†† 夢 守 教 会 ††  第二話「痛みの在処(アリカ)」4/(3)

  ブレインの憂鬱/2

 あの人はシーモアじゃなくてフラニーだ。だから私はゾーイーにならなければならない。アカデミックな学問としての解釈論は知らない。だが、ゾーイーはフラニーの心を救済したというのが私の解釈だ。私は、ゾーイーとしてフラニーであるあの人の心を救済しなくてはならない。
 だから私は、全ての精神力を注いで、顧客達に送る「真実」を執筆する。あの人の回りの世界が「真実」によって変革されれば、あの人はきっとシーモアとは違う結末を迎えることができる。一字、一字、いや、言語を最小単位の音素の単位にまで分解して、その音素一つが顧客の心理に与える影響までを考え抜いて、「真実」を執筆する。
「真実」のレターの内容は、主に顧客の中の「既存」の破壊と、それに変わる無から生み出された穢れ無き「真実」の価値の訴求だ。シルヴィウスが行った演説も参考にして、擦り切れるような気持ちで、顧客の心の中にある「既存」を壊す言葉を紡いでいく。如何に顧客自身が「模造」品に過ぎなかったかを最新の心理学を利用したライティングの技術を使って伝えていく。
 自身を「模造」品と自覚した顧客には、既に拠り所となる「既存」すら存在しない。このレターを受けとった顧客は、高いパーセンテージでそういう状態になるはずだ。
 しかし、そこで私の筆は止まる。
 分かっている、レターの最後に行うべきは、破壊した「既存」と「模造」に代わる「真実」の提示だ。
 松果体(しょうかたい)。
 計画上の「真実」は決まっている。シルヴィウスと話して決めた、脳にある対ではない器官。これまでの顧客には、そう話し続けてきた。しかし、それはホンモノの「真実」ではないと自分で分かっている。客層によって揺らぐ真実。頭が悪い十代の顧客ならばいい。だが、例えば大学で教鞭を執るような本物の脳科学者にレターを読まれたとして、その者が松果体を「既存」と「模造」に代わる「真実」だと受け入れるだろうか。
 無理だ。
 甘い。
 私は拳を握りしめる。このレベルで世界が変革されたとしても、まだ、あの人は救えないかもしれない。
「真実」が必要だ。「既存」も「模造」も超越したような、「この世でもっとも確かなもの」とでも呼べるようなものが。
 暗い事務所で、天井に向かって手を伸ばす。誰か、「真実」を教えてくれ。世界を変革できるだけの「真実」を。あの人を救えるだけの「真実」を。
 ドンと、伸ばした手をラップトップパソコンが乗った机に叩き下ろす。
 刹那、モニターの隅に表示されていたフォルダが目にとまる。
 ファイル名「モトムラくん事件」。
 ザザザと、目の前がノイズに揺れる。
 そういえば、あの人とあの子の定められた終着駅は同じ。なのに、あの子の方はどうして笑っていたのだろう? そんな想念が、暗闇の中でフと頭を過ぎった。

       /ブレインの憂鬱2・了
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