†オリジナル少女小説†


【陽菜子さんの容易なる越境】

 世界史で習う「ベルリンの壁崩壊」ってあるじゃないですか。出来事が起こった背景とか、その歴史的、社会的意味とかにはそんなに興味があるわけじゃないのだけれど、何故だろう、子供の頃から「二十世紀を振り返る!」みたいなテレビの特番で何度も見てきた、あの人々が壁をよじ登って情念を解放している映像は、私にとってはひどく心に残るもので、成長していく過程でしばしば立ち止まってはそのイメージに想いを馳せて、色々考え込んでしまうことが私にはよくあった。
 上手く言葉に出来ないのだけど、たぶん、何かと何かを隔てていた境界を乗り越えるという行為が、強く私の心を惹きつけるのだと思う。
 私が繰り返し自問した想念はおおまかにはこうだ。
 
1/壁を越えて向こう側に渡ろうとする人の背中には、ひどく勇気づけられる。

2/だけどもし自分の大事な人が壁の向こう側に行ってしまうとしたら、それはとても切ない。

 境界を越えていく勇気ある人の背中にワクワクを感じてしまう。これはもうどうしようもないことだと思う。だって境界の向こうには新しい世界が広がっているのだもの。自分が行きたいと願う新しい世界に向かって壁を越えていく。この高貴で高潔な心に誰が胸のときめきを押さえることが出来るだろう。
 だけど、一方で、大事な人が遠くに行ってしまうのはイヤ。これもまたどうしても抑えることのできない感情だからこの命題は難しいのだと思う。でもわりと普通でしょう? 想像でしかないけれど、皆が皆、壁の「向こう側」に大事なモノがあるわけじゃないと思うの。壁の「こちら側」に大事なモノが残っている人も、きっと沢山いるはずで。
 そこまで想いをめぐらすと、そんな大事なモノを置いて、壁の向こう側に行こうとする人の気持ちが分からなくなってくる。
 壁があるなら超えて行って、私をワクワクさせて欲しいけど、だけど私から遠くに行ってしまうのはやめて欲しい。そんな相反する気持ちを同時に抱えてしまうとなんだか途方にくれてしまって、ベルリンの壁も万里の長城も、ありとあらゆる壁という壁がひどく高くて重苦しいものに感じられてきて、ちょっと関わることすらおっくうな、そんなネガティブなものに感じられてきてしまったりもして。
 大事なその人が渡りたがっているとしたら、本当に、私はどうすればいいのだろう。一緒に壁をよじ登ればいいのだろうか。それとも壁を登るのはやめてとその人に懇願すればいいのだろうか。

 答えの出せない私は、今日も両膝を抱え込んで眠りにつきます。

  ◇◇◇

 頭に何か柔らかいモノがぶつかった衝撃でキコは目を覚ました。
 まだ暗い自室の布団の中、枕元の携帯をたぐり寄せディスプレイの時刻を確認すると、目覚ましのアラームをセットしておいた時間にはまだ十五分ほど早い時間だった。
 一体何が? 三分の一ほども覚醒していない意識のまま手の届く範囲をまさぐると、やがて柔らかい感触が手に触れる。
 携帯をスライドさせてメインディスプレイの薄明かりで確認。白熊だった。
 しょうがないのでここで一句詠んでみる。

