†† 夢 守 教 会 ††  第二話「痛みの在処(アリカ)」2/(2)

  ブレインの憂鬱/1

 今の時代、ラップトップパソコンとインターネット回線があれば、宗教はできる。
「ブレイン教会」は情報時代型宗教を自負している。如何に効率よく顧客に救済を与え、世界を変革していくか、それがブレイン教会のコンセプトだ。
 革命は一九九九年の七月までに達成しなければならない。少なくとも、変革の狼煙を世界に対して見せつけなければならない。それは、私が私自身に課した個人的な使命だ。
 計画の第一段階である、中高生層、及び中高生レベルしか思考力を持ち合わせていない二十代前後層に対しての集客は、インターネットを媒介にして順調に進んでいる。次のフェーズとしては、集めた顧客の頭の中にある「既存」の概念を破壊することだが、それも、この前西公園で行ったセミナーで、シルヴィウスが上手く第一歩を踏み出してくれたらしい。大丈夫、計画は順調だ。私はあの人を救うことができる。間違いはない。
「嬉しそうだね、ブレイン」
 背後に幽性の気配がする。シルヴィウスが、いつの間にか部屋の中に入ってきたのだ。
「計画が順調だからさ」
 私は振り返り、ラップトップパソコンを一旦閉じる。眼前に、赤髪に複数のピアスをつけた耳が印象的なシルヴィウスが腕を組んで佇んでいる。
「安心は自身を『既存』に向かわせてしまうよ? 欠陥品の前時代人類は変わらないことに安心を求めるものだからね。だが、我々は違う。変化の前段階たる『既存』を消滅させて『真実』の『有』を『無』から創り出す。それが我々新時代人類のあり方さ」
「シルヴィウス、私はお前が目指している『存在の革命』とやらにはあまり興味はないんだ。まあ、否定もしないがね」
 赤髪をかき分けるシルヴィウスに対して私は冷淡に告げる。新時代の救済は孤独なものだと私は知っている。大規模な宗教組織などバカげている。これは、利害が一致した私とシルヴィウスが二人だけで試みている、現存世界に対する革命だ。そして、向かうべき所が近いから今はこうして行動を共にしているが、本質的に私達は「独り」であることも忘れてはならない。
「まあ、妙なノイズでも入らない限り、僕とブレインは最後まで同じ所に辿り着く気が個人的にはしているけどね。まあ、それはイイ。西公園での講演は成功させたつもりだよ。抱いていた『既存』を破壊された沢山の少年少女が、それに代わる『真実』を待っている」
「リストは取ったんだな?」
「ああ。携帯にPHS、パソコンのアドレス諸々取ったよ。何もないヤツには、口頭で伝わるネットワークも構築した。ぬかりはない」
「分かった。顧客全体に対して、近いうちに『真実』を配信するよ」
 シルヴィウスが右手で顔を覆って「クック」と笑う。
「それでいい。今年の七月までに、君の願いは叶うだろう」
 そう言い残して、シルヴィウスは教会という名の私達の事務所から去っていく。
 私は再びラップトップパソコンを開いて、作業を再開する。
 フと、ファイル名「モトムラくん事件」というフォルダが目にとまる。
 その時、ザザザとノイズだけが映った深夜のブラウン管のような映像が、私の脳の中を過ぎった。

       /ブレインの憂鬱1・了
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