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夢 守 教 会
†† 第二話「痛みの在処(アリカ)」5/(3)
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的の設置などの準備を手際よくやった後、理子は「一応着替える」と言って一旦射場から出て行った。
そうして待つことしばらく、僕の前に再び現れた理子の姿は、僕にとって新鮮なものだった。
白い和服に、紺の袴。いわゆる弓道着姿なのだが、これがとても堂に入って見える。
「『弓村』の正式な装束、道具は別にあるんだけどな。さすがにそれは家に置いてある。今日は、あくまで仮の格好だけど、お前に見せたいのは技術の方だから問題ないだろ?」
そんなことを言う。理子の言う正式な装束にも興味があったけれど、それはそれとして、単純に道着であれなんであれ、女の子が和装をすると、何かこう、新しい魅力を発見してしまったような感覚に陥ってしまうというのは、僕はちょっとダメな男だろうか。
あ。
「その矢……」
そこで僕は気が付く。理子が一式持ってきた弓道具の中にある、数本の矢。その矢を視たときに感じた、奇妙な違和感。
「僕の中にある矢と違う」
心象イメージ。菖蒲さんがそう呼んでいた、僕の頭の中の風景に現れた、折ったり接いだりすることでエンパシーのオンオフを切り替えることができる「矢」の映像。目を閉じるとイメージとして知覚することができるその不思議な「矢」と、今目の前にある理子が持ってきた矢とは、何かが違う気がした。
「どう違う?」
理子も興味を示したらしくて、矢を一本僕に向かって差し出してくる。比べてみろということだろう。
言われた通り、僕は渡された矢と、僕の中にある「矢」とを、目を開いたり閉じたりして比べてみる。
「どちらも羽根が三枚付いているけど、僕の『矢』の方が羽根が短い。それと、矢自体がもっと鋭いというか、スリムというか、一言で言うと『細い』」
「おまえの『矢』は、何色をしている?」
「色?」
理子に言われたので確認してみる。今、目の前にある現実世界の矢は、銅色のシャフトに黒い羽根という色をしているけど、僕の中にある心象イメージの「矢」の方は……。
分からない。
これはどういうことなんだろう。よく、眠っている時に見る夢に色がついてるかいないかという話があるけれど、結局目が醒めてるうちに思いだそうとしてもよく思い出せないような、そんな感覚に似ている。
そして、もう一つこの感覚には心当たりがある。今年見たはずの雪景色の雪の白さを、何故だか僕は立体的に思い出せない。理子と頷きあった、あの感覚にも似ている。
そのことを理子に説明すると、理子は「それはなんか残念だな」という感想を口にした。
「雪景色でも、矢でも、色が立体的に見えた方が、なんかイイ気がするけどな」
なるほど、それはそんなものかと思う。色というものが世界にあるのだから、せっかくだから知覚しておいて損は無いような気がする。ただ、芸術的な美しさがどうのという話になると、雪景色の方はともかく、「矢」に関しては僕はそんなに沢山の矢を見たことがないので、そもそも美しい色をした「矢」というのがイメージできない。本当に、僕の心の中にある「矢」はどこから沸いてきたのかと思う。
「まあいいや。とりあえずはじめるから、優希はそこで見ていてくれ」
そう言って的場に正対する位置に移動すると、理子は弓を構えた。
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