 夢の後 現(うつつ)の世には 白熊が

 ダメだ。さすがにまだ頭が働かなくて切れがある句が出てこない。そもそも、寝起きで一発目の題材が「白熊」というのが難易度が高い。
 いや、「白熊」という一般名詞で呼ぶよりも、「シロックマ」という商品名で呼んだ方がいいのかな。最近大流行の癒し系白熊、「シロックマ」のぬいぐるみ(中)である。
 もー、陽菜子(ひなこ)さんったら。
 何故かシロックマ本体の名称よりもそれを贈ってくれた親友の名前を思い浮かべながら、キコは寝起きから苦笑いするはめになる。
 というか集め過ぎ。そしてくれ過ぎなんだよ、陽菜子さん。
 趣味の古典が並べられたカラーボックスの上に、所狭しと積まれたシロックマを寝たまま見上げていると、徐々に意識が覚醒してくる。これだけ積まれてたら、そりゃバランスを崩して落ちもするよなんて思いながら、ここで起きちゃうべきだよねと、布団から上半身だけ起こして、落ちてきたシロックマを愛でる。陽菜子さんとの早朝のデートは日課だったりする。陽菜子さんからメールが来る前に、陽菜子さんから贈られたシロックマに起こされるというのも、まあ、アリって言えばアリだろう。

  ◇

 リビングに設置したベッドでまだ眠っているお母さんを起こさないように、夜遅くまでパソコンに向かって仕事して、今またお母さんの夜の介助のためにお母さんのベッド脇に布団を敷いて寝ている兄さんを起こさないように、そして日中会社で一生懸命働いてくれてる向いの部屋のお父さんを起こさないように、キコはそっと玄関のドアを開ける。
 「行ってきます」と心の中でだけつぶやいて、音が鳴らないように慎重にドアを閉める。
 さあ、薄暗がりの朝の町へ出よう。マンションの九階から生まれ育った町の一日の黎明(れいめい)を見下ろしてまだ冷たい空気を鼻で吸い込むと、丁度、マナーモードに設定していた携帯が振動音を発した。陽菜子さんからのメールだ。

――今から行くよん。

 短い出立報告のメール。いつもの陽菜子さんのメールだ。

  ◇

 ゆるやかで大きな川にかかる地元では由緒ある大橋の所までやって来て、いつもの待ち合わせ場所である橋の手前の休憩スペースのベンチの上に座って所在なくペン回しの要領で携帯をくるくると片手で回していると、やがて橋を渡ってくる陽菜子さんの姿が見えてきた。
 朝から元気な陽菜子さんは橋の途中から駆け足でスピードアップしてやってくる。そこに走り高跳びのバーが設置してあったら、軽々と飛んでみせるんじゃないの? というくらいの期待感を持たせる軽やかな走りで、その姿は朝から躍動感に満ちている。やがて休憩スペースまでの最後の1メートル辺りで本当にピョンと飛び跳ねたのにはビックリしたけれど、そこに陸上競技で使うハードルも高跳びのバーもあるわけではないので、陽菜子さんは無難にキコの鼻先に着地する。指二本の独自の敬礼のポーズを決めちゃったりしながら本日の第一声。
「キコちゃんおはよう! 今日も遊ぼう!」
 だって。

