国民

 国家の枠組みには、”人”、”地理的空間”、”法”の三つがあることがわかりました。これらは、それぞれ、国民、領域、主権と表現されることがあります。この三者が揃うことによって、国家は、はじめて国際社会において、独立した国家となることができます。
 しかしながら、枠組みが三つあるということは、それらが一致していればあまり深刻な問題は発生しないものの、三者の間に”ずれ”が生じる場合には、国家が不安定化する可能性を示しています。
 国民ひとつをとりましても、歴史的な国民と法的国民との間には不一致があり、それは、時にして、大きな政治・社会問題を引き起こすことがあります。例えば、ヨーロッパ諸国で起きたイスラム原理主義団体によるテロ事件は、犯人の宗教や出身民族への帰属意識が、法的な国籍国よりも優っていたことを示しています。現在、各国で人の枠組みの流動化が見られますが、それは、国家の内部から見ますと、自国民が自国民を攻撃し、国民の間の紐帯と相互信頼を揺るがすという、相互不信と社会的亀裂の問題を投げかけているのです。
 また、三者の”ずれ”に関するより一般的な議論としては、民族独立運動や民族紛争を挙げることができます。これは、三つの枠組みが全てずれることから発生します。冷戦構造の崩壊過程の中で発生した旧ユーゴスラヴィア紛争は、その最たる例です。枠組みの流動化は、再び人類を争いの時代に引き戻すという危険性を秘めているのです。


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