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夢 守 教 会
†† 第二話「痛みの在処(アリカ)」3/(2)
◇
翌日、徒歩で模造の塔に向かう途中、理子がこの間最後まで聞けなかった、二つの塔の名前の由来に関する話の続きを話しはじめた。
「模造の塔が建設されてから一年後、つまりは今から二年前だな、一人の中学生の少年が模造の塔の屋上から投身自殺をしたんだ」
想像していたよりも重い話がはじまったので、居住まいを正す。
「その少年が死んだ後、自宅から見つかった遺書に書き殴ってあった言葉が……」
――Life is like a Parody.
僕は押し黙る。
理子の説明が続く。
「一時、ワイドショーなんかで騒がれてな。その時TVに出ていた知識人を名乗るお偉い心理学者やら哲学者やらが、『Parody』の部分を『模造』と訳した。それが、あのビルディングが『模造の塔』と呼ばれるようになった一番の理由だ」
「『既存の塔』の方は?」
うん、と頷いて理子がさらに説明を続ける。
「お偉い知識人達はさらにその少年の自殺の動機に関して持論をぶつけ合った。何でも複製化される社会に絶望したんだとか、行きすぎた個性化が歯車的な生き方を強いる社会を拒否したんだ、とか、まあ色々あったよ。
そんな少年の動機の考察の中で生まれた一説が、少年は自分がオリジナルではないことに絶望したんだ、つまり少年は自身が『既存』から作り出された『模造』であることに絶望したんだ、という説だ。その時、知識人の誰かが『既存』という言葉を使ってな。その説はそのままツインタワーのビルディングの『既存』のビルディングと『模造』のビルディングの関係に当てはめられた。少年は『模造』品であった模造の塔に自分を重ねて、その場から飛び降りました。動機の解明終了。めでたし、めでたし、みたいな感じでな。それ以後、この町ではあの二つのビルディングのことを、それぞれ『既存の塔』と『模造の塔』と呼んでいるというわけだ」
理子の説明が終わる。最後の方の語り口には、理子なりの皮肉が込められていたような印象を受ける。
「優希、お前はこの話をどう思う?」
案の定、見解を求められる。先ほどの語り口からして、理子は知識人とやらが行った、その少年が自殺した動機の解明に、何かしら不満な気持ちを抱いているのだと思う。
「死にたくなるまで追いつめられた人間の気持ちを、第三者が上からどうのこうのと言うのは、何かしっくりこない」
だから僕はそう答えた。別に理子に媚びたわけではない。まったくもって自分の感情から導き出した感想だ。
「菖蒲さんが、極度に心に負荷を追った人間に与えられた最後の選択肢は三つしかないって言っていた。狂うか、自殺するか、宗教に走るか……。僕と理子は宗教に走って、その少年は自殺した。つまりは、僕と理子と、その少年は同じだったということだ。だとしたら、もし僕だったら、僕の行動の理由を、そうやって偉い人からどうのこうのと言われるのは、なんか嫌だよ」
歩きながら話しているうちに、既存の塔と、模造の塔が近くに見えてくる。その少年は最後にどんな気持ちで、並び立つ二つの塔を見たのだろう。
「その少年が私達の友だちだったとして、その時、夢守教会があれば、そいつは自殺しなかったと思うか?」
理子が僕に尋ねる。
「それは分からない。けど、そうだったらよかったね」
そう答えて横目で理子を見やると、微かに頷いた彼女の横顔が見えた。
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