  ◇

 キコのマンションがある橋のこちら側に向かう形で陽菜子さんと肩を並べて歩く。
 季節は四月も半ばを過ぎた春。陽菜子さんの服装も春仕様になっていて、白いミニスカートにピンクのTシャツ。その上にこれまた白いレザージャケットを羽織っているというスタイルだ。普通に見ると白が強いこのスタイルも、存在そのものが太陽の白光のような陽菜子さんにはよく似合う。スカートからスラリと出ている足がヌーディー過ぎずにほどよく清楚にセクシーな感じで。今更しみじみと思うことでもないけれど、キコのこの親友は大きい瞳に美肌を携えていてナチュラルにキレイで可愛く、かつ適度にオシャレで、女の子としては憧れたくなる外見をしている。肩にかかるくらいで無秩序にバラした髪もちょっと茶色に染めてるしね。キコ達の通う高校は私服の高校なので、おそらくはこの服装が今日の陽菜子さんの学校でのスタイルにもなるのだろう。一方キコの方は陽菜子さんとは逆に黒のスカートにこれまた黒い水玉のカットソー。上から無造作にジージャンを羽織っているというスタイルだ。黒のテロテロスカートは程よい女らしさがあって着回しやすいからキコは気に入っている。これでも陽菜子さんと親睦を深めるうちにオシャレには気を使うようになってきた方だ。小さい頃は、オシャレより「本」って感じの子どもだったから。古典が好きだからってわけじゃないけど、髪はわりとツヤが自慢で長いのを後ろで一結びにしている。ほどくと平安貴族みたいだねって言われるのが微妙に誇らしかったりもして。
「この百円玉は弾丸」
 朝の心地よい空気を胸に吸い込みながら並んで歩いていると、親指と人差し指に百円玉を挟みながら、陽菜子さんが右手で銃を作った。
「標的はもちろん白熊。ズドンと一撃でしとめちゃうの」
「それは強力。でも私的には極力傷つけないでやって欲しいな。ケガしてるシロックマじゃ、ハラハラしちゃって癒されないもん」
「うん、じゃあ麻酔銃という設定にする」
 そんないい加減な会話をしながらキコのマンションの部屋から眺望(ちょうぼう)できる商店街を抜け、最近訪れるのが日課となりつつあるゲームセンターという名の狩猟場に向かう。目指すは、クレーンゲームのシロックマ(ぬいぐるみ)一体だ。
「傷つけずに仕留めるわ。でもってそいつを売って資本金にして白熊の拡大再生産。世界中の白熊が私のもとに集まったらどうしよう」
「環境保護団体に訴えられないように気をつけてね」
 そんなくだらない会話をしながら歩く。キコは、この時間が結構好きだ。

  ◇

 二十四時間開いてるゲームセンターに早朝から女の子二人って、なんだか訪れてる二人は常習の不良みたいに思われるかも知れないけれど、長いグレーゾーンを想定するならだいぶ白よりの活動なんじゃないかと思ってキコは毎日来続けている。危ない薬に手を出すとか、アルコールを摂取しちゃうとかに比べたらとっても白いんじゃないだろうか。白熊だけに。
 そんなうすら寒いことをキコが考えてるうちに、陽菜子さんはとっととシロックマコーナーに向かっちゃって、シロックマの品定めをしている。ゲームはいわゆるクレーンゲームなので、どのシロックマが取りやすいかとか、そういうのをガラスに顔を近づけて分析している。
「あ、キコちゃん、今日は昨日まで無かった『まったり』があるよ」
 との陽菜子さんの報告。
 「まったり」というのはシロックマの表情のことで、いろいろ、「にっこり」とか「ぼんやり」とか種類がある。それぞれ出荷数が違うらしく、レア度とか、シロックマー(シロックマファンの総称)の間では色々あるらしい。陽菜子さんから仕入れた知識によると、「まったり」はレア度高し。ちなみに今日キコの頭の上に落ちてきたのは「ぼんやり」だ。そう思うとシロックマが勝手にカラーボックスの上を歩いていて不注意で落ちてきたみたいだけど。
「陽菜子ちゃんおはよう」
 シロックマを凝視している陽菜子さんに後ろから声がかかる。
「あ、島田さん。おはようございます」
 声をかけてきたのはほぼこの時間に日参してるだけに、もはや顔なじみにもなろうという、早朝シフトの店員さんの島田さんだ。ちなみに陽菜子さんはきちんと挨拶ができる礼儀正しい女子高生。キコもならって「おはようございます」と頭を下げる。
「『まったり』、狙っちゃうの?」
 訊ねる島田さんに向かってこくりと頷く陽菜子さん。
「配置は島田さんが?」
「うん、夜中に何人かチャレンジしてた人がいて崩れちゃったけど、ついさっき配置し直した所」
「それじゃあこれはフェアなゲームというわけですね」
 キコも陽菜子さんにつき合っているうちに知ったことなのだけど、ゲームセンターでも熟練で誠実な店員さんになると、クレーンゲームの中のぬいぐるみの配置にも高度さとフェアさがにじみ出てくるのだそうだ。レアなぬいぐるみを、難易度が高い位置には置くのだけれど、決して取れない位置には置かない。そういった一種の美学が働くのだそうだ。それは難しくても序盤の伏線や推理材料からちゃんと犯人が割り出せるようになっているフェアな本格ミステリのようなもので、そういう良質なシロックマキャッチャーにこそ挑み甲斐がある、と、これが陽菜子さんの弁である。
 そして陽菜子さんは「読者への挑戦」付のミステリの犯人をちゃんと推理して当てちゃうような人だし、新種のパズル型ゲームをやってもその法則性を短時間に分析して高得点をたたき出しちゃうような人なのである。ただし、ミステリもゲームも陽菜子さんが「面白い」と思ったものに限ってだけど。
 そしてキコの部屋に高く積まれた陽菜子さんから貰ったシロックマのぬいぐるみを鑑みるに、最近の陽菜子さんは猛烈にシロックマを面白いと思ってる。今までの経験則から陽菜子さん有利かな。キコがそう思った時、陽菜子さんがキャッチャーに百円玉を入れた。
「任務了解。これより『まったり』顔の白熊の捕獲作戦に入ります」

