容のむずかしさもあってか なかなか光を当ててもらえなくて、 はがゆい思いでいたのですが、 ようやく08年に北海道の、10年に岡山県の、それぞれ高校の演劇部によって舞台にかけられました。
脚本にとって、舞台化されるというのはたいへん貴重なことではあるのですが、 これら三本の脚本は、 読むだけでも楽しんでいただけるのではないかと思うのです。 脚本を本にする意味は、それにつきるのではないでしょうか。
興味のある方はご購入いただけるとありがたいです。
(同じ題名の脚本でも、文庫本収録のものとホームページで公開しているものでは、 一部異なるところがあります。本に収めるにあたって書き改めたためです。 手を入れた分上演しやすくなったと思います。『地球でクラムボンが二度ひかったよ』は、 出版後さらに少し改稿しました。いまホームページで公開しているものが、それです。)

追伸1
月刊誌「演劇と教育」2007年3月号「本棚」で、この本が紹介されました。
追伸2
2008年1月に出版社が倒産してしまい、本の注文ができなくなっています。
ご購入を希望される方はメールでご連絡ください。

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