【陽菜子さんの容易なる越境-海外ビジネス編-】 第一話「おかえりと、またはじめよう」 5/ ◇ 例年とは違って聞こえたと後に述懐する人が多かった蝉の声が木霊している。 装いは標準的な夏用スーツだけれども節電仕様。片手にはやけに冷えたままのヴォルヴィック。的場流星は今日も気だる気に職場の階段を登る。エレベータはいつ直るのか。職場の混迷はどうなるのか。国の混乱はどうなるのか。そんなことを考えながら、自分にとっては止まった世界の階段を、重い身体を引きづりながら登っていく。 (結局、桶川が連れてきた浮橋(うきはし)とかいうコンサルタントもあっち側の人間なんだ) ――時節は人間的な科学結合五分前。 その日、職場から聞こえる桶川紀子と浮橋陽菜子との歓談に聞き慣れない美しい音が混ざっていた。 なんだろう、と的場流星は止まった世界から、まだ確定されてない世界のドアを開ける。それは単純に職場のドアである。 中に入ると、桶川紀子が比較的日本語の教科書に載ってるような言い回しで、的場に向かって紹介の言葉をかけた。 「あ、的場くん。こちら、エリス。今日から私たちの生徒です」 その銀髪の少女を見た時、的場流星は運命の出会いというものを信じた。 「ど、どうしたの?」 呆とした的場を前に、紀子と陽菜子は顔を見合わせる。 ――それは単純に、似ていたというだけなのだけど。 「よろしくお願いします」 エリスが差し伸ばした手を取れないで、的場は声を絞り出した。 「美星」 これから何かに立ち向かっていくために、味気ない現実の話もすれば、それはこの時点では当人の思い込みに過ぎないような、脆弱な運命の出会いだったのだけれど。 ◇◇◇ Cross over Interlude/ ――たぶん私たちは強大にはなれないから。色を換え、線の細さや太さを吟味し、濃淡を気にしたり工夫したりしながら、激流の中でも消えない絵を描こう。 /Cross over Interlude 陽菜子さんの容易なる越境ー海外ビジネス編ー・始 |
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