  ◇

 笑顔の陽菜子さんと肩を並べてゲームセンターを出る。普通に平日はこれから学校に行く身の二人なので、いつも長居はしない。シンプルに勝負して、結果に関わらずすみやかに退散する。まあ、今日の場合、結局「まったり」シロックマはしっかりとゲットした陽菜子さんな訳ですが。
 ちょうどヒマな時間帯なのか、島田さんも入り口まで出てきて笑顔で手を振っている。こういう時、別に店員さんはお客さんから商品を守ってケチケチしてるわけじゃないんだなと思う。自分の創った自信作の謎をさわやかに読者に解いて貰えたミステリ作家の清々しさというか。もっとも、島田さんにいたってはともかくお客さんを喜ばすことに一番の生き甲斐を感じてるようなふしもある。
「ごめんね、今日の『まったり』はちょっと使うからキコちゃんにはあげられないわ」
 首根っこを掴んで持ち歩いてもいいようなものなんだけど、まるで赤ちゃんでも抱くように両手でやさしく「まったり」シロックマを抱えながら陽菜子さんが言った。
「ううん、いいよ。私の部屋、だいぶ、っていうかかなりシロックマに占領されつつあるから、そんなにシロックマに対してどん欲じゃないよ」
「そう? それはそれで寂しい気もするんだけど」
 陽菜子さんがキュートな微笑みを浮かべる。まあ、はたから見れば本当に些細なことなのかもしれないけれど、親友が一勝負して価値あるものを手に入れた朝は気持ちがいい。春の風は気持ちいいし、なんだか見慣れた商店街の町並みも今日は活気ある一日になりそうな予感を感じさせたりして。こんな気持ちを、これからも繰り返し味わっていけたらいいのに。キコはそんなことを思った。

  ◇

 大橋の手前まで戻ってきた二人だけれど、すぐにハイさようならというのも味気ないので、橋の欄干(らんかん)に寄りかかりながら少々の談笑を楽しんだ。
「それでさ、キコちゃん」
 いよいよ朝の時間も押してきてそろそろ解散かという時になって陽菜子さんが切り出した。
「前に頼んでた話だけど、お兄さんの方、アポ取れた?」
「うん……」 
 キコはちょっとだけ顔を伏せかけたが、すぐに誤魔化すように視線を橋の下を流れる川に向けながら答えた。
「兄さん半分夜型だから、お父さんとお母さんが眠ってからの夜十時くらいが都合がいいって。その時間ならいつでもいいって言ってた。陽菜子さんはどう?」
「うん、それでいいよ。紀之(のりゆき)先輩に会うのも三年ぶりくらいかなぁ。まさかこんな用件で会うことになるなんてね」
 そういって陽菜子さんは笑った。
「でも……」
「うん?」
 そこでキコは少し言葉をつまらせる。
「ううん。上手く言えないんだけど、やっぱり、なんか寂しいなぁ」
 そんなキコに向かって陽菜子さんはパンと軽くキコの肩を叩いた。
「大丈夫、何も寂しいことなんかないよ!」
 そう言って陽菜子さんはきびすを返す。
「それじゃ、また学校でね。ヤバ! そろそろ駆け足じゃないと遅刻ペースだよ!」
 橋を軽やかに向こう岸に向かって駆けていく陽菜子さん。その足取りは面白いくらい軽かったけれど、見ていたキコはなんだか空虚な気持ちが胸に過ぎった。学校ですぐ会えるのに、なんだか離れていく陽菜子さんが無性に愛しくて。町の地名的には、橋のこちら側が一丁目、向こう側が二丁目、それだけのことなのに、なんだかその一と二の差がとっても大きいように感じられたりして。

