†† 夢 守 教 会 ††  第二話「痛みの在処(アリカ)」6/(3)

  痛みの在処(アリカ)/

 よろめくようにして校舎から外に出ると、既に夕日がコンクリートの地面を照らしている時間になっていた。
 遠くからはテニス部のものと思われる高音の打球音が響いてくる。
 カーン、カーンと響き続けるその高音を聞きながら、一歩一歩、哲学研究会の部室がある部室棟に向かって足を進める。
 色々な気持ちと、言葉と感覚が頭の中を巡っている。
 この世界は「模造」の世界であると言っていたシーモアグラスの話。
 まるでその話を知っていたかのような巫和さんの話。
 だけど、夜の弓道場で決めた、僕と理子とで決めた今あるこの世界を肯定しようという誓い。
 だけど、この世界には「痛み」があって、その在処を僕は知っているはずだという巫和さんの言葉。
 「痛み」という言葉が胸を貫く。
 エンパシーのオン/オフが出来るようになって理解したことがある。
 オフの状態があることで、はじめてオンの時の「痛み」の重さが相対的に浮かび上がってきたのだ。
 菖蒲さんの痛み。
 竜志さんの痛み。
 シーモアグラスの時は理子が止めてくれたから分からなかった。だけど、彼女もきっと……。
 そして巫和さんの痛み。

 最後の極めつけは、「僕」の痛みだ。
 菖蒲さんは、僕を見つめていたもう一人の僕は、僕が自分が感じた痛みを逃がすために僕から分離させた存在だと言っていた。
 つまりは、僕は自分の痛みをもう一人の僕に押し付けていた。僕という「既存」から生み出された、もう一人の「模造」の僕。菖蒲さんが言うように、元になる「既存」が存在しなければ、いかなる存在をも生み出せないのだとしたら、「模造」の僕に押し付けた「痛み」は何処からきた? もともとは、何処に在ったものだ?
 哲学研究会の部室の前に辿り着く。中で僕を待っているのは、人の「心」をケニングで「夢」と綴った少女だ。
 分かってる。僕にはもう分かってる。いや、ずっと知っていた。

(痛みは、僕らの心の中にある)

(僕が守ろうと思った夢(こころ)は、痛みに満ちている)

 本当に、この世界では心は痛みに満ちているのだとしたら、誰かがシーモアグラスに語ったように、巫和さんが言っていたように、こんな世界、もしかしたら……。
 そんな思念が一瞬過ぎった時、おもむろに哲学研究会の部室のドアが開いた。
「お、優希。何か遅いから、今迎えに行こうと思った所だぞ?」
 中から、僕とは対照的にやけに晴れやかな表情をした理子が出てきた。
「理子、あのさ」
 口を開きかけた僕の右手を、理子がグっと握りしめる。
「何、ボーっとしてるんだ。とにかく中に入れよ!」
 ぐいと腕を引っ張られて、哲学研究室の部室の中に引っ張り込まれる。
 そうやってこの部屋の扉をくぐる時、心の中で「ごめん」と呟いて、僕は心象イメージの矢を紡いだ。
 知っておきたかったから。
 改めて理子の痛みを知っておきたかったから。
 エンパシーのスイッチをオンにした。
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