†† 夢 守 教 会 ††  第二話「痛みの在処(アリカ)」2/(1)

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「りーこちゃん」
 あくる日、理子と二人で学園の学食に向かっている途中の廊下で、後ろから男の人に声をかけられた。いや、正確には僕ではなく、理子が声をかけられた。
 二人同時に振り向くと、そこにはグレーの品のいいスーツに身を包んだ青年が一人。いや、青年というにはまだ顔に幼さを残している。ただ、とっさに僕よりも二、三歳年上の人かな、という印象を受けた。
「リューシ?」
 その青年を見て、理子が返事を返す。先ほど名前で呼びかけられたことといい、理子とこのリューシさんは知り合いであるようだ。
「お前、学校に来ることなんてあるんだな」
 理子が、年上の人に対しては随分と尊大な態度で口にする。
「あははー、それはヒドイなぁ。俺もまだまだ学生のつもりなんだけど」
 陽気に答えるリューシさんは、髪の毛は金髪で、長い前髪を乱している。初対面の人間の見た目をいきなり相対評価するのは失礼な気もするけれど、同性の僕からみても随分と女性的な美しさを持った男の人だ。
「葉明学園の生徒の方なんですか?」
 それにしては幾分年上の方に見える。葉明学園には在籍するのに年齢が関係ない、夜間の定時制の部もあるから、そちらの人かな? という意味合いで聞いてみる。
「ああ、見えないだろ」
 僕の問いかけに、リューシさんの代わりに理子が答える。
「こいつ、既に二つダブってるんだ」
 僕はハッとして、自分の失礼な想像を悔いる。中学じゃないんだ、そういう人がいてもおかしくない。
「定時制じゃないぞ。私達と同じ通常の学科の三年生だ。今年で三年生を三年目に突入というすごいヤツだ。なんだ、お前、葉明学園の三年生を極めることに何か特殊な価値観でも見出してるのか?」
「あはは、久しぶりなのに理子ちゃんは辛辣だなぁ」
 僕としてもハラハラするような理子の口ぶりに対して、さして気にする様子もなく、目を細めてリューシさんは笑顔で応対してくる。
「こちらは、彼氏さん?」
 僕の方に向き直って、リューシさんが理子に尋ねる。僕からして初対面のリューシさんの素性が気になっているように、あちらも僕の方の素性に関心を持つのは当たり前だと思った。
 その質問を前に、理子が一瞬僕に視線を送ってきたので、少しの間目を合わせる。こういう時は、どういう反応をすればいいんだろう。
「そうだな。彼氏というか、運命共同体みたいなヤツだ」
 結局、リューシさんの問いに対して理子は僕と理子の関係をそう言葉で定義づけた。
「それは妬けるなぁ」
 リューシンさんはそう言って僕に向かって手を差し出してくる。
「甲剣竜志(こうけんりゅうし)です」
 僕も静かに手を握りかえす。
「島谷優希です」
 握手をした瞬間、豆が潰れて固まって、またさらにそれが破けて固まってというのをくり返した、武術家の手だというのを密かに悟る。
 これはたぶん、剣道家の手だ。
「島谷くん、理子ちゃんはこんなこと言ってるけどさ、勘違いして欲しくないのは、俺は進級するにあたって出席日数が足りないくらい遊び回ってるダメ人間ではないってことなんだ」
「はあ」と返事を返す。
「いや、なんか初対面の君に対して言い訳がましい俺も自分で微妙な感じなんだけど、その、ビジネスをやっててさ」
「ビジネスですか」
 確かに、リューシさん改め竜志さんの服装は、如何に私服の学校である葉明学園とは言っても、スーツという随分と改まった格好だ。言われてみると、どちらかというと仕事帰りにちょっと寄ってみたという印象を受ける。
「あはは、在学中に始めたビジネスが学業よりも面白くなっちゃってさ。そっちにのめり込んでいくうちに気が付いたら三年生を三回目って訳」
 竜志さんは目を細めたまま、人差し指を一本立てて、何やらレクチャーするような仕草を見せる。
「はあ、それはスゴイですね」
 素直な感想を述べる。高校生で、自分でビジネスを起こすという発想も、実際に起こした行動力もスゴイと素直に感心する。僕なんて、将来の展望など皆無だというのに。
「そーいや、学校に来なくなる頃、そんなこと言ってたな。ビジネスとか、今は何を売ってるんだ? アダルトビデオとか、そういうのか?」
「り、理子ちゃん。初対面の島谷くんに、カッコイイ竜志さんをアピールしようとしてる俺の意図を分かってそういうこと言ってるよね?」
「こいつ、昔はかなりエロかったんだ」
 理子がどうでもいい情報を僕に披露してくれる。
「ええと、その、そういうのやめない? 理子ちゃん?」
 竜志さんは文字通り額から汗を流している。
「二人は昔からの知り合いなんですね」
 むしろ僕としては気になる事柄を確認する。
「知り合いというか……」
 そう前置きして理子が答える。
「親戚みたいなものだからな。それなりに昔から知ってる」
「だね」
 竜志さんも同意する。
「それで、本当は何を売ってるんだ? 名刺を置いていけ」
「いや、ごめん、名刺はないんだけど、そう、しいて言えば俺が売ってるのは……」

――生き甲斐かな。

 そんなことを竜志さんは口にした。
「ふーん、そうか」
 その漠然とした竜志さんの答えに、思いの外、理子は納得したらしい。
「それは、わりといいな。今度会う時まで、名刺作っておけ」
 「名前は大事だからな」、そう付け加えて理子が手を振る。「約束するよ」と竜志さんは笑顔で答えていたけれど、一方で理子はもう話は終わったとでもいった風に歩き始める。
 もともと理子の同行人だった僕も会釈して、その場から離れ始める。
「理子ちゃんの方は今何やってるのー」
 後ろの方から、そう呼びかける竜志さんの声が廊下に響く。
 その声に対して、理子は毅然と振り返ると、親指を一つ立ててサムズアップのジェスチャーを示し、堂々と答える。
「宗教をやってる」
 理子の宣言が、同じく廊下に木霊する。
「それは面白そうだねー」
 最後にそう返ってきた竜志さんの声を背に、理子は再び前を向くと、振り返らずに手だけを振って竜志さんに「じゃあな」とでもいった合図を送る。
 なんというか、理子も竜志さんも、色々と許容範囲が広い人なんだな。僕はそんなことを思いながら理子と並んで学食に向かった。

  ◇

 学食で理子と向かい合って昼食を取りながら、この前菖蒲さんと話した、僕の中に「模造の矢」というエンパシーのスイッチができたことを話した。
「矢」という言葉を口にした所で理子があの日菖蒲さんが見せたような複雑な表情を見せたのが気になったけれど、理子は概ね歓迎してくれたようで、パスタを口に運びながら「良かったじゃないか」と相づちを打ってくれた。
「優希、そのスイッチ、できるだけ切っておけ」
 そして、菖蒲さんと同じアドバイスを僕にくれる。
 何と返していいか分からなかったので、僕は余計なことと思いつつ、こんなことを口にしてしまった。
「竜志さんも、痛みを抱えて生きてる人なんだね」
 竜志さんの手を握りかえした時、スイッチをオンにしてしまった自分を悔いる。
「優希、そのスイッチ、できるだけ切っておけ」
 理子は、まったく同じ言葉をくり返した。
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