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『誰かの願いが叶うころ』感想『EXODUS』感想「oricon style」インタビュー記事『Passion』感想『Keep Tryin'』感想

■宇多田ヒカル『誰かの願いが叶うころ』/シングル
 
 「みんなの願いは同時には叶わない」

 「誰かの願いが叶うころ」というタイトルから、「誰か」を「応援」する応援ソングなんだろうかと素人考えの予想を淡く抱いてもいたんですが、そんなワケありませんでした。さすが宇多田ヒカル

 「誰かの願いが叶うころ、他の誰かの願いは叶わない」という、むしろ願いが叶わないネガティブ部分を歌い上げる歌でした。が、無論逆説的に本当に伝えたいのは、ポジティブ部分である、願うことの尊さ、美しさです。そのあたり、ネガティブポジティブと称される宇多田ヒカルの本領を発揮している、とっても「らしい」バラードになってると思います。つーかかなり名曲。

 昔、本当に輝いてる芸術作品とは、伝えたいことと逆の概念をどれだけ広がりを持って受け手に伝えられるかだ、つまり「生の輝き」を伝えたいのなら、いかにしてその背後に広がる「死の虚無」を伝えることができるか、そうやって「死の虚無」の中に光る一筋の「生の輝き」を際だたせることができるかだ、なんてことを書きましたが、その考えは今でも変わってません。宇多田ヒカルはそれができる歌い手です。「孤独じゃない」ことを歌い上げるためにとことん「孤独」を歌ったり(「For You」)、「実存の輝き」を歌い上げるためにとことん「構造の無機質さ」を歌ったり(「Parody」)する歌い手です。常にネガティブな部分に焦点をあて続けるがゆえに、そのネガティブが裏返る、それが宇多田ヒカル。その辺りは何のリスクも背負わずにネガティブさを捨象し、無条件の肯定だけを歌っている世にはびこり気味の自我肥大支援ソングとは一線を画しています。宇多田カッコいい。

 また、この曲については「仮面ライダー龍騎」っぽいと思いました。全員救済は無理、誰かの願いを叶えるということは誰かの願いを抹消するということ…なんて辺りが。最後の帰結がそれでも「願う」んだというのも共通しています。
 
■宇多田ヒカル(UTADA)『EXODUS』感想
 
 とりあえず今日一日聴いた時点での全曲感想。曲タイトルの邦題はこれでもかってくらい意訳した僕の訳なんで、あんまし本気で取らないように(^_^;

01:OPENING(序曲)

 これから始じまるよって感じのショート楽曲。コーラスの内容は09:CROSSOVER INTERLUDEと同じもの。一作品内で繰り返し用いている辺り、コンセプト的に重要なフレーズなんでしょうな。

02:DEVIL INSIDE(私の中の悪魔)

 They don't know I burn(私が燃えることを人は知らない)

 最初に断っておきますが、今回は違う宇多田を見せますよ?という宣言に取れるような1曲。大人しい人とか思ってました?私も燃えたりするんですよ?みたいな。

03:EXODUS'04(脱出'04)

 I know I could be mistaken , but my heart has spoken I cannot redirect my feeling(私は間違っているかもしれないけど、心の中で答えが出たから 自分の気持ちは方向転換できない)

 コレも02に続いて宣言チックな1曲。これまでの私、私を取り囲んでいた環境から脱出して来ました、みたいな。表題の元ネタは聖書のエジプト脱出です。歌詞に海割れもアリ。この他、本アルバムでは他曲でエドガー・アラン・ポーを元ネタにしていたりと、そうか、斗貴子さんのポーズの元ネタはセーラームーンか!のレベルの元ネタで喜んでる僕らにすると、なんだかとても高尚なものを元ネタにしている印象です。
 脱出してどこに行くのか、表面的には今までの環境を捨てて恋愛に生きるというような歌詞にとれるんですが、相変わらず恋愛の部分を色々な抽象的な目標に置き換えても歌詞が成立するのがイイ感じ。

04:THE WORKOUT(一発)

 "So what's it like to start lif all over"
 He said "Amen, I feel like I've been rediscovering the tomb of Tsutankhamen"
 (「人生をやり直すってどんな気分?」と訊ねたら
 彼は言った、「アーメン、ツタンカーメンの墓を再発見してるような気分だ」と)


 えー、WORK OUTは多義語だから、なんか深い意味あるかなぁと考えたんですが、どうにもこの意味にしか取れない内容の一曲です。宇多田の中で何が起こったのか、ここからエロエロ三連曲が続くことになります。一発というのはその一発で、02で違う私を見せますよ?、03で今までの私からの脱出……と暗示してきて、さて何を見せてくれるのかと思ったら、最初に見せるのはソレかよ!とつっこみたくなるロックな一曲です。
 引用部分も意味無し。こんなどうでもいい気分でひたすらヤッちゃってるのもままアリ、みたいな。

05:EASY BREEZY(イージーブリージー)

 Twas nice of you to stop by Would it amuse you if I told you that I...(「ご丁寧にお寄り下さいまして」私がこう言えばあなたは面白がるかしら?)

