主権とは、国民や領域のように、目に見える枠組みではありません。主権とは、抽象的な統治権力であって、政治を含めた国家の統治権力が及ぶ”法的な枠組み”なのです。 この主権概念を最初に理論化したのは、16世紀のフランスを生きたジャン・ボダンという人物です。16世紀フランスとは、新旧両派による激しい宗教戦争が吹き荒れると共に、中世的な封建制が揺らいでいた時代でもありました。こうした時代を背景に、ボダンは、『国家論六篇』を著しましたが、この書物を著した目的は、第一に、封建制にあって分権化されていた統治権力を主権者のもとに集権化し、第二に、悲惨を極めていた宗教戦争による国家分裂を防ぐことでした。 西欧中世の封建制にあっては、統治権力が、領主達の間で分散していたことに加えて、統治権力は、時にして君主の所有物とみなされていました。このため、封建君主達の心しだいで、領土が分割されたり、あるいは、他国に譲渡されたりすることがあったのです。これでは、国家の永続性は保証されませんし、国内においても常に分裂の危険性を孕んでいました。こうした中で、ボダンは、永遠、不可分、不分離の主権という概念を打ち出し、国家が永続的に存在する理論的な基盤を提供したのです。 やがてこの主権概念は、統治権と君主の人格との分離をもたらし、国家に属する主権という概念が生まれるようになりました。主権は、今日では、統治権という古典的な意味に加えて、政府による統治の法的源泉であるとともに、立憲主義が普及すると、憲法を制定する権力とも解されるようになっています。国内のみならず対外的にも、主権は、国際社会における行動主体となるべき法人格を意味するようになりました。つまり、主権は、国家独立の基盤であると共に、主権国家が複数存在することによって、国民国家体系が形成されるようになったのです。 第2章へ戻る |