  ◇

 少し、キコの家族のことを説明しておいた方がいいかもしれない。キコの家族はキコに加えて父、母、そして七つ離れた兄の四人家族で、それなりの波乱を含みつつも大ざっぱには順風満帆にやってきた仲良し家族だった。しかし明けない夜は無いというように、暮れない昼も無かったというか、今から2年前、キコが高校一年の時に、母親が倒れて半身が麻痺してしまったという凶事にみまわれることになる。具体的にどうして倒れたとか、倒れた当時どんな様子だったかとかは今でも思い出すだけで胸が苦しくなるのでキコは思い出さないことにしているのだけれど、ここで陽菜子さん絡みでこの事態が関係してくるのは、お母さんが倒れたことによって、それまで研究者の道を目指して大学院のマスターコースで勉強していた紀之兄さんが、日中の介護のために院をやめてパソコンを使って在宅で仕事をする、いわゆるSOHO(ソーホー)に転身したことである。定年までまだ間がある会社員のお父さんが会社を辞めるのは財政上生産的とは言えなかったし、まだ高校一年生だったキコに何ができるわけでもなかったため、兄さんの決断はキコの家庭にとってどうしても必要な選択だったと言える。兄さんも元が明朗な人だから、今では比較的快活として家事に介護に仕事に(主にはパソコンを使ってトレーダーをやっているのだけど)と活動して家庭を守ってくれているけれど、そういう生き方を選ぶ決断を下した当時は、一体どれだけの覚悟と決意と、そして優しさが兄さんの心に溢れていたのだろうかと今でもキコは思う。
 当時も今も古典が好きで国語の先生を目指しているキコは、分野は違うけれど(兄さんは理系だ)同じアカデミック繋がりで、常に優秀な成績を収めながら研究者を目指して邁進(まいしん)していた兄さんを尊敬もしていたし、何より大好きだった。それがこんなことになっちゃって。それから兄さんは180度方向を転身してビジネスとか、それこそ投資のこととかを勉強しながら日夜頑張って、今では家庭のことをやりながらも十分な収入を家計にもたらしてくれているけれど、キコはなんだか昔よりも兄さんが遠くに行ってしまったような言いようのない寂しさを感じるようにもなっていた。古典が好きで、それを教えるお仕事でお給料が貰えたら素晴らしいだろうと考えていたキコと、自分の好きな研究で生活して行けたらと頑張ってた兄さんは確かに同じ場所にいたような気がするのだけれど、何て言うか、今の、家にいながらお金の作業で頑張ってる兄さんのいる場所は、キコとは何かで隔てられた場所のような気がしてしまうのだ。ベルリンの壁とまで大げさなものじゃないかもしれないけれど、あの日以来の兄さんの生きる道とキコの生きる道とは壁で隔てられてしまったような気がする。というか、兄さんが、渡っていってしまったのだ、家族のために。
 そして今度は陽菜子さんが向こう側に渡ろうとしている。
 中学生の時以来、学校の先生になるために一緒の大学に行こうとキコと約束していた陽菜子さんが、高校三年のこの春、進路希望調査に「独立起業」と書いて学校に提出したのだ。

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