††
夢 守 教 会
†† 第二話「痛みの在処(アリカ)」3/(3)
◇
今まで何となく通りかかってはいたのだけれど、改めてこのツインタワーを目的にこの場に来たのは初めてだった。そういえば、そうだったなという程度の感覚で今回改めて認識したのは、既存の塔の一階はフラワーショップで、模造の塔の一階はパン屋だということだ。そこから上、二階から二十二階までが、いわゆる分譲マンションの形で一般の家族が住んでいる住居スペースになっている。
ここに住んでいる住人を説得するのが今回の僕たちの任務であるわけだけど、とりあえずその活動を開始する前に、理子は『模造の塔』の一階のパン屋で菓子パンを二つ買った。三色パンとメロンパンだ。
「理子ちゃん、大きくなったわね」
パン屋の店主と見えるおばさんがレジ打ちの際に理子にそう声をかけたので、ちょっとだけ驚いた。
「私ももう女子高生ですんで、それなりには」
そんな言葉を軽く理子が返している。
「後ろの子は彼氏さん?」
本当、小さいときから知っている近所のおばさんみたいなノリで、パン屋のおばさんはそんなことを聞いてくる。
「そうです」
そして、理子がそんな返答を返したものだから思わず何かを吹き出しそうになる。牛乳なんかを飲んでる途中だったら、漫画みたいに吹き出していた気がする。
「私ももう女子高生ですんで、それなりには」
そんな同じ言葉だけど先ほどと意味合いが違うように取れる言葉をおばさんに残して、理子は店の出口に向かっていく。いや、分かるけど。教祖と参謀の関係ですとか話したら話がややこしくなるし、運命共同体みたいなものと詩的に会話を流せるほどの関係、つまりは竜志さんとの関係ほどにはパン屋のおばさんと理子は親しくない関係なのだろう。
「ほれ」
と、パン屋を出た所で、三色パンのアンの部分だけちぎって僕に渡してくれる。ええと、理子はアンが苦手なのだろうか。
一階がフラワーショップとパン屋だということもあってか、既存の塔と模造の塔の間には、休憩スペースのような椅子とテーブルが並んでいる小広場が広がっている。理子はそんなスペースにある椅子の一つに腰掛けて、三色パンの残りのチョコレートとクリームを口にする。
「お店の人と知り合いだったんだね」
さっきの彼氏発言には触れずに、無難に理子の人間関係に関する情報を集めておくことにする。
「模造の塔の屋上は最高の雪景色のスポットだって言ったろ? 塔が建った三年前からよく来てたんだ。来る度に何となくパンを買ってたからな、おばちゃんとはそんな関係だよ。三年といっても、おばちゃんから見ると結構大きくなってるらしいな、私」
「そう」
僕は三年前の理子は知らないけれど、それはきっと可愛い中学生だったのじゃないかなんて思う。
「既存の塔のフラワーショップの方のおじさんとも、実は知り合いだったりする。せっかくだから、私達の教会を飾る花でも買っていこうか?」
「それはわりといいアイデアだけど、花はかさばるから仕事の後だね」
パンと違って、花は食べてしまえば質量が消滅するといった類のものじゃない。
「そうだな」
そう言って、理子は残ったパンを平らげると、左右にそびえる二つの塔を仰ぎ見るように上を向いた。僕もそれにならって空に向かって並び立つ塔を見上げる。
「どうだ、優希的にも、やっぱり似てるか?」
同じ外見をした二つのビルディング。一つが先に造られ、それを元にもう一つが後に造られた二つの塔。
「そうだね。見た目はそっくりだ。細かい所は違ったりもするんだろうけど」
さっき理子から聞いた話だと、既存を模造するしかない世界は絶望だという人もいたらしいけど、こうしてみると、既存をそっくり真似するということも結構な大仕事に思えてくる。
「実は私は結構好きだ」
理子がそんな感想を述べる。
「よく、自分の子どもに名前の一字をあてたりするじゃないか。既存を模造するという行為には、それに通じる何かを感じるんだ」
その言葉を聞いて、フと僕は自分の名前の由来を思い出す。僕の名前は、父さんと母さんから一字づつもらったものだ。
「名前は大事だからね」
だから、いつだか口にした言葉が、自然とまた口から出てしまっていた。
3/(4)へ
夢守教会TOPへ