「うずのしゅげ通信」

 2015年6月号
【近つ飛鳥博物館、河南町、太子町百景】
今月の特集

「官報號外 日本國憲法」

フェイスブックより

俳句

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2015.6.1
「官報號外 日本國憲法」


ある日の拙句です。

憲法の官報伏せて大昼寝

家に「官報號外 日本國憲法」という冊子があります。
日付は、「昭和二十一年十一月三日 日曜日」とあります。
現在の日本國憲法が公布された日です。

両親が使っていた本箱を整理したとき出てきたのです。色あせているばかりではなく、当時の紙質が悪いためにもろくなっていて、すでにあちこち破れています。来歴はまったくわかりません。二人とも亡くなっていますので、聞くわけにもいきません。しかし、両親のどちらかが大切に仕舞いこんできたからこそ、遺っていたのだと思います。





さて、上の句、季語は「昼寝」で夏。とても俳句と言えるようなしろものではありませんが、 あえて言えば、「大昼寝」がミソなのです。とりあえず、この句ができたいきさつを聞いてください。
最近、改憲の議論がさかんに行われています。九条にかかわる解釈改憲とやらも閣議決定され、その法律が現在国会で議論されています。

そこで、私は、歴史的遺物ともいうべき(?)「官報號外 日本國憲法」を書棚から取り出してきて、 読んでみることにしましあた。今にも崩れてしまいそうですが、それでも条文を読むことはできます。しばらく扱いに気をつけながらめくったり、眺めたり、拾い読みしたりしていると、眠くなってきたのです。私は、冊子をそっと畳に伏せて、そのまま昼寝を決め込むことに。……

ちょっと眠るつもりが大昼寝になったようで、目が覚めると何やら様子が違います。ふと気づくと、あの古びれた「官報號外 日本國憲法」の表紙がかわって、何だか新しい冊子が伏せてあります。
あの古い「官報號外 日本國憲法」はどうしたのかと机の周りを探してみますが、古い冊子の影も形もありません。
どうしたことかと訝りながら、とりあえず寝る前に伏せたところにある新しい冊子を手に取ってみました。つるつるした上質紙の感触が伝わってきます。表紙は色刷りになっていて、「官報号外 新日本国憲法」とあります。
「新日本国憲法……」と、私は心の中でつぶやきました。
「何のことだろう」と、よく見ると表紙の日付が目に飛び込んできました。
「平成三十…年……月……日 日曜日」・・・・・・
・・・・・・・・・・
(お遊びということでご笑覧いただければ幸いです。)


2015.6.1
フェイスブックより

フェイスブックに、一日一句の目安で拙句を投稿しています。
また、拙句とともに、その季語を詠んだ名句を引いて、ちょっとした感想も添えています。


〈5月22日〉
今日の拙句です。

河内野に竹箒で狩る蛍かな
蛹の羽化待ちてピンクのひめじょおん
昼寝から覚めて球根仕舞ひけり

一句目。これは類句がたくさんあるかもしれません。昔は竹箒で蛍狩りをしました。
二句目。実は、庭に見守っている揚羽蝶の蛹があるのです。
ということで、今日は「蛍」の句。「蛍」にはいい句がたくさんありますね。これもその一つ。

一命に長短はなし蛍の夜  長谷川秋子

人の命は、長くても短くてもそれぞれに春夏秋冬があると読んだことがあります。私はそれを信じているのですが。


〈5月26日〉
今日の拙句です。

病院の鬱の廊下や濃紫陽花(こあじさい)
腸(はらわた)が紫陽花色に染まりけり
腸のひととこ紫陽花色に染め
ポリープの貌(かお)と云ふもの濃紫陽花
ポリープの貌の良し悪し濃紫陽花
色未(いま)だしも枯れ果つもあり濃紫陽花

昨日は病院で大腸内視鏡検査を受けました。
経験者でないと分かりにくいかもしれませんが、ポリープのでこぼこを際立たせるためにか、一ところ、内視鏡で青い薬品をまかれました。
医者はポリープの貌の良し悪しで癌かどうか判断するということもあるようです。私は大丈夫とのことでしたが。
病院の庭に濃い青色の紫陽花が咲いていました。
ということで、今日は紫陽花の句。

兄亡くて夕刊が来る濃紫陽花  正木ゆう子

読んでそのままの意味なのでしょうが、「夕刊が来る」ということで、兄が亡くなっても変わらない日常とともに、夕べの濃紫陽花の花の暗さのようなものが自分の心だと言っているように思うのですが、どうでしょうか。


2015.6.1
俳句

今月の俳句

石鹸玉に抱きつく体(てい)のおぼつかな
フリル嫌ひで通して妻の春日傘
遠き世の登り窯跡一輪草
おろそかに聞けぬ病や風ひかる
朧夜の留守電にきく師の気息
頬杖をついて今はの牡丹かな
妻の指むらさきに染め蕗の糸
蕗晒す水にみどりの屈折光
供華たわわ曲がり癖あるチューリップ
経をへて雨音近き穀雨かな
死ぬものと書いてある身に八重葎
今生に蹲りをり葱坊主
花躑躅老いの遅速をうべなひて
翅立てし蝶も吹かれて傾けり
浮き足のおさまらぬ子ら花水木
蝶の道あれど番ひてはただ空へ
春暁を妻うなさるる夢の嵩
春事を師の見舞ひからはじめけり
濫読の祟りてまぶし白牡丹
遺稿なほ読み継がるるや花明り
十薬の爪ににほふや半跏仏
老いごとに句を貶めず黄楊の花
十薬や老いごとならぬ空華の句
    (斎藤空華 俳人(1918-1950))
綾取りの妻のおよびに孫および
なきひとの名もかかれゐてころもがへ
豆こぼしはずむが嬉し豆御飯
近江の海ででむしのごと這ふてけり
新樹陰雨降りいでし時の間を
師の淹るる新茶おのづと人となり
句の高み散りて知らるる桐の花
人の亡き九年藻の上(へ)の水澄し
風鎮の見つからぬまま聖五月
街道は塔にますぐや柿の花
その人の亡き十年や水すまし
満足の目まで埋まりし土蛙
再発のうれひ蛍を握りしめ
二度までも蝉飛込みし父の通夜
そらまめの鞘折る音の夫婦して
なきがらの蜘蛛の軽さや上箒
水底にたにしの道も交叉して
木暗がり卯の花散りしふたところ
犀の角のごとく筍まがりをり
蝶の渦たちまち消えし夏野かな
蚊柱や礎石に水のたまりゐて
夜の庭どくだみの花ほつほつと
呆(ほう)け芍薬耳鳴りを聞き経を聞き
万緑やひと日ひとりの座と決めて


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