†† 夢 守 教 会 ††  第二話「痛みの在処(アリカ)」5/(5)

  ◇

 合計七射。全ての射を的の中心に命中させると、「こんな感じだ」と言って理子は弓を下ろした。額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
「どうだ?」
 と感想を求められたので、「驚愕だ」と素直に感想を返した。
「君の話した『映認』とか『必中』の話とかが本当だと分かった。いや、マジですごい」
 張りつめていた空気が消えたので、正座していた足を崩して、素直に称賛を贈る。
「そうか。うん、そう言われるとやっぱり嬉しいな」
 理子は目を細めて、何かを見ている。まだ的の方向を見てはいたが、もう現実世界の的を見ているわけでは無さそうで、自分の中にだけある風景を懐かしんでいるような印象を受ける。もしかしたら、長い時間をかけて弓の練習をしてきた、自分の過去の時間を追憶しているのかもしれない。
「私の時間は無駄じゃなかったかな」
 ポツリとそんな言葉をもらす。ここには他に誰もいないので、僕に聞いているのだろう。
「当たり前だ。あれで無駄だったとか言われたら、僕が空手の練習に費やしてきた時間とか、人一般が何かに打ち込んできた過去とか、全部無駄になっちゃうよ」
「そうか、そうだよな。よし、決めた」
 理子の表情が晴れやかになる。
 今日は色んな理子の表情を見た気がする。模造の塔の住人を説得して回った時は誠実で一生懸命な感じがしたし、シーモアグラスの話を聞いた後は、押し黙って何かを考えている感じだった。どの理子も理子なんだろうけど、せっかくなら、その表情は晴れやかな方が望ましい気がした。
「これはな、どちらかというと夢守教会の教祖としての提案なんだけどな」
「うん」
 そして、今度はちょっとだけ真剣な表情だ。本当に、色んな顔をする子だと思う。
「『既存』にも、そこから生み出された『模造』にも、私は意味がある気がする。だから、私達の宗教では、『この世でもっとも確かなもの』を、『既存』と『模造』が溢れるこの世界、今あるこの世界の中から探そう。シーモアさんの話に出てきた、『既存』も『模造』も消えてしまったまったく新しい世界なんかじゃなくてさ」
 瞳に意志が宿っている。
 場所は夜の弓道場。教祖の姿は弓道着に片手に弓というよく分からないシチェーションだった。
 世に聞く大きな宗教にまつわる劇的な物語の数々と比べると、この状況はかなり意味が不明だ。それでも、僕たちの宗教にまつわる物語は、ここで新しい一歩を踏み出す。
「わかった。僕たちは『既存』と『模造』が溢れる今の世界を肯定しよう」
 すなわち、参謀である僕がそう答えた瞬間、僕たちの宗教に、一つの「信仰」が生まれたのだった。
  5/(6)へ

夢守教会TOPへ