 エロエロ連弾第二段。これだけどうしても曲タイトルが訳せん。Easy breezyにヤっちゃう男みたいな意味だと思うんですが、いまいちしっくり来る日本語が思いつかぬ。引用部分の皮肉がイイんですが、解説にある通り日本語だとあんまし面白くない感じ。っていうか宇多田マイクロフォンマイクロフォン言い過ぎ(^_^;無垢な少女がカラオケとかで歌ったらどうすんの。

06:TIPPY TOE(つま先立ちの僕ら)

 Now let me see you dance on your tippy toe(さあ、爪先立ちでそっと踊るあなたの姿を見せて)

 エロエロ連弾第三段。あやうい方がエロは燃える、みたいな。つま先立ちでアンバランスな感じに燃えて下さい。

07:HOTEL LOBBY(ホテルのロビー)

 I'll be waiting in the mirrors of the hotel lobby(ホテルのロビーの鏡の中で待ってるから)

 スゴい名曲の予感がするんだけど、今アルバムで一番分からない一曲。「ホテルのロビー」と、「ロビーの鏡の中」が何を意味しているのかが分からぬ。気になって何度も繰り返し聴いてます。
 お金最高の女性と、鏡の中の女性が同一人物なのかどうかも不明。でも、なんだかお金主義の女性もネガティブ描写されてるって感じでもないんだよなぁ。

08:ANIMATO(アニマート)

 why are you trying to classify it This is music for all humanity from me(どうしてあなたは分類しようとしてるの? この音楽は全人類へ、私から)

 一番メッセージ性が強い一曲。「分類」は次曲でも触れられる、ジャンルとジャンル、カテゴリとカテゴリの分類の空虚化を歌ってるんだと思いますが、なんだか方法論的な分類の無意味さなんかにも思いを馳せると面白いと思った。何か目的のために分類するんであって、分類のための分類は無意味。前に進むことも歌う人なんで、何、あんたはまだそんな所で無意味な分類してたの?みたいな。

09:CROSSOVER INTERLUDE(空の境界−間奏曲−)

 Between you and I is where I wanna crossover, cross the line(それよりも、あなたと私の間をクロスオーヴァーしたい、境界線を越えたい)

 アホか!というような自分訳の意訳ですが、僕的にコレしかない感じ。言ってること同じなんだもん。ジャンルとジャンルの空虚化もさることながら、奈須きのこ氏の『空の境界』に込められていた裏の意味、人と人との間の境界概念を超えることが出来たなら……という願い。ステキ。奈須氏の方は哲学チックなテイストですが、宇多田の方はちょっとセクシーな感じ。

10:KREMLIN DUSK(クレムリンのたそがれ)

 Born in a war of opposite attraction it isn't, or is it a natural conception(相対するものが惹かれ合う諍いの中で生まれた これは自然の摂理?それとも違う?)

 境界について歌った09の後にコレを持ってくるのは熱いんですが、なんでクレムリンかは不明。クレムリンって、アレ、ソ連のヤツ?なんで?
 「惹かれ合う諍いの中で生まれた」の訳はメラカッコいいですな。

11:YOU MAKE ME WANT TO BE A MAN(あなたといると男になりたくなる)

 We didn't need to say much to communicate Now it's different, 99% is misinterpreted(私達は多くの言葉を交わさなくても理解し合えた でも今は違う、99%は誤解されてしまう)

 人と人との境界を(主に男女間で)超えたいというようなことを言っておいて、そう上手くはいかないことがここから歌われます。好きなのになんで解り合えないの、イライラ!って歌詞なんだけど、曲はエラくカッチョいいです。

12:WONDER BOUT(異質な時間)

 I'm alright, I'll think about you and I'll...Turn this plight into a singer's delight(私は大丈夫、あなたのことを考えて、そして私は……この苦境を歌い手の喜びに変えるから)

 解り合えないどころか、破綻してしまった歌。この前後3曲はそんな解り合えない歌ばっか。でも引用部分は防衛規制なんだけど、宇多田が歌ってると思うと何かカッチョいい。

13:LET ME GIVE YOU MY LOVE(愛を捧げさせて)

 Let me know if what I'm feeling isn't mutual(私が感じてることをあなたが感じていないなら、そう教えて)

 遺伝子をミックスして、東の人と西の人とで異言語を交えて遊んで、境界の空虚化、融和が上手くいったのかな?と思えるんだけど、終了間際の引用部分で、やっぱし何か解り合えてない、自分だけがそう思ってただけかもしれない、完全な融和は無理っぽい、みたいに裏返してるのがステキ。

14:ABOUT ME(私のことだけど)

 超名曲。

 宇多田恋愛歌の中で最高の一曲じゃなかろうか。

 セックス、ロック、デストローイの前半に、やっぱ解り合うの無理っぽいじゃん?みたいな後半と、どうなってんのコレ?という歌ばかりでしたが、ラストのこの1曲で全てに救いを与えています。

 それでも、伝えたいんだと、そういう歌。

 前作『DeepRiver』の最後の「光」の「完成させないで」といい、意図的にラストは続いていくようなフレーズを入れてるんでしょうか、

 Where do we go(私たちはどこへ行く?)

 のラストフレーズが、イイ。
 
■去年励まされた言葉/宇多田ヒカル
 

 今年になってから大分経ってしまいましたが、今更ながら去年僕が随分と励まされた言葉を一つ紹介。

 「メディアで流れているメッセージも「個性出せ!」「自分探し!」みたいなものが多いけど。それって、自分で自分の中だけ見てもじゅんぐりじゅんぐりで結局分からないですよね。だから……自分が分からなくなったら外を見た方がいい気がする。自分の周りの人や外の人、自分のいる場所をよく見て考えた方が、それに対する自分の反応が出て来て、自分の人格とかするべきことを決めていくと思うんですよ。だって、生まれて何もない世界に一人ぼっちだったら、自分がどんな生き物かわからない。誰かに何かいわれて反応するから、あ、私こういう反応する人なんだってわかるわけだし。」(宇多田ヒカル)

 去年の「oricon style」8/2日号の宇多田インタビュー内での宇多田の言葉ですが、やけに胸にキて心に残りました。創作者、アーティストの中には、「自己主張」という言葉通りに「自分が!自分が!」と自分アピールのみを繰り返す人達も多いんですが、宇多田はそういう人種とはちょっと違う。
 常に外を見ていて、歌う言葉の先に他者を想定しているのがこういった言及から伝わってきます。創作(音楽)を自己表現、悪く言えば自己発露としてではなく、他人との関係の中でのコミュニケーションツールの一つとして捉えているかのような、そんな印象を受ける宇多田の言葉です。

 このような宇多田の態度はかなり前から見受けられて、僕的にずっと好感を持っていました。

 「誰かの為じゃなく 自分の為にだけ 歌える歌があるなら 私はそんなの覚えたくない」(「For You」)

 自分のためだけに歌うのではなく、自分の歌は常に他者を想定しているのだということを力強く宣言している1フレーズだと思います。

 さらにここで僕の宇多田唄解釈を一つ言わせて貰えば、『Distance』収録の「For You」と、『EXODUS』収録の「About Me」を対の楽曲として捉えるとステキ感が増します。

 「I gotta tell you, I wanna tell you (あなたに伝えなければならない あなたに伝えたい)」(「About Me」)

 「あなたのために」、「私のことを」というペアで、自分の内側に閉じこもってそれを自己表現してるだけではなく、他者を(あなたを)想定してつねに外側とコミュニケーションを取りながら歌っているんだと、そんなあなたに私というものを伝えたいんだと、そういう想いが込められているこれら二曲のように思えます。

 以上、「自分が自分が」と自分完全世界の構築が一つの芸術と捉えられがちで、それらを誤解して享受して自我肥大に陥ってる人が多いような昨今だからこそ、こういった宇多田の態度には救われるなぁと感じた、去年一年だったという話です。

 ちなみに、「For You」が収録されてるセカンドアルバム『Distance』は、以前ちらりと話した僕的に僕を救ってくれた一枚とまで思ってる一作で、病的に聞き込んでいたというヤツです。「For You」の他にもう1曲「Parody」というコレも語っても語りきれないほど思い入れのある曲もこのアルバムに収録されているのですが、そっちの方の語りは、また次の機会に。
 

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